ー第2話サンセットキッチン
バンド練習が終わって、家に着いたのは17時丁度だった。離婚の慰謝料で母親が買った建て売り住宅。
玄関横のカーポートに、母親のベンツの4駆が有る。離婚して残して行った父親の中古だ。ローバーは路駐して、玄関を入る。
キッチンから音漏れでベードラが聴こえた。
電灯も点けず、窓からの夕陽の中で母親が座ってイヤホンをしていた。
黙って向かい側に座る。
気付いた母親はスマホを止めようとして、ミスして止まらず、耳からイヤホンが落ちた。
「何それ?カッコいいじゃん?」
母親は笑って止めるのを止め、有線イヤホンをスマホから抜いた。爆音のベードラにエレキが絶叫し、それに負けない男性ボーカルが弾ける。
夕焼けのキッチンに、妙に合う80年代ロック。一曲終わるまで待つ。
「誰?カッコいいね。昔のバンド?」
「そう?懐メロよ」
聡は素早く、母親のスマホの画面を見に行く。母親は別に隠そうとしない。
「グランドメニュー……知らないな。有名?」
「有名になる前に、崖から落ちて消えた」
「事故?」
「運転してたドラマーがAC/DCのT.N.Tを流した。メンバーが合わせて車を揺らした。車はバランスを崩して崖の下へ。生き残ったボーカルは葬式の後、マイクを捨てた」
「マイクを捨ててどうしたの?」
「知り合いの商社に就職してサラリーマンになり。しがみついて離れないグルービーの馬鹿女と結婚。歌わければグズの夫に愛想を尽かし離婚。以上」
涙をボロボロ流し始めた母親に、ポケットからバンダナを渡す。
聡はそれ以上いたたまれなくて、2階の自分の部屋に上がった。
スマホでググる。
ライブ映像が有り再生する。
「これっ?くそオヤジじゃん!」
こんな大人にはならないと誓った男が、凄い歌を歌っていた。