マリーの日記帳2
7歳になったある日、突然街に魔獣の群れが現れた。
土埃が舞い上がり、あちこちで黒煙が立ち上り、建物の崩れる音や、人々の悲鳴、何かの大きな雄叫び、泣き叫ぶ声。
そんな聞いたことも無い全ての音が、一気に押し寄せる。
人が沢山、死んでしまった。建物もたくさん壊された。教会の建物も崩れ、神官様も倒れ、わたしのお父さんも、お母さんも、居なくなってしまった。
全て一瞬だった。
全てが一瞬のうちに終わっていた。
始まりすら気づけない程に、終わっていた。
お母さんは最後に「ここに隠れていなさい」と暖炉の中へ押し込む様にわたしを隠した。
わたしは、ずっとずっと、隠れていた。
大きな音がなっても、隠れていた。
こわかったけど、静かにして隠れていた。
お父さんの声が聞こえたけど、隠れていた。
お母さんの悲鳴が聞こえたけど、隠れていた。
泣きたかったけど、隠れていた。
外で色んな音がしたけど、隠れていた。
たすけて!と叫びたかったけど、隠れていた。
おとうさん、おかあさん、こわいよ、さびしいよ……。
わたしは、ずっとずっと、隠れていた。
しばらくすると、わたしの名前を呼ぶ声が微かに聞こえてきた。助けてもらえる!と思ったけど、お母さんとの約束もあってわたしは隠れたまま様子を伺った。
わたしの名前を呼んだその人は、神官の服を着ていたので安心して出ていこうかと思ったけれど、その人のハートは緑色だった。
神官様は、皆を平等に愛しているから、白色なのに、あのひとは、緑色。全ての神官様が白色のハートな訳じゃないけれど……少しの違和感が胸の中に湧き上がった。
緑色のハートは経験から言うと、ちょっとした知り合い程度。わたしの中の違和感は段々大きく膨れ上がり、隠れたままでいた。
神官の服を着たその人は辺りを見回し、わたしが見つからないと分かると、舌打ちをしてから瓦礫の山を掻き分けて去っていった。
わたしが隠れたままじっとしていると、また人の気配がしてきた。
こっそり確認すると、同じ教会の寮にいた、ペグおばさんだった。わたしは思わず反射的に飛び出して、ペグおばさんに抱きついた。
ペグおばさんのハートは黄色なので、わたしのことを好いてくれている証拠だ。友達だと親友くらいだと思う。
「マリーちゃん!?マリーちゃんなのね!?生きていたなんて!まぁまぁ!こんなに汚れて……髪も肌の色もこんなに変わって!」
そう言われて初めて自分の髪と肌の色を確認する。ピンク色だった髪は赤茶けていて、肌も浅黒くなっていた。
「さぁさぁ、お腹がすいたでしょう?ひとりで隠れていたの?偉かったわねぇ……」
ペグおばさんはそう言ってわたしの髪や頬を撫でてくれた。
その時、わたしは安心して、嬉しくて、悲しくて、信じられなくて、お腹がすいて、身体が痛くて、つらくて、でもペグおばさんに見つけてもらえて、でもお父さんもお母さんもいなくなって……そんな沢山の感情が一気に押し寄せてきて、ぐちゃぐちゃになって、自分でもどうしたらいいか分からず泣き出しそうになったけれど、グッと堪えた。
「ううん、大丈夫」
そう言って、無理やり笑顔を作る。みんなが釣られて笑顔になるような“わたしの笑顔“を作る。
怖かったのだ。
ここで泣き出して、迷惑がられたら?
嫌われて、ハートが緑や青になってしまったら?
ここで、好感度が下がったら、わたしはどうなるの?
その後はペグおばさんと、わたしのお世話になっていた教会の司祭様と一緒に、王国に点在している教会を渡り歩いていた。旅業、というのだろうか?どの教会へ立ち寄っても、こんなに小さいのに偉いね、と歓迎された。
その間もずっとわたしは“いい子のマリー”で居た。
嫌われない様に、好感度が下がらないように、必死だった。
わたしが何を言っても、何をしても、真っ赤なハートを躍動させて、好感度が変わることの無い両親は、もう居なくなってしまった。
当たり前のように享受していた愛は、もう、どこにもない。
両親が居なくなって、ひとりぼっちになったわたしには、もう、愛してくれている人は、いない。
だって、国中を渡り歩いても、わたしの目に見える範囲に、赤いハートの人なんて、居ないんだもの。
だから、わたしは、誰にも愛されていない。
この世界に、愛されていないのだ。
こんな力が無ければ、好感度が目に見えなければ、まだわたしは愛されているのだと、思い込めたのだろうか……?
この世界に、愛されているのだと――。
赤い、真っ赤な、脈打つハート。
わたしを愛してくれている印。
どうか、どうか……だれか……わたしをあいして――。
わたしを愛してくれるなら、わたしは貴方の理想になるから……。
貴方の好きな言葉だけを、この口から紡ぐから。
貴方の好きな微笑みを、いつも向けるわ。
貴方が似合うと言ってくれる色を、いつも身につけるわ。
貴方の好きな物を、わたしも好きになる。
貴方が悲しんでいるなら、その穴を代わりに埋めるから。
貴方の好きなわたしになるから――。
だから、どうか、どうか……
まだ見た事もない顔も知らない貴方――。
どうか、どうか……わたしをあいして――。
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