11_君島アンナの来訪
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君島アンナがR/F社の事務所にやってきたのは、事件翌日の午前だった。
てっきり仮想空間内で小津個人に連絡があると思って構えていたのだが、会社のHPから事務所に来て依頼したいことがあると、メッセージが送られてきたのだ。
「ほぇー意外と広いんですねぇ」
開口一番の言葉としてはなかなか失礼な部類に入ると思うのだが、小津は「そうですね」と言って流すことにした。
君島は薄手のニットセーターとチノパンというカジュアルな服装で、背も小さい。ナギサと並んだら頭ひとつ分違うのでは、と想像した。
応接スペースの前で立ち止まると、小津は君島に向かってウェアラブル端末がある場合は外すように促した。
「すみません。ロボットとはいえ生死観が関わってくる業務があるので」
ヒューマノイドなど自律型ロボットはオフラインが主流だが、ウェアラブルやタブレットなどの端末はやはりオンラインでその機能を発揮する。小津自身も普段はイヤーカフ型のウェアラブルを装着しているし、スマートグラスやコンタクトは、自分の見たものをそのまま配信することもできる。便利ではあるが当然人目は気になるので、それを恐れて結果的に交流の七割は既に仮想空間上に流れていったのも現実だ。
「大丈夫ですぅ。コンタクトはしてないですし、このメガネもファッションなんで」
少し舌足らずな滑舌でそう言いながら、君島はウィンクをした。入り口に設置されたセンサーにも反応はなかったので、恐らく本当だろう。
「突然お邪魔しちゃってすみませぇん。わたし、君島アンナと申しますぅ」
何となく間延びした話し方でそういうと、君島は鞄をガサゴソと探って、紙の名刺を渡してきた。
「小津マモルです」紙の名刺とは珍しいですね、と受け取りながら表向きはにこやかに対応する。
何しろ君嶋アンナがここを訪ねてくることを、小津は事前にある程度知っていた。とはいえ、それを悟られないようにしなくてはならない。
「顔を売るのも仕事なのでぇ、あと経営者の方とかには受けがいいんですよ」
そういうものだろうか、と小津は思う。確かに五十代、六十代なら自分が若い頃使っていた紙の名刺を見て懐かしがるかもしれない。ただ、この程度のことは誰でも考えつきそうではある。
「で、どのようなご用件でしょう?」
小津が促すと、君嶋は周囲をぐるりと見回した。応接スペースと呼ぶにはこぢんまりしているが、R/F社にしてはそこそこ広さがある場所だ。壁には「ロボット専門葬儀 R/F」とシンプルなロゴが飾られている。
「わたし、ジャーナリストをしてるんですぅ。実は最近起こった“ある事件”について取材を進めていて」
「ある事件というと…差し支えなければ具体的に伺っても?」
「はい、ネットニュースでも話題になっていますが大田黒レオ氏というH.ニューロン社の元CTOが亡くなった事故…もとい、事件です」
君嶋はわざとらしく口角を上げながら言った。
「へぇ、確かにそのニュースは見ましたが、事故じゃないのですか?」
そう言って小津は驚いてみせた。世間に出回っているニュースはH.ニューロン社の元CTOである大田黒レオが亡くなったことは報道されているが、その内容は海賊版のヒューマノイド―つまり違法に作られたヒューマノイドの誤作動で起こった事故であるとされている。
このニュースはもちろん世間を賑わせているが、大部分は「だからロボットをなくそう」という論調にはなっていない。もちろんそういった主張をする個人はいるし団体もあるが、車が事故を起こしても車が無くならないように、はたまた毎年餅で喉を詰まらせて死亡する事故が起きても餅が無くならないように、ロボットや人工知能は既にあって当たり前のものになっているのだ。人間が人間を殺す確率よりはるかに低いとも言われている。
「はい、私は事件性があると見ています」
(なるほど、事故じゃないと言えるくらいの情報網は既にあるわけだ)
タイミングからしてアンナの目的は、この“ヒューマノイドが人間を殺した”という不可解な殺害事件と無関係ではないだろう。
(あとはどのくらい知ってるか、だな)
何しろ小津達はその現場に足を踏み入れたのだ。小津達がその場にいたからここに来たのか、それとも別の目的があってコンタクトを取ってきたのかは意味が違ってくる。
「なるほど。その事件の取材で、弊社に何のご用が?君島様の所有されるロボットの葬儀の依頼…というわけではなさそうですね?」
小津はわざと困惑した顔を作って首を傾げながら聞いた。
えぇ、そうなんですそこなんです。と言って「ふん」という音が聞こえるほど鼻息を吐いた。
「葬儀屋さんに聞くのは筋違いじゃないかと思うでしょ?でもわたし、ロボットやヒューマノイドの死――つまり廃棄・解体プロセスについて詳しく知りたいんです。R/Fさんが専門的に扱ってるって聞いて、それで…」
君嶋はそこで軽く髪をかき上げ、わざとらしく上目遣いをする。飄々とした口調だが、言葉の端々ははっきりしていて、相手の反応を探っているようでもある。
「R/Fに依頼したい、というより取材させて欲しい、ということですか?」
「まぁ取材も含まれていますが…」と、君嶋は少し声を落とす。
「実はご遺族と、その――ニュースにもなっていた誤作動を起こしたヒューマノイドはユウリという子ども型ヒューマノイドらしいのですが、その“処遇”について、考えを聞きたいんです。ずばり今回の件、警察、またはご遺族から関係するヒューマノイドの廃棄について相談をしてくることは…ないのかなぁって」
『小津、気をつけてください』
超指向性スピーカーからフレイヤの声が耳元で聞こえた。
(わかってるよ)
小津は心の中で苦笑する。もちろん表情には出さない。
この空間ではフレイヤがスピーカーなどのデバイスを通じて超音波帯域のキャリア波を利用して音のビームを作り出し、小津にだけ聞こえるような音を出すことが可能だ。平たく言えば、一方通行であるものの小津が失敗しないように、誰にも気づかれずフレイヤが助言できる空間なのだ。
小津は、表向きには穏やかな笑顔を湛えながら、慎重に言葉を選んだ。
「まぁ、ロボットのメモリユニットについては当社で扱うことも多いですが…正直意図がよくわかりませんね」
依頼や相談がなかったか?という問いに対して今の段階で嘘をつかずに切り抜けるならイエス/ノーで応えるべきではないだろう。実際はそんな依頼がないのだから「ノー」ということは答えやすいが、その後別の角度から質問があった時「お応えすることができません」では「イエス」と言っているようなものになるからだ。
超指向性スピーカーについて
これはHolosonics社など、今でもある技術ですが、きっとさらに進化するんだろうなぁと思います。
また、これとは違って空中に音の点を発生させるHolographic Whisperも、筑波大で研究されていると聞いたことはあります。
音の点を発生させるってなんだよ、というと通常音は、話者などの発生源から空気の振動によって相手の耳に届きます。超指向性スピーカーは少なくとも発生源から受信者まで、直線上にいる人に音がきこえますが、Holographic Whisperはその発生源を相手の耳元にしてしまうという技術です。わけわからん。
Holographic Whisperの方がかっこいいので好みですが、これが活きるのはどちらかと言うと大勢がいる中で自分にだけわかる音が聞こえる→例えばフードコートで呼び出し音とか。
小津とアンナの二人しかいない空間なら、超指向性スピーカーで十分なのでこっちにしました。




