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5話

「それで、楽しくNPCのお姉さんと楽しくイチャイチャしていたわけですか。私を忘れて。私の、事を、忘れて」


 め、めんどくせえ。

 このダメ人間力の前では、ほのかな申し訳ない気持ちも吹き飛んでしまう。そんな勢いの彼女は、漢字中二ネーム嘘言枯木こと、ウソゴトさんである。

 元より彼女に誘われて、半ば強制的に始めたこのゲーム。彼女と遊ぶ流れになるのは自然なことだった。

 すっかり忘れていたけれど。

 あらかじめフレンド登録していた俺たちは、お互い町に着き次第、フレンドの位置情報を頼りに合流したのだったが。すっかり付近のフレンドとして、嘘言枯木というプレイヤーネームが表示さていたのを見るまで存在を忘れていた。

 ウソゴトさんがゲームによってプレイヤーネームを使い分けるプレイヤーだったらまだ言い訳も出来るが。安定の4文字。

 町に着くまでに、敵を倒しつつゆっくりと狩りを満喫していたのは、言う迄も無い。きっちり、再起する者(リベンジャー)をレベル4まで上げきったところで町に着き、ようやくチュートリアルを終えて解放されたウソゴトさんから連絡が来たのだった。

 あれ、それならウソゴトは俺を待っていないわけだし、文句を言われる所以がないのでは。こちらに非があるのは確かだから強くは言えないが。解せぬ。


「なんですかその面白そうなイベント。こっちはチュートリアルもないままに、訳も分からず長い地下牢から脱出しなけれりゃならなかったんですよ。しかも出てきたら出てきたで、人の海ができあがっているし、一歩動くだけで波をかき分けてって大変だったんですからね」

 

 それはそれで俺は見てみたかった気もするけど。サービス開始の瞬間を映像や画像として残す。常に混雑しつつけるだろう、始まりの町ががらんどうな様を世界最速で撮影。けど、ウソゴトさんは地下牢で随分手間取っていたみたいだから、1番ではないか。

 それじゃあ、他の奴らが押し競饅頭して苦労しているところを記念撮影なんて心躍ると思うけど。え、興味ない。

 

「グラシブさん、じゃなくてこっちじゃグラアン?グラリミ?さん」


「普通にグラスで良いよ」


「それじゃあグラスさん、ずるいです」


 そんな事を言われてもなあ。

 特定条件で別の地点からスタートするって事なんだろうけれど。キャラクターの素性、職業によって違うとしたら、作為的なのかもしれないが自分でコントロールは出来ないし。

 

「その地下牢から出てきた有象無象はどこへ行ったのかわかる?」


「いえ、全然。けど、ほとんどはフィールドに出たんじゃないですか。RPGで初めにやることと言えばレベル上げとマップ埋めですよ。ここに残っている人たちは、大体、攻略チームの情報収集組と私たちみたいなカジュアル勢ですよ。せっかく地下牢から脱出できたんですから」


「それじゃあ、町の中でも、プレイヤーで混雑するわけじゃないか。逆にしばらくは町の周辺がミチミチかもね」


 むしろ、回復や補充に戻ってくる前に町を探索してしまった方が、NPCがフリーで良いかもしれない。

 けれど、地下牢ね。

 町からスタートしたプレイヤーは皆、地下牢でチュートリアルを終えたのだろう。それもかなり大勢が。

 このゲームは、擬似的に一つのサーバーで全てのプレイヤーがプレイすることを実現している。別のサーバーに接続していたとしても、同一の座標にいる限りはそのプレイヤーと出会うことが出来る。

 たった1体のボスを奪い合うわけだから、当然必要な機能と言えば機能なのだけれど、俺みたいな一般ゲーマーには仕組みが分からないトンデモテクノロジーなことには違いない。一定以上のプレイヤーが一カ所に集中した場合は、さすがにパーティーやフレンドを優先描写して負荷を分散するそうだが、それでも4桁規模なら問題ないというのだから、凄いシステムだ。

 つまり物理的には押し競饅頭で死人が出るほど密集していても。同時に処理できるスペックがこのゲームにはある。全てのプレイヤーをこの町の地下牢からスタートさせても、メモリーやらパケットやら負荷の面から見ては問題はなかったはずだ。

 となると疑問も生まれる。俺のように、それ以外の場所で生まれチュートリアルをした、人は何の条件で選ばれたのか。

 まさか、俺だけが特別世界に選ばれたなんてことはあり得ない。よくある大衆小説ならともかく、ここはゲームの世界。運営(かみ)はプレイヤーを贔屓しない。してはならない。特に実力で高額賞金を奪い合うようなこんなゲームでは。

 前作からの引き継ぎデータがある場合のみのサービスかね?違うか。アカウントに保存されたフレンド一覧。見覚えのないプレイヤーネームが並んでいるが、いずれも前作をプレイしていたときに知り合ったゲーマーだ。注意深く観察なんてしていなかったけれど、何人かしっかりと現在地がデステマリアプリズンと表記されてしまっている。推理は大外れだ。

 後は何だ、ゲームモード?優勝実績、プロライセンス?プラチナアカウント?案外、完全ランダムかもしれないが。

 考えても分からん。とりあえず後でウソゴトさんにどんなチュートリアルか聞いてみよ。


「それで、なんでこっちに来たんですか」


「ん?何が」


「いやだって。絶対そのクエスト、続きがあるじゃないですか。秘密を抱えた少年と女。もう一日お世話になったら何かクエストが進行するに決まってます。そうだ今からでも行きましょうよ、私も行きますから」

 

 確かにあの家のイベントは、ただのチュートリアルにしてはあまりに手が込んでいる。ダウンロードして読んでおいた、説明書を読んだときは、全員がこの初期マップ、都合上1層とか1階、っとでも言おうか。一層の各地にあるスポーンポイントにバラバラに現れル物だと思っていた。

 俺のスタートした家も、俺が立ち去れば似たようなイベントが別のプレイヤーに行なわれるものだと。初めは数あるスポーンポイントの1つなのだと思っていた。

 だがNPCフィンの意味深な反応。さらにはもう一日あの家で暮らすことを求めて来た。となれば話は変わる。

 スタート地点だけの例外として世界が1つという、このゲームの大原則を破っている。あの家のクローンが幾つもあって、同時に多くのプレイヤーが経験したという可能性も否定しきれないが、少なくともあそこだけ別のサーバーに飛ばされた様子は無いし。

 アレは俺に用意された、地下牢以外でスタートしたプレイヤーへのボーナス。専用クエストなのだろう。

 ユニーククエストというやつだ。


「だから、一日あそこで過ごすのも良かったと思うけど。なんとなくね」

 

 このゲームは基本的に、クエストは2種類に分けられナビから確認できる。

 賞金がかけられている首級(大ボス)討伐を初めとした、世界中の誰かがクリア時点で消滅するユニーク。一見重要そうに見えるが、落とし物を届けるみたいな簡単で報酬も渋いクエストも存在する。

 特別かどうかじゃなくて、ただ、一度きりなだけのクエストが分類される。

 ちなみに、ウソゴトさんの地下牢脱出も、脱出方法によってクエストが分岐したそうだが、ルート分岐後は一応ユニークに分類されたようだ。ウソゴトさんはそこでユニークの説明を受けたらしい。ウソゴトさんのように正攻法以外で抜け出した人は皆ユニークフラグを踏むのだろう。

 フィンの誘いを断り町に向かったのは、ユニークの分類だと予想しているフィン関連のイベントが取り返しがつかなさそうなのも有るが、問題はフィンの存在が厄介事純度100%で構築されている点である。


「まあ、グラスさんがそう思ったのなら無理は言いませんが。それにしたって警戒しすぎではないですか。その死体の山だって、たまたまグラスさんが、『死の烙印』という便利スキルを持っていたから見えたんですよね。それなら、他のプレイヤーには分からない情報な訳です。そんな見えにくい地雷が序盤にあるとは思えないですけど」


 初戦闘で投げまくっていたから『死の烙印』は投げナイフを召喚するスキルというイメージがついて離れないが、そも『死の烙印』は戦闘スキルではない。

 本質は、印を刻むべき死体の実体化と、刻んだ烙印の周囲と死体との深い縁がある生き物を露わにすることだ。

 優秀な透視能力(ウォールハック)であり、一度マークすると離れていてもマップ上でも強調表示される。つまるところコレを使って再起(リベンジ)しろと。しかし、リベンジの直訳は復讐じゃないのかね。実際、復讐向けの能力だし。


「けどウソゴトさんも職業のスキルで地下牢抜けてきたんでしょう。正攻法以外で」


「まあ、私のノーマルレンジャーはそういうジョブらしいですから」


 通常ルートではなくジョブの力を活用したからこそ、ウソゴトさんの脱出劇はユニーククエストになったのだと思う。

 あの武具の山が積み上げられていた倉庫。『死の烙印』で見たその光景は、傍らに人間で出来た塚。まるで地縛霊のごとき有様で、また何かしらの儀式の後のようだった。それもきっと、たとえばネクロマンサーみたいなジョブが確認できる隠し要素、おまけのようなものだったのだろう。

 きっとフィンは邪悪で強力なロールなのだろうと俺は予想している。


「そうかねー、アレは何かレベルとか、ストーリー以外にも、こう人間としてやばい感じがするというか。人間じゃないんだけど」


「ああー、分かりますよ。凄いですよね、広告通りの完璧なAIって感じで。アンドロイドなんかに入れられちゃうと、多分現実で見分け付かないですよ。」


 うん。全然分かってないね。

 フィン達は完璧ではない。アレは不完全な人間だ。


「まあ、今日はせっかく初日なんだ、この町を散策しようぜ。凄い綺麗な町並みだし、それにチュートリアルぐらいは全部終えておきたいだろ」


 見渡す限りの白亜の町並み。始まりの町、デステマリア。町の中央には巨大な塔がそびえ立ち、その下には地下牢が広がっていた。逆に、目に付くものはそれぐらいしか無く、塔から町の出口へと続く4つの門には道が続いているが、その道から少しでも外れると同じような建物ばかりで迷宮のようだった。

 そんなわけで塔の周囲にある広場のような所で立ち話をしているわけだが、正直マップを表示しておかなければすでに迷いそうだ。

 MMOの広い町には相応の移動手段があってしかるべきだと思うのだが、この町ではそれほど便利なものはない。

 ただ、一度見つけたロケージョンを目的地に設定することで、クエストと同様そこへナビゲーションしてくれる。新たな施設を見つけるためにはNPCやプレイヤーに聞いて調べなければならない。リアリティーを追求していると言うより、そこもプレイヤー同士の競争なのだ。

 より効率的に移動する方法を、より強い武器が手に入る店を、それを自分で見つけるのも乙なものだ。何より、そんな不自由が気にならないほどにこの世界は美しい。


「それは良いですけれど、これからどこに向かえば良いんでしょう。ずっと地下牢脱出関連のクエストが出ていたんですけれど、今は何にもクエストが無いんですよね。世界を楽しみましょうって言われても」


 なんとフリーシナリオ。進行中のクエストがないと、皆そろってその文句が記載されるのね。うーん、手抜きかな。


「それじゃあ、まずは魔術師を探そうか」


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