ゴリマッチョのこと、或いはハカセの企み
都内某所。神霊結社デルンケムの襲撃により道行く人々は騒然としていた。
対するはロスト・フェアリーズ。妖精姫、浄炎のエレスが一気に前に出る。
今回は魔霊兵や怪人だけではない。デルンケム統括幹部代理、ハルヴィエド・カーム・セインの姿があった。
彼はなぜか前回の研究者風の服装ではなく、黒いマントと顔の半分を覆う仮面を装着している。その変化に多少面食らったが今は気にしている暇もない。エレスは他の二人に足止めを任せ、幹部をここで倒すつもりだった。
「統括幹部ハルヴィエド! 覚悟しろ!」
「あくまで私は代理だよ、エレスちゃん。そこを忘れてもらっては困るな」
「ううぅ、ちゃ、ちゃん付けとか、バカにするな!」
「そんなつもりはなかったのだが、すまないな(しまった、普段のクセが)」
「もぉ、やりにくいなぁこの人⁉」
ハルヴィエドは敵でありながら妙に親しげな瞬間がある。しかも素直に謝るのだからどういう対応をすればいいのか分からない。
浄炎のエレスは炎をまとった拳で果敢に攻めるが、それを容易くいなしてしまう。高速の近接戦闘をしながらもハルヴィエドは余裕のある態度を崩さず、さらには反撃の蹴りを繰り出した。
ハルヴィエドの一撃はエレスのガードの上から叩き込まれた。
彼女が防いだのではなく、相手が敢えて狙ったのだ。手加減か、舐められているのか。ハルヴィエドの攻撃に大きなダメージを与えるようなものは一切なかった。
「くぅ、強いっ」
「ふふふ。その評価は嬉しいが、残念ながら私は幹部最弱だ」
得意の格闘でも互角以上。しかもハルヴィエドは研究畑の人間だと以前言っていた。つまりデルンケムの幹部は本職でない者ですらこのレベルなのだ。
「エレス、引いて!」
「フィオナちゃん!」
エレスが大きく引くと同時に、清流のフィオナの魔力が迸る。
高圧水流がハルヴィエドに襲い掛かるも、それさえ簡単に無効化されてしまった。
「バリアー……⁉」
「魔力干渉の断絶だ。こういった小細工の方が私の本業でね」
「くっ、これが、統括幹部の実力……!」
「ふふ……(ハルヴィエド特製アイテム使えば誰でもできるけど内緒です)」
二人がかりでもハルヴィエドにかすり傷さえ負わせられない。
魔霊兵や怪人を倒してきたことで勘違いしていた。まだ、幹部クラスとはここまでの差がある。
エレスは呼吸を整えた。今の自分では届かない……ならば聖霊天装に勝負を懸ける。
「きゃああああああ⁉」
しかし集中が途切れてしまう。魔霊兵や怪人の足止めを任せていた萌花のルルンが攻撃を受けたのだ。
「わっ、ちょ、ちょっと待ってください⁉」
ダメージはほとんどないようだが、ただでさえ薄い妖精衣が破れて肌が露出している。まだ中学生の女の子だ。恥ずかしさから動けなくなってしまっていた。
「む、いけないな」
ハルヴィエドはそれを見るや否や、エレスとの戦闘を中断しそちらに向かった。
かと思えば、妙にエリが立った厳つい黒マントを脱ぎ、ルルンにすっぽりと被せた。
「あ、あれ? えーっと……?」
「さて、今回は目的を達成した。ここで退散させてもらおう」
ルルンの肌を隠したハルヴィエドは撤退を決めたらしく空間ゲートを展開した。
「えっ⁉ ま、待て!」
「では、失礼するよお嬢さん方。また会える時を楽しみにしている(マジで)」
エレスが止めても振り返らず、彼は転移で逃げおおせた。
気付けば魔霊兵や怪人もいなくなっており、その場には戦闘による傷跡とロスト・フェアリーズだけが残されてしまった。
「もお、なんなのアイツ⁉」
エレスは顔を真っ赤にしている。完全に負けた、それどころか相手にさえしてもらえなかった。胸にある感情は怒りよりも悔しさだ。
「目的は達成したと言っていたけれど、一しきり暴れて建築物や道路が破壊されただけ。いったい、彼はなにがしたかったのか……」
フィオナも頭を悩ませている。
はにかみつつも落ち着いているのはルルンだ。
「わ、私はなんか助けられちゃいました。えへへ……」
エリがすごいマントで体を隠しながらルルンはぎこちなく笑う。ハルヴィエドは奇妙な人物だが紳士ではあるのだろう。
結局今回の襲撃の目的は分からないままだが、一つだけ確かなことがある。
「少なくとも、通常の妖精衣のボクじゃ幹部クラスには敵わない……」
言い知れない敗北感を味わい、エレスは呻いた。
◆
784:ハカセ
ふふふ まさかフィオナたん達も、
“首領のご機嫌を取るためにル〇ーシュマントで出撃すること”自体が目的だとは思うまい……
しかもルルンちゃんの肌を隠すために使い紛失、これじゃもう着れないなーという理想的な流れ
さすワイ
785:名無しの戦闘員
いまだかつてそんな理由で出撃した幹部知らねえw
786:名無しの戦闘員
でもSNSでハカセ叩かれまくってるぞ
「悪の組織の幹部のくせして邪魔しやがって!」「ルルンちゃんのピンク色が見れなかった!」みたいな感じ
787:名無しの戦闘員
ハカセお帰りー
出撃した日も書き込むとか相変わらずにゃんJ民してるなぁ
788:ハカセ
>>786
そんな苦情は受け付けんし足の小指をハンマーに全力でぶつけろどうぞ
ただいまやで
とはいえまた出かけるんやけど
789:名無しの戦闘員
あれ、まだ仕事?
790:名無しの戦闘員
しかしハカセ意外と強くてびっくり
幹部最弱でこのレベルとかアニキがおったらロスフェアちゃんヤバかったな
791:ハカセ
この前お誘い断ってもたからな
今夜はゴリマッチョと回転寿司食べに行く予定や、臨時収入もあるし
792:名無しの戦闘員
ゴリマッチョも日本に溶け込んでるのか……
793:名無しの戦闘員
この調子だと気付いてないけどお隣さんが元デルンケムってのもありそうだな
794:名無しの戦闘員
臨時収入?
795:ハカセ
土建関係の企業とちょっと癒着しとってな
ワイらがぶっ壊す→仕事が増える! の流れがオイシイらしい
前もって某企業の役員に襲撃について情報流すようにしたらお小遣いくれるんよ
他のも組み合わせて、怪人倒されても収支トントンくらいにはできるようになったわ
796:名無しの戦闘員
嫌な侵略の仕方してる……
797:名無しの戦闘員
ロスフェアちゃんじゃ絶対止められないタイプの攻め方だ
しかも俺らが知ったところでどうにもならないし
798:名無しの戦闘員
ハカセが悪の科学者っぽい……
799:ハカセ
ぽいもなにも本物やし
お寿司の後は「名プロレスラー真剣十番勝負」のビデオも見るで
ふふふ、今夜くらいはビール三本の制約を開放してもかまわんかもな
800:名無しの戦闘員
それはやめとけ、絶対後悔するから
801:名無しの戦闘員
前の飲み会の時といいハカセとゴリマッチョ仲いいよなぁ
802:名無しの戦闘員
パワータイプの戦闘職と研究者って相性悪そうなのに
803:ハカセ
実際組織に入ったばかりの頃はいがみ合いもしたわ
現首領の病気をどうにかするためにワイがスカウトされたって話は前にしたよな?
もっとも首領のそれは疾患というより生来の性質、治せるようなもんやない
限定的な異空間を造り、生物に適した環境に整え基地を建設するっていう力業に頼らざるを得んかった
建設には一年半くらいかかったけど、おかげで首領は基地内限定でも気兼ねなく出歩けるようになった
幼首領「ありがとね、ハカセ!」
超かわいい首領ちゃん、その笑顔のまー破壊力の高いこと
先代も組織の貯えクソほど使ったのに一切責めずに「よくやった!」って褒めてくれたわ
そんな感じでワイは「あ、ここでもうしばらく働こ」って思ったわけやな
804:名無しの戦闘員
子供のためとはいえ先代さん器でけぇな
805:名無しの戦闘員
軽く流されてるけど異空間を造るとかとんでもないことしてんなハカセ
806:ハカセ
まあその後先代の経営手腕の低さが露呈してまうんやけど
経営資金が底をつこうとしてんのに「また稼げばいいじゃねえか」と楽観すぎるご意見
あ、ヤバい。この人ってば金勘定がダメダメなタイプや
呆れはしたが理解のある雇い主なのも事実やし、ワイはアニキに協力して組織が問題なく回るよう裏方仕事を率先してやるようになった
仕事が楽になるってアニキは喜んでくれたわ、そしたら今度は先代直々のお呼び出しよ
先代「喜べハカセよ、お前を幹部に任命する! これからは権限も強くなる、もっと自由にやれるぜ!」
自由にと言えば聞こえはいいが、つまり面倒事はお前の裁量に任せるってことな
つまるところワイの幹部入りって功績を称えるよりも、できる仕事の範囲を広げるための理由付けだったわけや
当然仕事の量は目に見えて増えた
え? 舐めてんの?
807:名無しの戦闘員
先代の時点でわりと理不尽じゃねえかw
808:ハカセ
今と違って人手はあったから自分の研究を楽しむ時間はあったけどな
ただ、それがゴリマッチョには「好き勝手しながらも先代やアニキの信頼を得て異例の速度で出世する頭でっかち」に見えたみたいや
ゴリマッチョ「おい、テメエ。調子に乗ってんな?」
ワイ「用件なに? ワイまだ仕事あるんやけど」
ゴリマッチョ「そんなの関係ねえ!」
ワイ「関係あるわ。ゴリマッチョが壊した基地設備の修繕や」
なおワイの皮肉は全く通じていない模様
ゴリマッチョ「俺はテメエの幹部入りを認めちゃいねえ」
ワイ「奇遇やな。ワイもですが?」
一番認めたくないのワイに決まっとるわ。仕事メッチャ増えとるからね?
ゴリマッチョ「首領のお子さんを助けたことは、まあ褒めてやる。だが! テメエが幹部を名乗るんなら、その価値を俺に示してみやがれ!」
そう啖呵を切って、ゴリマッチョは去っていった。
809:名無しの戦闘員
見事な脳筋ムーブだ
810:名無しの戦闘員
ゴリマッチョからしたら憧れの先代さんとアニキに認められてる時点で引っかかるわな
811:ハカセ
そこら辺の機微を察してはいても、なにせワイもまだ若かったからな
ゴリマッチョとは今一つ噛み合わんままやった
仕事での接点も少ないし現状維持でも構わんかな、そう思ってた時や
812:名無しの戦闘員
お、急展開?
813:ハカセ
戦闘業務メインのゴリマッチョはよく鍛錬をしとった
場合によってはトレーニングルームを貸し切る場合もあった
ただその頻度が多い上に無断の時間延長も多くてなぁ。周囲からクレームが上がっとったんや
とはいえヒラの戦闘員では文句も言えん
で、同じ幹部のワイに「どうにか注意してもらえませんか?」とお鉢が回ってきた
ぶっちゃけ嫌やったけど放置するわけにもいかん
結局ワイは鍛錬中のゴリマッチョを訪ねて、貸し切りのトレーニングルームに足を踏み入れた
814:ハカセ
「天に轟け、地よ唸れ! 我が咆哮を喰らえ! 覇王滅殺爆烈竜撃破岩砲おぉぉぉぉ!」
部屋に入った時、ゴリマッチョは覇王滅殺爆裂竜撃破岩砲をしている最中やった
815:名無しの戦闘員
これ知ってるw かめ〇め波の練習みたいなヤツだw
816:名無しの戦闘員
俺もア〇ン・ストラッシュでやったことあるw
817:名無しの戦闘員
懐かしい……よくパロスペシャルで同級生に倒されたンゴねぇ……
涙が出そう
818:名無しの戦闘員
いや、でもハカセの次元には魔法も異能もあるんだろ?
決め技の練習ってそんなに変なものでもないような気が
819:ハカセ
うん、そやね。アニキもワイも猫耳くのいちも、せくしーも得意技の一つや二つ持っとる
特に猫耳は家伝の技もあるし、問題はそこやない
ゴリマッチョ「いかん、今のはスタイリッシュさが足りない。それに技名の語呂も悪かった。口上も今一つか」
あいつ技自体やなくて、出す時の決めポーズと口上のカッコよさを練習しとったんや
ついでに言ったら技自体もただの魔力砲やし
名前、いっぱい頑張って付けたんやろな
820:名無しの戦闘員
これは恥ずかしいw
821:名無しの戦闘員
でも気持ちは分かるw 男の子だもんな、異能はカッコいいやつがいいよなw
822:ハカセ
鍛錬を続けるゴリマッチョ、それを見守るワイ
ワイ「……」
ゴリマッチョ「よし、いくぜ。我が全霊の奥義、受けてみるがいい!」
ワイ「…………」
ゴリ「お、今の良い感じじゃなかったか? ポーズはもっと力強く」
ワイ「………………」
ゴリ「首領がいるのに覇王はまずいか。闘王、の方が………ん?」
ワイ「………………………」
そこで、目が合った。
固まるゴリマッチョ、固まるワイ
震えるゴリマッチョ、無表情のワイ
赤くなって青くなるゴリマッチョ、それをじーっと見つめるワイ
親指で「こっちに来い」と示せば、うなだれたゴリマッチョは素直に従った
823:名無しの戦闘員
いたたまれねぇw
824:名無しの戦闘員
今となってはさっきの啖呵がむなしく響くぜ。
825:ハカセ
ゴリマ「いや、違うんだ。首領やアニキは、すげえ必サツ技があるんだ」
ワイ「うん」
ゴリマ「でもよ、俺は出力こそ高いが単純な魔力操作しかできねえ。強化と収束、放出がせいぜいだ」
ワイ「うん、それで?」
ゴリマ「だからその、せめてポーズとか口上はハッタリの利いたやつが欲しくて」
ワイ「トレーニングルームを貸し切って練習してた?」
ゴリマ「…………はい」
826:名無しの戦闘員
悲しいのうw かなしいのうw
827:ハカセ
秘密を知られたゴリマッチョは思い切り落ち込んどった
別にやり込めたかったわけやない
バカにする気もないし、ワイは優しく声をかけた
ワイ「恥ずかしがるこたないで、ゴリマッチョ。こいつを見てくれ」
ゴリマ「それは……な、なんだと⁉」
ワイが見せたのは一冊のファイルや
そこには怪人の草案がいくつもある。
ゴリマ「これは、有する特殊能力は同じ……なのにデザインやモチーフがどれも違う!」
ワイ「そう。ワイもお前をバカにはできん。同じ能力でも、怪人のデザインによってイメージはまったく変わるんや」
ゴリマ「お、おお! 分かる、分かるぜ!」
ワイは研究者ではあるが機能だけでなくデザインにも拘りたいタイプ
炎を操る能力はできれば機械的な怪人よりも火炎鳥モチーフがいい
必サツ技のポーズを考えるゴリマッチョの気持ちはよく分かった
828:ハカセ
ゴリマ「ハカセよ。俺はお前を誤解していたようだ」
ワイ「ふっ、それはワイも同じよ」
ゴリマ「なあ、お前の技術で俺用の大戦斧を造ることは?」
ワイ「特殊な魔霊変換器によって、雷撃を放つことさえ可能や」
ゴリマ「お、おおおお! そうだ、斧には雷属性! 話せるじゃねえか!」
こうして二人は和解した
以来ゴリマッチョの武器はワイが調整し、それをもって多大な戦果を叩き出す
戦場を共にする機会は少ないがワイたちのコンビは多くの戦士を恐れさせたもんや
829:名無しの戦闘員
お前らが仲いい訳わかったわ。つまり同タイプのバカなんじゃねえかw
830:名無しの戦闘員
別次元にもそういう病気のお方っておられるんすね
831:ハカセ
こうしてワイらは友人となり、今や普通に飲みに行く仲ってわけや
おっとそろそろ時間やな。そんじゃ夕飯行ってくるから今日はこれで落ちるわ
832:名無しの戦闘員
おー、飲みすぎんなよー
833:名無しの戦闘員
でもそうやってバカやれる友達は普通に羨ましいな
◆
「はぁ、食った食った。俺、やっぱハマチが一番好きだわ。日本はマジで食いモンがうめぇな」
「まったくだ。今度はゼロス様も誘って焼肉はどうだ?」
「いいじゃねえか。ハルヴィ、声かけといてくれよ」
スレでゴリマッチョと語られる男……元デルンケム四大幹部が一人、レング・ザン・ニエべは友人のハルヴィと寿司を食べた帰りだった。いい感じに酒も入って気分が高揚している。
統括幹部であるゼロスの追放を機に組織を離れたレングは今では日本で暮らしている。
戸籍の偽造はハルヴィエドがやってくれた。現首領ヴィラベリートに含むところはないが、先代首領セルレイザやゼロスのいない組織に魅力は感じなかった。
「おう、お前は組織を離れる気はねえのか?」
「ああ。私は、ヴィラ首領の補佐をしたいしな」
「お前は昔からヴィラベリート様に甘ぇな」
同じ幹部ではあるが、ハルヴィエドの立ち位置は先代に近かった。
そのせいか、この男が首領に抱くのは忠誠よりも親しみや単純な心配だ。おかげで余計な苦労を背負い込んでいるというのに、我が友人ながら奇妙な奴だと思う。
「それよりレング、頼み事の件は任せたぞ」
「おお、そりゃ構わねえが。いいのか? 下手しないでも、ヴィラベリート様の立場は余計ヤバくなるんじゃねえか? いや、早々に見捨てた俺が言うのもなんだがよ」
「お前がタイミングさえ間違わなければ、そうはならないさ」
はっきり言ってレングは頭が悪い。
今日はハルヴィエドに『頼み事』をされたが、一体それがどんな意味を持つのかは理解できない。実行すればデルンケムが窮地になるようにしか思えなかった。
「お前にしか頼めないことだ。ヴィラ首領にも内密に、な」
念押しされてレングは頷いた。
ハルヴィエドは親友であり、信頼できる上に頭も回る。自分の頭では分からない企みがあるのだろう。
「うっし、じゃあウチに来いや。飲み直そうぜ」
「ああ、お邪魔させてもらおう」
そんなことよりも、今日はこのまま自宅で往年のプロレスラーたちの名勝負を堪能するのだ。
久しぶりの友人との時間にレングはご機嫌で、小さな疑問はすぐに忘れてしまった。