69話 折角ふたりきりになれたから……
「あの、エマ……。こんな時、だけれど……聞きたいことがあって……折角ふたりきりになれたから……」
少しして、マリーは言いにくそうに切り出した。先程の件もあって、体が少し強ばる。わたし、また気づかない内に何か迷惑をかけていたのだろうか……。
不安ながらもゆっくりと頷くと、マリーは重い口を開く。
「あの……エマは、他の皆さんと……面識があったのですか?入学式よりも、ずっと前に」
マリーは膝の上で組んだ両手に視線を落としながら、真剣な声色で問い掛けてくる。ドキン、と心臓が飛び跳ねる。
「みん、みんな……?」
「はい。クリスチアン様やフレデリク様、ジルベール様やレオン、アンナさんにエリザベッタ様です」
みんな、みんな、ラブメモのキャラだ……。
ドクドクと全身が脈打ち汗が吹き出す。口の中が乾き、舌が回らず喉が張り付く。
わたしはやっとの思いで、声を出す。
「あ、会ったのは……入学式が、初めて、だよ……」
会ったのは初めて、嘘ではない。ただ、わたしは乙女ゲームのラブメモリーをしていた前世の記憶があるだけで……嘘、では、ない……。
「それじゃあ、わたしは……?」
マリーが顔を上げ、真剣な眼差しを向ける。わたしは、その眼差しから視線を逸らしてはいけないと、そう思った。
「マリーにも、入学式で初めて、会ったよ……?」
ドクンドクンと耳の奥に響く音がだんだん大きくなる。
「そう、そうですか……」
マリーはまた視線を戻し、暫し熟考する。その口から何が飛び出すのか、わたしの心臓は破裂するのではないかと思うほど動悸が激しくなる。
「では、エマは……わたしのことを……わたし達のことを知っていましたか?」
静寂。あんなにうるさかった心臓の音さえ聞こえない程の、静寂。
音のない世界で、真剣で、けれど少し不安そうな、マリーのアクアマリンのような澄み切った水色の瞳と見つめ合う。
喉がつっかえて、声が出ない。
わたしは、知っている。みんなの事を、知っている。
誤魔化す?笑って、何言ってるの?って……そう言って有耶無耶にする?
「しってる……わたし、みんなの、こと……しってた……」
倉庫の中に、乾いて掠れた声が響く。
知らないと言う事も、あやふやにする事も、きっと出来た。でも、でも……マリーにはそんな事、したくなかった。今のマリーを目の前にして、そんな事、出来なかった。
今の、わたしは……一体どんな顔をしているのだろう?自分で自分の感情が分からない。
マリーがスンッと表情が抜け落ちたような顔をしているのも、わたしの不安に拍車をかける。
また、静寂が広がる。ドクドクと、心臓の音がわたしを焦らす。なにか、せめて何か言って欲しい……そんな縋るような気持ちでマリーを見つめていれば、不意にポロリ、と涙が伝った。
「まっ、マリー!?どうしたの……?」
突然泣き出したマリーにどうしていいのか分からず、手を忙しなくアワアワと動かす。するとマリーは、わたしの胸の中に、ガバッと飛び込んできた。
「やっぱり、やっぱり……そうだったんですね……」
マリーは涙し混じった声で、そう呟く。わたしは驚きながらも背中をさする。マリーの甘やかなピンク色の髪が、ふわりと手にかかる。
「やっぱりエマも、不思議な力が合ったんですね……!」
不思議な力……不思議な力?わたしが、前世の記憶を持っている事……?
前世の記憶を持っている事、この世界が乙女ゲームのラブメモリーとすごく似ている世界という事。それは言い換えれば、未来が分かる、という事なのかも……。
それを思えば、不思議な力が有ると、言えなくも、ない……?
でも、なんでマリーは、それに気づいていたの……?
それに、エマにも、って、言った……?
「マリーにも、不思議な力、ってものが……あるの?」
恐る恐る、伺う。ラブメモでは主人公に不思議な力なんて無かった、はず。そもそも、魔法のある世界で不思議な力とは……?魔法とは違う、魔法では出来ない様な事が出来る力、という事だろうか……?
「……はい」
マリーも、マリーにも、前世の記憶が……あるのだろうか……?だとしたら、全然、全く、気づけなかった……。
わたしの周りに前世の記憶を持っている人が居なかっただけで、他にもわたしと同じ人が居てもおかしくは無い。どうしてそんな簡単な事に気づけなかったのだろう……。
だとしたら、マリーが前世の記憶を、ラブメモリーの記憶を持っているのだとしたら……
マリーは、わたしの事を、わたしの存在を、どう思うのだろう……?
ラブメモには存在しないはずの、わたしの事を。
マリーの、ラブメモのヒロインの、ストーリーを邪魔しているわたしの事を……。
ギュッと心臓が締め付けられ、喉が詰まる。
マリーは、わたしの事を……邪魔、だと……そう、思っているのだろうか……そんな風に、思われている、だろうか……。
ゆるゆると顔を上げたマリーの、朱に染まった目元にアクアマリンの様な潤んだ瞳がよく映えていた。その瞳はキラキラと輝いていて、わたしが先程まで抱いていた鬱屈とした気持ちは、マリーの瞳のように澄んでいった。
ほうっとわたしが息をつくと、反対にマリーはグッと息を飲む。
マリーは意志を固めたように、口を開く。
「わたし、わたしは……相手が自分に抱いている好意を、知る力があるんです」
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