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65話 そんなの、必要ない



「クソ!これだから下民は使えないんだ!俺が直々に手を掛けてやる!光栄に思え!」


 ピエリック様はそう言って、マリーの制服の襟を後ろから掴み上げる。


「うっ!」


 マリーは後ろから突然襟を捕まれ、グッと喉を引っ張り上げられた。


「やめて!」


 マリーの余りにも苦しそうな表情と声に、思わずピエリック様の手を叩き落としていた。


「き、貴様……!事もあろうかこの俺に……手を挙げたのか!」

「キャッ!」


 マリーの体がわたしから離れたのを見て、ピエリック様はわたしの髪を鷲掴みにした。


「このっ!下賎で愚劣な出来損ないが!立場をわからせてやる!」

「い、痛いっ!」


 ピエリック様に髪を掴まれたまま無理やり立ち上がらされ、引き摺るように誘導される。


「エマ!」

「エマさん!」


 痛みから涙が溢れる目を声のした方へ向ければ、アンナさんとマリーはポールさんによって、押さえつけられていた。


 掴まれている頭上からギギギ……と錆び付いた扉の開く音がしたかと思えば、突然地面に投げ捨てられる。地面に打ち付けられた痛みから「うっ」と言うくぐもった音が肺から漏れる。

 短い悲鳴が響き、アンナさんとマリーが駆け寄ってくる。ポールさんの拘束から抜け出せたようだ。


「精々自分の言動を反省するんだな!改めて俺の足元に跪き許しを乞うと言うのなら、またチャンスをやらんこともない!父上からの申し付けが無ければ、お前などもう既に見限っているんだからな!」


 ピエリック様はそう怒鳴りつけると、くるりと体を反転させる。それを受け、すぐさまポールさんが気弱な笑顔を貼り付けたままギギギ……と錆びた扉を締め切った。


「エマ!大丈夫ですか!?」

「ごめんなさい……はやく助けにいけなくて……」


 閉められた扉を唖然と見つめていれば、マリーとアンナさんがわたしの腕や肩に優しく触れながら声を掛けてくれた。


「こんな危ない事に巻き込んじゃってごめんなさい……なんでこんなことに……」


 わたしを助けに来てくれたせいで、ふたりにはあんなに怖い思いをさせて怪我まで負ってしまって……。申し訳ない思いから、俯いてしまう。


「はい……あの、エマ……どうして、こんな事に……?」


 マリーは繊細な手をわたしの手に重ねながら、言い淀みつつ問いかける。


「どうして……?えっと、今朝突然ポールさんに放課後この場所に呼ばれて、来てみたらピエリック様もいて、それで……えっと……突然怒鳴られて……」


 何故こうなったのかは分からないまま、取り敢えず事の経緯だけを口にする。すると、マリーの顔色はどんどん暗くなり、眉根が寄ってくる。


「えっと、この場所って……告白の定番の場所でしょ?だから勘違いしちゃって……おかしいよね?名前だって知らないのに……ははは」


 わたしはそう言ってへらりと笑ったが、空気は重いまま。わたしの乾いた笑いだけがシン、と響いた。

 


「エマは、それで……知らない人について行ったんですね?」


「――え?」


 マリーは真剣な表情を湛え、一拍置いた後に静かに、けれどしっかりと、わたしに伝える様に言葉を紡ぐ。「知らない人について行った」その言葉が、わたしには衝撃的だった。確かに、声を掛けられた時はポールさんの事は名前さえも何も知らなかった。けれど、同じ王立学院に通う生徒で、制服だって着ていたし……こんな事になるなんて、思わなくて……。


 重ねられた手が、一層強く握られる。


「エマは――」

「マリーさん!やめて!」


 マリーが何か言いかけると、突然アンナさんがマリーの肩をグイッと掴み言葉を遮る。そのアンナさんの行動に驚き、目を見開く。


「いいえ、やめません。エマの身の安全のためです」

「そんなの必要ない!エマさんのお陰であたしは救われた!あなただってそうでしょ!?他の人だってそう!だから必要ない!」


 静かにじっと真っ直ぐ見つめるマリーとは対照的に、アンナさんは甲高い声を上げながら悲痛に訴える。その姿が、ゲームでの恋に妄信的なアンナにそっくりで……。

 どうして、ふたりが喧嘩を……?だって、マリーはクリスチアン様と気持ちが通じていて、アンナさんは助けてくれたドニのことが好きで……だから、ふたりが衝突する理由なんて、ないはずなのに……どうして……?アンナさんがいつの間にか、クリスチアン様に恋をしていた……?でも、一緒にいた中で、そんな様子は見られなかったのに……。わたしが気づかなかっただけ……?

 

 アンナさんの言葉にマリーは一瞬目を伏せるが、また直ぐにアンナさんを真剣に見据える。


「また、同じ事が起きてからでは遅いんです。これ以上、もっと酷いことになる可能性もあります」

「だからって!エマさんにそんなのは必要ない!みんな!今のエマさんに救われてるんだから!きっとこれからだって!そういう人が沢山いるはず!だから何かあってもまた助けあっていけば――」

「助けられて!ないじゃ、ないですか……たすけられてなんか、ないっ……!」


 淡々とアンナさんに語りかけていたはずのマリーが、一瞬悲鳴のような声を上げたかと思うと、アンナさんの両腕にしがみつき項垂れながら声を絞り出した。心が締め付けられるかのような、悲痛な声。


 なにが、何が起こっているの……?

 

 

 




 

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