8話
ルノースの言う、戦士訓練場は町の外れ。出口ギリギリのところに立っていた。
よく見ると、この門の周辺は防具を身につけている人が多い。どうやらプレイヤーっぽいボロ布棍棒マンもチラホラと出入りしているようだった。なるほど訓練所というのは本当らしい。
俺たちも、ルノースに言われるままに、新兵、じゃなかった。冒険者、でもない、戦士になるために、立派なプレイヤーになるためにやって来たのである。
この世界のプレイヤーの立ち位置って結局何。
「グラスさん。早速入ってみましょう。リアルな冒険者ギルドって感じでメチャクチャ良いですねえ。興奮します」
「すげー、ラノベ系と言うより、洋ゲーとか北欧原作の小説に出てきそうだ」
綺麗なビジュアルの建物は今までにもあったが、ここには五感を直接刺激するような、音、匂い、熱、そして生活がある。現実よりも、美しいなにかがある。まるで本物の異世界に来たこのようだった。
「結構人が居ますね。本来の仕様だと現地人とプレイヤーは見分けつかないですけれど、プレイヤーの服装がみすぼらしくどれも同じなのですぐに分かります」
フレンドは、名前が緑とかで強調表示されるから分かるけれど、それにしても相当近くまで寄らなければ名前が表示されない。現地人と日本プレイヤーはモデルの顔つきで判別できるが、それ以外の要素では全然区別がつかない。至近距離まで行かなければプレイヤーも現地人も名前が表示されないものだから、すさまじい没入感だ。
「現地人って呼ぶのも収まりが悪いから、他に良い呼び方誰か考えてくれないかな。もはやプレイヤーが異邦人なのかすら分からん」
そんなマイナスな所で統一感があるプレイヤー達の中でも見分けがつくのもいる。きっと武器を帯剣せず、奴隷式ボロ布下着と違い、ちょっとまともな初期防具を着ている俺も目立っているのだと思うけど。それ以外にも。
「全部が全部同じ服装ではないけどね。ほら、あそこに居る奴とか白にカニのバンダナ腕に巻いているだろう」
「本当ですね。けどそれがどうかしました?どこかで拾ったんじゃ。ゴブリンのドロップ品とか」
入手元はそうかもしれないけど、見るのはそこじゃない。
プロゲーマーと言う職業が世間に認められると、食えるプロが大量に増えた。大昔には一部のトッププロ以外は一本では食えないプロだったが、今はプロ未満でもそれなりに儲かる。
俺はそういう人間をセミプロと呼んでいるが、プロとの最大の違いはスポンサードを受けているかだろうか。よくCMスポンサーがチャンネルにつきましたと、タレントが話しているのをよく聞くはずだ。
プロは大会賞金に加え、広告料や企業からの出資を手に入れ、そして責任もついて回る。そう、プロはどこまで行っても組織なのだ。
「アレはどこかのチームの情報収集メンバーだよ。普通のゲームにもアナリストと呼ばれる、戦術面を研究する人材がプロチームにいるだろう。こういう競技性よりも、複雑で競争性が高いタイトルの場合はより多くの情報収集の専門家が必要になるんだ」
「大変なんですねえ」
ただ、数が多ければ良いわけじゃないのだけどね。同じ所を大群で歩いて回っても仕方がないし。これからこのアンリミットの人気が出れば、1つのプロチームで複数の攻略チームを抱える所も出てくるだろう。
「見てみろ、表情がまず違う」
本当に懐かしい。
「どうしたんですか。喜んでいるのか悲しんでいるのかよく分からない顔して。やっぱり私は邪魔でしたか」
はあ。何でそんな話に。今後悔するぐらいなら、あの日酒を飲んだことを後悔して欲しい
「別にそんな事は無いよ。ただ、俺も結構長いことセミプロとしてVRゲームに向き合ってきた訳だよ。決勝とかで血湧き肉躍る戦いをとか、適当なことを客に対するリップサービスに言ってきた。実際楽しくもあった。ただ、もしこの世界に来てからだったら、全てが薄っぺらく見えてきてしまうだろうなってさ。それぐらいこの世界は楽しく出来ている」
「何をおっさん臭いこと言ってるんですか。そんなに戦いたいなら、その強敵さんとやらを、この世界に呼んできたらどうです。サービス初日なんですから、思い出に浸るタイミングじゃないですよ。楽しく出来てるとか格好つけてないで、私たちが楽しみましょう」
「そうだね」
扉をくぐり抜けると、そこはよくならされたグラウンドのようだった。よく見た目よりもよっぽど広い。受付なんかは更に奥、別の建物に続いている。的や巻藁のようなものが配置されていたり、あの大岩を持ち上げているのはダンベルみたいな感じだろうか。様々なふにゃふにゃの武器。訓練する半裸の若者、レスリングのように組み合う男や女、そして教官らしき人物もいた。あ、股に前蹴りが当たった。レスリングじゃなくてパンクラチオンだったらしい。
「結構ちゃんとしてるな。ゲームの中で筋トレするのはごめん被るけど」
ゲームの中でやる稼ぎは、レベル上げだけで十分だ
「ですね、目の保養ですが、自分が泥まみれになるのはごめんです。良い太もも」
変態の首根っこを掴んで引っ張るが、ウソゴトの目線は絡み合う戦士から離れない。
ダメだコイツは外来種だ。ここに入れちゃあ行けない生き物だったんだ。こいつらはシロアリのように、男の絡みに群がり食い尽くす。
と冗談でも何でもないが、戦う女の子を魅力的に見えたのも事実。ここもその内プレイヤーの波に飲まれそうだな。
訓練場を通り抜けると鉄格子が目立つ空間へたどり着く。牢屋、いやコロシアム?金網デスマッチ的な。鉄柵だけど。
そこに居たのは、他の有象無象とは違い、立派に装備を調えたプレイヤーの男だった。
「お、もしかして想滋か」
誰だ。いきなりネットゲームで本名を呼ぶクソ野郎は。
そこに居たのは美形な男性アバターの男だった。ユーザーネームはmonsiro、モンシロ。色は緑。ユーザーネームが緑のプレイヤーはフレンド登録されている誰かだ。このゲームを始めるにあたって、フレンド登録をしたのはウソゴトさんただ一人。
この男は前作でフレンドだった誰かということだった。
「蝶名林咲さんじゃないか。天下のプロプレイヤー様が、ネットマナーもご存じでない」
「蝶名林って、あの蝶名林ですか。プロゲーミングチームのラビリンスに所属している」
騙されるなウソゴト。コイツは世間じゃアイドルかのような扱いを受けているが、女が好きで、酒が好きで、ゲームが好きなだけの男だぞ。
あれ普通だな。顔が良くて、特権階級ではないものの、かなりの稼ぎがある。解説業もやっていてそれなりに将来性もある。もしかしなくても優良物件なのでは。
「で、アゲハ。ところで何でユーザーネームがageha39じゃないんだ。プライベート?」
「悪かったからモンシロって呼んでよ。うん。これでも世界4位だからね。古巣のゲームが出たからってすぐ移行とはいかないよ。契約もあるし、うちは何でもかんでも部門を新規設立できるだけ大きくないからね」
何を隠そう、このアゲハは有名人。今、最も注目されているゲームタイトルが、デザイア、アンリミットなら、この男の注目度はそれに匹敵する。現覇権タイトル、レジェンドオブアストラル。その世界大会を第4位、日本1位で終えた、ゲーム業界で今一番ホットな男である。
一昨日に、日本食が旨いみたいな陳腐なタイトルの大食い配信で、約20万人を集めていたのは記憶に新しい。それもあって、おそらく今はしばらく大会もなくオフ。このゲームは遊びでやっているのかもしれないが、息抜きもゲームとは呆れたプロ根性だ。
この男のチームは部門を新しく作る資金がないのではなく、どうせ部門を作るのなら強いプレイヤーをスカウトしようと考えているのだろう。
「けど、お前の所のチームってデザイア・リミットブレイクからのメンバーがほとんどだろう。やっぱお前にも声がかかるんじゃないのか」
「うーん、どうだろう。俺は続けるつもりなんだけど。何人かはプロを引退しようと思っている人も居るから分からないな。なにせ、俺がチームじゃ最年少。こう言ってはなんだけど、かなりの老人チームだから。LOAを続ける可能性半分、アンリミットに移行する可能性半分かな」
「アゲハは今いくつだっけ」
「25才」
アゲハが俺の2つ上か。入れ替わっているかもしれないが、おそらくチームメンバーもかなり若いはずだ。
すると今回の大会でゲームに飽きてしまったのかもしれない。今時、薬学治療やら、ナノマシンやらで、生きてる限りはプロゲーマーが出来ると言われている世の中だ。だからこそ、幼い頃から続けたプロとしての生き方をやめる人も多いと聞く。何せプロゲーマーはかつてのプロスポーツ選手を超える人気職業、LOA日本1位の実績があれば、ネットタレントでも隠居でも何でも出来る。
「けど、グラスが入ってくれるなら、俺もアンリミットに移行するよ」
「無理無理。今回は日本からしかアクセス出来ないみたいな仕様じゃないんだ。世界の強豪に勝てるものかよ」
嫌なことを言ってくれる。その結果はお前が一番知っているだろう。
「あのお、お二人はお知り合いなんでしょうけど、どういう繋がりで」
おっと。すっかり忘れてしまっていた。ウソゴトさんがおどおどしすぎて、そのまま反復横跳びを始めそうな様子だった。プロゲーマーのファンだったりするのか?俺には初めから何の反応もなかったが。ま、アゲハと俺じゃ、同じゲーマーでも格が違うか。
「こちらは痛い名前のウソゴトさん。他ゲーで知り合った友達。こっちは見ての通り日本一のプロゲーマー」
「そうだね。元チームメイトとか、ゲーム友達とか、そんな感じ」
そんなにアゲハと個人的に遊んだ記憶は無いけどな。コイツ、ずっと第一線で活躍してるし。
「なんで、そんな有名人。私に紹介してくれなかったんですか」
「逆になんで紹介してくれると思ったの」
混ぜてもなんの化学反応も起きそうにない組み合わせじゃねえか。
「だって、蝶名林咲ですよ。普通知り合いだったら自慢しませんか」
「そりゃ、元チームメイトと言っても俺はアゲハと組んで結果を残せていないからさ。自慢になんてなるものか」
それなら、ソロ、の戦績のほうがまだ華々しい。
「はは、せっかくだし皆で狩りに行ってみる?ここのクエスト受けると色々報酬があるみたいだし、どうやら町民への好感度みたいなのが上がるようだよ」
好感度?
「カルマ値って言う方がしっくりくるかも。行動によって変動して、その値によってAI達にどういった印象を与えるかが変わるみたいだよ。低い方がより邪悪な存在に好かれ、高いほど善良な存在に好感を持たれる」
フラグ自体が折れるんじゃなくて、好感を持たれるかどうかなのか。こだわってんなー。
「それ誰から聞いたんだ。現地人はメタい内容教えてくれないだろ」
アゲハ、もといモンシロの体から、小さな光があらわれる。その姿はルノースとは違い、光の球体のようだった。
「俺の妖精が教えてくれたんだよ。妖精って言うのは」
「それは知ってる、知ってる」
「さすがだね」
そりゃモンシロは持ってるよな。ルノースが言ってた慣れなら、十分だろうし。
「って事は私だけですか。妖精さんを呼べないどころか、召喚も出来ないのは」
あ。
「そうだね」
最悪だ。けど、この状況。意外と都合が良いのでは。アゲハほど。基本が上手い奴もなかなか居ない。少々むかつくがアゲハのプレイスタイルと完成度はものすごく教材に向いている。少なくとも俺よりはよっぽど。
それじゃあ行くぞ。皆急げ。パーティーを申請しろ、三人でレベル上げだ。行くぞ。クエスト受注して今すぐ行くぞ。
「は、はい~」
けど、これは言っておかなきゃな。
「それと、おめでとう、アゲハ。世界4位だな」
「次は1位を取るさ。それを言うなら、お前は世界1位だろう」
誰が世界一位だ。あんな大会ほとんど日本人しか出ていないだろうに。