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6話

 2本の指で、空をなぞると、半透明な板、ユーザーインターフェース、UIが出現する。

 フィンはこのナビゲートを不完全な魔法と言っていた。ナビゲートというものの、俺たちプレイヤーは総合インターフェースとして、インベントリ、クエスト確認、装備、設定、その他諸々、機能している。

 それはNPCもおそらく同じ。少なくともインベントリーを利用できる。一見して俺たちのナビゲートは同じく見える。

 それなら、不完全というのはなんだろうか。


「しかしこんな所に本当に居るんですかねー、魔術師」


 町人に話を聞きつつ、ときには聞き耳を立て、ウソゴトさんと二人でやってきたのは小さな穴。白亜の町に似つかわない、暗く小さな木造の穴蔵は、外面ばかりを白く安っぽい塗料で染められて、隙間に押し込められるようにそこにあった。

 その地下へと続く階段のことはそのひどい外観もあって、すぐに見つけることが出来たが、それとは思わず俺たちは周囲をくまなく探索していた。それほどに入るのが躊躇われた。心持ちは既に廃墟に向かうホラーシナリオである。


「入ってみないことには分からない。魔術師っぽいと言えば、魔術師っぽいじゃん。いあーいあーとか、汝の欲する所を為せ、それが汝の法とならんとか地下で呪文唱えてそう。」


「もうそれ、ファンタジーRPGからオカルティックRPGにジャンル変更した方が良いですよ」


「それはそれで面白そうだけどね。王道外してる感じで」


 石段の終着点には想像通りではあったけれど、上のボロ小屋には似合わない分厚く大きな木製扉が現れた。叩いてみても、固く、鈍く、乾いた音だけがして返事は無い。それを開いた先は、薬草の香る魔女の部屋だった。


「おや、これはこれは珍しい。お客さんも珍しいが、プレイヤーとは珍しいお客さんだ。ようこそ、プレイヤー。私はリヴィエラ、君たちの望みは何かな」


 そんな、凄くNPCっぽい台詞でなんだかよく分からないがほっとする。そんな彼女はいかにも青い魔女という姿の女性だった。一部を除いて、まさにファンタジーな、それも先ほどの考察もあながち間違ってもいないようで、そこからはダークな雰囲気が醸し出されていた。

 まさに王道。さっきまで色々言って申し訳ありませんでした。


「うっ」


 おい変な声を出すなウソゴト。俺も思ったけれど。

 部屋にはムンムンとおかしな香りが満ちてむせ返りそうだった。そして何より、頭が痛くなりそうな光景が

 

「それはどうも。俺はグラス、こっちはウソゴト、どっちもプレイヤーです。あのー」


「何だね」

 

 彼女は大鍋をかき回していた大匙を置きこちらに向き直る。大鍋の中には得体の知れない草と何かの頭蓋のようなものが浮かんでいる。

 なんだか話しかけるのが躊躇われるなあ。

 

「ん゛ん、一つ聞いて良いですかね」


「構わないよ」


 何でこんな所に住んでいるんだとか、色々聞きたいことがあるけれど。

 

「それは趣味ですか」


 部屋の隅には猿ぐつわをして、縄で三角木馬に縛り付けられた痴女がいた。せっかくな中世の雰囲気とか、なんか魔女の威厳とか、その他諸々が台無で。あまりに強い存在感に、本体の魔女が王女様スタイルな方がしっくりくるかもしれなかった。


「グラスさん。返りましょう、ナビゲートを完全な魔法にするっていうのも他の人でもきっと出来ますよ。こんな変態達に頼む必要はありません」


 うん。俺もそう思う。ただ逃げるタイミングをもう失ったんだよ。死なば諸共、お前は逃がさんぞ、う、そ、ご、と。


「これは失礼。これは弟子のローケ。変態だ」


「「言い切った」」


「フギゴゴゴゴ」


 何かを話そうとしているようだが。この高揚した顔は気にしなくて良いか。この悲しきクリーチャーを解放して良いものなのだろうか。

 ずっと縛られているのならもうそれで良いか。


「これは、優秀な弟子なんだが放っていると、危険な薬剤にわざと手を突っ込んだりするものでね。初めはお仕置きとして縛って吊していたんだが、それはそれでビタンビタン体がやかましい。その後色々試行錯誤があって、結果的にこうなった」


 そんな出来上がったのがこちらですみたいな仕草をされても納得できないが。全然納得できないが。何をどんな過程を経たらそんなエロ本を信じてしまった童貞みたいな生き物二人が生まれるんだよ。


「やっぱりおかしいかな。最近はめっきり来客が減ってしまって、何やらおかしな格好の男や女ばかり来るようになって媚薬を作ってくれと言われたりして」


 魔女の館じゃ無くて、変態の館じゃねえか。どこが王道だ、やっぱり邪教の館とかそういう類いだった。

 まさか三角木馬の下に設置されたビーカーらしき物は、クスリの調合素材じゃないでしょうね。恐ろしい。プレイヤーの常識が試されているのか。そして疑うべきは運営の品性に違いない。

 だから俺は悪くない。


「当然、そんなものは作れないからと断っていたら、誰も来なくなってしまって」


 作れねえのかよ。

 廃業魔女……。


「ともかく、このナビを完全版に出来るからなんだかって言われて来たんですけれど」


 そういってナビをリヴィエラに見せるが首をかしげてしまう。なんだか雲行きが怪しい感じになってきたが。

 正確には、魔法使いだか魔術師だかが

 

「完全版?なにそれ。何の話だい」


 嘘だろ。既になんかひどい状況なのに。まさかの外れ。


「グラスさん、早急に帰りましょう。私なんかこう、見ているだけで股が痛くなってきました。変な意味は無いですよ」


「いやほら、彼女は正確には、魔術を教われと言っていたのだけれど。心当たり無いかな」


「ああ、なるほど。成人の儀か。それじゃあ私も久々に仕事をしようかな。良いよ、ほら手を出して」


 リヴィエラが俺に右手を出せと、クイクイッと手で招く。何か想像の外になるとんでもないことを、エロやグロのベクトルでやられるのではないかと怯えつつ、おそそる手を出すと。おもむろに取り出した針で指の先を刺された。

 痛みはゲーム故無いが、なんとも言えない不快感が指先にまとわりつく。


「おい」


「良いから、こっちに来てくれ」


 すると不思議なことに、血のようなものが流れ出た。このゲームに流血表現は通常で存在しない。普段は傷口から霧のようなものが漏れるだけである。特殊なイベントアイテムなのか。

 リヴィエラは俺の手をグッと引っ張って密着した形になると、その血の雫を魔女の大鍋に零す。


「な、何をするですかー」


「いやウソゴトさん、NPCに興奮してもしょうがないよ」


リヴィエラが不服そうに、胸を押しつけてくる。

 

「ノンプレイヤーというの心外だね、君たちプレイヤーがどこか遠いどこかで生きているように、私たちも生きているのだよ。私たちがプレイヤー以外なのではなく、君たちがプレイヤーなだけなのさ」


「それは失礼した」


「分かってくれれば良い。そして呼び出せ、とくと見よ。君の妖精だ」


 大鍋から立ちのぼる煙が、何やらナビゲートに吸い込まれていくが特に変わった様子がない。てっきり項目が増えるのだと思っていたが 。利用不可の項目はそのまま。別段変わった様子がない。

 期待外れか。

 

「君は召喚(コール)はもう使えるだろう」


召喚(コール)?」


「武器を呼び出す魔法だよ」


 ああ、アレは召喚(コール)って言うのか。アレはなかなか中二心くすぐられる仕様だ。背中に何本も武器を背負って、それを取り替えて戦うのはかなりダサいし、前作からの変更点をよく感じられてとても良い。前作はインベントリーを経由しなければ武器を変えられなかったし。

 アレも魔法だったのか。


「グラスさん、その()()()ってなんですか。私そんなの知らないんですけど」


 そういえばウソゴトさんは、ずっと腰にピックアックスみたいなのを吊していたが。もしかしてまだ装備画面が解放されていないのか。


「それは、まだ君がちゃんとした武器を手に入れていないからだろう。記憶がある武器でなければただの凶器。いくらプレイヤーとは言え知らないことは出来ない訳だ。新しい知見だな」


 なるべく早く見つけてあげよう。そっちが一番最初に達成すべきチュートリアルな気がする。


「さて、今度は武器を呼び出すのと同じように、ナビゲートを呼んでみたまえ。君だけの妖精を。どんなのが出てくるのかな。私とグラス君の血の結晶だよ」


 途端に気持ち悪いんだが。

 召喚のようにか。本当にちゃんとパワーアップしたんでしょうね。


「来い、俺の妖精」


 指先に何かが集まるのを感じる。現実で魔力や気功みたいなオカルトエネルギーがあればこんな感じなのだろうか。目が一つ増えたような、あるいは腕が一つ増えたような。体の内側に触れる感覚。

 指先に灰色の光が集まる。手の平の上には、2対の羽を持つ。小さな少女がそこにあった。


「私の名前はルノース。よろしくね。私のグラスシード」


 リヴィエラにどんな 化け物を作り出されたかと思ったが

 

「普通だ」


「普通ですね」

 

「フゴゴゴ」

 

「何だつまらん。もっと、グラスの性癖がにじみ出た妖精が生まれると思ったのに」


 おい。


「え、何。ちょっと、せっかくやって来たのにこの反応はひどくない」

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