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64話 二度と逆らわないように躾てやる……!




「フン!お前みたいな平民風情の女を、俺の愛妾として傍に置いてやってもいい。精々、俺に気に入られるように励むんだな!」


 


 唖然。


 その言葉を聞いた時のわたしには、その言葉がピッタリだった。




 あいしょう……あいしょう???それって、愛人の事だよね……?浮気相手の打診をされているってこと……?


 

「この愚図!返事すらできないのか!」


「えっと……なりませんよ?」


 至極当然の受け答えだと思った。こんな事を言われて、了承する人が居る訳がない。

 それなのに、ピエリック様も、ポールさんまでも、信じられないと言い出しそうな表情をしていた。


「これは……とんだ評判違いだな!父上はこんなのが良材だと言うのか!?愚劣極まりないじゃないか!」


 りょ、良材……?この人、わたしの事を良材って言ったの……!?それに、愚図とか愚劣とか……そんな罵倒ばかり……一体、わたしを呼び出して何をしたかったって言うの……?


「平民風情の女が、この俺の愛妾になれるチャンスを貰ったんだぞ!?俺の役に立てるかもしれない奇跡に、咽び泣いて喜ぶ所だろう!?そうだろう!ポール!」


「は、はい!もちろんです!ピエリック様」


 ピエリック様は激高して、顔が真っ赤になっている。ポールさんも、引き攣ったような気弱な笑顔を貼り付けて頷くばかりだ。目の前で行われている会話が、全く理解できない。


「ごめんなさい、あの……わたしには意味がわからなくて……それに、貴方とそういう関係になるつもりは無いので……」


 言いながらわたしは半歩後退る。意味のわからない言動に怖くなって、早くこの場から逃げ出したかった。


 すると、わたしの言葉を聞いたピエリック様が眉を吊り上げ、顔を上気させながらズンズン!と大股歩きでこちらに近づいてきた。


 わたしの目の前まで来たかと思うと――パーン、と、耳元で音が鳴った。


 


 ――え?




 突然、頬を叩かれた。


 予想外の出来事に身体がぐらりと傾いて、思わずその場に尻もちを着いてしまった。





 耳に怒号が木霊する。




 ぐわん、ぐわん。





 何が起こったのか、理解できなかった。わたしに、何が起きているのか。


 叩かれた頬に触れる。頬の一部だけぷっくりと腫れ、ヒリヒリ、ジンジンと痛む。

 でも、そこまで強い力で叩かれた訳でもないのにどうして?剣術の稽古でかすり傷や打ち身を経験してきたし、小さな頃に勝手に危ない事をしたら両親に叩かれる事もあった。その時と比べて、そんなに力が入っていたとは思えない。不意に叩かれた事で驚きはしたけれど、こんなに腫れるほどの力は入っていなかったはずなのに……。

 ピエリック様の手を見ると豪華な指輪がいくつも付いていて、あぁその所為で腫れたのか、と何故か冷静にこの状況を見ている自分に気がついた。



 わたしは怒鳴り散らしているピエリック様を、呆然と眺めることしか出来なかった。ぐわんぐわんと音だけが耳の中で木霊して、何を言われているのか、全く理解できない。


 すると、ピエリック様は地面に倒れたまま投げ出されているわたしの脚を、嘗め回す様に見つめる。わたしはその視線にハッとして、スカートを手繰り寄せ脚を隠し、キッと睨み付ける。不躾なその視線に、思わずカッと頭に血が上った。



「このっ……下賎な平民風情が!二度と逆らわないように躾てやる……!ポール!抑えていろ!」

「はっはい!」


 ピエリック様は激昂し頬を痙攣させているのに、何故か口元は笑の形に歪められていて、わたしの恐怖を駆りたてるには充分だった。

 そして、身体の大きなポールさんが地面に倒れたままのわたしに近づき、こちらに手を伸ばそうとしてくる。その顔は、困った様な、悲しい様な、それでいて笑顔を貼り付けているような、そんな複雑な表情をしていた。

 ポールさんは気弱な笑顔を貼り付けながら、強ばったわたしの腕を掴む直前「ごめん……

 」と小さく小さく、口からこぼした。


 恐怖から、ギュッと強く目を閉じると「エマさん!」と叫び声が聞こえた。反射的に目を開けると、わたしを掴もうとしているポールさんの腕に、アンナさんがしがみついていた。


「エマさんに酷いことをしたらあたしが許さないんだから!」

「う、うわっ!」


 ポールさんが驚いて前屈みだった姿勢を戻すと、小柄なアンナさんはポールさんの腕にしがみついたまま、ぷらぷらと宙に浮いてしまった。それでもアンナさんは必死に「エマさんに酷いことしないで!」と叫び続けていた。


「エマ!」


 すると今度はマリーがこちらに飛び出してきて、わたしの体に覆い被さるように抱きついてきた。


「アンナさん!?マリー!?ふたりとも、どうして……」


 ポールさんはどうしたらいいのか分からずに、ピエリック様の顔色を覗うがっていた。


 わたしも何が起きているのか分からず、ポカン、としてしまった。


「クソ!この煩わしい愚民共が!下賎の民がうじゃうじゃと鬱陶しい!ポール!そんな下女など捨ておけ!」


 ポールさんは、腕にぷらぷらとぶら下がりながらバタバタと足を動かすアンナさんに、アワアワしていた。そんなポールさんを見て、ピエリック様は苛立たしげに足を踏み鳴らした。


「クソ!これだから下民は使えないんだ!俺が直々に手を掛けてやる!光栄に思え!」


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