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第七話 奇劇の幕開け

第七話です。よろしくお願いいたします。

 パシッ

 乾いた音が短く響く。振られた顔から雫が落ちて地面を濡らした。


 「痛いなぁ紗菜…」

 「ごめんでも…これで許すから。」

 群れた瞳で頬を叩いた彼女を見送る花蓮は、熱を持った顔を抑える。


 「天ぁ!」

 飛び込んだ体を優しく受け止める。えんえん声を上げて泣く冬花は大粒の涙と鼻水を擦り付けた。少し遅れて駆け付けた紗菜も皆の輪に入り込む。


 「怪我は、無事?」

 「ん、少し寒いな。」

 おどけた彼を見回すが、どうやら服の汚れさえないようだ。先ほどの衝撃的な光景、今も残る巨大な氷塊に目を移す。確かな冷気を放つ氷は溶ける気配もない。


 「ま!無事なら良いさ。それより…」

 「皆様何故そんな冷静でいられるんですか!?」

 瞬の言葉を遮ったのはしばらく呆けていた王女殿下だ。似合わずに大声を上げた彼女は息切れと赤い顔を見せた。


 「何故当然と笑顔でいられるんです、何故二度も死んだはずのソラ様が無傷で立っていられるんです、何故誰も疑問を抱かないんです…っ!」

 なぜなぜ…消え入るような声は無理もない。目の前で繰り広げられた闘いを何も感じずにいられるなんて有り得ない。


 「…すみません、取り乱しました。皆様の能力はどれも桁外れに強力で、どれもこの世界には無いものでした。それで…」

 「大丈夫だよリーナ私たちも驚いてる。でもなんかね、天ならなんとかなるって。もちろん死んじゃったとも思った、ううん…うまく言えないんだけど。」

 リーナの肩を抱いた楓は頭の中で必死に言葉を探す。形容するのは難しい、直感か予感か、あるいは予知に近いものだったのかも知れない。


 「んまぁあれだね…ほんと無事で良かった。」

 心配性なさくらの安堵に皆ほっと息を吐いた。


 

 闘技場の扉が開かれる、勢いよく現れたのは装いを変えたルーナだった。


 「お姉様!」

 白いスカートを揺らしリーナに抱き着く彼女は、まだ幼い笑顔を見せた。おかげで心を落ち着かせたリーナは優しく頭を撫でつけると腰を落として目線を合わせる。


 「ルーナ。あなたも王女なんですから、それに先ほどは挨拶もしないで…」

 「むぅ…」

 むくれたルーナを静かに諭す。謁見の間の扉前、最初の会合の時には駆け付けたエルザが彼女を連れていってしまった。


 「ほら。」

 「…第二王女、ルーナ・フォルデ・ユートリアです。えっとよろしくお願いします。」

 緊張した面持ちで挨拶する彼女に忍び寄る二つの影。目を光らせて指を蠢かした二人は人垣の背から飛び出した。


 「るーなちゃぁん!!」

 重なる二人の声。小さい彼女を押し潰してしまうような勢いで抱き着いた楓とさくら、相変わらず可愛いものに目が無いのか目の色を変えてルーナを撫でている。


 「ちょっ二人とも!嫌がってるから…えっとルーナちゃんだね、私は紗菜。」

 鬱陶しさを露わにした顔を見て堪らず紗菜が助け舟を出した。二人を引き剥がした時に残念な顔を浮かべたのは気のせいだろう。


 「うん…サナ、さん。よろしくお願いします。」

 「お行儀良いのね……ゕゎぃぃ。」

 無意識に撫でてしまう衝動、ハッとして引っ込める手には柔らかい髪の毛の感触が残っている。一瞬の名残惜しそうな顔に尾を引かれるが後ろの二人の目が怖い。


 「その服も可愛いな、もうしわくちゃにするなよ?」

 天が前に出る。その言葉に身構えたルーナは腰を落とすと、少し朱に染めた頬を隠すように握り拳を上げた。


 「うぅぅ可愛いって言うな!」

 小型犬のように吠えたルーナを後ろに立った姉が威圧する。

 

 「それで、何をしに来たのかなルーナちゃんは。」

 いつの間にか立ち直っていた花蓮が天の背後から顔を見せる。端正な顔立ちに流れた雫の跡が新しい。僅かに感じるナルシズムが鼻に付く。

 口ごもる彼女は何かを隠しているようで、それが何なのかはすぐに分かることになる。


 「姫!姫!どこにいらっしゃるんですか、姫―!」

 聞き覚えのある声が響き渡る。闘技場の扉が開かれるのとほぼ同時、慌てたルーナが天の後ろへと隠れた。


 「リーナ様失礼いたします。」

 「ご苦労様エルザ。はぁ…ルーナ、困らせちゃあだめでしょう?」

 天の後ろに可愛く隠れた少女に目を向ける。自慢の長い髪が足の影から飛び出し揺れている。


 「あーっと…少し借りてるんだ、なぁ皆。」

 突き出されると思った彼女は天の一言に少し驚いた様子。皆彼に合わせて頷く隠れて笑顔を見せた。


 「それは…申し訳ございません。姫失礼の無いようにしてくださいね。」

 口からのでまかせであると気づいてはいるようだ、しかしエルザはそれ以上言い寄ることもなくその場を後にした。


 「なんで…?」

 か細い疑問、天の服の裾をギュッと握り不安そうな顔で見上げている。

 「いや、どうせここに来たなら面白いものを見せてやろうと思ってな。」

 含むような言葉に笑顔、今から何が起こるのか十人だけが理解していた。




 「冷たい…っ本物の氷がなんで?」

 闘技場に入ってから嫌にでも目についていた氷塊に触れたルーナ。薄着には酷な冷気が身体を震わせる。


 「見ててね!」

 楓が両手を当てる。不形ぶなりの氷塊が奇妙な音を立て始めると、徐々に形を変え始めた。ボコボコとまるで液体のように動く塊は何かを形作っていく。



 「うーん…完璧かな!」

 僅か五分ほど。不格好だった邪魔なだけの大きな塊が美しさ纏っていた。彫刻のように細部まで再現されたのは教会で見た石像。

 楓の節制の能力、それは仲介者。相反した二つのエネルギーを反発しないように循環させ、調和させる。

 

 物体の融合、調合。本質を生み出す錬金術を行使するこの力で作り出されたそれは、この世界で神と崇められる尊き存在。そして彼女たちの最終目標でもある憎むべき存在。


 「すごい!」

 「まだまだ、瞬!」

 「はい…よぉ!!」

 感嘆の声を上げるには早い。楓からバトンタッチされた瞬は、氷像に相対すると固く握りこんだ拳を思いっ切り突き立てた。


 蜘蛛の巣状に走る罅、ビキビキと音を立てた塊は今にも崩れそうだ。

 「はい皆目と耳を塞いで!」

 そう言った忠成の手には銀色に輝いたラッパが光る。言葉通りにした瞬間、僅かに身体が震える感覚。


 目を開けた、そこに舞う小さな氷の結晶達。ほんの一瞬のことなのに小さな彼女の目にはゆっくりと映った。美しく氷が弾けた幻想的な光景が瞳に焼き付いた。

 言葉も出ず、唾を飲み込む感嘆がはっきりと聞こえた。


 「どう?名付けてアイスエクスプロージョン!…最高でしょ!」

 胸を張った楓、ネーミングセンスは抜きにしてこの演出はなかなかに凝っている。神を壊す、反神の意味を込めた一撃が美しく炸裂した。


 ルーナへの余興の成功にハイタッチを交わす三人。

 「ねぇねぇ、他は他は!」

 幼い彼女は興奮した面持ちで息を荒くする。期待に応えようとそれぞれが自分の能力で何かできないかと考え始めた。

 

 「やっぱ驚かせるって言ったら私だね!」

 指を鳴らした冬花が得意げに前へ出る。シルクハットをくるくる回し、ワンドを掲げた。

 これから始まることを想像したルーナは目を輝かせた。


 しかし、幸福の時間とは長く続かない。


 「失礼します…っ!」

 息を切らしたエルザが再び扉を開いた。皆の目が一斉に集まる。ただ事ではない、彼女の様子を見て誰もが感じ取った。


 「襲撃です…っ。」

 その言葉に幼い彼女も事態を把握し始める。

 「天災が、この国を襲撃し始めました!」


 それは唐突に、そして怒涛の衝撃を持った幕開けだった。

読んでくださりありがとうございます。

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