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脱出の計画

ミルが出ていってしばらく、俺は頭が真っ白な状態で固まっていた。


(使役って……どういう……)


そもそも、猫になって殺されそうになった事自体あり得ない事態なのに、使役獣にしたといわれたのだ。

悪夢だったとしても酷すぎる状況だ。

なんとか我に返れたのは、お腹が鳴ったからだ。目の前に置かれたミルクから何ともいい匂いがしていて、そういえば猫になってから何も食べていなかったことを思い出した。

こんな状況なのにお腹が空くんだと、なんだか笑いたい気分になる。

しかし、猫だから笑うことも出来ない。

少し迷ったがミルクに口を付けてみる。


「っミャ……」


ミルクは少し暖かくてとても美味しかった。ペロペロと舌で舐めとると美味しくて止まらなくなった。

気が付いたら、に半分口を突っ込むように飲み干していた。

お腹がいっぱいになると、少し気持ちも落ち着いてくる。


(取り敢えず、なってしまったものはしょうがない。ここからどうするか考えないと……)


慌てても仕方がない。状況を整理すれば何か解決するかもしれない。

俺は自分を落ち着かせるためにも考えることにした。

取り敢えずもう一度本当に使役されてしまったのか確認する。

そっと机から降り、もう一度扉から出ようとした。ミルは慌てて出ていったようで扉は少し開いたままになっている。

部屋はそんなに広くはない、何歩か歩くと扉に着いた。なんの変哲もない扉だ。木枠の段差もほとんどないし、扉を少し押したら十分に隙間が開いた。

しかし、いざ扉の外に出ようとしたが体が動かなくなった。さっき出ようとしたが体が動かなくなった時と同じ状況だ。

まるで見えない壁でもあるみたいに、全く外に出られない。

俺はもう一度机に乗り、今度は窓から出られないか試してみる。窓も光を入れるために少し開いていた。

なんとか猫が出られそうな隙間はあったが、こっちも出ようとした途端に体がうごかなくなった。


(本当に使役されているんだ……)


使役獣は主人の命令が絶対で、魔法によって拘束されている。

俺は魔法の事はあまり知らないが、それくらいは知っていた。兵士の魔法使いが連れている使役獣は主人の命令には従順に従うし、例え命の危険があろうとも逆らったりもしない。

戦いの場では使い潰すまで酷使することもある。


(使役獣は使役主の手足となって戦う……)


過去に見たその風景を思い出して血の気が引く。ミルと名乗った魔法使いがそんな使い方をするか分からないが、命を握られたのと同じだ。


(参ったな、問題が起こったと思ったら解決する間もなく、さらに最悪なことが起こってしまった)


俺はもう一度机から降りてどうにか出られないか部屋の中をうろつく。机の下や棚の周りを探って何か使えそうな物がないか調べてみる。

そんなもの、あるとは思っていなかったが、何かしていないと気が狂いそうだった。

グルグルと部屋の中を歩き回ってみたが部屋には特別なものはなにもなさそうだ。


(いっそのこと、ここに置いてある薬草を片っ端から食べてみるか?)


やけくそな気持ちになってそんなことまで考える。

どれくらいぼんやりしていたのか分からないが、早くしないと家主が帰って来てしまう

その時、机の上にあるペンとインクが目に入った。


(ミルの事はまだ信用できるか分からないが、俺を猫にした奴らとは関係はなさそうだ)


そうでなければ助けるなんてことはしないだろ。さっきは逃げることしか考えていなかったが、そんな事も言ってられなくなった。

どちらにしても、選択肢は少ない。今はわずかな可能性でもかけてみるしかない。


(このペンとインクを使って、こちらの意志を伝えられれば……)


俺は決意してペンとインクがある机に飛び乗った。


**********


ミルは店を出ると、村で少し買い物をしたあと家に帰った。


「よいしょ……ちょっと買い過ぎたかな……」


買った荷物を抱え直しながら、ミルは言った。魔法薬を売ったお金で生活に必要な物を色々買ったのだが、猫のためにと思って追加で買っていたら、大量になってしまったのだ。


「お金も使い果たしちゃったし……」


今日、売った薬の代金は全て使ってしまった。いつもは節約のために必要最低限の物しか買って来なかったのだが、喜ぶかと思って猫のおもちゃになりそうなものまで買ってしまったのだ。


「でも、これからは魔法薬も沢山作れるから、いいよね」


ミルは気を取り直して言った。昨日、薬を作った時もいつもの半分の時間もかからず完成した。それを考えればこれくらいの散財はすぐにカバー出来る。

それに、家で待っているだろう猫の姿を思い出すと、無駄な買い物だなんて思えない。


「このおもちゃ、喜んでくれるかな?」


誰かが家で待っていてくれるなんて、最近ずっとなかった。

ミルは早く帰りたくて早足になる。


「あれ?」


しばらく歩いたところで、道沿いの森の中で何か見えた。

よく見てみると怪しげな人影があった。深くフードをかぶっていて顔は分からない、何かを探しているような動きをしている。

もしかして、店の主人が言っていた怪しい人物だろうか。

じっと見ているとその人物も気が付いたのかすっと森の奥に消えていった。

ミルはなんなのか分からなくて少し怖くなる。


「村も騒がしかったし、しばらくは出歩かない方がいいかもしれない……」


そういえば、怪しい人物がいた場所は、猫を見つけた場所と近かった。

そんな事を考えていると家に着いた。


「ただいまー、いい子にして……」


そう言った途端部屋の奥でガコン!ガラガラガラガラと何かが落ちたような音がした。


「な、なに?」


ミルは慌てて荷物を置いて、部屋に駆け込む。

部屋に入ると黒猫が驚いた顔をして机の下に隠れてしまった。床にはインクの瓶が落ちて中味がこぼれていた。

近くにはペンも転がっている。

もしかして、珍しくて遊んでいて落してしまったのだろうか。

そして、運悪く机から落ちてしまって、びっくりして逃げてしまったのだろう。

床にはこぼれたインクを踏んでしまったのか肉球の足跡が残っている。

なんだかそれが可愛くてクスリと笑ってしまった。


「おーい、怪我してない?出て……」


そこまで言ったところで言葉を切る。命令したらすぐにでも出てきてくれるだろうが怖がっているかもしれないと思って躊躇する。


「どうしたの?大丈夫?」


そっと机の下を覗き込む。

猫は奥の方で警戒したように丸まっている。

あまり怖がらせてはダメだと思ってミルは待ってみることに。

しばらく待つと恐る恐る顔を出した。その顔は心なしか申し訳なさそうに見える。そっと手を伸ばしてミルは猫を抱き上げた。

よほどびっくりしたのか少し震えていた。猫はインクで汚れていたが、怪我はしていなさそうだ。


「大丈夫そうだね。でも汚れちゃったね」


ミルはそう言って立ち上がる。


「取り敢えず綺麗にしないとね」


そう言って部屋を出るとバスルームに向かう。そうして猫を空の浴槽に入れる。猫は少し嫌そうにもがいた。


「ごめんね。少しここで待っててね」


もう、大丈夫だと思って軽く命令をする。猫はすぐに大人しくなった。


「本当にごめんね。すぐ準備するから」


ミルはそう言うと急いでキッチンに向かい暖炉の火に鍋をかけ、お湯を沸かす。その間にさらに裏の井戸で水を汲んで汚れてもいい布も持って来る。

そうこうしているうちにお湯が沸いたのでそれを持ってバスルームに行く。


「お待たせ」


ミルはそう言うと猫を抱き上げバスタブにお湯と水を混ぜて温度を調節する。


「これくらいかな?」


そう言ってミルは猫をゆっくりお湯につける。


「大丈夫だよ。すぐに終わるからね。ちょっと我慢してね」


猫は水が苦手だから、嫌がるかと思ったのだ。しかし、手の中にいる猫はなにをされるのか分かっているみたいに大人しくしていた。

もしかして、さっきの命令が効いているのかもしれない。


「いい子だね」


そう言いながらお湯につけると軽く撫でてそっとお湯をかける。流石に暴れるかと思ったが、何だか慣れた様子で大人しい。もしかしたら、あまりのことで固まっているだけかもしれないが。

もし誰かに飼われていた猫だったのだろうか、飼い主が面倒なことになってしまう。


「こんな森の奥にいたなら違うと思うけど……」


ミルの家周辺には家はない。一番近くて農家のジョージの家くらいだ。農家の人はネズミよけに猫を飼っていたりするが、ジョージは猫がいなくなったとは言っていなかった。

とは言え猫がなんでこんなところにいたのか。

ふと、森で何かを探していた人物を思い出した。まさかこの猫を探していたのだろうか。


「まさかね……」


ミルは気を取り直して猫を優しく洗う。インクが落ちて水が黒くなっていく。


「ふふ、結構いたずら屋さんだったのね」


そう言いながら水をかけて汚れを落としていく。猫は言葉が分かってはいないはずなのに少し恥ずかしそうな顔をしたような気がした。


「大丈夫、怒ってないよ。私も不用意にあんなとこに置いてたのが悪かったよね」


そう言って頭を撫でる。そうすると猫は何故か微妙な、何とも言えない表情になった。


「あ、そうだ。せっかくだから……」


ミルはそう言って近くにある棚から何かを出した。


「高いからたまにしか使ってなかったんだけど、今日は特別だから」


そう言ったミルの手には石鹸を持っていた。


「綺麗になるし、いい匂いになるよ」


黒く濁ってしまった水を一度捨てて、また新しくお湯を入れると手で泡立てて、また猫を洗う。

石鹸の匂いが漂ってきて黒猫が白い泡に包まれる。猫はずっと大人しくしていて、なんだか心なしか少し気持ちよさそうだ。

猫の毛はとても触り心地がいい。猫は大人しく洗われていていつまでもこうしていたいと思った。

なんだかこれからの生活が楽しみになって来る。そうしてふと、今日村で考えた事を思い出した。名前をつけようとしたのだ。


「そうだ、ローグ」


思い付いて名前を呼ぶ。すると黒猫が驚いたような顔でこちらを見た。

目がまん丸になっている。


「今日からうちの子だから、名前を決めないとって思ったの。実は昨日、村に第二王子のローグ殿下が来ていてね。黒い髪に金色の目があなたと同じだから、この名前がどうかなって?」


首を傾げてそう話しかけてみたが、猫は微妙な顔をしただけだった。それはそうだ、こんな事を聞いても答えられるわけがない。

ミルは相変わらず微妙な顔をしている猫を見てクスクス笑い、泡を洗い流した。


「そんな事わからないよね……よし綺麗になった」


すっかり綺麗になったので持ち上げ、持ってきた布で拭く。


「そう言えば……村で聞いたんだけど、王子が行方不明らしいの……あなた、何か知らない?」


名前の事を考えていてその事もふと思い出した。冗談で猫のローグに聞いてみたら、ローグはまたもや微妙な顔をする。


「まあ、分かるわけないわよね。殿下がご無事だといいけど……でも、私には何も出来そうにないわね」


女一人で歩き回ったとしても見つかるとは思えないし、危険な動物に襲われて終わりだろう。妖魔も出る可能性もあるのだ、足手まといになって終わりだ。


「うん、だいぶ拭けたかな?」


もってきた布で包みながらごしごし拭く。猫のローグはこの時も大人しく拭かれている。

本当に大人しい、もしかして使役獣というのは使役者に対して何も出来ないのが当たり前なのだろうか。主人に危害を与えないというのは当然あるだろうが、どれくらいいいなりになってしまうのか分からない。

ミルは勉強はしてきたものの、使役獣を持ったのが初めてなのでそのあたりの細かい事が分からないのだ。


「そう言えば、あなた女の子それとも男の子かな?」


何も考えず男名のローグと名前をつけてしまったが、女の子という可能性もあった。

そう思ってミルは猫を裏返して後ろ足を広げて確認する。


「ミ、ミギャー!!」


すると猫のローグがびっくりした顔をして、掴んでいたミルの手を噛んだ。


「いた!」


ミルが驚いてそう言うと、ローグはしまったといった顔になってあわてて口を離した。


「びっくりした。でも鳴いた声初めて聞いたけど、可愛い声なのね!」


ローグの鳴き声は綺麗なソプラノでとても可愛らしかった。ミルは噛まれたことよりそれに気を取られてそう言った。噛まれたが甘噛み程度でそこまで痛くない。


「見られるのは嫌だったのかな?ごめんね、びっくりした?」


ミルはそう言ってまた布で拭き始めた。元の体勢に戻ったらローグも落ち着いてくれる。

でもなんだかホッとした。

血だらけで見つけて、なんとか使役獣にして助けたものの、この先どうなるのか不安だったのだ。

でもこんなに可愛い子ならなんだか大丈夫だと思えた。


「もういいかな……後は暖炉の前で乾かそう」


猫の毛は多くて、流石に布だけでは乾ききらなかった。ふわふわの毛はしっとりしている。ミルは立ち上がるとバスルームから出てローグを籠にいれると、火のついた暖炉の前に置いた。


「私はこれから仕事をするから、ここで大人しくしててね」


そう言うとローグはこちらをじっと見つめて大人しく丸くなった。わかってくれたようだ。

ハプニングもあったが、いままでの単調な生活に比べるととても楽しいと感じた。

ミルは荷物を置いたままだったなと、思い出しながら部屋を出た。

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