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リアム 2

4年前、甥の将来の妃候補として王城にやって来た伯爵令嬢はまだ12歳、喜怒哀楽を素直に顔に出す幼い少女だった。


ニクラスとはあまり上手く行っていないのか、王家専用の図書館のあの場所、昔は自分が愛用していたお気に入りの隠れ場所に、時々彼女がやって来るようになった。


ある時は膨れっ面で怒り心頭、またある時は今にも泣きそうなのを必死にこらえていたり、何かを葛藤して眉間に皺を寄せているとか、石段に座った途端号泣するなど、まさに百面相だった。


そして、いつも気持ちの整理がつくと、すっきりしたのか、青い芥子の花のような瞳に、頬を薔薇色に上気させながら、口角を少し上げて屈託のない笑みを取り戻してゆくのを見ることが、いつからか自分の密かな楽しみになっていった。


「またジュリー様がいらしてますね」

「ははは」


彼女は気がついていないかもしれないけど、外からは死角でも、図書館塔の書庫に繋がる廊下の小さな格子窓からは、そこはまる見えなのだ。


彼女の息抜きを邪魔しないように、石段も薔薇も手を加え過ぎず、何気なさを装うようにあえて粗雑に整えておくのが、通称「姫君の腰掛け」の扱い方として図書館職員らの暗黙の了解になっていることも知らない筈だ。


二年前にニクラスと喧嘩して、あいつのことを、無神経とか馬鹿とか、そういう男は大嫌いだと言ったというのを聞いて吹き出しそうになった。


それを言い放った時の彼女の顔が思い浮かベられそうだったから。


あわや婚約破棄かと騒然としたが、あの時もここへ一人で来て、悔しそうに泣いていた。


その日も気持ちの整理がついてすっきりした後に見せる彼女の笑顔を待っていた。


だがその日から、あの笑顔は戻って来なくなった。


あの笑顔が見れなくなってから、彼女から目を放せなくなっていった。


それまでは甥の婚約者でしかなかった少女が、すっかり自分の心を占めてしまっていた。


王子妃教育の枠を超えて、更に王家の歴史を教えて欲しいと、この図書館へ通うようになった。初めて知ったことや興味深いことを発見すると目を輝かせはするけど、あの無邪気ななんとも言えない笑顔はもう見ることはなかった。


それが女の子の成長、幼さからの脱皮というものなのかもしれないが、ただ、そうとも言い切れないような憂いが彼女の瞳の奥に宿っていた。


あの笑顔はなりを潜め、唇を引き結んで耐えている、そんな表情を目にすると、

何を悩み、何に彼女が苦しめられているのかを問いただして慰めてあげたくてしかたがなかった。だがそれは自分の役割ではなくて、婚約者であるニクラスが本来負うべきものだ。


彼女は今までのように悲しみや苦しみを表には出さず、彼女の奥に隠して、まるで何かを諦めたように、達観して微笑むようになっていった。


それを淑女教育、王子妃教育の成果だと周囲は歓迎していた。


社交界デビューの日も、婚約破棄を予期していて、既に覚悟ができているようだった。

時々、ここではないどこか遠くを見ているような視線を自分へも向けられているような気がした。


何度その理由を彼女に聞き出したいという衝動に駆られたことだろう。


彼女の婚約破棄が決定し、その手続きが済めば、今後は王城にやって来ることもなくなってしまう。


婚約破棄したばかりの彼女に求婚をしても構わないのだろうか?

長い間彼女を不本意な婚約で縛って来た王族の一員である自分に、そんな資格はあるのだろうか······。



リアムが思い悩んでいると、ジュリーの父であるモンサーム伯爵から、王家の古い歴史についての見解を聞かせて欲しいと打診があった。

モンサーム卿とは一度そのような場を設けてみたいと思っていたので快諾した。


当日は卿から歴史の見解以外にも、妖精公爵一族についての驚くべき数々の話しを聞かされた。

特に妖精の啓示と、それを厳守しないとどうなるのかなどは身震いするほど衝撃を受けた。

それゆえに真の王家と言われる所以も理解した。


「ところで、ジュリー様も何らかの啓示を受けていらっしゃるのですか?」

「···それなのですが」

フレデリクは、「表と裏の王家の血を混ぜよ」という啓示を受けていることを明かした。その直後にニクラスの王子妃候補になったこと、それが婚約破棄になったことで、その啓示の真意を図りかねていることを語った。今まで啓示の通りにならないことはなかったからだ。

「王家の歴史に造詣の深いリアム殿下でしたら何かご存知なのではと」

「······これは偶然かもしれないですが、その啓示と同じ表題の書籍が存在するのですが、ご覧になりますか?」

「あるのですか、そのようなものが?!」

「以前に見た禁書目録の中にその表題があったと記憶しているだけで、私も未読ですが、禁書専用の書庫にございますよ」

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