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2話

「こんにちはー皆さん」


「あーグラシブさんじゃん。おーい、皆。グラシブさんも来てくれたぞ」


 どうやら遅れてやってきてしまったらしい。別に意図したわけでなく、

 元から誰が誰だか分からないが、皆完全にできあがっている。おい、そこのお前絶対未成年だろ。

 というか俺が遅れてきたことを盛大にバラしたこの人は、一体どこの誰だろう。てかなんで俺のこと知っているの。


「はいはい、どうもー」


 なんとなく部屋の隅の方に座り込んでとりあえずビールを飲み干して、ウィスキーをちびちび舐めていた。

 なんとなく誘われたから来てみたものの、久々に顔を合わせて自己紹介するステップを、完全に割愛してしまった為に、こちらからは声をかけにくい。

 このパターンは誰も声をかけてくれなくて、そのうち居眠りを始めるパターンである。この空間に既にできあがった、会話グループの壁を無神経に突き破るのは気が引ける。


「すみません。このラムロックとたこわさ、焼き鳥盛り合わせ。それにウマ辛チキンあとはピザ。最後に」


「タバスコ貰えますか」


 台詞を奪われた。


「相変わらず辛党ですね。グラシブさん。その内胃に穴が空きますよ」


 わざわざ隣にやってきた彼女は、容姿にも服装にも全く見覚えがない。元よりリアルでの知り合いが居ない普通にホラーである。割と真面目に誰ですか。文明特異点関係に食の嗜好なんて教えた覚えがないのだけれど。


「あの、どちら様で」


「私ですよ。私」


 誰だよ。

 

「何だよ、新手のオレオレ詐欺か。其の手の詐欺は一〇〇年前に根絶されているだろうに。ちなみにワタシワタシ詐欺がないのは、女の最底辺の受け皿には水商売があるけれど、男の最底辺には犯罪者とホームレスという受け皿あるからって聞いたけれどあれってマジなのかな」


「割といろんな方面に最低なこと言ってますね、グラシブさん。私ですよ、先日あなたに助けて貰った鶴です」


 鶴はそんなカミングアウトをしねえよ。襖を覗く前に人外が発覚してるじゃないか。


「恩返しをしたいので、私にもラムをおごってくださいよ。瓶で」


「お前は一体何を作るつもりなんだよ。おとなしく糸とかにしておけよ。ラムから作られるものなんて、ケーキかラムレーズンぐらいしか聞いたことがないよ」


「いえいえ、分かりませんよ。私に任せていただければ、モヒートから、XYZまで作って見せましょう。私のおすすめはロングアイランドアイスティーです」


「もしやあなたはバーテンダー」


「そんなあなたにはゾンビを作って差し上げましょう」


 何だそのまがまがしい名前のカクテルらしきものは。


「なんと伝説のカクテル、ゾンビを飲んだ人は何でも散々人を殴ったあげく、そのまま行方不明になったそうですよ」


 一体、俺に何をさせるつもりなんだ。


「大丈夫です。私がしっかり自宅までお送りいたしますよ」


「は、俺の体が目当てだったのね」


 一夏のアバンチュール


「あのグラシブさん」


「なに」


「この茶番いつまで続けるんですか、そろそろ周りの視線がつらくなってきたんですけれど」


 俺が始めたわけじゃないし。


「それで、ウソゴトさんや、ウソゴトさんや、何かお酒を飲むかい」


「いえ、やめておきます。私まだ成人したばかりで、アルコールを分解する類いのナノマシンを打ってないので。こういう場で酔ってしまってはもったいないです」


 これだけ近い距離感を俺に取る女性は世界広しとは言え数人しか居ない。いや、なんで数人居るのだろうか。ともかく、このコミュニティーにおいて候補は一人。

 彼女は俺をここに呼んだ張本人、ウソゴトさん事、ユーザーネーム嘘言枯木さんだ。

 この中二ネームを地で行く彼女は本人が申告するとおり20ぐらいだろう。年齢で言えば俺と2つか3つしか変わらないが、眩しいぐらい若さを感じる。否、俺が老けてしなびているだけかもしれないが、辛うじて俺が溶けていないのはその全身から漂うインドアの香り、陰のオーラからだろう。

 キャピキャピと陰が合わさって最強に見える。のかもしれない。

 

「ちなみに俺もそういうナノマシンは打ってないよ。あらかた毒物は分解できるようにしてあるけれど、酒は自前で飲める分だけで良い自ら毒物を摂取しておきながら、その毒物の耐性を上げておくだなんて、金の無駄遣いだと俺は思うよ」


 この微妙な表情は何だろう。もしかしてナノマシン肯定過激派だっただろうか。

 奴らは危険だ、科学主義を極めすぎた結果、時に暴力行為にすら訴える思想の持ち主である。ナノマシン排斥思想を持つ過激派自然主義者と並ぶ犯罪者予備軍。

 まあ、ウソゴトさんに限っては違うか。

 この険しい表情の奥にあるアホな波動はまさに、凄くどうでも良い嘘がばれそうな子供のような。

 

「ウソゴトさんも、今度友達でも誘って飲んでみたら。いや、実はウソゴトさんお酒飲んだことないとか。けど興味はあるから、カクテルの名前ばかり調べてみただけ。だったりして」


 まさかの的中?6割適当だぞ。

 陽キャっぽいのにすぐにフリーズするぞ。なんだこの可愛い生き物は。けど性格はうんまあ。

 

「うう。なんか私に対しては、人読みというか、察知能力が高いですよね。ゲームじゃ流れを読むのとか下手くそなのに」


 失礼なコレでも対人戦には、相手のやりたいことを読む能力が重要なんだぞ。ただ対人に集中しながら全体を洞察するのが苦手なだけで。何でストラテジー系のVRゲームをやっているのかなんてツッコミはしないでくれ。

 

「まあ、分かりやすい性格してるよね。裏表ないというか。だってウソゴトさんはこういう場面で真っ先に酔っぱらうタイプだし」


 キャラ属性は、珍しいけれど。純度が高いというか。良い意味で単純だ。好感が持てる。


「馬鹿にしてます?」


「まあ、君は私のことを馬鹿にしているね」


 思えばこの子は始めて会ったときからなれなれしい。別に良いけど、だからといって何も感じないわけじゃないんだぞ、許せるだけで。


「まさかここに居る人たちは皆グラシブさんを尊敬していると思いますよ。このコミュニティー、ゲーム本体自体がそこまで人気じゃない、ゆるーいタイトルなこともあってゲームでお金を稼げる人はグラシブさんしかいないですからね。プロじゃないにしても、多分この中じゃ一番ゲームが上手いんですから」


 一応認められているのかね。ん、だとすると何でこんなに避けられてるの。


「それは皆、アイドルに話しかける度胸はないと言いますか、一部の女子は私が牽制していると言いますか」


 なるほどよく分からないが。

 ギルティー。


「その虫を見るかのような、いえ、人を気絶させそうな視線をこれ以上私に向けないでください。何か新たな世界に旅立ちそうです」


 うーんキモい。

 しかし、この子、いつまでここに。暇つぶしとしては丁度良いけれど。具体的には俺に他の人を紹介して貰えないだろうか。一応来たからにはこう挨拶とかさ、しておかないと。よく見ると、皺になった座布団は妙に左右に空間があるような。他に友達居ないのだろうか。ボッチなのが寂しいから、わざわざ個人vcで俺を呼びつけたみたいな。いや、それなら家でゲームでもしていれば良いのに。

 来てみたかったんだろうな。オフ会。


「何ですか、私の顔に何かついてます」


「いいえ、何も」


 そんな妄想は外れといて欲しい。主にこれの相手を続けなければならないという、事実から目を逸らすために。精神の安寧を失ってしまう。


「むう、もう少し普通に話してくれても良いじゃないですか」


 ハイ、ハイ。可愛い、可愛い。


「お待たせしました。ラムロックとたこわさです」


「はい、どうも。それと、あつかん1つください」


 店員から机に目を戻したとき、横からラムを奪われる。

 ウソゴトさんが、今まさに飲むところだった。

 

「あ、それはそんなにグビグビ飲むものじゃ」


 見る見るうちにグラスを一口でからにする。よく、むせ返ったり、モドしたりしないものだ。俺も少しは躊躇うぞ。もしや本当はお酒を飲んだことがあったのだろうか。だとすると妙に気を遣わせてしまっただろうか。恥をかいたものだが。


「うう~。喉が焼けます。それにグラグラしますよ」


 そんな事はなかった。

 それだけ一気飲みをすればそうだろうよ。

 少し前の、お酒を飲まない発言は何だったんだ。酔うのは嫌だが、何なの。嫌がらせのためなら酒を飲むみたいな。既に行動原理が酔いが回っている人のそれだよ。


「だってぇ」


 だってじゃないが。

 唐突に、スイッチが切れたかのように、ウソゴトさんが強烈な頭突きを机にかます。

 あーあ。既に頭の上にひよこか星が飛んでいるじゃないか。

 こういう時、他に女性の知り合いがいれば頼りになるのだけれど、その仲介役がこのとおりである。

 フレンド登録している女の人誰か助けて。


「はい、どうぞ。あつかんとウマ辛チキンです」


「あ、すみません。お冷や2つ貰えますか。それとラムロック」


 うん。うーん、うー、うん。諦めよう。

 成人したての失敗談。よくあるじゃないか。ウソゴトさんも背伸びをしたい時期なんだよ、きっとそう。誰にでもよくあることじゃないか。俺にはなかったけれど。そっとしておこう。俺は何も見ていない。

 俺はラムを飲んでいて何も覚えていなかったんだ。そうだろう。

 だから、そっと席を移ろう。でも、ちょっと放置はかわいそうな気も。ええいままよ。


「ごめんそこの女の人ー。そう、あなた、ちょっとこっち来てー。この子をトイレに連れて行ってあげて。うんmごめんね。こら。そこ、あつかんに手を伸ばさない」


 少し吐けば、気分も楽になるだろう。なんだか、当初のプランからどんどんかけ離れて、周りの人の心も離れている気がする。

 心底ウザそうな顔をした後、その女性は仕方がないと、こちらに来てくれた。

 ごめんね。名前も知らない、ゲーマー女子さん。今度合ったら何かおごるから。


「作戦失敗かー」


「何か言いました?」

 

「いいえ。ほら、マコ。あんまり男の人を困らせるものじゃないですよ。ほらその手を離して」


 何やら彼女の手にはいつの間にか大きな瓶が握られていて、うん?


「ちょっとまて、そのウィスキーの瓶どこから持ってきたぁ」


 ビール瓶なら分かるが、誰だよ、居酒屋に瓶でウィスキーを持ってきたバカは。お前の秘蔵のウィスキー、妖怪へべれけに取られているぞ。

 それは瞬く間に起こり、目を剥く早業で、目を疑う地獄を作り出した。ウィスキーをこれでもかとラッパで口に含んだウソゴトさんは、見ず知らずの女の人の口を上から塞ぎ、舌をねじ込んだ。


「ムゴ」


「むふぅ。きゅぅぅぅぅぅむちゅうぅぅぅぅぅうぅぅううぅぅぅぅッパ」


 女の人が大の字で横たわり。側には舌なめずりをする悪魔が一人。

 

「「「コイツ、魂を吸いやがった」」」


 もう用済みと言わんばかりに、瓶を放り投げる。

 

「ああ、俺のウィスキーがぁ」


 そこには小さな人だかりが既に出来ていた。

 次に彼女が目をつけたのはテーブルにあった、あつかんだった。今度は、彼女が飲み干す前に羽交い締めみたいにして。あつかんを救出する。

 この暴れん坊は今度は急にぐでぇっとして、普通に重い。膝を半分貸すように座り込んだ俺を尻目に、野次馬がごゆっくりなどと言い始める。

 最悪だ、こいつら俺を面白半分に見捨てやがった。

 というか色々汚え。コスプレ衣装みたいな、胸元だけに穴が空いた、陰キャ服。そこにあるでっかい谷間に、唾液やらあつかんやらウィスキーやらが溜まっている。汚え、デケえ、酒くさ。そして汚え。


「ほら、グラシブしゃんも飲んでくださいよ」


 そう言って、口紅がべったりとついたあつかんの徳利を指さす。普通になんか汚い。


「いやほら皆見ているしさ、口をつけたものを他の人に勧めるものじゃないよ」


 別に普段は間接キスなんて気にしない。皆が見てるとかどうでも良いから、ともかく汚物を口にさせられるようで、嫌だった。

 私の口元に、彼女の唇が迫る。

 身の毛のよだつ酔うな悪寒を感じ。あつかんをグッと飲む。

 そこから先の記憶は思い出したくもない。ただ最後には普通に店員さんに怒られたとだけ言っておこう。そうして俺は、全然他の人の顔を覚えられずに、俺の顔だけを皆に覚えられたのだった。


「グラシブさん。ゲームやりましょう」


「うん良いよ、良いから、そのぶちまけられてもなお残っていたウィスキーを手から離そうか」


「はーい」


 未だかつて、これ程まで素早く、そして厄介なユニットがいただろうか。いや居ない。

 あ、この惨状を写真に撮っておいて素面の時に送りつけてやる。

 後にギルドチャットに、とんでもないツーショットがアップされ、悶絶することになるのは別の話である。


「そのゲームはですね。デザイア・アンリミットって言うのですよ」


 ――――――――――――――――――――――

 side ウソゴト

 

次の日

 

「こんにちは、グラシブさん」


「ああどうも。一応聞くけどさ、昨日の事って覚えてる」


「ええ、発売したら一緒にやりましょうね。デザイア・アンリミテッド」


「ああー。うん、そうだね。いや良かったよ。うん良かった。せっかくチャット送って貰ったところ悪いんだけどさ。俺はもう落ちるね、ちょっと疲れた」


「はい、わかりましたー」


 そう言ってゲームを強制的に終了した。


「クウーーーーーーーーーキュゥゥゥゥウゥゥゥゥゥ」


 嘘だった。

 昨日起こったことは全て完全に覚えていた。今日初めて経験する、脳細胞が壊れたような頭痛をこらえて、ゲームを起動したのは、確認をするためだった。グラシブさんが、お酒の記憶を覚えているタイプかどうかを。

 

 酒の味、唇の味、胸の高鳴り、高揚感、そして醜態。全てを覚えていた。


 

 ウソゴト(本名、()(おい)(まこと)

 死因 恥ずか死

 

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