14話
「モンシロ。ラストアタック、カバー頼む」
「OK」
「記憶解放、エクスキューショナー」
マスピックゴブリン最終形態。ダイエットモードを維持したまま、既にマザーは討伐した。突進中に大地が揺れ、顔からマスピックゴブリンが転倒する。
無様じゃないか。援軍が来なければこんなもの。コレなら万全を期してマザーから処理する必要も無かったかな。
モンシロが握るのは数打のロングソードではない。その武器は純白のツーハンデッドソード。美しくも実用性重視し、無駄な装飾はない。
店売りの武器は基本的にモンスタードロップに劣っているようで、そこら辺の骸骨を乱獲してドロップしたツーハンデッドソードの方が、店売りの4倍は優秀だった。
もちろん、レベル上げのために乱獲された何たらスケルトン君は数知れず。途中、積み上げられた、錆びた剣と、経験値の山には感謝をしつつ。ようやく手に入れた、レアドロップだ。
新調した武器の力を解放する。
「記憶解放、スパインブランド」
モンシロが握る剣がうなり、目で追うことが出来ない程の高速の斬撃が、体の後ろから飛び出してくる。奇襲性が高く鋭いマスピッグマンにはもったいない攻撃だ。
出所、タイミング、長さがわかりにくいながら、威力が出にくい下段からの攻撃を体そのものを鞭のようにしならせているとかなんとか。更にモンシロは相手の呼吸を読むことでそれを必殺の剣にまで昇華している、らしい。
俺も体の動きはなんとなく真似は出来るが、完全な再現は出来ない。てか相手の呼吸を読むって何さ。相手が油断したタイミングとかならともかく、俺には相手の動きを予知しているようにしか思えない。そんな事をするぐらいなら予測と見てから反応のほうが絶対に楽に決まっている。
モンシロだからこそ出来る特殊技能の1つだった。
「グボォボボ」
切りつけると同時に『エンチャント・クロス』が3本突き刺さる。レベルが上がって、スキルの力も上がったのだろう。単純に拘束力が3倍になったのなら相当強力で悪質だ。
やっぱあいつのジョブだけ強すぎでは。俺やウソゴトさんのスキルは一体。
そしてスパインブランドの記憶が発動する。
発動は静か。微かにジリジリと音がして、赤い泡が4カ所から湧き出ている。切りつけた位置に加え、十字杭が打ち付けられている所全てから発生していた。
スパインブランドの記憶は極めてシンプル。純白の剣は血にまみれ、攻撃する度に出血毒が敵の体を蝕む。通常の毒と違うところは、継続的にHPが低下するのではなく、蓄積された毒の量に応じて一定時間後に失血し一度に大きくダメージを与えるられる。大ダメージと言っても、一撃で敵を打ち倒すほどではない、ダメージと同時に出血毒のデバフは消失するが、代わりにエクスキューショナーすら超えた特大のノックバックとスタンが発生する。
「後は任せた」
「任された。召喚、泥沼の反芻」
足下が波打ち、まるでそれ自体が意思を持ったかのように、独りでに集まる。それはどす黒く、液体が束なり剣の形になった。掴み取ったのは肉厚の片手剣、泥沼の反芻。マザーゴブリンを討伐したときに手に入れた新たな武器だ。
片刃の片手剣はまるで脈打っているかのような紋様が浮かび禍々しい。ただならぬ雰囲気を漂わせていた。
どうやらこれはネームドウエポンというやつらしい。
例えばスパインブレードは、今後同じ骸骨系の敵を倒せばより強いスパインブレードがドロップする事がある。だがフィンの剣やこの汚泥の反芻は入手方法が限定された武器、雑に言えばよりレアな武器だと思えばいい。
実際、違いはテキストの表記上の色の差とレアリティーは星の数で表現されていた。
スパインブレードが星2のアンコモンなら、この泥沼の反芻は星3、レアというところだろうか。フィンの剣は星1でノーマル、エクスキューショナーはアンコモン。今まで目にした武器の中では最もレアリティーが高い。
もしウソゴトさんなら、説明文の色が違うから何だと思うかも知れないが。その色が少し違うだけで、基本性能がまるで違うのだ。
「記憶解放」
泥沼の反芻で硬直したままのマスピッグゴブリンを切りつける。狙うのは当然首。クリティカルにしても他の武器とは比較にならないほど一気にHPが削れる。
スパインブレードが出血毒を纏うように、黒泥を纏っている間、汚泥の反芻は純粋に攻撃力を上昇させる。そして視界の隅にはメーターが発生する。
そのメーターは黒泥まとい状態で敵を切りつける度に上昇する。メーターが上がれば纏う黒泥の量も増え、その源は敵の血肉なのだ。敵を食らい、つまり斬撃を当てて纏う黒泥を最大まで溜めると、一層くすみ。記憶解放の条件を満たす。
「汚濁の反芻」
上段から一文字。空間を筆で落書きをしたように黒く染めた。
泥沼は子ゴブリンを生み出していたマザーゴブリンの特性を踏襲し剣の子供を生産する。
黒泥からあふれる、無数の剣。それは束なり敵を穿つ槍となって。マスピッグゴブリンを串刺しにする。
ゲームの仕様上腹に大穴が空くみたいなことはないが、
「おい、微妙にHP残ってるぞ」
「問題ない。想定通り」
汚濁の反芻を受けてヘイトは完全に俺に向いている。
スリムになった体を活かした突進。その迫力と、威力は砲弾のごとく。だが動きはあまりに直線的、ゲーム特有の動き出しから最高速度の突進も待機モーション中にある程度距離を取っていれば、タイミング良く横に飛で避けられる。だがここはあえて攻撃を受ける。
汚濁の反芻を正面で構え、体を固め衝撃に備える。剣先をマスピッグゴブリンとの間にあらかじめ置いておく事で素早い突進にも余裕を持って合わせられる。
切っ先ではなくあえて刃先を合わせ、剣が突き刺さるよりも前にからだを浮かせ脱力する。天地がひっくり返る。否、俺自身が大きく飛ばされひっくり返っているのだろう。吹き飛ばされた先の空中で体勢を直し、足からふわりと着地する。
削られたHPは約5%本来攻撃をもろに受けていれば、30%は削られていただろう。条件は満たした。
「再充填」
攻撃後の硬直で動くことの出来ない、間抜け面のマスピッグをバッサリと切り捨てる。
「記憶解放、汚濁の反芻」
再び剣に纏われた泥直接ピッグゴブリンに叩き付け、内側から粉砕した。
【プレイヤー、モンシロ、グラスシードアンリミテッドが、ボス、マスピッグゴブリンを初めて討伐しました。初回討伐報酬は10万円です。ワールドクエストが進行します引き続き、快適なゲームプレイを引き続きお楽しみください】
「どうやら初めてボスを討伐したプレイヤーはアナウンスされるんだね。きっと、グラスにも雑誌や公式から取材が来るよ」
アナウンスはともかくとして、それは面倒くさそうだな。どうせこのレベルのボスはこの世界にいくらでも居るんだろう。とっとと誰か別のボスを討伐してくれやしないだろうか。というか、些細な金額だけれど、大ボス以外にも賞金が設定されているのか。あらかじめ設定した口座にその内振り込まれるのだろう。プロでやっている人はともかく、遊びで倒してしまった人は税金関係が面倒くさそうだな。
モンシロは驚いていないようだし、どこかであらかじめアナウンスされていたのだろう。しかも、これだけ盛大にアナウンスされていれば、素人も攻略に熱が入る。これは発売から1年は祭りだな。次々と新たなプレイヤーが参入し、新たなプロが生まれるのではないだろうか。
【バトルリザルト】
獲得EXP精算。
レベルが上昇しました。
ドロップ
グーラブレード
ゴブリンの剣
ピッグマスク
豚鬼の角
高級ゴブリンミート
ピッグゴブリンレザー
リコールストーン
脂肪
……
最初のマザーゴブリンの討伐報酬がかなり良かっただけに、あまり報酬は美味しくないが、獲得経験値はかなり大きい。コレならわざわざ倒した甲斐もあったというものだ。
想定外のボーナスも貰ったことだし。本当にこのゲームは楽しませてくれる。
「なあ、グラス」
「どうだった、そっちのドロップは。こっちはまず味」
「それより、本当にウソゴトさんを連れてこなくて良かったのか、コレじゃちょっとかわいそうだろ。確かに足手まといではあったけど、彼女が召喚を使えるようになったら十分戦力になっただろうに」
あの後、ウソゴトさんは、戦士訓練場で召喚をNPCに教えて貰っている。
ルノースが初めに言っていたじゃないか。戦士訓練場に行くのが召喚を覚えるのには手っ取り早いと。なんだかこのモンシロが現れた誠でうやむやになってしまったけれど、いくつか依頼を受けて認められればあれだけ苦労することもなく、基本的な剣の振り方から召喚まで教えてくれるみたいだった。
まあ、どっちにしろNPCからの好感度カルマ値を上げるためには依頼は達成しなければならないのだから無駄ではなかったけれど。なんだか釈然としないまま、俺たちは別れ、レベル上げやらアイテムを整えたりして、俺とモンシロはマスピックゴブリンに再戦を挑んだのだった。
「あまり上級者に介護されて進むというのは良くないだろ。かなり、レベルとか以外のプレイヤースキルをこのゲームはシステムレベルで重視しているみたいだからね、明確なレベルアップの機会を奪ってしまっては、それこそひどいじゃないか」
ここで言うレベルアップというのはもちろん、プレイヤースキルのレベルアップだ。テクニックは随分マスピックゴブリンに鍛えられたようだけれど、同じような実力のプレイヤー達と共にいろんな役割を経験して、フルパーティーでの戦闘になれるのも大切だ。きっと彼女のナビ妖精が導いてくれるだろう。
俺たちが会おうと思えばいつでも会えるのだ、彼女が壁にぶつかったとき、背中を押してあげるのが上級者としての役割だろう。
「そう。なあ、いつまで友達ごっこを続けるつもりだ」
はん。
随分と過激な主張ですことで。
「かわいそうとは言ったけどさ、アレは嘘だ。本当はなんとも思って無いよ。むしろお前ほど才能がある人間が側にいるだけで幸せだろうと思ったぐらいさ。ただ普通の人から見たらハブっているみたいで、居心地が悪かっただけだよ」
何だそれ。気持ち悪い。俺はどこにでも居るようなただのゲーマーだが。いつからそんなスーパースターになったんだ。
「いつから、俺はそんなありがたがられる偉人みたいな存在になったんだ。それで、結局何を言いたいんだよ」
今回ばかりはコイツの言葉は要領を得ない。だが、その口調の裏には、モンシロの意図だけがなんとなく伝わってきた。いつものゆらりと他人を懐に入れない、プロゲーマー、アゲハとしてではなく。蝶名林咲の強い意思ともいうべきものがそこにはあった。
「まあ聞けよ。今ゲームはこの世界の中心だ。時代、才能、機会。全てがここにそろっている。かつてスポーツという形で行なっていた闘争と注目は、このゲームというものに注がれ、これから更に大きなコンテンツになると俺は思ってる。
「グラスは自分で思っている以上に価値のある人間だよ。偉人ではないかもしれないけどな。ただのゲーマーに、世界一、グラス風に言うなら日本一になれる分けないだろう。お前には既に実績がある。
「それこそ、偉人て奴はVRシステムの基本を作ったなんだが博士みたいな人なんだろうよ。けどさ、偉人てのは200年先まで名前は残るそれはありがたい存在だろうけど、ほら、今を生きてる人間には名前も覚えて貰えないだろう。
「お前は偉人じゃないがそれに近い人間だ。100年後に名前は残らないが。今を生きてる世界中全ての人間の心に居座るだけの、心をねじ伏せるだけの力がある。スーパースターて奴なのさ。グラス」
そりゃ自画自賛か。世界4位め。そりゃ金も名声もお前は持って居かも知れないが、俺はそんなものを持ってないし興味も無い。それだけが事実だよ。
「なあグラス。そろそろプロに復帰しろよ」
「うるせえ。俺は勝てなかった、だからプロには戻らない単純明快だろ。それだけだ。」
そう俺たちは勝てなかった。仲間を募った。実績も作った。かつては自身にあふれていたかもしれない。だが勝てないプロに何の価値がある。弱いプロになんの価値がある。
「確かに俺たちは弱かった。けどそこにお前は含まれていなかっただろう、グラス。客観的に見て、ギリギリ俺がプロの最低水準に達していた程度。他は正直、手も足も出なかったさ。けどお前は違った。お前はあの頃既に1対1なら誰にも負けない最強のエースだっただろう」
最強のエースだって、笑わせるな。本当に最強のエース何だったら、あんな悲劇は起きなかった。
「グラスのことを弱いと思っていたのなら、あのチームがなくなった後、俺が建御雷神に入ったときに誘うものか。」
「……あのチームの話はやめてくれ」
「グラス、まだあのチームが壊れたのは自分のせいだと思っているのか。いや、それはもう何も言わない。あながち完全な間違えという訳でもないからな。グラスの思っているとおり、強い光は熱は人を引きつけるものだけれど、うかつに触れると火傷することだってあるんだぞ」
ウソゴトさんがそうだって言いたいのか。
「ともかく俺は本気でグラスに復帰して欲しいと思っているんだ。今のお前はなんかムカつくからね」
随分と好き勝手言うじゃないか。お前に個人の交友にまで口を出される謂れはない。
「何だよ、その顔は。言い返すことも出来ないのか。もっとはっきり言ってやろうか、半端にプロ気取りななんかやめて、本気でやれって言ってんだ。見ていて気持ち悪い」
ケンカではない。昔は言い争うぐらいよくあったことだ。きっと次に会ったときには、笑顔で会話出来る。ただ、今は言い争うことも出来なかった。