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第九話 ビゼル

続きです、よろしくお願いいたします。

「おかぁさん…?」

 遠くで鳴った大きな音に目が覚める。軋むベッドから立ち上がり、手探りで母を探す。いつもならすぐ帰ってくる優しい声も聞こえない。

 ふと、ひとの気配がした。声も無く、足音も無く近づく何か。


 「なんだ目が見えないのかお前。」

 聞いたことの無い低い声が暗い地鳴りのように腹へと響く。近い、すっでに目の前にいる男性であろう人物が、ゆっくりと屈むのが分かる。


 「不憫だなぁ、ほらこれをやるよ。」

 クツクツと噛むように笑った男は少女の目元を覆うように手を当てた。じんわりと温かい。


 「楽しめよ、お前の人生捨てたもんじゃあねぇぜ。」

 そう言った男が手を離すと僅かに風を起こしてその場から消えた。残された少女は熱を持った目元を抑えて静かに立ち尽くしていた。




 戦場に変わった街は昼間の喧騒が消えとても静かだった。北側の門から堂々現れた侵略者から逃げるように、住民は皆南側へ避難したと報告を受けている。

 大通り。中央広場から王城まで一直線に続くその道を悠然と歩く人影は、此方に気が付いたようで進みを止める。


 「驚いた、まだガキじゃあねぇか!なんだよやろうってか、ああ?」

 距離は遠い、しかし凄んだ気迫はこちらまで届いている。ぴりぴりと嫌に刺す空気が痛い。浅黒い紫色の肌、特徴的な角に爪が人間では無いことを伝えている。

 無い片腕を摩る、武器は無い。がしかし立派に鋭い牙を見せびらかしているところそんな物は必要ないようだ。


 「引率かぁ?騎士様も大変だ!くっはは!」

 そう笑いながら再び歩き始めた怪物はまっすぐにグランの目を見ている。敵は一人だと、見るのはこいつで十分だと判断したのだろう。


 「よくしゃべるね、天災ってやつに口がついてるとは驚きだ。」

 しかし当のグランは冷や汗を浮かべて腰に差した剣の柄を握りしめている。余裕の笑みで言い放ったのは天だ。彼はその場に胡坐をかくと、退屈そうに頬杖をついた。

 他の二人も彼に倣って腰を下ろす、立っているのは鎧を付けた騎士と奇抜な帽子を被った少女の二人だけ。


 その異様な光景に首を傾げる。いつもなら大勢の敵に囲まれ、次々と攻撃が飛んで来るというのに。お互いの顔が判別できる距離になって足を止める、見れば見るたび変な帽子だ、でかくて形もおかしい。


 「グランさんこれは僕の舞台だよ、役者以外は客席に!」

 明るい笑顔で言う彼女に騎士は引き下がる、警戒を緩めた様子はないがどうやら本気で少女にやらせる気だ。


 「俺は腕を取り返しに来たんだ、邪魔するならガキでも殺すぜ?」

 濃密な殺気が放たれる、常人なら足をすくませてしまうほどの空気に彼女は笑ってステップを踏む。軽やかな足運びは余興のようなもの、ショーの始まりを告げるのはいつも指鳴りだ。

 パチンッ


 「ショータイムッ!!」

 声高な宣言と共に摘まんだ帽子を脱ぎ捨てる。空中へ飛んだそれを思わず目で追うと中にはキラリと何かが光る。ナイフだ。


 「っとと!…くっははははっ!!こんなお遊びで俺と戦うのかよお前さん!あーくくくっ!笑えるぜぇ…」

 飛来したナイフはあっさりと鋭く長い爪で弾かれる。奇襲の一撃は静かに沈み、後に残ったのは男の笑い声。しかし、彼女は、魔術師マジシャンの彼女は不敵に笑う。


 「まずは千の刃から。」

 クルッとワンドを回す、すると男の周囲に現れたのは無数のナイフ。どこから現れたのか、異様な数の銀の刃がこちらを見ている。咄嗟に上を見るがしかし、押さえつけるように滞空するナイフの雨。


 指鳴りに呼応して降り注ぐ千の刃が男の体に突き刺さる。鋼の剣でさえ通さない皮膚のはず、ただのナイフじゃあない。


 「あ?…んだこれ。」

 一瞬の出来事に間の抜けた声が出てしまう。理解がやっと追いついた、俺は今攻撃を受けている。一つとして反応することが叶わなかった、本当にあっという間の出来事に目の前で笑う少女を睨む。


 「さすがに死なないか、想定内想定内っ!」

 「何もんだぁお前ぇ…っ!!」

 全身に闘気を巡らせ弾き飛ばそうとしたナイフの全てが霧散する、魔法か…?


 「…スーパー魔術師マジシャン、人はそう呼ぶよっ!」

 ワンドを高く掲げた少女が声高に叫ぶ。

 何か来る、咄嗟に地面を蹴って身を引いた。魔法使いには近距離戦が有効であるはずなのに、直感が身を引かせた。


 ズンッ

 と短い音が響いた。冷や汗が流れたのは初めてだ、あれはヤバイ。目の前の景色は何も変わっていないというのに、得体の知れない恐れが身を震わせる。


 「何が起こったんだ…っ。」

 「空気の圧縮だよ、あの男がいた場所の空気をプレスしたんだ。…恐ろしいね。」

 思わず呟いたグランの言葉に花蓮が答えた。嬉しそうに笑った彼女はどこか得意気に語る。


 「いやぁ花蓮の真似をしたんだけど、やっぱうまくいかないね!」

 闘技場で見た花蓮の能力、人体の圧縮を一度見ただけで真似されては立つ瀬が無い。しかし今避けていなければ同じことになっていたであろう。


 「んーやっぱり直接の干渉は無理だね、魔法にも限界があるみたい。でも…」

 前方に向き直る、立て直した男が身を屈めて突進体制を取っている。

 

 「ガキがぁ…舐めやがってぇえ!!!」

 轟音と共に踏み込む、次の瞬間に眼前へと迫った男は横凪ぎに爪を振るった。

 「あっぶないよぉっ!!」

 ひらりと交わした冬花は次々と襲う連撃を華麗に躱す。


 「くっそ!もう一本ありゃあな!」

 「確かに、避けきれなかったかも!」

 悔し気に叫ぶ男とは対に、冬花は楽し気に踊る。加えて頭上に形作られていく氷の矢。冷気を纏った小さな群れが高速で飛来する。


 ワンドの動きに合わせて追尾する氷の矢を手で潰し、体で受けながらも目の前の小さな魔術師に攻撃を浴びせ続ける。


 「腐蝕しやがれ…っ。」

 ゴポゴポと喉の中で後を立てる炎を勢いよく吐き出した。

 溶かし蝕む炎の息


 濃い紫色の炎が冬花を襲う、竜の吐くブレスの様な攻撃は触れた物を溶かし徐々に損なっていく狂気の炎だ。


 「うわっ!…なんて、飛び道具は私の専門なんだ!」

 驚いた顔を喜色に変えた冬花は、奇抜な帽子を炎に向ける。まるで吸い込まれるように、帽子が炎を飲み込んでいく。

 男の吐き出した全てが穴に消えた。驚愕にたじろいだのも束の間、彼女が帽子をワンドで叩くと中から炎が湧き出て来る。


 「おいおい…奪いやがったな!」

 「うん、今度は僕の番!」

 紫の炎で作られたのは細長い龍だった、それはうねり咆哮を上げる。空中を泳いだ龍は舞い降りて地面を這う。道を削りながら迫った炎の龍は躱そうとする男に食らいついた。


 「ぐっくそが…っ!」

 元は自分の、しかしダメージが無いわけではない。それに微量ではあるが中に混じった別の炎が身を焦がしていく。

 

 龍は過ぎ去った、顔を庇った腕をどけると目の前に少女がいない。気配のした頭上を見上げるが既に遅かった。


 「ファイアーハンマー!!」

 蒼く揺らめいた炎が模る大槌が、咄嗟に出した鋭い爪ごと押しつぶす。鈍い音も焼き切るように、全てを押し潰した。


 「まだまだぁ!」

 地面にめり込んだ男に降り注ぐ追撃、空中で増幅する雷が光を纏って降り注いだ。

 当たる直前、跳ね起きた男は無我夢中に飛び退く。


 しかし、地面へ当たるかと思った雷撃がほんの僅か上で帯電する。光が飛来する直前に見えたのは彼女がワンドを振る姿だった。


 「がぁあああぐっぅぅううがはっ!!」

 激しい電撃が身体を襲う。自由の利かない手足に、焼ける皮膚をさらに焼く熱が苦しさを増す。

 熱い、痛い。声さえ出ない時間が永遠に感じる程長い。電撃が消えたのは十秒後、全身から煙が上がり焦げた臭いが充満する。

 頭の中を巡るのは困惑と驚愕だけ。見たことも聞いたこともない大魔法、しかもそれを連続で放てる膨大な魔力量に戦慄する。


 「でも、数は負けないよ花蓮。」

 そう言って笑った冬花はワンドを上に振る、動きに合わせて男の身体が宙に浮く。  クイッっと手前に引く動作に男が飛んで来ると、目の前でフワフワと滞空した。

 

 「な、にしやがる…っ!」

 まだ意識があるようで、睨みを利かせるが既に満身創痍な男は動かない手足を必死に伸ばした。

 バツッと何かが弾ける音、着地した男が荒く息を吐く。ニタァと笑った顔に底冷えする空気が漂うのを感じた。


 「ははっ本気になった…」

 ビリビリと刺激的なオーラを出す男が気だるげに首を鳴らす。

 「さっきから驚かされてばっかだからなぁ…これ貰うぜぇ?」

 音も無く隣を通り過ぎたのに気が付いたのは、既にグランの背後に置かれたケースから腕を取り去った後だった。


 持ち主に戻った腕が再生する。驚異的なスピードで結合した腕の感触を確かめた男は軽い笑みを零した。


 「あはっ…やばいかも…っ。」

 一瞬にして戦況が変わった。余裕のない笑みを浮かべた冬花に対して、グルグルと腕を回す男。


 「今までのは演技?」

 そう思ってしまうほどの変わりように困惑する。

 「んいやぁ?おおマジだぜ、今もどうやって殺せばいいか考えてるところだ。」

 あっさりとした言葉に込められた本気が伝わってくる。何も言えない冬花を尻目にスタスタと距離を取った男が再び戦闘態勢を取った。


 「家を壊さねぇように加減してたんだが、本気で死んじまう。」

 「善人みたいに言うねぇ。」

 ショーもクライマックスへと突入する。男も加減を辞め、冬花も本気だ。


 「悪だよ俺はな。人間を殺す怪物だ。」

 「そう、じゃあ敵だ。」

 「ああ満足か?くくっ。」

 「…何が目的なの。」

 揺らしている。心が、言葉に揺らされている。天が言っていた、何が善で何が悪か。見極めるにも情報が足りない。


 天災って言われたから?国が二つ滅んだって言われたから?犠牲が出たって言われたから?

 目の前に立つ男は奪われた腕を取り返しに来ただけなのでは、殺そうと思えば腕を取った時に出来たのでは。第一最初から本気で戦っていたのは何故。グルグルと思考が回転する。思い出せ、何を信じるのか。


 ワンドを下ろす。

 「なんだ戦意喪失か?」

 嘲るような笑い声。

 「僕は、マリオネットじゃ無いから。僕が信じるのは僕自身。君はまだ…僕の敵じゃない。」

 男はつまらなそうに息を吐く。なんだ、と残念そうに呟いてはいるがその声には安堵が見えた。


 「見逃してあげるよ、今日だけね。僕は冬花、君は?」

 「俺が見逃してやるんだよ…ビゼルだ、頭に刻んでおけよ?」

 一滴涙を零した彼女は決意の火を瞳に灯す。これは警告だ。次目の前に現れるなら、敵とみなして必ず殺すという自分への言い聞かせだ。

 

 ビゼルと名乗った天災は、涙を流す少女に最後にかましてやろうかとも思ったが、後ろで立ち上がったもう一人の少女を見て爪を仕舞う。やられると本能が告げたからだ。


 「またな冬花とやら、それに他の四人もなぁ!」

 メリメリと音を立てて背中から生え出た翼を広げ、ビゼルは飛び立つ。

 勝ったと両手放しで喜べない結末に肩を落としながら、冬花は彼の姿を見えなくなるまで追っていた。

ありがとうございます。次回も是非。

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