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3-いつもと違う朝

 翌朝、普段通りの休日が始まる。愛華が朝食の用意をして、先に食事を済ませた大和は出社する。理奈は身だしなみを整えて、理人がやっと起きてくる。

 その中に優の姿は無かった。


「あら、今日は遅いわね。まだ眠ってるのかしら?」


「様子見てくるわ」


 理人はリビングを離れて階段を上っていく。優の部屋の前でノックをしても返事が無いため、ドアノブに手をかけてゆっくりと回す。ベットの上に規則的に上下する毛布の山が目に入り、胸をなでおろして近づいた。

 理人は優を起こすべく布団を揺らして声を掛けるが、一向に起きる気配がない。強硬手段に出た理人は勢いよく毛布をはぎ取っていき、寝ている優の身体を揺すろうと腕を伸ばし―――固まった。


「優……なのか?」


 そこには一人の少女がいた。毛布の壁を剥がされ、空気に触れて寒さに身を縮めるも穏やかな寝息を立てている。

 肩甲骨辺りまで伸びた艶のある黒髪に、白磁のような肌。スッと通った鼻筋に、薄く色づく唇。もとより整っていた顔立ちは、より女性らしくなって美麗さを増していた。ぶかぶかの男物の寝間着がはだけて見えた、お腹から腰にかけてのくびれが艶やかしい。


「んっ……寒いよぉ」


「あ、ああ。ごめんな」


 寝ぼけ眼で目を擦りながらむくりと起き上がった彼女は、恨めし気に呟きながら手探りで毛布を探した。はだけた寝間着は辛うじて胸元を隠していたが、サイズの合っていない服は動くたびにずり落ちていく。

 無防備なその姿に思わず見惚れそうになるが、すぐに我に返った理人は毛布を彼女の身体にかけながら謝った。


「んー……?理人?おはよう」


「ああ、おはよう。その、理奈呼んでくるから自分の身体確認しとけな」


「うん……え?えぇっ!?」


 理人を認識すると、途端に覚醒したようにキョロキョロと周りを見渡して状況を把握しようとする。

 その仕草にドギマギしながら理人は理奈を呼びに行くべく部屋を出た。驚愕する声が聞こえてくたドアを背に、急ぎ足でリビングへ入る。


「理奈ッ!チェンジ!」


「えっ、突然なに!?」


「優が女になった。見た感じ近い身長だったからよろしく!」


 ええっ!?と疑問を拭えないまま理奈は優のいる部屋へ急ぐ。二階から賑やかな音がして、五分ほどで理奈が戻って来た。目を輝かせる彼女は優の手を引いてリビングに引き入れると、背を押して理人達の前に立たせた。

 現れた優は理人の予想通り理奈よりも少し低く、女子の平均身長より少し低いくらいだろうか。すらりと伸びた手足に、程よく膨らんだ胸元が女性であることを主張している。

 理奈が着せたであろうオーバーサイズのパーカーはぶかぶかで、小柄な体がより小さく見えた。視界の端にうずうずとしている愛華の姿を見た理人は、そっと道を開けた。


「優ちゃんなの!?可愛すぎるわ!!」


 飛びつくように優に抱き着いた愛華は、そのまま頬擦りするようにして撫でまわした。急な出来事に困惑していた優だったが、次第に慣れてきたのかされるがままに大人しくしていた。

 一頻り堪能した愛華は満足そうに離れると、今まで見守っていた理人が呆然と立ち尽くす優に笑いかける。強めに頭を撫でて我に返すと、その手を引き食卓まで誘導していった。


「優、とりあえず食べようぜ。腹減った」


「そ、そうだね。ありがとう」


 優は椅子に腰掛けると、目の前に置かれた皿に目を向けた。ふわりと湯気の立つ料理からは食欲をそそる匂いが漂っている。優は箸を取って挨拶をする。料理を口に運ぶと、美味しいと感嘆の声を上げて料理に舌鼓を打った。

 黙々と食べている優を尻目に理人も食事をとり始めた。理奈や愛華は先に食べていた為、席についてじっくりと優を眺めている。居心地の悪さを感じながらも、優はいつも通りのペースで食べていたつもりだった。


「優兄ちゃん、やっぱり食べるの遅くなってるね」


「あれ?理人はもう食べ終わったの?」


「俺はいつも通りだけどな。後、素直に残せよ?」


 理人は自分の食器を片していると、優の食事が思ってた以上に進んでいないことに気付く。先ほどから手を付けているのは半分ほどで、後は手つかずのままだ。理奈に指摘されて優は手を止めると、気まずそうに箸を置く。

 やっぱりと、理人は優の分の食器を持って台所へ向かう。洗い物を始めた理人に、優は申し訳なさそうな雰囲気をして俯いた。


「…………」


 洗い物を終えた理人は優の隣に座り、黙って優の頭を撫でる。優しく微笑む理人を横目で見て、優は何か言いたげに口を開こうとした。だが、結局何も言わずに口を閉じると、黙って俯いて理人の手を受け入れる。しばらく二人の間に言葉は無かったが、そこに流れる空気は穏やかだった。

 優が落ち着いた頃合いを見計らって、理人は撫でる手を止め立ち上がった。離れていく手を追うように顔を上げた優は、名残惜しい感覚を振り払って理人を見上げる。


「……ありがと。理人」


 優がお礼を言うと、理人は軽く笑って頭を軽く叩いてキッチンに飲み物を取りに行った。

 落ち着きを取り戻した優が一息ついていると、理人と入れ替わる様に理奈が優の元へニコニコと笑いながらにじり寄ってくる。そこはかとなく嫌な予感がした優は立ち上がって逃げようとしたが、すぐに捕まって抱きしめられた。

 可愛いねぇ…とねっとり言う理奈に捕まった優は、衣服越しに伝わる柔らかい感触に内心ドギマギしながら理奈に視線で訴える。

 じっと刺さるような視線を平然と受け止めながら理奈は言った。


「私の服でもいいけど、系統が違うから別の服着せたいなぁ」


「……とりあえず離してくれないかな」


「あ、ごめんごめん」


 パッと手を放すと、理奈は優の対面の席に座った。洗濯機に衣類を放り込み終えた愛華も席に着き、人数分の飲み物を持ってきた理人も戻って来た。出社した大和を除く全員が流れるように卓に集まったのを見計らって愛華が口を開く。


「それで、どうするの?優ちゃん」


「うーん……。とりあえず両親への連絡してみないことには始まらないですよね」


「そうよねぇ。優ちゃんの携帯から電話したほうが出るかしら?」


 確かにその通りだと優も同意し、ポケットから自分のスマートフォンを取り出した。以前と違うサイズ感に慣れない手つきで操作していく優を他所に、理奈はふと思い出したかのように理人の方を見る。先程理人が優にやってたことを不思議に思っていると、愛華が気付いてこっそり答えを教えてくれた。


「ふふっ、それはね―――」


 幼少期の優はずっと背が低かったらしく、前から数えても三番以内だった。その為リヒトとの身長差もあってよく頭を撫でていたそうで、今の優との身長差が丁度それくらいなのだという。

 理奈は理人が優にした行動に納得すると、自分も昔はよく頭を撫でられてたと思い出した。すっきりして嬉しそうにする理奈を見て、愛華は微笑ましく思いつつ昔を思い出して懐かしんでいた。

 優は両親の電話番号を見つけると発信ボタンを押してスピーカーモードに切り替えた。操作を終えて机の中央に置いたスマホから呼び出しのコールが鳴り始め、一回目が途切れる前に応答して繋がった。


『もしもーし、愛しの優ちゃんは元気にしてる?』


 聞こえて来る声は予想以上に明るくテンションの高い女性の声で、優は一瞬呆気にとられる。そんな優の沈黙を感じ取って会話は続けていく。


『ごめんねー!今三徹目だからちょっとおかしくなってるかも!気にしないで!!』


「お母さん……なにしてんのさ」


 おちゃらけた様子の母の言葉に、呆れてた優は思わずため息交じりにぼやいた。理人や理奈は苦笑しており、愛華は少し困った表情をしていた。

 優の声を聞いた母が納得したような声を出す。その母の言葉は、優が女になったことは想定内だと言わんばかりに落ち着いた声色をしていた。


『それよりもどう?私達からのプレゼントは』


「それなんだけど、―――」


 優は今の状況を掻い摘んで説明していき、この変化は狙っていたのかと問えば軽く肯定された。

 母が言うには、元々優の性転換は予定していたことらしい。一方的なものではなく、両方向の転換出来るように研究を進めているが、どちらも前例が無い為難航しているそうだ。被検体となる身体を集中して調べればいくらか進展があるのではないかと考え、今まで優に送り込んでいたのだと言う。

 今回の完成した薬も優専用に調整されたもので、今のところ他に成功例は無いと母は続けた。


「ちなみに優ちゃんがいつ性別が変わっても簡単に手続きが出来るように根回しは済んでるからね」


 優は母の用意周到さに驚きつつも、いつから計画していたんだろうと内心疑問に思う。だが、ひとまずは何かしらの方法で戸籍等の変更を行い、学校へ通う準備を整えてくれるようだ。

 それから二言三言質問を投げては返すを繰り返し、必要な事を聞き終えた優は一息ついた。ふと隣からの視線を感じて見ると、理人が複雑そうな顔をして優を見ていた。


「それじゃ、優ちゃんをよろしく!」


 抽象的なお願いに愛華達が了承の意を返せば、後でサンプル頂戴ね!と明るく言い残して母は通話を切った。最後まで自由に話してたな、と優は内心苦笑いしながら通話終了の画面が映るスマホを回収する。

 優がスマホをしまうと、理人は優に声をかけた。愛華と理奈はニコニコと楽しそうにしている。理人はどこか気まずそうに優を見ると、ゆっくりと口を開いた。


「優、俺はどっちで接したらいい?」


 理人は優が男でも女でも変わらずに接するつもりだ。だが、これだけは聞かない訳にはいかないだろう。男とし扱われるか、女として扱われるか。どうしても細かい対応が変わってくる。

 真っ直ぐに見つめる理人の問いに対して、優は迷うことなく即答した。


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