3話
デザイア・アンリミット。世界最高の作品としても名高い。デザイア・リミットブレイクの続編。
賞金獲得型MMORPGの最高傑作、その続編として成功が確約されたこのデザイア・アンリミットはソフトやハードも高額ながら。入手困難。手に入らなかったと断りたい所だったが。残念ながら、買うまでもなく。デザイア・リミットブレイクのアップデートのような形で自動的にインストールされていた。
いやいや、リミットブレイクの購入者が無料で手に入れられるなんて
ゲームエンジンから何まで、まるで違うだろうに。余計なお世話だった。
最高ランクアカウントのプラチナの輝きも、トロフィーの姿も、もはや懐かしい。
いやトロフィーに関しては今も部屋に現物があるのだが、埃をかぶるどころか箱に詰められたままで。今度綺麗にして飾ってやろうと思うのだった。
発売日 午前0時。
骨董品のVRマシンに横たわり、そして。
目を開いた。
『ようこそデザイア・アンリミットへ』
「ほんと、気が乗らないなー。よりにもよって何でこのゲームなんだか。ゲームを起動してから、こういう思想がやってくるというのは本当に気が乗らない」
事前に口から汚い言葉やら何やらが色々出てこないあたり、本当にトラウマがあるというよりも、俺の主義によってやりたくないと言うだけだから、たちが悪いというか。食わず嫌いを矯正されたかのような気持ちだった
何より、俺がこんなにも、未だにウジウジしているのが本当に気に入らない。
想像していたよりも、大きな棘がこのゲームには残されていて。それは深々とどこかに突き刺さっているのだった。
『事前に回答された利用規約について、最終確認です。本ゲームは他の一般的なゲームと異なり、場合によって多額の賞金が付与されます。また本ゲームのプレイ中は時間が10倍に加速されます。それらこのゲームの仕様が正常に動作したことにより、あなたに生じた問題や不都合に関し、一切の関与をいたしません。このゲームの購入に非常に高額な料金をお支払いされたかと思いますが。アカウント作成後の一切の返金は認められません。その他480項の利用規約に同意されますか』
果たしてこの項目を全て目に通しているプレイヤーがどれほど居るのだか。もう少し規約はスマートにして欲しいぜ。まあ、俺は読んだけど。
どんなゲームにしろ。利用規約は重要だ。特に仕事になるかもしれないコンテンツの利用規約項目に関しては、詳しく目を通しておかなければならない。そう体に染みついていた。
何が悲しくて小説でもなしに、10万字ぐらいの文章を読まなければならないのか。
「Yesだ……」
『了解しました。それでは貴方の精神と経験に基づき素性を設定いたします。以前、使用していたデータがあります。引き継ぎますか』
「No。絶対に使用しない」
『データの引き継ぎは、後では行えませんがよろしいですか』
「だから良いって。というか、今回も人間キャラしか使えないのね。今時、スライムや大怪獣になれるというのに。一時期は性転換も禁止事項に指定されていたっていうのに、液体化の疑似体験なんて大丈夫なのか不安になる」
何か新たな扉に目覚めそうである。
とりあえず、ゲテモノ異種格闘技をやるはめにならなさそうで良かったと思っておこう。
『(……せっかく忠告したのに)了解しました。データダウンロード50%完了。操作方式の変更が出来ます』
ビギナー
物語を楽しむ為のモード。ビギナーは他の難易度へ変更できず、ビギナーのプレイヤーとしか同時に遊ぶことが出来ません。
アシスト
運動が苦手な人向けのモード。走行や回避にアシストがかかり、不安定な足場でも転倒しにくくなるが、繊細な動きは出来なくなる。
ノーマル
剣の重さなどが一律均等に設定される。敵の攻撃を防御したとき、自動で受けることが出来るが、一定以上の威力の攻撃は自動的にガード失敗になる。
プロフェッショナル
あらゆるアシストが抑えられており、最も繊細に体を操作することが出来る。攻撃や防御のシステム的上限が一部撤廃されるが、上手く武具を扱えなければノーマル以下の性能しか引き出せません。
(初めてプレイする場合はこのモードをおすすめしません)
当然。
「プロフェッショナルで」
『了解しました。容姿を設定します。AI設定では、プレイヤーの要望に応える形で――』
「AIだ」
AI設定とは近年のVRゲームに標準搭載されている機能の1つだ。尤も意味合いは洋ゲーと和ゲーで異なる。日本製のタイトルでは、キーワードから自動で容姿を設定し、それから更に手を加えるというものである。一方洋ゲーでのAIはリアルの顔をAIで再現すると言うことである。何でも日本は匿名性の国だとかなんとかと聞いたが。ともかく日本製のゲームはよほど時間をかけない限り、AIに一度任せてしまうのが無難だった。
『了解しました』
「頭。髪型そのまま、後ろに流して。目つき厳しく。少し筋肉質に。胸板厚く、下半身は全体的に分厚く。戦士らしい体に。うんいいね、ファンタジーっぽい」
『完了しました。こちらでよろしいですか。それでは最後にプレイヤーネームを決定してください』
「grass seed unlimit」
「それでは。楽しんできてね、グラス」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「姉ちゃん、ぷれいやーの目が覚めたよ」
少年がどこかに駆けていく、俺はベットから起き上がった。布団の匂い。体を覆う重み。土に混ざった複雑で森独特な匂いがこの部屋を満たしていた。
「なんか変わったな、この世界。ゲームエンジン変えたのか、リミットブレイクのときは、もっとバトル特化みたいな感じだったけど。意外とコレなら気分一新で遊べそうかね。クオリティーの低下も、きっとないんだろう。大した没入感だ。確かにロールプレイングはかどりそうだけれど。まあ俺には関係ないか」
「プレイヤーさんでしょうか」
やってきたのは、15ぐらいの娘で、オレンジ色の長髪でおしとやかに見える。その目元もおっとりとしていて、いかにもゲームキャラクターという感じだったが、媚びたデザインに過ぎず、それなりに美人だった。
「プレイヤーさん、お体の具合はどうでしょうか」
「ああ、それよりここはどこだろうか。どこに行けば良いかな」
視界はどこまでもリアルだ、それこそゲームと思えないほどに。
けれど、これはゲームだ。それに、長ったらしいオープニングムービーをスキップでき、ないゲームはクソゲーに決まっているが、かといって導入が全くないというのも不親切だろう。
それならゲーム的なチュートリアルが、チュートリアルと思わせない形であるはずだ。ムービーが必要ないと言うことは、キャラクターに憑依するような形ではなく、ゼロから物語れということか。
なにせ俺たちは。いや俺以外は、ストーリーのためにゲームを攻略するのではなく、この世界で1番になるために攻略するのだから。
「ここは、私たちが暮らしている家です。ただ、プレイヤーさんなら、魔法で分かるのではないですか」
そういって彼女は二本の指で空中をなぞるようなゼスチャーをして、そこに半透明のインターフェースが出現した。
何やらそれを操作すると、水の入った革袋が出現する。そしてそれをこちらに手渡した。
「なるほど、そういうタイプのゲームね」
彼女に習って、指の動きを模倣するとステータスやインベントリ、コンフィグが記載されている半透明な板が出現する
『grass seed unlimit様。まずは表示する情報を選択してください』
ダイアログボックスが、魔法の板が出現する。
どうやらこのゲームは、ゲーム的なUIすら世界観におり込まれているのだろう。故にNPCすら自由意志でこのコンソールを出すことが出来るわけだ。
システム的な部分も全てに魔法とかそういう理由があるわけだ。
彼女は、こちらを興味深そうに観察している。使い慣れていているのか、俺たちプレイヤーよりも達者?らしい。インターフェースをクルクルと指先で回している。
「ふんにゅ?」
「なんでもないよ」
こっちの表情や視線すらも理解しているのか。すげー。その内AIに、NPCにセクハラですとか言われんのかな。
スン ッと音が鳴って。そんな現実よりも現実らしい視界に、半透明の細かい点線で表現された、インターフェース補助線が出現した。点線だけでなんだかやかましい。
どうやら機能をオンにする度に、補助線に沿ってユーザーインターフェースが増えるらしい。一応シネマティックモードのような、この状態でも、残りのHPやMPを感覚で把握できるようになっているようだ。
本当、賞金狙いのプレイヤー以外が喜ぶだろうな。これじゃあ現実よりも暮らしやすい。
「とりあえず、HP、MP、状態、方位を常時表示。リキャストは待機中のみ表示かな」
あと、文字情報も表示しておくか。コレでメッセージか来たりしても気がつくことが出来るだろう。新エリアに突入すれば壮大なBGMと共に大大と表示してくれるだろうし、その表示をしましたというログも表示される。自分のHPゲージのついでに表示される、相手のHPバーの上にはプレイヤーネームやモブの名前が表示されるだろう。
『これは設定から、自由に変更できます』
ダイアログが閉じるとステータス等が表示される。その平凡な数値には、こう名付けられていた。
再起する者 Level1
HP 105/105
MP 30/30
STR(筋力) 16
INT(知力) 15
DEX(俊敏性) 7
DPS(攻撃力) 1
DEF(装甲) 1
職業スキル
死の烙印
『職業はAIによってそのプレイヤーに最もふさわしいものが自動的に選択されます。ジョブは後に自由に選択する事が出来ますが、初期ジョブ以外のジョブに関しては一定の条件を満たすことで解放されます。まずは職業のレベルを20まで上げてみましょう』
思うところがないでもないが。今はいいや。
「それで、その魔法ってのは」
どれのことだろう。このステータス画面自体はNPCでも表示できる。プレイヤーだけが使える機能、魔法がどこかにあるんだろう。
クエストのとこは記載なし。インベントリ、コンフィグ、メッセージ、フレンド。利用不可能な項目も数多くあるが。コレかな、メインタスク。大きな黄色いピンが、丁寧にも大きく表示されている。
よく見ると方位表示にも輪郭だけだが、同一のアイコンが表示されていた。
世界を楽しみましょう。
「なるほど、了解」
文字をなぞると、ほとんど真っ白なマップが表示される。おそらく、地図を埋めて目標を定めれば、マップからもその位置を確認できるんだろう。
しかし、初期ジョブは固定なんだな。前作よりは気楽にジョブを変更出来るみたいだけれど、どうせ
俺がコンソールを閉じるのを見て、彼女もまたコンソールを閉じる。その人差し指を立てた様子のまま彼女は語り始める。
「私たちに反応しないのか」
「え、なんて」
「何でも無いよ。いいかな、プレイヤーさん。あなたのその魔法、ナビゲートはまだ完全じゃないの。使える機能が制限されているみたいな。本当は皆生まれた時に、そういう儀式は済ませるのだけれどね。町に行ったら、すぐに魔術師あたりに魔術を教わると良いわ。あなたがプレイヤーだと伝えれば快く教えてくれるはず。まあ何か対価は要求されるかもしれないけどね。私の言うことをちゃんと覚えておいてくださいね」
筋骨隆々とまで行かなくとも、それなりに戦士らしいキャラクターにしたのだけれど。元が日本人顔だから、子供扱いなんすかね。
「なるほど、覚えておくよ。俺の事はグラスとでも呼んでくれ。オレンジの娘さん。それで君の名前はなんて言うのかな」
「私はフィンセン。フィンとお呼びください」
「ありがとうフィン。出来れば君が俺を見つけた様子を教えてくれないかな、それと魔法使いさんが居る町の場所も」
フィンが立ち上がり、窓を大きく開け放つ。薄暗かった部屋が眩しいほどに照らされた。
ベッドから起き上がり。窓の外を覗く。木枠に扉がついているだけの、その額縁のような先には見事な町が広がっていた。
「あそこには、ここらで一番大きな町テステマリアがあります。綺麗な町でしょう」
その町は、お世辞にも大きいとは言えなかった。少し離れた丘の上に立っているとはいえ、テステマリアのその全てが瞳の内に収まっている。だが、白亜の建造物と樹木が組み合わさったそれはまるで遺跡のようで、しかし確かに人の営みが息づいていた。
「なぜ、フィンはあの町に住んでいないんだい」
メタ的に考えればプレイヤーのスタート地点だからと言うことになるだろうが。それではプレイヤーの数だけ、この街の周囲一帯に家が乱立してしまうだろう。
「本当にプレイヤーは人の問題に口を挟むのがお好きなのね。いえ、冗談です。グラスさんが、伝説にあるプレイヤーであることはすぐに確信しました。そして新たな時代が始まるという事も」
なるほど、なるほど?よく分からないが我々は移住者1号みたいな感じの認識なのだろうか。世界観からしてNPCがユーザーを認識している。我々は良き隣人か侵略者か、なんつって。そこらのロールプレイもご自由にってことかね。けど、全てのボスが討伐されれば、前作と同じようにサービス終了するものだと思っていたが。
少なくとも、リミットブレイクの頃はNPCなんて、ただ定型文を読み上げるだけのBOTだったのだけれど。
「この町だけでも多くのプレイヤーがこの大地にやってきたことが確認されています。きっとそれはこの町だけでなく、全世界に。現れている。あなたはど――」
バン っと。勢い良くドアが開け放たれた。
「姉ちゃん。すぐそこに狼が」
「今行きます。グラスさんも来てくださりますか」
外には獣の息づかい匂いが充満している。だがうなり声はない。統率された狼の群れが家を囲んでいた。
【従属:低級狼レベル1】
コレが戦闘チュートリアルか。鹿ほどの狼が大量、大量。
獣が10、12、14、16、18。大体20か。初心者向けにしては数が多い。多分。
「グラスさん、多勢に無勢です、コレを。えぇ」
右半身を前に出し、斜めに身を構えたまま前に飛び出る。地面の上を滑るように、落ちるように、殺意を込めて、ダメージをより与えられるように。
柔らかい肉と軟骨の混合物に拳がめり込むような感覚がある。そのすぐ後に狼が直線上に吹き飛ぶ。ノックバックが発生したのだ。
狼の鼻っ面を右の拳の一撃で完全に粉砕した。
だが狼の顔が変形したりはしない。ただそこからひび割れのような傷跡ががユラユラと立ち上っていた。
高速に処理された思考が寸断された。俺の背後でボトっと音がした。
何やら初心者用らしい標準的な剣が地面に転がる。もし俺が動き出していなかったら、丁度キャッチ出来る所だったろう。
アア……そっちのパターンか。
「てっきり、負けイベントからの初めての武器のパターンかと思ったんだ。あはは。なんか、ごめんね」
「いえ……、良いんです。それより剣を」
「そうでした」
剣に触れると、フィンの剣を手に入れた、とダイアログが流れる。すると直感的に武器の使用方法が流れ込んでくる。どうやらアイテムは装備しなければならないらしい。
この脳に直接情報を送るシステム、昔の人はコイツ直接脳内にって感じで気持ちが悪く感じる人が居るとかいないとか。
今ではコレがなければ社会が立ち行かない程で、多くの施設やシステムで使われている。
それでも、全てが全て何もしなくとも覚えられる訳じゃない。特に正確に文章や画像を送ることには向いていないし、せいぜいが剣を使ったことのない人に、これは柄を持って敵に斬りかかるためのものだよと、意識させる程度だ。それ1つでは洗脳にも使えないようなそれほどぼんやりとしたテクノロジーである。
手にした剣は霞のように、ふわふわと 光の泡を出しつつ空に溶ける。消えたわけじゃない。インベントリに追加されたのだ。
画面に剣のアイコンが浮かぶ。便利なことで、開くと先ほどまでは封印されていたはずの装備スロット項目に、自動的にインベントリの中から空いている装備枠に入ったようだ。
「まさか、いきなり召喚を」
装備欄を見ると、どうやら最大で4本まで武器を装備できるが、現在解放されているのは1枠だけ。けれど今わそれで十分だ。
「来い。こちとら取った優勝タイトルは数知れず。学んだ武術はVRっ」
右手を前に出すと体の周りに半透明の灰色の幻影が浮かぶ。それは一振りの剣になり握り込むと実態を持つ。
特別な装飾はない。刀身は比較的細く女の子でも扱うことが出来そうだ。だが、ゲームでそんな重さとか関係あるのだろうか。まあ、大剣ぶんぶんしているよりは、一般村娘が頑張ってなれない剣を振るっている方がかわいらしい。折れた直刀よりはストーリーがあるものの方が都合が良い、俺もそっちが良い。コレクションしてしまいたくなる。
「セイッ」
顔面にダメージエフェクトをまき散らした狼の脳天に、フィンの剣が滑り込む。
狼と俺の体に0.1秒以下の硬直が連続して発生する。ヒットストップを発生させつつ、狼のテクスチャーを貫通した後、傷跡から罅が広がり狼が大地に崩れた。
戦闘システムだけは相変わらず気味の良い。おおよそ前作と同じ操作感だ。それなら、俺でも戦える。
「闇のゲーム、VR剣術道場7、名人飛んで剣聖級攻略者とは俺のこと。まあだからなんだって話なのだけれど」
対人技術としてのクオリティーはさることながら、その肉を断つ感覚のリアリティーに定評がある伝説の発禁クソゲーである。
その発売元のサークルはとても悪名高かった。どこから捕まえに来たのか武術の達人に毎度監修させた末に発禁となる変態ゲームシリーズだが、その中でも7は異質。現実世界での武術の通信教育ではなく、VR世界で有用だろうファンタジー武術を研究する方向へ進化したソフトだった。
魔法やら弾やらが飛び交う戦場で素手やら一刀で放り出されるクソゲーである。完全クリアは俺を含めて100名ほどしか居ないとかなんとか。
なお、現在は23までシリーズが続いているとか。
半端ねーよVR剣術道場。
「よっこいせ」
剣の刃をその狼の体に当て突き飛ばす。現実でやろうものなら剣が敵に突き刺さりそうなものだが、刺突属性があえて生じないように工夫すれば、剣先でピタリと受け止めたり、物を投げるみたいな曲芸も出来る。後は俺の体を波打つように揺さぶらせて、相手のバランスを崩してしまえば良い。獣型を強制スタンさせるには便利な技なのだけれど、いかんせん技名もない純粋なプレイヤースキルは地味で良くない。
尻餅をついて転ばせたその姿は、お座りした忠犬のようだが、きっと目を見開いて驚いているのだろうか。
何にせよ、丁度いい位置だ。首を落とすのに丁度がよい位置だ。
抵抗なく、ストンと通過した刃の軌跡は、クリティカルの判定なのか、通常の赤に混じってオレンジ色の弧を描き狼の死体が四散した。
「お次は何かな」
都合良く狼の中から2頭がこちらにやってくる。それ以外がこちらに寄りつく様子は無い。初心者に2対1は少し荷が重いように感じるけれど。
「グラスさん。武器のスキルを使ってください」
「武器のスキル?」
それは前作では聞いたことが無い。
「ええ、武器ごとにその武器の場合は、両手で天に剣を構えて」
言われたとおりに騎士のように、両手で持ち肩ほどで剣の腹を相手に見せるように構える。途端刃が青い輝きを帯びる。それは一回り等身が大きくなったかのように錯覚した。
それを横に薙ぐと、まるで届くはずもない二体の狼に、それぞれ攻撃が当たったようだ。
都合良く、一撃で2対のHPが消失する。
「そっちか。てっきり飛ぶ斬撃系かと思ったけど。どういう属性なんだろう。時空?」
「それは武器に施された魔術、あるいは伝説。どんな平凡な武具でも、何かしらの力を記憶しているものです。しかしお見事、初めての記憶解放とは思えません。こっちも片付きました」
記憶解放ね。武器に付随した必殺技かみたいな感じね。楽しそうだ。それで残りの狼はどうなっただろうか。この力を使ってフィンのピンチを救えみたいな、感じではないですね。
フィンの剣。なんともシンプルな武器だ。
フィンの剣。
星1
基礎攻撃力5
メモリー
???
特大の刀身を剣に纏う。攻撃力7 クールタイム35秒
特に言うところもない。一部文字が伏せられていたり、気になるところもあるが案外、こういった初期装備は非売品だったりするもので、倉庫の肥やしになり続けたりするのだけれど。
後半はメモリーの強力な武器が重宝されそうだが、一先ずは基礎攻撃力が高い武器を使えば問題ななさそうだ。
そんな、ありきたりなフィンの剣に対して、フィンの戦果は普通じゃない。
振り返ると背後には狼が山になっている。フィンは既に武器を手にしていない。かすり傷どころか息も切れていない。まだまだ余裕そうだ。こちらに気がついて良い笑顔でこちらに手を振っている。
生き残りの狼がフィンに不意打ちで突進した。俺が駆け寄るまでもなく、そちらをキロッとにらみつけると、何かをつぶやきただ鼻先を触れたように見えたが、結果足して狼が爆発した。
ワーオ、トッテモお強いのね。
おそらく全ての敵を打ち倒したためか、それともムービーシーンというやつか、狼な亡骸は全て倒した時のエフェクトを残して消滅した。
「もしかして何か。フィンは伝説の何かが魔女的なサムシングだったり、したり、しなかったりするやつですか」
フェイはクスリと笑って、「違うよと」答えるだけだった。全然的外れだっただろうか。確かに狼は、某笑顔が可愛い液状生命体のような立ち位置で、それもチュートリアル専用のモブだろうから、レベル10もあれば無双できそうなものだけれど。
フェイ。彼女がただのチュートリアルキャラクターとは思えない、何よりその仕草はとても人間的だ。
「コレで先ほどの話の続きが出来ますね」
少年が家の中から出てくる。とても興奮した様子で、一人勝ちどきを上げていた。
「兄ちゃん実は強いんだな。コレで安心だよ」
そうだろうか。【従属:低級狼 レベル1】と狼たちは表示されていた。従属という状態がこのゲームで、どのような所を示すのか分からない。けれど予想ぐらいはつく。テイマー系の職業や何かのスキルによって、誰かの意図でここは襲われたのではないかと。
「再起する者スキル『死の烙印』」
赤黒い光が集まり。それを武器を呼び出したときと同様に掴み取る。すると俺の手には、まるで呪術的な意味でもありそうな短剣が握られていた。
スキル『死の烙印』短剣を召喚してそれを持つことで残滓なるものを視認できる。武器のように、投擲することが出来るが再使用には20秒のクールタイムが必要。
再起する者の基本スキル。ということらしい。
短剣を握ると、半透明な死体が浮かび上がる。なるほど、これは残滓と言うよりも。
「幽霊だな、やっぱ職業違いでは」
「グラスさんどうかしましたか」
「いや」
背筋に冷えるような何かを受けつつ。短剣をクルリと回す。
死体に投げつけた短剣は、確かにその半透明な実態に突き刺さり、消滅したはずの死体の幻影が復元されそして短剣に吸われていく。
「随分と悪趣味なネーミングのジョブ。意地の悪い運営だと思ったけれど、なかなか性能は悪くない、な」
ステータス表記を見たときには、敵に当ててもダメージ判定有るのだろうかなど考えたが。こんなにも早く試すことが出来るとは。
地面に残った短剣を拾い、黄色にハイライトされた人型にその短剣を投げつけた。
「おわぁ」
男は木の陰となるように立っていたが、おおよそ隠れていたとは言いがたい。
意識を向けてみれば、簡単に見つかる。距離は少し離れているものの、20mほどのところで、明らかに背景の森には溶け込めていなかった。
それに気がつけなかったというのは、見つけたのがスキルなら、隠れていたのもスキルかな。
男の周囲には猿のような獣を数体侍らせている。どうやら、ナイフは猿の手に防がれてしまったようだ。
「うそ。こんな近くに」
「俺もこんなストーカーみたいな距離感だとは思わなかったけれど。ほら見たことか、襲った結果を確認しなければならないのだから近くに居るに決まっている」
メタ的には超遠距離からテイムモンスターを操れるなんて、いくらNPCでもめちゃくちゃだ。だからこそ
見るからに、男はテイマー系下級職に就く一般的な戦闘職だった。獣を支配してフィンを襲わせたのは、間違いなくこのテイマーだろう。
フィンではなく弟だろうか。何者かを仕留めるべく、ボウガンを構えている。
装備からしてそこの町、デステマリアの住人、という訳でもないのか。それこそハイキングに来たぐらいの気楽な服装だ。あるいはゲーム始めたての初心者か。この世界の人は皆インベントリが使えるっぽいし。だが、男の姿は始まりに似つかわしい。農民だとか狩人に近い装いだ。服装の華麗さではフィンの圧勝だろう。
どうやら向こうもやる気のようだ。誰かを狙うべく構えていたボウガンを放り投げる。テイマーが右手を突き出すと体の周りに半透明のオレンジ色の幻影が浮かびあがる。それはテイマーが掴み取ると、先端に宝石の埋め込まれた杖が実態を得る。
フィンの剣を掴み取る
こちらは剣を、相手は杖を。お互い武器を。切っ先とテイマーの猿共の視線が交差する。
【雇われのビーストテイマー レベル3】
「リハビリ。最後まで付き合ってくれよ」
さあ、俺を楽しませてくれよ。テイマー。