4話
対テイマーの基本戦術はあまりない。
いや、情けないことを言うようだが、それだけテイマーというジョブに幅があるという事だ。もちろん、前作リミットブレイクや他ゲーでの話だが。
「手を出すなよフィン。あんたは弟くん弟?少年?わかんないけど――そのガキを守ってろ」
「ガキとは何だガキとは。普通に美少年で良いだろうが。コレでも大悪むごぉ」
「分かりました。どうぞ戦いに集中してください」
フィンが小脇に抱えて離れていく。何かを聞き出すなら弟君の方が手っ取り早いか?
「待たせたな。テイマー。あんたは何を教えてくれるんだ」
テイマー。狼の群れ、そして猿。
おそらく前作を踏襲しているのなら、パーティーの最大人数は6人。それはギルドや、レイドパーティーなどの大規模コンテンツ以外では例外ない。であれば、犬や猿は複数体で、メンバーの枠を一つ使うタイプか、テイムしたキャラクターはパーティーの枠を使わないかのどちらか。
前作では、テイムしたモンスターのリスポーンに制限があり、最後の最後まであまり人気がなかったと聞いているが。
「やっぱり、簡単には取らせて貰えないか」
テイマーにしろ、サモナーにしろ、ネクロマンサーにしろ、自分以外を戦わせるサーバントタイプの多くは自身のステータスは低い傾向がある。
再起する者 Level1
HP 105/105
MP 30/30
STR(筋力) 16
INT(知力) 15
DEX(俊敏性) 7
DPS(攻撃力) 47
DEF(装甲) 1
数匹狼を倒したぐらいではレベルは上がってくれないらしい。
ジョブの性能に大きく依存していた前作と違い。今作アンリミットは装備に戦闘力の多くの比重が置かれている。
フィンの剣を手に入れるまでは、STRが16有るにもかかわらず、1点しかない攻撃力を見るに、ジョブの補正は装備にかかるが、攻撃力や守備力を上げるには新たな装備を手に入れるほかない。
レベルで相手が上回っていても、おそらくHPは100前後。高級な防具を装備しているようにも見えないし。直撃を4~5発でおそらく本体は倒すことが出来る。俺なら一息の内にたたき込めるが
問題は。
「チッ。この猿共。固すぎだろ。ちっこいくせに装甲点だけは立派だな。見た目は普通の猿なのに、顔はなんかナマケモノっぽいけれど」
【従属:スモールモンキー レベル2】
猿は合計で4体。獣の俊敏性と高い攻撃力が上下から複数で襲ってくる。
装備の耐久のようなものはないと信じて、少しずつ削ってはいるが。通常の攻撃では全くダメージが入らない。
テイマーの杖から先ほどから何かオーラのようなものが放出されている。範囲内の味方の防御力上昇と言ったところだろうか。
男が杖を地面に打ち付けるとじわじわと減ったHPすらも回復し始める。
おそらくアレがあの杖に込められた記憶。随分厄介な能力だ。本当に。
前作にもジョブと装備の相性要素。相乗効果を生み出す組み合わせはいくつかはあった。しかしそれはあくまで装備が、ジョブの戦闘技能を補助するもの。幾ら何でもこれは武器が強すぎる。
テイマーの特有のMOBを従えるという能力は、ジョブに依存しているんだろうが。そのMOBを野生の敵MOBを超える状態に押し上げているのは全て武器の力だ。上昇量も圧倒的。むしろ武器の性能に合わせてテイムするMOBを選んだ方が良いほどに。
思えば俺の『死の烙印』もとても補助的な能力だ。相手にダメージを与えることを目的としていない。確かに便利ではあるが、職業の目玉能力としては力不足だろう。リミットブレイクでは。
ならアンリミテッドで、使うべきなのは。
「でも、その武器のスキルには、近接用の技はないって言ってるようなものだよな。フィンの剣、記憶解放」
両手で持ち肩ほどで剣の腹を相手に見せるように構える。途端刃が青い輝きを帯びた。こちらに接近する三体の猿を一気に射程に収める。
だがあまりダメージは多くない。HPゲージは精精が1割削れたぐらい。普通に戦う分には問題ない削りだが。
猿の爪が腕を掠る。普通であればただの擦り傷だが、俺のHPはその一瞬で1割が損失する。
相手のレベルはたいしたことがない。テイマー本人のバフがなければそこら辺でエンカウントする敵にすぎないだろう。だがそれはこちらも防具を装備していることを想定している、と言うことだろう。
俺の装甲点はたったの1。
それよりも。
普通序盤の敵はもっとゆったりとしたものじゃなかったか。コレもテイマーのバフなんすかね。まさか、敵MOBにも成長型AIとか使ってるんじゃなかろうね。
「クワァアァッアァッアッアァ」
やかましく鳴く猿の顔がぐにゃりと歪む。これからお前をなぶり殺すと宣言するように。それは強者から弱者への宣言だった。
「MOBごときが、図に乗るなよ。記憶解放」
このスキル、どうやら強力なノックバックが有るようだ。威力自体はさほど大きくないが、3体の足を止められれば、何故か狼の群れのおかわりもないし。
「後は本体と護衛だけだよな、なあ。『死の烙印』」
上段袈裟斬り。猿は手を十字に揃え防御するが反動でテイマーの体から崩れ落ちる。
フィンの剣を手放し。相手の杖ごと四肢を絡め取る。テイマーの首に至近距離から不気味な短剣を突き刺した。
初撃で離脱した三体が返ってくる。テイマーの側から離脱すると同時に『死の烙印』は消え去る。
『死の烙印』のダメージが高いのか。クリティカル。首への攻撃が良かったのか。ダメージエフェクトはその首に長く残り続け、急速にHPゲージを減らし、残り50%程で停止した。
一撃でとどめとはならず。だが逸れも予想通り。牙城を切り崩せることは分かっただけでよし。これならクールタイムが回ればこちらが押し切れる。
それを相手も察したのか、テイマーの手から杖が消えた。テイマーの周囲には再びオレンジ色の幻影が現れ、そしてそれが周囲を回転する。杖の他に存在する二つ目の武具。テイマーは幻影を握りそれを実体化させた。
「それは杖、じゃなくて馬鞭か。なんだかSMチックになってきたなおい。当然テイムしてあるのも馬なんだろうね」
猿共の姿が虚空に消え去る。しかし、再び現れたのもまた猿だった。黄金の頭冠、白銀の腕輪、朱の瞳。その巨体は4体の猿が正当に進化した存在であるかのように見える。
【従属:狒々 レベル1】
「そんな奥の手ありかよ」
武器によって、MOBを切り替えるのかと思ったが、切り替えとも違うな。沸々、絶対こんな敵序盤エリアの敵じゃないだろ、レベルは1だし強制進化みたいな。あの馬鞭のスキルは融合か?
誰がトレーディングカードゲームを始めろと。もしくはデジタルな悪魔が現世に召喚されたタイプのRPGのほうかね。
沸々の豪腕が迫る。避けれども、大地がえぐれ土塊が四方に飛び散った。
「とんでもない破壊力だが、意外と固くないな。」
猿の時よりも随分と大雑把な攻撃だ。地面に叩き付けるまでコントロールしきれない全力だ。どうしてもその後は硬直するよな。
沸々の背後をとり続けるように足を動かす。武道なんかでは、相手の攻撃から体の軸をずらして躱すことがあるらしい。それと同時に相手の動きに対応できるよう、相手の姿を正面に捉え続ける鍛錬もあるとか。
「日本の武道はそのために、すり足とか言う技を習得するそうじゃないか。全然詳しくなんかないけどさ。でも手足4足で動く沸々君はその図体じゃ急に方向転換とか出来ないよな」
ひたすらに切り刻む。記憶解放なんて大振りは要らない。ただの通常攻撃で、沸沸を行動不能まで追い込んでやる。幸い、そういう隙をカバーしていた他の獣は勝手に消えてくれた。
沸沸は苦し紛れに、後ろ蹴りを繰り出すが。根本的なリーチが違う。相手はただの巨体だが、こちらは片手でも十分扱えるような直剣だ。普通に使えばこちらがリーチで負けるが、レイピアのように使えば
「こっちの方が長い。そして俺が強い」
沸々が欠片となって霧散する。
護衛がいなくなれば、鈍足の本体だけだ。
「あばよ。テイマー」
テイマーの頭を掴み、その首をゆっくりと切り裂いた。
「何か報酬でも貰えるかな。コレ、いわゆる負けイベントって奴じゃない」
良い敵だった。ジョブはドマイナーな感じだったけれど、獣型の敵をメインに据えつつ、しっかりと人の形をしている敵を、斬ったり撃ったりして倒させる。
割と本気で楽しんでしまった。対エネミーなら、十分戦えるみたいだ。
こういうプレイヤー同士が競争するゲームは勝ってなんぼの世界。何せ大ボスを倒すごとに、あれ、いくら賞金を貰えるんだったか。リミットブレイクの賞金が確か、1600万ぐらい貰ったから、元は1億ぐらいだったのかな。
ともかく、全てのプレイヤーを超えて、最も強いチームが、勝ったチームが賞金を得られるのだから。
まあ、負けたら負けたで、なんかなんだかんだ良いゲームなんだよなあ。ソフト代はめちゃくちゃ高いけど。
超高額賞金を掲げるタイトルだけあって、懸賞金型のタイトルの中でも相当に高額なソフトだ。確か完全新品での購入だと100万ぐらいしたのだったか。俺は、何故か運営がプレゼントしてくれたからただで遊んでいるけれど。
それでも、現実の10倍の時間と、高品質な体験のためだけに購入する人も多いと聞く。どこかの少額賞金大会で一山当てた、セミプロばかりかと思いきや。予約だけで、今年一番の売上だとか。
セミプロにもかかわらず、メインコンテンツを頑張るつもりがないのが俺な訳だけれど。言っててなんだか悲しくなってきた。
ともかくやる気はなくとも、そんな多くのユーザーの先に立って優越感に浸りたい。男とはそういう生き物なのである。
「して、これは」
「もちろん報酬です。この中から好きなものと言わず。好きなだけ持って行って貰えば、倉庫に空きが出来るというものです。遠慮なく持って行ってしまってください」
「けどさすがにこれは」
「どうぞ遠慮せずに」
そこにあったのは山。金銀財宝の山だなんて生やさしいものではなく。血みどろでは無いものの、そこにあったのは無造作に積み上げられた武具などの数々。おおよそが質素な作りで、特別な品だから集めたという感じはしない。何より無造作に、ぶちまけられたそれらには愛着も何もなかった。
ただしまうところもなかったから置いてあるだけ。その内に俺の背丈ほどの山になってしまった。これはフィンがきっと。奪ってきたトロフィーだ。
『死の烙印』
「どうかしたの、グラス。急にそんな短剣を出して」
「何か、見えるかなとおもってね」
「どういうこと」
「いいや、何でも無いよ。お言葉に甘えて。この一振りと、後は適当に貰おうかな。これ以外は売ってしまうけれど。構わないかな」
武器はせっかくだし自分で集めたいけれど、お金やアイテムが貰えるのはありがたい。それぐらいのアドバンテージはあってしかるべきだ。それほどビーストテイマーは強敵だった。
「ええどうぞ。グラスの好きなようにしてください。どうせ持て余していますから」
そりゃあれだけ強いんだもの、相応に強力な武具も持ってるんでしょうね。それか強すぎて武器も要らないとか。
「グラスさん、せっかくですし。今日は泊まっていきませんか。色々聞きたいこともありますし」
「いいや、早速、町に行きたいから。教えて貰った魔法使い、魔術師か、その話もあるし」
惜しみながらも、彼女たちは俺を見送ってくれた。
思うところも、調べたいことも色々あるが、それは今じゃない。それに、きっと二人とも無事で良かったと思う。
俺がふさわしいほど、レベルが上がったらまた会いに来たい。そのときは施しなど受けないほどに。
それじゃあ。
「さようなら」
【フィンがフレンドに追加されました】
ところで何かを忘れているような。