ジュリー 2
ジュリーはニクラスとの関係が改善するとは期待していなかったが、将来的に破談になったとして、この婚約が妖精公爵一族にとって何らかの役に立てばいいのだと思い直すことにした。
王子妃教育でもこの国の成り立ちや歴史を学ぶのだが、当たり前と言えばそうかも知れないが、そこには妖精公爵一族の存在は出て来なかった。
先日のリアムの話が本当ならば、王家には裏の歴史が存在するのではないかと考えた。
それならば自分が婚約者でいられる間に、その歴史を学ぶことで、妖精公爵一族も知らない情報を得ることができるかも知れず、それが父達のためになればいいのではないか。
そうすれば、自分の婚約したことが無駄にならずに済むのではないだろうか。
そんな思いから、リアムの図書館へ足しげく通うようになった。
この国の古語も覚えれば、もっと古い歴史や情報を沢山を知ることができるかもしれない。
それを目的に王子妃教育と称して王城へ通うことに気持ちを切り替えると、やる気も出て、ジュリーは前向きに生きれるようになった。
「ジュリー様、最近生き生きしてらっしゃいますね」
「ニクラス様と順調なのでしょうね」
周囲からそんな目で見られていることにも気がつかずに、ジュリーは歴史研究に没頭した。
リアム殿下が王家の歴史研究家だったことが、ジュリーの向学心に拍車をかけた。
「お前、歴史狂いなのか?」
「はい、自分でも驚いております」
「何がそんなに面白いんだ?」
「知らないことを知れることが楽しいのです」
ふんと鼻で嗤ったが、それについては何も言わなかった。
ニクラスは、あれから直接けなす、否定するようなことは言わなくなり、お互いに対立を避けるために、対立しそうな時は話題を変えるという手法を駆使した。
侍女には「それは益々熟年夫婦ですね」と感心されていた。
「お前、刺繍は得意か?」
「いえ、あまり得意ではありません」
「そうか」
「はい」
「「······」」
互いに対して興味が無いためか、どうにも会話が続かない。
以前のようなぎすぎす感、一触即発のような状態には陥らなくなったのは、これも進歩なのだろうか。
ニクラスは今のところ、学園でも浮いた噂もなく、他に熱を上げている令嬢などもいないと聞いている。
二人の関係がどうあれ、このままジュリーが正式に王子妃となるのは揺らぎようがなかった。
そしてジュリーが16歳になるとニクラスと共に社交界へのデビューの日が近づいて来た。
その日は隣国からの賓客も招待されるということで、一昨年デビューした隣国ベシュロムの王女も参加することが告知された。
「リアム様も参加されるのですか?」
「ああ、来賓がいるからね」
「よろしければ、その日は私とも踊っていただけますか?」
「もちろん、喜んで」
ジュリーが王子妃教育の一環としてもたらした王家の古い歴史は、フレデリクを喜ばせていた。父の備忘録執筆の資料として役に立ったからだ。特にシャゼル王家が裏王家を理解していることがフレデリクを歓喜させていた。
きっとリアム殿下のこともお父様は気に入りそうね。
いつか二人が仲良く談義しているのを見てみたいと思うジュリーだった。
啓示の相手がリアム様だったら、何の問題も無いのに···。
アリステアお兄様も啓示の相手探しが大変だったみたいだし、アリスお兄様みたいに妖精の姿が見えたり声が聞こえる人でも、そうなのね。
私のお義姉様になるのはどんな人か気になったから聞いてみたら、アリスお兄様は複雑な顔をして「お母様みたいな人だよ」って言っていたけど。
イリナ様を見たらわかったわ。マデラインの瞳、フェネラの髪だったから。
お母様も素敵だけど、その組み合わせも凄く良いのよ。
「大変でも、最後にはちゃんと啓示の通りになるのさ」
兄が言うように本当にそうならば、私の伴侶はやはりニクラス様なのね。
結婚したら、それで良かったと思える日がいつか来るのかな?
子ども時代に夢見ていた結婚とは全く違うものになりそうなのを、16歳になってより現実的に感じるジュリーだった。