9話
「それでグラスさんと蝶、じゃなくてモンシロさんはどういう関係なのか。詳しく教えてくださいよ」
人の過去を根掘り葉掘り聞きよってからに。お前いつからそんなに面倒なキャラクターになったんだ。まるで伝説の妖怪、飴配りおばさんのようじゃないか。
いや、元からか。
「そんなに面白い話は無いよ。このデザイア・アンリミットの前作デザイアリミットブレイクの頃、俺とグラスは同じチームで活動していたんだよ。元はネームボスを倒す為の臨時パーティーだったんだけどね。今回はなんて名前なのか知らないけど」
「もしかして賞金付きのボスですか」
「そうそう、今作よりも賞金は低かったから大した金額じゃないんだけどね。今作は一体5億だっけ?何体ボスがいるのかは知らないけれど、随分ふとっぱらだよねえ」
余計な事を。
「それじゃあグラスさんも」
「うん1500万円ぐらいは貰ったんじゃないかな。それよりもモンスターの優勝賞金の方が」
「モンスター、賞金付きのネームドボス。グ、グラスさんってもしかしてお金持ち」
「うん?ん。バカ言え、そこに居るだろ。移籍金56億の化け物プレイヤーが」
蝶名林。今はモンシロだが。俺と出会った頃にはプロだったこの男も、ずっと同じチームに居たわけでは無い。
モンシロが、蝶名林咲がリミットブレイク時代に所属していたのが、チーム建御雷神。
デザイア・リミットブレイクからレジェンドオブアストラルに、ゲームタイトルを移籍するにあたって、当時LOA部門が無かった建御雷神から別のプロゲーマーチームに移籍している。その後に紆余曲折があって、最終的にはラビリンスのLOAチームに鞍替えしたそうだが、その移籍金として提示されてのが、56億円。
結果としてラビリンスを日本1位のチームに押し上げたのだから、移籍金相応の仕事をしたと言えるだろう。
大会の賞金が精精な俺には、月々どれだけの金額を稼いで居るのか全く想像つかなかった。
「グラスだって大金稼いでるでしょう。優勝トロフィーの数だけなら日本で一番多いんじゃない」
「お前は何か、俺の活動を逐一監視してるわけ」
「そりゃ元チームメイトだしたまに見たりするさ」
普通にちょっとキモいな。
「普段からゲーム上手だとは思ってましたけど、本当にグラスさんは強いんですねー。なんで文明特異点では微妙な戦績だったんですか」
「なにそれ、ゲームIQの塊みたいなこの男が苦手なゲームがあるってマジ」
「それがですねえ」
うるさいなあ。
殴ってて解決するゲームは全部なんとか出来るけれど、クイックマッチはともかくそれ以外はそういうゲームじゃない。
文明特異点は個人の戦闘能力でどうにもならない盤面があるから良いんだよ。ゲーム自体がほとんどNPC同士の戦闘で決まるし。プレイヤーは精精が高い戦闘力の将軍ユニット程度の力しか無い。少し強いぐらいで、1000や10000の軍勢に勝てるものか。
強いのは変わりないから自分で戦いながら、自軍をパワーアップして、戦場全体を見渡し、相手の戦術を超えていかなければならない。天空から地球を見下ろすような視点で観察できるのならともかく、伝令情報だけで全体の戦況を把握するだなんて出来るわけが無い。
まあ先日飲み会に参加していた一部の人たちはそれを行える変態達なのだが。
なお、クイックマッチ程度で戦況を見誤ったのは、単純に他ゲーに浮気していたのと敵が近接弱すぎて気持ちよくなっていただけである。
俺が悪うござんした
「そろそろ町から十分離れたし敵が出てくるんじゃないか、山では結構なエンカ率だったし」
さすがに2歩も進めば即死魔法を放つ氷妖精が4体束でかかってくる鬼畜使用でもなければ、古の0歩エンカでもないので、も程では無いけれど。こっちが探さなくとも相手から見つけてくれる。
ほら、どうやら敵がやって来たぞ。それも集団で。
「それは良いですけれど、なんか数が多くありませんか」
うーん。確かに。俺が1人の時は最大でも同時出現は5体ぐらいだったが。これは10、20、30と少しで打ち止めか。
「ウソゴトさんはレベル」
「1ですよ」
「モンシロー」
「俺は10」
「絶対お前のせいだろ」
パーティー用の調整にしてはあまりに数が多い。四方を完全に囲われていて詳細な数が分からないほどだ。現在、この数はおそらくモンシロに合わせ10レベル相当の敵が用意されている。普段なら効率が上がったと喜ぶところだが。
「これ、私、早速デスするんじゃ。このゲーム、デスペナ重いんですよ」
一般的なRPGのデスペナルティーはステータスの一時的低下や獲得XPの一定時間低下、消失はゾンビアタックの防止。所持金のロストは失ってもユーザーが離れない範囲のペナルティーを与えることで、死ぬことは悪いことだと。これは死なないように強くなるゲームなのだと印象づけて、ゲーム性が破綻しないようにしている。
ただ敵を殴り続けるゲームなど何も面白くないからな。
アンリミットの仕様は少々特殊だった。
このゲームは最も早くBOSSを倒すことを目的としている。ともなればペナルティーもその時間を消費する事になる。それも経験値を没収する普通のゲームなんかとは違い、消費されるのはリアルの時間だ。
デザイア・アンリミットでは死亡すると、24時間の間ログインを停止させられる。
コレには焦る。連続で遊べないストレス、他のプレイヤーに置いて行かれる焦燥感。だが目先に吊された5億には飛びつかずにはいられない。大胆な仕様だが心配は無い、なにせ客の心が離れることを心配しなくて良いのだから。
「グラスと俺で処理するよ、ウソゴトちゃんは後ろの4体だけ相手して。」
それくらいなら。ウソゴトさんでも大丈夫だろう。
こちらはこちらでレベリングさせて貰いますか。
「召喚、フィンの剣」
剣を掴むと共にその剣に刻まれた力を想起する。
「記憶解放」
青い輝きが、鞭のようにその集団を切り裂き怯ませる。初めに呼び出したときは、青い大剣のようだったが、どうやら姿が全く違う。想定以上の敵を巻き込み、想定の更に一歩前に進める。
技が変わった。俺が武器を使うことで記憶が増えたって事なのかな。
何にせよ、増えた一歩が。剣戟2振り分の価値を生み出す。
【ピッグゴブリンlevel5】
鬼だか豚だかよく分からない異形の怪物。身長は俺よりやや低い程度。肥満体のようなその体の、狙うは2つの首だろう。隠しもせずただ接近してくるところ、手首と喉仏を削るように急所をそぎ落とし切り刻む。膝をついた豚鬼を最後の一振りがその首をガガガっと両断し、その体を小さな欠片へと離散した。
「凄いもう1体倒した。コレなら生存の目も出てくるかも」
君はさっさと敵と戦って、そして召喚を覚えてくれ。
「腕は衰えてないねー。けど多分、積極的にヒットストップ狙っていった方が今はキルタイム速いと思うよ。想像以上にクリティカルボーナスが高いから。多分前作の集団戦でクリティカルが逆に危険になっていたのを反省してだろうね」
まあ。首を断てるのにわざわざ首の皮を斬ってからじゃないと最大効率で殴れ無いのは地味だったものな。今作ではたとえザコ戦でも急所狙いで良いらしい。
前作では強敵や対人の場合はかなり洗練された戦闘システムで戦う事が出来た。だが、こちらから一方的に攻撃できる状況の場合、クリティカルや急所攻撃に大きなヒットストップ、硬直状態が設定されているために。最後の一撃以外はあえて急所以外を攻撃した方が効率が良い事が多かったのだ。
それなら。
左右に同時に迫る豚鬼。このままでは2体同時に対処しなければならないか。
横に大きく膨らみながら前に飛び前蹴りを繰り出す。ダメージを与えるのでは無く。なるべく相手が遠くに倒れるように。足を蹴り抜き大地を踏みしめ。残った間抜け面を貫いた。
引き抜いたところで更HPがごっそりと減るが、周囲の豚鬼が追撃は許さない。
一度、二人の元に帰る。
戦い方を変えるか。
「ルノース」
「ハイさ」
フィンの剣は確かに便利だが、同じ武器を永遠と使い続けることは出来ない。武器には耐久値が存在している為だ。別に減ったところで壊れる訳じゃないが、放置すればどんどんと攻撃力が低下していく。色々対処の方法はあるのだろうが。今はどうすることも出来なかった。
「装備を手動で変更だ」
「OK」
現在。俺の武器装備スロットは1枠しか解放されていない。よって、あのビーストテイマーのように戦闘中に武器を切り替える戦い方はまだ出来ない。だから装備を交換するためにはフィンの剣を装備から外し、そこに新たな武器を装備する必要があった。
「グラス。装備が交換できるまで20秒かかるわ。なんとか耐えて」
「誰に言ってる」
こいつらの温い攻撃を避け続けるのは簡単だが、モンシロはともかくウソゴトさんにヘイトが行くのは避けておきたい。素手でボコボコにしても良いけど。ここは1つ実験をしておくか。
『死の烙印』
棍棒を振りかざした豚鬼が突撃してくる。武器を手放した瞬間に舐められたのか。ブンブンと振り回されては、どうしても攻撃しにくい。もし部位破壊みたいなシステムがあるゲームであればただ切り落とせば良いだろうが。
『死の烙印』は何かの骨かのような不気味な装飾のナイフ。狙うべきは。豚鬼の手首の周りをなぞるように絡め取る。
動きは大きくなくても、ナイフはナイフ。鋭い刃が豚鬼にダメージを与えつつ。自らの棍棒で自分の足を打ち付けた所を、首を殴るように何度も突き刺した。
よろめいているが、ダメージはさほど通っていない。ビーストテイマーをコレで倒せたのは幸運だった。やっぱり、使えないことは無いけれど、『死の烙印』に索敵と投擲異常の使い道は無いな。少なくとも今はまだ。
「危ない。グラスさん」
『死の烙印』がスキルの稼働時間を過ぎたのだろう。そのまま不気味な短剣が消滅するが。
「20秒」
「はいはい、行くよ」
「「召喚、エクスキューショナー」」
赤い光が集合する。現れたのは巨大な柄に鋭利な斧頭。無骨で一切の装飾は無いながら、見るものに威圧感を与える一品。
フィンから貰った報酬だ。
「記憶解放、エクスキューショナー」
斧をクルリと振り回し、柄をガンッと大地に打ち付ける。地に罅が入り、そのエネルギーのウネリは敵を襲う。大地が揺れる。豚鬼達の足下を狙い澄ましたかのようにその振動は平衡感覚を奪い、まるで頭を垂れるように転倒する。
2体の豚鬼をまとめてなれべて、そして、斧を何度も、何度も何度も、その首に打ち付ける。それは本当の中世の処刑のように。殺す。
「ふー。ザコ敵でもレベルが上だと固いなあ。経験値効率は悪くないけど。良いとも言えないし」
「へー。戦闘中でも武器交換できるんだ。裏技っぽくて、ちょっと得した気がする。多分、使わないけど」
使わないのかよ。
何だったんだよ今の下り。ちょっとはドヤ顔させろよ。
「いや、実は2枠目の装備欄、10レベルになったときに解放されてるんだよね。ほら」
そう言ってモンシロは長剣を手放し、周囲を回転し始める。そしてその影から現れたもう1振りの黄色に輝く幻影の長剣を掴み、新たな剣が実体化した。
テイマーと戦ったときはエフェクトなんて戦闘に関係ないもの、しっかりと観察しておく暇など無かったが、こうまじまじと見ると武器を持ち変えるだけで無駄にかっこいいな。取り出すのに1秒ぐらいかかるけど、無駄にガチャガチャ高速で装備を入れ替えたくなる。
「って、それおんなじ剣じゃん。それそんなに強いの」
同じ武器入れるメリットあるのか、同じ武器を装備すると、同じ技2連発出来るとか?基本別の武器の記憶を使えるようにしておいた方が良さそうだけど。
「全然。ただ強い武器が手に入らなかったから、ダメージ重視で店売りの剣2本買ってきただけ。店売りの装備は微妙なんだよね。なんか地味なエフェクトの後ちょっと切れやすくなるだけみたいな」
もったいねー。せっかくかっこいいのに。絶対武器取り替えないじゃん。
「ちなみに条件は10レベで良いのか」
「他にもあるっぽいけど、俺はよく分からないうちに解除されたから10レベになったらグラスも使えるようになるんじゃない」
召喚の例を考えるに、ゲーム理解度とか熟練度みたいなのを、どうにかして判断しているのかね。都合の良い監視装置も居る事だし。
「そんな事よりグラス」
「何だよ」
「なあ、やっぱりもう一回組まないか、グラス。社長もそれなりの報酬を出すと思う。加入に関連する揉め事も無いと保証するよ」
「だから、俺はプロチームとかに所属するつもりは無いって言っているだろう」
「絶対?」
しつこい。やるとしてもリミットブレイクの時を超えて居なければ意味なんて無いんだよ、アゲハ。
「はあ。あるいは、また最速だったりしたら考えるかもしれないけど」
「本当か。聞いたからな」
不味い。余計な事を言った。そういえば、前と違ってアゲハには実力も名声もある。実力も協力者もあの頃とは違うのだ。面倒な事態にならなければ良いけど。
「ほら。ウソゴトさん、そこの敵、孤立してるから戦ってみなよ。見ているからさ」
今回の目的は、何よりウソゴトさんに召喚を使えるようにすること。そのための手助けはいとわないつもりだ。
「了解です。見ていてくださいよ」
ウソゴトはピックアックスを振り上げて脳天に向かって振りかぶる。
アレじゃあダメだな。腕をピンッと伸ばしてしまって。現実なら体がツルハシに振り回されてしまうだろう。幸いここは現実では無い。体が投げ出されることはないだろうが、ほら、簡単に避けられる。
そして体が大きく前方に流されている。もし豚鬼が攻撃的な性格だったら、反撃を貰っていただろう。
いや、これは。
「ウソゴトさん。下がって」
「え、何でですか」
文句を言いつつも、一歩下がるがまだ足りない。背中を掴んで引っ張ると、バランスを崩してしまい、尻餅をベチンとついて痛そうだ。
「何をするんですか」
両手が丁度塞がっていたので顎で指し示したところには、地面を引きずるような痕が残っている。その先には黒い影。ウソゴトさんが姿を確かめるよりも早く、先ほどまでウソゴトさんが居たところに飛びかかって飛んでゆく。その正体は四足で走る、ピッグゴブリン。
助走からの飛びかかり。どうやら犬系の獣と同じ動きをすするらしい。嫌なレパートリーだ。
「何ですか気持ち悪い。小型とはいえ、人型の生き物が四つ足で高速移動するとか、極めて生命に対する冒涜を感じます。アレはゴキブリに近い何かです」
動きは確かにそれっぽいかも。
「まあ、そんな事もあるみたいね、豚だし。ともかく、戦ってる最中ももう少し周りを見た方が良いよ。今回は特に多数と戦ってるわけだしさ」
犬型改め、ゴキ豚はおれが引き受けて。再び始まる1v1。
間合いをお互いじりじりと詰める。先手を取ったのはウソゴトさん。
お、今度は斜めに振ったか。正解。2足の生き物は急に後ろに下がれるようには出来ていない。大きな縦振りは体の線ををずらされるだけで躱されてしまうが、同じ攻撃でも向きが違うだけで有効性がまるで違う。同じへっぴり腰攻撃でも、豚鬼はすっかりかがみ込んでいる。
今度こそ上空から振り下ろしたピックアックスが脳天を捉える。何度も何度も打ち続け、やがてそれは砕けて散った。
「どうです、うわ。何ですかその半透明な死体の塊」
「うわ、とはなんだ、『死の烙印』を使ったらこうなったんだよ。敵をまとめて倒してから使ったから、現代素敵オブジェみたいになっているけれど」
なお効果はこっきり1体分である。試してみたものの特に意味は無い。
それに数で言うならあっちの方が凄いじゃないか。
「こっちはこっちでなんか凄いですね。なんだか宗教画みたいになってますけど」
「宗教画って何だよ。ウソゴトさんのとこでは、十字架出てたら全部宗教的か?これはどちらかといえば、魔王の所業だろう」
全身を大小様々の、釘、十字の杭で打ち付けられている。豚鬼は地面にへばりつき、その数は塊を通り越して山のごとくそびえていた。
杭の重さからか。それとも本当に聖なる不思議パワーがデバフとして作用しているのだろうか。なんか強すぎじゃね、俺の『死の烙印』と全然パワー違うじゃん。
「俺の初期ジョブ、勇士のスキル『エンチャント・クロス』見た目と違って持続ダメージはほとんど無いんだけどね。強力な行動阻害効果をがあって、打ち込んだクロスの数で加算される。自分のレベル以下の敵にはめっぽう強い、臆病者向けのスキルだよ」
どうだウソゴト。コレが世界で戦える男の実力だぞ。
杭は相手を斬らなければ付与できない。1ドットもHPを削られず、あれだけの数を一方的に切り刻む。ある程度ゲームが上手い奴なら誰でも出来る事ではあるが、この男は俺が数体を、そしてウソゴトさんが一体殺す間に行なっている。ウソゴトさんが目指すべき指標の1つだ。
「それじゃあ。HPが尽きるまで次行ってみよー」
「お、おー」
大群を処理した後にやって来たのも、また強そうなモンスター達。手伝うとは言ったが、あんまりのんびりしているようなら、俺達が全部狩ってしもうぞ。ウソゴトさん。