最後の打開策
ミルはその作戦をローグに伝える。
「竜に使役魔法をかけます」
「は、はあ!?竜なんて使役できるのか?」
ローグはなんとか竜の攻撃をよけながら聞いていたが危うく直撃するところだった。
「流石に使役は無理です。でも、術をかければその術に抵抗するために、一瞬でも動けなくなるはず」
「なるほど、そうやって隙を作るってことか」
ローグは使役された時の事は記憶が曖昧だが、なにかで身体を作り変えられたような感覚があった。あの時は身体を動かすなんてことはできなかった。
まあ、怪我をしていたのでどちらにしても動けなかったから、くらべても仕方ないが。
「そうです、そしてその時に。さっきフェイ局長に使ったこの薬を使って……」
そう言ってミルは瓶を取り出す。
脅かす程度の爆発のために作ったものだったが、局長に使った時想像以上の威力が出て驚いた。
しかし、あれだけの威力があれば鱗に傷がつけられるかもしれない。
「一つだけか?」
「いえ、残っているのは五つ。一気に使えば威力はさっきの何倍にもなります。これだけ威力があればあの鱗にも傷がつけられると思います」
ミルはそう言ったものの、あまり自信は無かった。
「本当に上手くいくのか?」
「いかせるしかないです。そうじゃないと、ローグ様また無茶なことしかねないですから……」
ミルはそう言ってローグの手首を見た。ローグもそれに気が付いたのか苦笑する。
「あれは、ああするしか方法がなかっただろ」
ミルが言っているのは、あの手枷をはずした方法だ。
ローグはあの手枷を外すために何をしたのかというと、腕を切り落としたのだ。
すぐに治るとはいえ腕を切り落とすのだ、とうぜん痛いし血も噴き出す。
しかも、使った剣はそんなに切れ味のいい物じゃなかったから、腕の切り口はぐちゃぐちゃだった。
見ているだけでもミルは吐きそうになった。
「あんな事、躊躇もなくするなんて……次はわざと竜に食べられて、身体の中から攻撃しようとか言い出しそうですから」
「……なるほど、その手があったか」
冗談で言ったのに真面目な顔をして、ローグは言う。
「だから!ダメですって」
ミルは流石に怒ったように言う。
「わかってるよ。流石にそんなことしないよ」
「冗談でも止めてください。噛み砕かれてバラバラになったら再生が難しくなるだろうし、時間がかかったらそのまま消化されて、本当に死んでしまいます」
ミルは呆れたように言う。でもそのお陰で、少し気持ちに余裕ができた。
「じゃあ、使役の魔法をかけるにはどうすればいい?」
「必要なのは術者の血。それを飲ませたら呪文を唱えて完了です。使役の呪文は一番短くて早いので、今回のことにはもってつけなんです」
「そっちも、かなり無茶じゃないか?」
ローグは顔を顰めて言った。その時またもや竜の攻撃が二人を襲う。ローグはまたもやそれを躱す。
「血を飲ませるのは……こうすれば……」
ミルはそう言って手をナイフで傷つけてハンカチにしみ込ませる。
「なるほど、それを竜になんとか食べさせるのか」
「難しいとは思いますけど……わざと食べられるよりましです。」
ミルは苦笑しながらも言った。
「そうだな、なんとかやってみよう」
「無理はしないで下さい。まだ血はありますから、チャンスはあります。私は少し後ろで見て竜の動きを伝えます」
使役者と繋がっているから竜の動きがより微細に分かる。そうすれば、避けてチャンスを作りやすい。
そうして二人は作戦を決行する。
ローグは竜の攻撃を避けつつ、竜に近づく。ミルは少し後ろに下がって、いつでも呪文を唱えられるように準備する。
竜は暴れてホールは滅茶苦茶だ。人の死体も転がっている。しかし、竜はこんなに暴れているのに疲れた素振りもない。むしろそこら中にまき散らされた血の匂いに興奮しているように見える。また、竜の尻尾がローグを襲う。
「っく……!」
なんとか避けたがまたダメージをうけてしまった。それでもミルが後ろから竜の情報を送ってくれるから何とか隙がわかる。
そうして、なんとか竜の懐に入り込んだ。
竜は大きいからその分自分の足元まで見えない。
「なんとかいけそうだ。それで……このハンカチを……」
ローグは踏みつけられないように気を付けながら竜が口を開けた瞬間、ハンカチを放り込む。
「ミル!今だ!」
「わかりました!」
ローグは攻撃を避けながら言った。
ミルは呪文を唱える。
慣れてきたとはいえ、体力がいつまでもつかわからない。それに攻撃されても死なないだろうが、あまりにもぐちゃぐちゃにされれば死ぬし、もし復活できたとしてもその間にミルが襲われでもしたら最悪だ。
「っく……しまった!」
その時、地面に落ちていた血だまりに足を取られて足が滑ったのだ。竜はここぞとばかりに大きな口を開けてローグに噛みつこうとした。
もうダメだと思った瞬間、竜の動きがとまった。
「かかった!ローグ様さがって下さい!」
魔法は効いたようだ。俺は急いで立ち上がりミルの近くに控える。後は爆弾を投げるだけだ。
「ミルいいぞ」
「はい!ローグ様衝撃に備えて下さい」
ミルはそう言って瓶を竜に投げつける。竜は動かないので、瓶はすべて当たった。
そうしてミルはまた呪文を唱えた。
その途端、凄い爆発が起こる。
「っぐ!!」
ミルが言ったとおりさっきの数倍の威力だった。
吹き飛ばされそうになったのでミルを庇う。覚悟はしていたが凄い勢いで壁に激突した。
酷い痛みが身体を走る。何本か骨が折れた感覚がした。あまりの痛みに一瞬きを失った。
「ローグ様!大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だ」
床に倒れこんだ衝撃で意識が戻った。しかし、まだ頭がクラクラする。よく見ると爆発の影響か壁の一部が激しく壊れ、外から丸見えになっている。相当な威力だったようだ。
「それより。竜は?」
そう言ってローグは竜の方を振り返った。爆発のせいか辺りは濃い煙に包まれていた。
ローグは剣を持ち直し備える。爆発でダメージを与えられれていればいいし、ミルが言っていたように鱗に傷がつけれていれば、なんとかそこが突破口になるはずだ。
ぶつかった時の痛みは徐々に引いてきている。なんとか戦えるはず。
「煙が晴れてきた」
「ミルは下がっていろ」
ローグはミルを背中に庇いつつ一歩前に出た。
煙が晴れて黒い影が浮かび上がる。やはり大きくて威圧感が凄い。
打てる手は全て取った。これがダメだったら、本当に竜の口の中に突っ込むくらいしか手がない。
その時、黒い影が動き煙が晴れた。
「そ、そんな……」
ローグの背後にいたミルが絶望的な声で言った。ローグの顔も暗い。
それもそのはず、そこにいた竜は先ほどとなにも変わっていない姿だったのだ。
「傷一つ付いてないなんて……」
本当に絶望的な状況だ。人を吹き飛ばし、分厚い壁を破壊するほどの爆発だったのに何のダメージも与えられなかったなんて。
「ミル……こうなったら無茶な作戦をするしかないかもしれない」
「ロ、ローグ様それは……」
「倒すのは諦めよう。生きていればどうにかなる、取り敢えずミルだけでも逃げてくれ」
王城は滅茶苦茶になるだろう。それでも生きていれば機会を伺えるしチャンスもあるだろう。
「で、でも」
「ダメだ。なんとか時間を稼ぐからここから逃げろ」
ローグはそう言って剣を構えて一歩踏み出す。
ミルは
煙が晴れた事で竜はこちらに気が付くギロリを狙いを定めるように睨むと、ひと際大きな声で唸り声を上げた。
その声に思わず怯む。
ジワリと汗がにじんできた。息を吐きだし覚悟をきめる。しかし、竜はこちらを睨んだままだ。
「うん?なんだ?」
攻撃されると構えていたが、何故か竜はまだ動かない。
「……ローグ様?何かあったんですか?」
「いや、分からない……」
ミルも不思議そうに聞いてくる。ミルから見てもなにかおかしいようだ。しかし、原因はわからない。
「急に大人しくなった?」
こそこそ、二人で話していたがそれでも動かない。
竜は相変わらず動かずこちらを見ている。そうかと思ったらゆっくり動き出した。
「ミル、油断はするな」
ローグがそう言って身構えた。
何かされるのかと思ったが竜はゆっくりと首を下げると、クンクンと匂いを嗅ぐ。さっきの興奮した姿と全く違って大人しい。しかも殺気を全く感じられないのだ。
「もしかして、ミルに興味があるのか?」
竜は匂いを嗅ぎながらローグの後ろにいるミルの方に向かっている。
「え?私?どうして……」
ミルも困惑気味だ。しかし、相変わらず竜は大人しい。ローグはふと変な考えがよぎる。
「……もしかして……使役が成功した?」
ミルは驚いた表情になる。
「ま、まさか……こんな大きくて力のある竜を使役なんて、前例がないですあり得ません」
ミルは疑わしそうに言う。ローグもそう思ったが状況的にそれ以外に説明できることがない。
「試してみればいいんじゃないか?」
「試す?」
「ロウの時みたいに、命令してみるとか?」
二人は困惑しつつも、こそこそと話す。その間も竜はじっと大人しくこちらを見ている。明らかにこの状況はおかしい。
しかし、試してみる価値はあると思ったのかミルは竜に小さく命令した。
「伏せ!」
その途端、竜は待っていたとばかりに伏せをした。ミルは唖然として言った。
「ほ、本当に使役できたの?」




