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6ー同性から異性になって拗らせた感情

 優が悶々と日々を過ごす内に、着々と進められていたらしいあれこれを愛華から聞かされた。

 中学を卒業後に身体が女性になったはずの優の戸籍は女性となっており、合格した高校にも女性として処理が済まされているとか。

 あれからまだ一週間あまりしか経っていないにも関わらず処置が済まされていたことを知った優が、不安げな顔を浮かべるのは当然のことだった。


「じゃあ、僕はもう女の子として生活していかないといけないってこと?」


「そうね。でも別に女の子らしくする必要はないわよ」


「……え?」


 予想外の言葉に優の目が丸くなる。身体が女性になった状態で男として振舞えば余計な亀裂を生むのは容易に想像していたが、女らしくなくていいと言われ思考が追い付かなかった。

 処理の追い付かない様子の少女へと向き直った愛華は、補足するように言う。


「確かに性別はもう女の子だけどね?でも、男勝りな子やボーイッシュな子もいるんだもの。優ちゃんが無理に女の子しなくていいし、自然体の優ちゃんで大丈夫よ」


 ただ女の子の身体であることだけ忘れなければいいの、とまとめ上げた。その言葉を飲み込めたのか、優の肩から余計な力が抜けたように見えた。

 自室に戻った優は、ベッドにダイブして枕に顔を埋めて呻く。女性になったあの日からずっと考えていた。中学校まで男として育った自分を否定して、女性らしく振る舞う自分に作り替えるのが正解なのではないかと。

 けれども愛華から受けた選択肢は違った。これまでの自分のままでいいと言ってくれた。その時優の頭に浮かんだのは、理人の言葉。あの日、どっちで接したらいい?と聞かれた時のこと。


『女として扱って。今の僕に男として接するとか器用な真似が理人に出来るの?』


『中一の頃に似たようなことあったからいけんじゃね?』


『……そういえばあったね』


『まあ今の優を男として見れはしないか。と言っても優であることに変わりないし、誤差だよ誤差』


 あの時のあっけらかんと言う理人を思い出して、変わらずに接してくれる人が身近にいてくれることに優は嬉しくなって顔を上げる。

 あっけらかんと言う理人を見てると、本当に何てことないと思ってるのが伝わってくる。彼の場合、深く考えていないだけの可能性も否めないが。

 でも、それが優にとっての救いになった。身体が女性になっても心までが女性になるわけではない。けれども、性別は変わっても自分は自分だと言ってくれるだけで心が軽くなった気がした。


「……よくよく考えなくても、今の僕ってかなり女々しいのでは?」


 ゆっくりと起き上がってここ数日を振り返って、そう呟く。普段と大して変わらないのに、ちょっとした刺激がある度に理人に甘えてる気がする。

 目が覚めて女性になって混乱していたあの日も、理人に撫でられてからすんなりと受け入れていた。毎回撫でられて落ち着いてるって、あまりよろしくないのでは?と優は首を傾げる。


「もう本能的に求めてるような気がする」


 優は手遅れだろうなと思いつつ、今の自分との摺り合わせを行うべく彼の部屋へと向かうことにした。ノックの後に許可を得て入室すると、いつも通りの理人の姿がそこにあった。机に向かって課題をこなす彼の後ろ姿を見て、何となく隣に座った。

 理人はちらりと隣を見て優の姿を認識するも、気にせずに続けてと言われればすぐに視線をノートに戻してシャーペンを動かす。……流石に気にはなるようで、時折様子を窺うように意識していた。

 しばらく隣からじっと彼を眺めていたが一向に飽きる様子はなく、無言のまま部屋にシャーペンの音だけが響く。やがて課題に一区切りついた理人がペンを置いて横を向いた。


「……優。どうした?」


「ちょっと確認しようと思ってね」


 入室した時より近い距離でこちらをのぞき込んでいた優に、若干心臓が高鳴るを抑えながら平静を装った理人が尋ねた。その様子を不思議そうに見ていた優だったが、肩が触れ合う距離感には気にせず本題を思い出して口を開いた。


「僕って理人にかなり依存してない?」


 理人はいきなりの質問に目を丸くさせた後、顎に手を当てて思考する。正直最近の優の言動に覚えがあり過ぎる。

 理人が視線を優に向けたまま少し考えると、無言で彼女の頭に手を置くとゆっくり撫で始めた。頭を撫でられた優は心地よさそうに目を細め、もっとと催促するように理人に頭を寄せる。

 その様子に思わずどきりとする理人だったが、はっと我に返って撫でていた手を止めて優へ顔を向けた。


「俺だけがいない生活を想像してみろ」


「えっ、無理」


 問われた内容にもはや反射的に答える優は不満げに理人を見上げる。その不安げな眼差しと微かに震えた声に理人は再び頭を撫でると、彼女の強張った体から力が抜ける。

 大人しくされるがままの優を眺めながら、理人はゆっくりでいいから考えてみてくれと彼女の耳元へ顔を寄せて囁いた。間をおいて小さく頷いた優は、彼の胸元へ顔を埋めて温もりを感じながら想像の世界へと潜っていった。


「……!……っ、ぁ……」


 優は理人に言われた想像で、喪失感に苛まれて心が悲鳴を上げた。呼吸すらままならず、胸が締め付けられる痛みに涙が止まらなかった。この反応に理人は罪悪感に苛まれるが、予想していた通りで内心諦めの溜め息を吐く。理人は慰めるように背中をさすって、優の涙が収まるまで頭を撫で続けた。

 十分も経つと落ち着いたのか、優は疲弊した体を彼へ委ねた。優は震える唇をゆっくりと動かして、消え入りそうな声で呟いた。


「僕はもう理人無しじゃ生きていけないや」


「女になってから悪化したな」


 想像以上の結果に理人が苦笑しながら返すと、優が不満そうに呻く。その目には涙の痕があり、目元が赤くなっている。それでも理人の服の裾をしっかり掴んでいるあたり、変わらぬ様子に思わず苦笑が漏れた。

 依存心を自覚した優は、開き直って現状を受け入れることにした。そのほうが精神的にも楽だと判断した結果でもあるのだが。

 理人にこう声をかけたとしても許されると内心で言い訳をしながら口を開いた。


「今の僕なら社会的に問題ないんだよね。生物学的にも……」


「……この状況下でそれは俺が社会的に死ねるが?」


「そしたら理人はずっと僕の傍にいるでしょ?」


 優の怪しく光る目から粘りつくような視線を受けて理人は内心どきりとさせられた。その熱の籠った瞳で見つめられると、理人の心の奥底まで絡みついてくるような気がしてくる。

 どうやら思っていたよりも本気らしいと察した理人は耐え切れずに視線を逸らす。少しの間続いた沈黙は、冗談だよと優の一言で破られる。


「僕が理人の未来を奪うわけないよ。たとえ思ってても」


「おい。不穏な一言が漏れてるぞ」


「ふふ、でも理人には迷惑をかけちゃうから……本当に駄目な時はちゃんと見放してね」


 優は目を伏せて自嘲するように笑う。自分で言っておきながら否定的な未来を想像し、彼女の目には涙が溜まり始めていた。それを誤魔化すように肩口に顔をうずめて静かに泣き出した優を、理人は抱き寄せるとぽんぽんとあやすように背中を叩く。


「俺がお前を放すことはないよ。駄目になる前に直させるさ」


 その優しさが胸に沁みて余計に涙が溢れるも、優の心がじんわりと温かくなっていく。理人の服をきゅっと掴むと、彼は優しく頭を撫でた。その手つきが心地良くて目を細めた優は猫のようにすり寄る。その反応に思わず笑みを零しながら、理人は彼女の髪を梳くように何度も撫で続けた。


「……もぅ、げんかぃ……」


 心身共に疲弊した中で弛緩された優の意識は限界を迎えてた。彼女は呟きを残してあっという間に寝てしまったようで、彼の胸元から規則正しい寝息が聞こえてきた。理人がそっとベッドに寝かせると、傍らに腰掛けて優しく頭を撫でる。安心しきった優の寝顔を見て、理人は頬を緩めて頭を最後に一撫でしてから課題に取り組んだ。


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