66話 養子縁組制度
アンナさんは二の句が告げず、バツの悪そうな顔をしたまま俯いてしまった。マリーは項垂れていた頭を上げて、目元の赤くなった顔をこちらに向けた。マリーの繊細な手によって、優しく両手を包まれる。わたしは会話の内容が理解できないまま、マリーの言葉を待つことしか出来なかった。
「いいですか、エマ。先ずは何故こんなことになったのか、わたし達の状況について、説明しますね」
「う、うん……」
マリーは真っ直ぐ真剣にわたしの目を見つめ、ゆっくりと言葉を選びながら話し出す。
「王立学院に通うわたし達の様な平民には、学院生活を送る中で養子縁組制度等を用いて王侯貴族の中から後援者として名乗り出てもらえる事があるのは、知ってますか?」
その制度はラブメモをプレイしてきて、何度も見てきた。ヒロインは卒業時のパラメータ次第で、どの家格の貴族の養子になるかが決まる。キャラによってはそれでエンディング分岐があった。
わたしはコクリとひとつ頷く。
「ピエリック様は、わたしを自分の家の養子にしようと……?」
わたしの言葉に、マリーは少し躊躇う様な表情になる。
「……ですが、養子縁組制度を利用するには、複雑な手続きや許可を必要とします」
マリーが言いにくそうに、ひとつ大きな息を吐く。
「エマを、養子にと考えた判断材料はおそらく……学校行事の成績の良さも有る、と、思いますが……少しでも、エヴァンズ公爵家との、縁を……繋ぎたいと、思っている人も……多い、と、思います……エヴァンズ公爵家が古くからの高貴な血筋を大切にしている事は、有名な話なので……」
マリーは言いにくそうに、けれどしっかりと言葉を選びながら話し続ける。
「それだけではありません。滅多な事ではお目通りすら叶わない王族のクリスチアン様や側近のフレデリク様と同じクラスで、王室から認められた唯一の魔術士爵のグレゴワール家とも縁があって、王国騎士団長子息のレオンとも仲がよく、幼馴染のドニさんは王国騎士団最強と言われながら引退し、現在はエリザベッタ様の護衛をして居られるダンテ様の推薦を受けています。……それに、第一王子のクラウディオ・クリフォード殿下とも、縁を結ばれている、と……噂があります。噂、ですが……この場合お相手が、婚約者がまだ決まっていない第一王子ですから真偽は関係なくなく、その様なお話が出ただけで効力があります」
マリーに説明されながら、一人ひとりの顔が浮かぶ。この国にとって、政治にとって、貴族社会にとって、有力な人たちの顔が。
「わたし一人を家に取り込めば……有力な人たちと、縁が結べるから……?」
「……はい」
「でも、でもそれは、マリーだって一緒だよね……?」
だって、マリーはクリスチアン様と恋仲なのだから、将来クリスチアン様の妃となるなら、わたしより、有力なはずじゃ……?
「もっもしかして!マリーも今までこんな目に合っていたの!?」
思わずマリーの手を強く握り返してしまう。すると、マリーは慌てて首を振った。
「いいえ!わたしは何も!だから、安心してください」
ホッと胸を撫で下ろす。これ以上、マリーがわたしの知らないところで傷ついていなくて良かった……。
「エマ……わたしの為に、ありがとう」
マリーはわたしに向けて、微笑む。ふわりと、春風のように柔らかに。わたしは思わず「ほぅ……」と息を吐く。
「養子縁組には複雑で長期間の手続きが必要なんですよね?」
「え、えぇ、はい……」
アンナさんに声を掛けられ、マリーは恥ずかしそうに咳払いをひとつして話を戻す。
「まず、王室へ王立学院の在学生を養子をとりたいと思っている、と言う表明を出す必要があるそうです。もし、今までの行事の成果からエマの能力を判断して、それから養子にと思い手続きを始めたのなら、本当にエマへ話が行くまでにかかる期間は、おそらく冬休み前……になるはずです」
「じゃあ、今ピエリック様が――プロスペール子爵家がわたしに声をかけたという事は……正式な手続きを踏んでいない……?」
わたしの言葉にマリーとアンナさんが見つめ合い、ひとつ頷き合った。少し間を置いて、マリーが言いにくそうに口を開く。
「エマは、養子以外で人を家に取り込む方法を……知っていますか?」
養子、以外で……?ラブメモにそんなルートは合っただろうか?と頭をひねる。
「養子以外に、家に入る……つまり、嫁ぐと言うことですが……あそこまで平民を卑下する子爵家が、正式に妻にと求めるとは思えません。それ以外、だと……妾――愛人など、です……」
マリーは言いにくそうに、けれどしっかりと、わたしの目を真っ直ぐ見つめながら言葉を一つひとつ紡ぐ。嫁ぐ、妻、愛人、妾……その言葉にポカンとする。
そう言えば、ピエリック様も愛妾にしてやるって言っていたっけ……。思わずわたしは頭を抱えたくなる。なんでこんなことに――。
「他の、正式な手順を踏んで養子にしようと手続きを進めている他家を出し抜くには……関係があると――エマの方から申し出があって、こちらはそれを了承しただけだと、そう言う理屈を作れば……」
「で、でも、わたしはそんな関係……絶対に了承なんてしないし……」
わたしの言葉を聞いて、今まで口を閉じていたアンナさんが身を乗り出し、目を潤ませて言葉を発する。
「貞淑を重んじる貴族社会では、醜聞は避けたいんです。ですから……このような場所へ連れ込んでさえ、しまえば……」
アンナさんは歯切れが悪そうにそう言うと、また口を閉じる。確かに男女の関係の事となれば、言い難いのは当然だろう。遠慮してしまう気持ちも分かる。でも、きっと、言い難いのに言わなければならない理由があるのだと、そう思った。
「貞淑……で、でも、それでもわたし、体を許したり、なんて……しないし……」
「いいえ、何があったのかが問題では無いのです。そう言う噂が立てばいいんです」
わたしの言葉に、マリーがピシャリと言い放つ。自分の意識の外側で起きている事に、ゾワリゾワリと肌が粟立つ。
「男女が密室に入っていった。それが問題なんです」
「でも、ふたりきりじゃなくて、ポールさんもいたよ?」
「そのポールさんが、ふたりには関係がある、と吹聴すればどうでしょう?そこから、ふたりが密室に入っていったと証言する人が沢山出てきます」
……え?実際に、何も無くても……?
た、確かに、密室なのだから、そこで何が起きていて何が起きていないかなんて、そんなの分からない。だから、なんとでも言える。でも、まさか……本当にそんな事が……?
「それと、相手がエマを選んだのには、人脈以外にも……理由が、あります」
思わず俯いていた顔を上げる。人脈以外で……?マリーではなく、わたしが選ばれた理由……?
「今、王立学院で……エマに声を掛けて貰える方法がある、と言われているのを知っていますか……?」
「わたしに、声を掛けて貰える……?」
何を言っているのか、意味がわからなかった。わたしに、声を掛けて貰える方法……?その言葉の意味が、全く分からない。な、何を言っているの……?
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