4-同じ日常、違う日常
優が女の子になって数日が経ったある日、理人達はいつものようにリビングで寛いでいた。今日は平日の為、理奈は学校でいない。
理人と優はソファに並んで座りながら各々好きなことをしていると、洗濯物を干し終えた愛華がリビングに戻って来た。
「さあ!優ちゃんの服を買うわよ!」
唐突に宣言した愛華は腕を組んで意気揚々とする。その言葉に理人も優もきょとんとして愛華を見た。愛華は二人の視線を受けても動じず、堂々と胸を張っている。
愛華は優が着れる服を買いに行きたいようだった。優の持つ衣類に女物がある訳もなく、ぶかぶかの男物を着ている現状に痺れを切らしたらしい。
「あー…」
「えっと……、僕は別に……」
隣を見て納得した理人は、遠慮しつつ助けを求めていた優の視線に首を横に振った。
観念した優は大人しく愛華の申し出を受けることにして部屋へ着替えにいく。一応理奈から外出用に貰っていたパーカーを着て戻ってくると、理奈の服を着た優を見て愛華は満足げな表情を浮かべた。
「理人は荷物持ちね」
その後、愛華は優と理人を連れて街にある大型のショッピングモールへ向かった。卒業した学生達で普段より賑わっている店内を、愛華は優の手を引いてどんどん進んでいく。
ご機嫌に歩く愛華に手を引かれるまま優はついて行き、時々すれ違う人にぶつかりそうになる度に理人が支えて回避させる。
人混みをかき分けて最初にやって来たのは婦人服売り場で、女性用の服しか置かれていないエリアに男性である理人が足を踏み入れるのは躊躇われた。
「理人から見て大丈夫か聞きたいから来て」
遠慮がちに優に袖を引かれた理人は、彼女の無自覚な甘え方に翻弄されてたじろぎながら後に続く。
店内で愛華は手早くサイズの合いそうな服を何点か見繕って、優は促されるまま試着室へと放り込まれた。カーテンが閉められた途端に聞こえてくる衣擦れの音に、理人は落ち着けずにそわそわと訳もなく周囲を見渡している。
「理人、どう……かな?」
しばらくして恐る恐る掛けられた声に試着室へと視線を戻すと、恥ずかしそうにしながらも自分の姿を理人に見せる優がいた。
白のシンプルなシャツワンピースにベージュのカーディガンを羽織った姿は清楚な雰囲気があり、スカート丈や髪型も相俟って可愛らしさが強調されている。
理人は思わず息を呑むと、ジッとこちらを見つめる優に見惚れてしまった。
「……変?」
「―――ッ!すまん、見惚れてた。良く似合ってるよ」
理人は優に問われてハッと我に返ると、慌てて返事をする。その反応を見た優が胸をなでおろした時、ほんの僅かに頬に赤みがさしたことに理人だけが気が付いた。
唖然とするリヒトを訝しげに流し見つつ愛華は次の服を優へと手渡した。その後も十着程組み合わせを替えて試し、ようやく納得した愛華はレジで会計を済ませる。そのまま購入した荷物を理人に持たせると意気揚々と店を出た。
後を追いかけるようにして二人も次の店へと向かう。優は荷物を持ってくれてる理人に気を配るも、距離感を図り損ねて真横にピッタリとついていることに気付いていない。
時折振り向いてはニヤついた顔で視線を飛ばしてくる愛華を無視して着いた店の前で思わず立ち止まる。
「……俺は外で待ってるからな」
着いた店の内装を見るや否や、えっと驚く優の視線を振り切って理人は踵を返した。その背中に救いを求める視線を送る優だったが、愛華に引っ張られて店内へ入っていく。
一人ランジェリーショップの外に残った理人は、壁際に移動するとそっと息をついた。
「――あれ?理人じゃん」
黄昏ている理人がスマホを操作していると、画面に影が差した。聞き慣れた声に顔を上げると、そこには中学の友人の香奈が立っていた。
香奈はパンツルックにスニーカーという動きやすさを重視した服装をしており、小麦色の肌にショートの髪が映えて活発的な印象を受ける。
中学で使っていたテニスラケットを背負っていた彼女は、理人の視線に気づいてラケットバッグを後ろ手で軽く叩いた。
「察しの通り、高校でもやりたいからね。張替に出そうかと思ってさ」
理人の視線の意図に気付いたのか、香奈は苦笑しながら答える。中学時代はテニス部に所属していた彼女だが、高校でもテニス部に入るつもりらしい。
そんな話をしながら近況報告も兼ねて始まった雑談に花を咲かせた二人は、十分程話し続けた。
話していると、香奈がふと疑問に思いそのまま口にする。
「そういえば理人は何してたの?ぼーっとしてたみたいだけど…」
「ああ、それは……」
何と説明しようかと考えながら理人は顔を余所へ向ける。その視線の先は優達の入っていたランジェリーショップだ。
後を追うように香奈も視線を向けて、予想外の店に驚愕して思わず理人と視線を行き来させた。
驚いてる香奈を見た理人は頭に一つの案が浮かぶ。すると、店内にいた優が出てきたのを視界の隅に捉えた理人は優をこの場に手招きした。
「香奈だ。久しぶりだね」
「え、あれ?何処かであったことある?」
素で挨拶する優に、見覚えのない少女に久しぶりと言われて困惑する香奈。温度差が酷くてシュールだなと思いつつ、理人は優へ先ほど思いついた事を聞いた。
「そうそう。学校じゃ同性の協力があったほうが良いだろうし、香奈と理紗に事情を話しとかないかって思ってさ」
「え?……そうだね。迷惑掛けちゃうけど、僕もその方が助かるかも」
理人の提案に少し考える素振りを見せた優は、すぐに首を縦に振った。そして、事情を話すと決めた優は早速香奈へと向き直る。
置いてけぼりにされてぽかんとした表情を浮かべていた香奈は、二人の近すぎる距離感に違和感を覚えてもう一度優を見た。
「……まさかとは思うけど、優だったりするの?」
「おお、大正解!」
恐る恐る尋ねる香奈に、理人は目を丸くして答えた。どうやら、香奈は理人が言う前に気付いたようだ。
優は気づいてくれたことに目を細めて嬉しさを噛み締めた後、女になった経緯を説明した。
突然の展開についていけず呆然としていた香奈だったが、目の前の少女がかつての男友達と知って驚いて優の両肩を掴んだ。
「可愛い!!」
香奈は思いっきり優を抱きしめた。かつての姿では考えられないほどに腕の中に納まる少女に、色々な感情が入り混じった声で叫ぶ。
一通り優を満喫した香奈は満足して腕の中から解放する。しかし、名残惜しそうな目で見つめてなかなか肩から手を離そうとしない彼女に優が困っていると、愛華が袋を手にやって来た。
「あら、香奈ちゃんじゃないの」
「あ、愛華さん!お久しぶりです」
香奈は背後から現れた愛華に声を掛けられて、慌てて優の肩から手を退けた。
愛華は理人に視線を飛ばすと無言の頷きが返って来たので、未だ挙動不審の香奈に提案する。
「お昼はもう食べた?まだなら一緒にどうかしら」
「え、いいんですか!?是非ご一緒させて下さい」
思わぬ誘いに二つ返事で了承する香奈。理人も特に異論はなく、香奈のラケットを張替に出し終わった後に四人で昼食を取る事になった。