二人の出会い
鳥の鳴き声とかすかに木々が揺れる音がした。
目を開くと窓から朝の光が差し込んでいる。
(ああ、朝か……)
そう思った途端、見慣れない部屋が目に入った。一瞬混乱したものの、俺は何があったのか思い出した。
「ミャ!」
俺は慌てて起き上がると、周りを確認した。
部屋は少し古い建物だった。しかし、生活感がありきちんと手入れされている。大きな棚があり、本や瓶に入った薬草やつるされている植物などがある。
(ここは、あの女性の家か?)
起きたばかりで記憶が曖昧だが、死にそうになっていた時に、こちらを覗き込んでいた顔のことははよく覚えていた。
今、起きれているということは彼女があの傷を治してくれたのだろうか?
俺は籠のようなものに寝かされていた。布が敷き詰められていて心地はいい。
(あんなに酷い怪我だったのに傷がどこにもない……)
自分の体を見下ろす。毛むくじゃらの手が目に入った。そうして自分が猫になったことをいまさら思い出した。
流石にちょっと慣れてきたのか驚きは無かったが、夢じゃなかったことに少しがっかりする。
「ミュー……」
やはり、口から出てきたのは猫の鳴き声だ。
出来るだけ首を回して体中を調べてみる。何度調べても傷は形跡もなかった。
(不思議なことばかりだ。俺はあまり魔法に詳しくないが、こんなに綺麗に傷が治るものなのか?)
治癒の魔法があるのはしっている。でもあんな深い傷を、こんな短時間でにあとかたもなく消せたりは出来ないはずだ。
それとも、あれから何日も経ったのだろうか?
もしかして狼に噛まれたのが夢だったのだろうか?しかし、噛まれたあの感覚は夢だとは思えない。
毛だらけで肉球の付いた手で体を撫でてみる。痛みは何もない。
もう一度周りを見渡す。
この部屋には誰も居ないようだ。自分が入れられている籠は窓際の机に置かれてた。
籠から降りてみる。
机の上には本や筆記用具、棚においてある瓶や何か薬草のようなものも置いてあった。
この家の主人はどんな仕事をしているのだろうか。置かれている物や棚にある薬草を見ると、魔法使いか薬草師だろうか?
そういえば最近、薬草師の事を話した記憶がある。
たしか、部隊にいた副隊長が村にいる魔法使いが薬草師だと言っていた。
(でも……俺をこんな姿にしたのも魔法使いだ……)
誰が何の目的でこんな事をしたのかは分からないが、魔法使いが関わっているはたしかだ。ここに住んでいる奴が関わっているとは思わないが、心情的にすぐには信用できない。
助けてくれたのはありがたいが、早くここから逃げたほうがいいかもしれない。
何せ相手は俺をただの猫だと思っているだろう。人間だとわかって騒がれたら面倒なことになる。
(それに、俺をこんな姿にしたやつが探しているかもしれない……)
あれからどれだけ経ったのか分からないが、何か企んでいるかもしれない。
(ここから、逃げよう……)
「あれ?目が覚めたのね」
(……!!)
なんとかここから出られる方法がないか、探そうと机から降りようとしたら、部屋に誰か入って来た。
しまったと思って慌てて机から飛び降り、机の下にもぐりこんで隠れる。
「あれ?どうしたの?怖がらなくて大丈夫だよ?」
入ってきた女性は、気を失う前に見た女性だ。真っ白な髪に黒い瞳、肌も白く優しそうな雰囲気ではあるが、そう簡単に信用はできない。それにもし何も関係が無ければ、無関係の女性を危険に巻き込んでしまうことになる。
俺は静かにしながら様子を伺う。
隙を見てここから出よう。
「あ、あれ?どこいっちゃったのかな?」
女性は困った顔でウロウロと探し始めた。
動きはゆっくりで、おっとりした性格のようだ。
(俺の方が確実に動きが早い、全力で走れば……)
しかも入って来た時のドアは、開いたままになっている。俺はじりじりと距離を置きながら移動し、女性が膝を付き、かがみこんだところを見計らって、一気に走り出した。
「あ!!」
女性は驚いた顔をしたが、俺はかまわずドアまで走る。
「ああ。ダメ!外に出ちゃダメ!!」
(!!)
彼女がそう言った途端、もう少しでドアから出られそうだったのに、突然体が動かなくなってしまった。
(な、なんだ?身体が……)
何が起こったのか分からない。もう一度なんとか動こうとしたが体がいうことを聞かないのだ。
驚いていると、女性が慌てたように駆け寄ってきた。
「ご、ごめん。大きな声出して驚いたよね」
そう言って、俺を抱き上げて元居た籠の中に入れる。
「怪我の具合はどうかな?痛いところはもうない?」
女性は心配そうな顔でそう聞くが、俺はそれどころじゃない。なんでいきなり体が動かなくなってしまったのか分からなくて困惑する。しかも、籠に入れられた途端身体は動いた。でも籠から出てドアに向かおうとしたら、また体が動かなくなる。
すると女性は、俺が困惑しているのが分かったのか話はじめた。
「びっくりしたよね。ごめんね……」
女性は申し訳なさそうに言った。何が起こっているのか分からないが目の前の人に悪意があるようには見えない。
「えっと……まず、私の名前はミルだよ。よろしくね」
「…………」
俺は固まって見つめ返す。こんな風に猫に話しかけてくるとは思わなかった。
「っていうか話しかけてもわかんないよね……まあ、いっか。実はあなたの怪我を直すためにあなたを使役獣にしたのよ」
ミルと名乗った女性は照れたように言ったあと、とんでもない事を言った。
言葉がわかる俺はその言葉に固まる。
「勝手にしてしまってごめんね。怪我を治すにはそれしか方法がなかったの。さっき動けなくなったのは、主人である私が命令したからなんだよ」
ミルは申し訳なさそうにそう言った。
「……こんな風にいきなり、命令されるなんて嫌だよね。でも怪我は治ったばかりだし。外は危ないものもあるから」
そう言ってミルは優しく俺の頭を撫でる。
「元気になって、慣れて来たら自由に歩き回ってもいいから。あ、そうだ。ちょっとそこで待ってて」
ミルはそう言って部屋を出て行った。ミルはドアも開けて出ていく。
せっかくのチャンスだが、さっきの命令が働いているのか身体は動かない。
しばらくするとミルが戻ってきた。
手には木の皿。中にはミルクが入っているようだ。
「怪我をしてから一日、何も食べてないからきっとお腹も空いているよね……取り敢えずミルクね」
そう言って俺を持ち上げるとお皿の前に置いた。
「ごめんね。今はミルクしかあげられるものがないんだけど、この後村に行くから何か買ってくるね」
ミルはそう言ってまた俺を撫でる。どうやら、あれから一日しか経っていないようだ。
「私は魔法薬を作って暮らしてる魔法使いよ」
ミルはなにやら準備をしながら言う。どうやらどこかに出かけるようだ。
「今日は商品を納品する日だから、これから行かなきゃだめなの。お留守番よろしくね」
そうして、女性は部屋を出ていった。しばらく何かを運び出した後、家の中が静かになった。
俺はそれでもしばらくミルクの前で、頭が真っ白のまま固まっていた。