13話
マザーゴブリンがスポーンしてからおよそ10分。戦況は硬直していた。
「マザーゴブリン召喚動作入った。仕方ないから、マスピッグを近づけないようにするぞ」
「そんなマザーゴブリンはHPを減らしていないのに、グラスさん全然話と違うじゃ無いですか」
「もう知らん。こんな序盤にギミックボスっぽい敵が出てくる、このゲームの方が頭おかしい。コレ6人フルパで挑んでも下手をすりゃ、じり貧だぞ」
普通なら回復アイテムしこたま拵えて、削り削られ挑む敵。初見で攻略させるつもりを感じない。
前作、デザイア・リミットブレイクでも、賞金付きのボスはわかりにくいギミック、分かっても強力なボスと、ボスとギミックはセットのようなものだったが、それは大ボスのみの話。2作目は1作目を超えていなければならないとはよく言ったものだが、誰が難易度も上げろと。
いわゆる初見殺しの数々は、情報共有が超情報社会であるにもかかわらず遅鈍なこのゲームであれば、それはそれは開発者冥利につきるのだろうが、あれよあれよと訳も分からぬまま追い詰められるプレイヤーとしては溜まったものじゃない。
何しろその罠にはめられた後にあるのは、長いログイン制限。後これは序盤に町への帰還アイテムが手に入ると見た。そして賞金付きボスの攻撃に消費アイテム禁止のデバフがあるところまでセットに違いない。
運営も回復アイテムが初期装備どころか、紙装甲で渡り合うなど想定していなかっただろうが。
「『赤の烙印』起動して、感染させるしか無い。どうせ雑魚の足止めてもまた躍り食いされるだけだ、全員で殴ってとにかく一体削り取れ」
「グラスさんダメです。一体吸収しただけでみるみるHPが回復してます。どう考えても間に合いません。こちらの損耗減らす方がまだマシです」
ウソゴトさんの覚醒によって、拙いながらも役割を任せられるようになっていたがそれでもギリギリ。2対同時を相手に出来ているがやはり被弾無しとはいかない。ステータスが劣っているぐらい、何とでもして見せよう。だが、複数人で防ぐこと前提の攻撃を、一人で対処できる優しい作りじゃない。
特に、モンシロの『エンチャント・クロス』が入っていない方の負担はどうしても増える。かと言って敵のHPを減らさないことには何も始まらない。必然、モンシロの方が二人がかりになり、反対を担当するのが俺という形になった。
現在、俺のHPは4割程度。不幸中の幸いか、レベルアップを挟みHPを全快した後の数値であり、もしそれが無ければ、既に死んでいただろう。
そのかいもあってマザーのHPは少なめに見積もって残り半分といったところだが、マスピッグはHP全回復である。
さすがは高レベルモブの団体様。レベルアップのファンファーレは計3回。ただ、レベルもほとんど追いつき、それこそマスピッグを討伐しない限りこれ以上の回復は見込めない。
マスピッグはもう肉塊とは言えない程スリムになり、ただの肥満体型に。俊敏になった敵に対応するのに時間がかかったのもあるが、元から強敵。かなり不味い状況である。
解決策。あるいは突破口。
マザーゴブリンの方が、ダメージの通りが良い事を確認して、先にマザーを排除しようとしたが。マザーがダメージを受けると、取り巻きを生産する。つまりピッグゴブリンだ。
そしてマスピッグゴブリンはデバフの自切能力を失った代わりに、周囲のピッグゴブリンを食って自己回復を行なうようになった。
つまりマザーを殴れば殴るほど無際限に、デブが再び肉塊になるべく最大HPを回復し始めたのである。
「クッソ。あっちを殴ってもダメ、こっちを殴ってもダメ。何か見逃している情報があるのか」
「いや、多分単純に人手不足なんだよ。マザーにしろ、マスピッグにしろ、一人が片方を引きつけながら。残り5人で攻撃したら。十分削りきれると思う。序盤に分裂していた雑魚や、肉塊モードと比べると敵もかなり柔らかい。せめてあと一人、それかリミットブレイクの頃と同じぐらい強力なスキル。いわば必殺技があればどうにかなると思う。俺たちにはまだ早かったって事かな、今更、逃げることもままならないけどね。悪い見誤った」
そういえば、訓練場の依頼は初心者向け。こいつらは初心者向けのボスだった。
あまりに厄介な性質で、とてもそのようには思えないが。さすがに他のクエストで情報を仕入れていなければ勝てないということはないと信じたい。
確かにレベル4~8のプロゲーマー6人を想定しているとすると、確かにギリギリ倒せそうな気もする。
実際、たった3人でギリギリ渡り合えているのだから、プロといわずとも、レベル上げから装備まで準備を整えた上級者が6人プレイヤーを集めれば勝てるやも。
初心者なら、平均15レベルは欲しいところだが12人でなんとかか。
なんにせよ、俺たちが勝つためには、あと1つピースが足りない。
「マスピッグゴブリンは諦めよう」
「どういうこと」
「言葉通り。残りのHPじゃどうやったってマスピッグゴブリンを殺すのに足りない。だからマザーゴブリンだけを殺して逃げる。幸い、逃走阻止デバフも、エリア制限も受けてない。今逃げることの障害になっているのは、デバフ無しだと根本的に移動速度で負けてると言うこと。つまり、『敵を無理矢理1体まで減らす。もはやマスピッグゴブリンがどれだけ肥大化しようが知ったものか。むしろ沢山肥えて鈍足化して貰おう」
「それってつまりどういうことです」
「俺とウソゴトさんで。マザーゴブリンを仕留める。近づいてきた雑魚ゴブリンは全部、モンシロがなんとかする。どうだ」
「うん、それで行こう。ボスを一番に倒せなかったのは悔しいけど。装備を調えてから再戦すれば良い。今はそれで良い」
おいおい、しっかりしろよ。プロゲーマー。俺たちの中で一番強いのはお前だろう。
「ううぉわ」
本当にしっかりしてくれ。
モンシロの居たところから、土煙が巻き上がる。棍棒のような腕が打ち付けられていた。ギリギリ避けたのがさすがと言うべきか、何を貰いそうになってるのだとなじるべきか。
マスピッグはどうやら雑魚ブリンをもう平らげてしまったらしい。産み落とした子供を、仲間がバクバク食べていく。うーん、この。二人はどういう関係なんだろうか。
「長話は許してはくれないよな。それじゃあ、任せた」
「ああ、任された」
こっちも、楽な仕事じゃないんだけどな。
「ウソゴトさん、行動パターン覚えてる」
「なんとなくは」
マザーの特殊能力はゴブリンの生産だが、それはほとんど本体の戦闘力に関与しない。生み出すのは何というか、ドボドボと破れてあふれ出した、泥の中から生まれてくるのだが、泥自体にはダメージはなく見た目も派手。ついでに生まれた側から、謎の吸引力で吸われていくから、こちらを攻撃する個体は少ない。リスクはあるが格好の攻撃タイミングだ。
足りない火力はここで攻撃し続けることで補う。
「マザーはおそらく15%から25%の範囲でランダムに召喚行動を取る。もしかするともっと詳しい、決まりがあるのかもしれないけど、今はランダムだと考えて。つまり、後2回から3回は召喚行動を取らせることが出来る。一先ず無理矢理にでも召喚モードに移行させろ」
「モンシロさんの負担を少しでも減らすためですね」
もちろん、マスピッグを相手するよりも、雑魚を足止めする方が楽なんだろうが。
「召喚タイミングでHPを削れば、次の召喚まで削らなきゃならないHPが少なくなる。だから初めに、召喚モードに入れるのが一番大変」
召喚モードでは休憩できるのはもちろん、スキルや武器のメモリーを使わなくても安全にやり過ごせる。安全第一にスキルの回転が間に合わなくて負けるぐらいなら、HPを犠牲に。つまり、1発までなら貰うのを許容して攻めるべきだ。
「なるほど。キャ」
「気をつけろ。奇襲はないけどマスピッグよりは動き早いから、予備動作見逃すと反射では避けられないぞ」
マザーの攻撃は中近距離型。地面を泥に変えて投げつけてくる。この泥弾は、非常に厄介。見た目は泥団子を投げる子供とたいして変わらないが、弾が地面当たると扇状に拡散する。弾そのもののダメージも高いが、横や背後に避けることはほぼ不可能と考えて良い。見てから前に避けるのが一番安全だ。
ターゲットは俺、続いてウソゴトさん、次は俺。
一見してそのまま駆け抜けてしまえば良さそうだが、俺もウソゴトさんも避ける度に減速して様子を見るしかない。
問題は泥の塊をくぐり抜けた視界の影から、2発目が飛んでくることがある事だ。これは、一発目とは逆にかなり手前に落ちるので背後の泥の中に入るぐらいのつもりで回避しなければならない。
俺に向けて1発、2発目来る。
一人では前に進む事すら難しいが、それはつまり奴の両手で繰り出た2連発の後は、もう一人が接近する格好のタイミングである。
「行け」
「はい。『シンプルハイド』」
巨大な物体が迫ってくるのは少し恐怖感を煽る。だが注目すべきはその奥の腕。
大地を剔り取るようにすくって投擲、2、1、今。泥弾をバックステップで避けた後。横に膨らんで走り出す。
「やあぁぁ」
かわいらしい雄叫びと共に不細工ながら、着実に刃を振るう。だが今はそれで良い。小さな1発が重要。ウソゴトさんが斬りかかった所で、ヘイトが俺からウソゴトさんに移る。マザーは最も近くで攻撃してくる敵を最優先で狙う単純な頭をしている。厄介な中距離攻撃、泥弾を防ぐには密着し続ければ良い。
クールタイム貯まり次第、使ってけ。
『赤の烙印』
『死の烙印』
少しでもdpsぶち上げろ。
「記憶解放、エクスキューショナー」
地割れを起こす斧で直接殴れりゃマスピッグも狙えるんだけどな。
黒い輝きを持つ、叩き付け攻撃を、キャンセルさせる。
マザーゴブリンの近接攻撃は主に2種。普通の打撃に加え攻撃の軌跡に攻撃が残る。それは墨液で描いた絵のように。空間に描写され続ける。
特に両腕叩き付け、回し蹴り辺りに付与されているとかなり行動を制限させる。
そして何より
泥の手を振り回すのをやめて、屈み力を溜めている。プラス黒いエフェクト。
跳躍来る。
ウソゴトさんもちゃんと見えている。
着地と同時に爆発する泥の波。当たれば遙か遠くに逆戻り。避けても距離距離を取らされることには変わりない。単純な技しか無いくせに本当に厄介な。
「グラスさん。大丈夫ですか」
地面にピッケルのように斧を打ち付けて。ノックバックを無効化する。攻撃範囲ノックバック全て強力だが、威力はパンチなどを直接貰うのに劣る。HPを使うならここだろ。
座っている状態なら届くよな。マスピッグは全く弱点なんて分からなかったが、泥は泥でも人型なら、もちろん頭部は弱点だよな。
半月の輝きが首を断つ。10%も減っていなかったHPが急速に減少する。急所への攻撃は確定クリティカル。クリティカルは与えるダメージが大きく上昇し連続して入れば、
相手の体勢が崩れる。
「復帰させねえぞ。記憶解放エクスキューショナー」
コレで20%。入れ。入れ。まだ足りないか。
マザーはついに起き上がる。『赤の烙印』の効果時間が切れ、リキャストはまだ上がっていない。
マザーがもう一度しゃがみ込む。限界まで斧をたたき込むがそれでも、まだ。
飛び上がる。
どれだけ今日はついていないんだ。回避はもう間に合わない。
『死の烙印』
汚濁があふれた。
それはまがまがしく、敵の新たな出現と、マスピッグゴブリンのさらなる強化を意味し。
こちらの勝利を意味していた。
「入った。召喚モーション。殴れ殴れ殴れ殴れ」
周りは見ない。
そんな余裕はない。全てを注げ。
きっとモンシロは、上手くやる
「くたばれ、モンスター」
3度連続の召喚と、2度の記憶解放。
汚濁と経験値をまき散らし。そしてだ六腑アイテムを残して、断末魔をならす。
俺たちは、無事にマザーゴブリンの討伐に成功した。
「やりましたね、グラスさん」
「ああ」
どこかウソゴトさんも誇らしげだ。初めてのボスクラス討伐。思い出に残る激闘。無事に倒せて良かった。
という訳で。
「逃げるぞー」
「モンシロさん。あなたの犠牲は無駄にしません」
さすがのプロゲーマーといえど、あの軍団に飲まれてしまっては、もう生きていないだろう。惜しい人を亡くした。
「生きてるよ。勝手に殺すな」
何やら遠くの方で大声で叫ぶ声が聞こえたかと思うと、激しく点滅している男がそこからこちらに走って来ている。おいバカ、お前までこっちに来たらマスピッグゴブリンもきっちに来るでしょうが。
仕方ない。待ってあげるか。移動速度で勝る、マスピッグゴブリンは食事中だ。一度振り切ればもはや追いかけてくる敵はいない。我々が打ち倒したのだから。
「それはそれとして、焼き肉は奢りな。負けは負けだから」
「え」
「ごちそうさまでーす」