61話 エリザベッタ・エヴァンズ
わたしとマリーで先程決めた席に並んで座っていると、暫くしてアンナさんとエヴァンズ様の姿が見えた。
エヴァンズ様はぷるぷると震える腕でトレーを持ち、ヨタヨタと覚束無い足取りでこちらに向かっている。前を進むアンナさんは、何度も後ろを振り返って不安そうにしていた。
ふたりがやっと席まで辿り着くと、エヴァンズ様は目に見えてホッとした表情を見せる。エヴァンズ様はわたしの目の前の席へ座り、アンナさんはその隣のマリーの向かいの席へ腰を下ろした。
マリーとアンナさんはエヴァンズ様に緊張しているのか、いつもよりもシンとして静かな昼食になった。
「エヴァンズ様は、それだけで足りるんですか?」
小皿のサラダ、スープ、白いふわふわのパンひとつに、カットフルーツ。お腹がいっぱいになるとは到底思えない。
「当然です」
エヴァンズ様はツンっとおすまし顔で答える。こんなにも少ない量で午後の授業を乗り切れるなんてすごい……エヴァンズ様の3倍はあるであろう自分の昼食と見比べてしまう。わたしが次から次へと食べ物を口に運んでいる間に、エヴァンズ様は少しの量の食事をゆっくりと優雅に、時間をかけて楽しんでいた。
あ、今日のデザートはフルーツタルトだ!確かアンナさんは、食堂のフルーツタルトのぶどうが美味しいってお気入りだったっけ、と思うが早いかわたしは斜め向かいに座っているアンナさんに、ぶどうの乗ったフルーツタルトを一切れフォークで差し出していた。反射的にアンナさんがひと口でぱくりと食べる。
すると、エヴァンズ様がゆっくりとスプーンをテーブルに置いた。まだ途中なのに、どうしたんだろう……?
「エヴァンズ様、もうお腹いっぱいなんですか?」
「違います!」
エヴァンズ様はキッと眼光を鋭くした。途端にピリッと空気が張り詰めて、思わず背筋がピンッと伸びる。それはアンナさんとマリーも同じ様だった。
「後学のために言わせていただきますが……カトラリーをテーブルに置くのは、食事をする気が失せたという意味です!それだけ無作法という事よ!」
食器をテーブルに置くだけで、そんな意味があったなんて……思わずポカンとしてしまう。
「こんな事を説明させるなんて!」
エヴァンズ様はぷりぷりとお上品に怒っていた。説明させること自体がマナー違反だったらしい。なんて奥が深いテーブルマナー……。
「確かに……エヴァンズ様の前を横切ってアンナさんにフルーツタルトを渡したのは、邪魔でしたよね?」
「違うわよ!」
食事中の人の前を横切って手を伸ばした事が悪いのではなかったらしい。うーんと頭を捻ると、エヴァンズ様の隣でオロオロしているアンナさんが目に入る。目の前には、まだパンとスープが半分以上残っていた。
「あ!アンナさんはまだ主食が途中だったのにデザート食べさせちゃったから……」
「食べさせる事そのものがダメなのよ!」
主食の前にデザートを食べた事が悪いのではなかったらしい。「デザートはご飯を全部食べた後でね!」と言うお母さんの言葉は、この場面ではそぐわなかった様だ。
「この調子では、侮られてしまいましてよ」
エヴァンズ様は少し俯いて、ふぅ、と息を吐く。
「昼食の時もテーブルマナーの練習かぁ……考えたこと無かったね」
わたしがへにゃりと笑うと、マリーもアンナさんも同意の笑顔を返してくれた。「これからは気にしてみましょうね」と口々に言いながら、自分の知識で知りうる限りのマナーを駆使して粛々と昼食を食べ終えた。
食後は、アンナさんがエヴァンズ様に下げ膳の方法を教えていた。
「あ、ありがとう……感謝いたしますわ。わたくし、毎日来ていた食堂でのお作法を何も知らなかったのね」
エヴァンズ様は扇で口元を隠してはいたが、目に見えてシュンと項垂れていた。
「い、いえ!そんな!とんでもない……えっと、お貴族様が昼食の準備や片付けなど、そんな事なさらないのが普通ですし……それに、その……エヴァンズ公爵令嬢様程になると……当たり前というか……」
アンナさんはオロオロと懸命に丁寧な言葉を探しながら答えていた。その言葉を聞いたエヴァンズ様は、一気にシャンと背筋を伸ばしておすまし顔を取り戻す。
「いいえ、この王立学院に通う教養科の一生徒として、知ろうとしなかった事はわたくしの怠慢です。ここは学びの園。知る努力を怠るなど、許されません。これからは、わたくし自身でこの食堂のお作法を実践してまいりますわ」
その言葉は、わたしにもチクリと刺さった。知る努力。そんな事、考えたこともなかった。エヴァンズ様はずっと、そんな事を考えながら王立学院で過ごしていたのかな……。だとしたら、凄いなぁ……。
ラブメモのエリザベッタも、最初はそうだったのかな……。
胸元に手を添えると、カチャリ……と硬い感触がある。王立学院に来る前にグー先生から貰った、ドニとお揃いの青い魔石のペンダント。
知る努力……わたしは――
「なので!わたくしは……知らない事が多くあります……ので……また、教えていただきたいのです。ですから……」
エヴァンズ様は必死に言葉を探しながら、たどたどしく言葉を紡ぐ。
「もちろん!いいよね?マリー、アンナさん?」
ふたりは「もちろん」と頷く。その言葉を聞いて、強ばっていたエヴァンズ様の顔が緩む。
「これからもよろしくお願いします、エヴァンズ様」
「え、えぇ……」
にこりと微笑むと、エヴァンズ様は何故か歯切れの悪い返事を返してきた。少し不思議に思いながらも、食堂を後にしようとくるりと方向を変える。
「わ、わたくし!名前を、エリザベッタ、と……その……わたくしの名前は、エリザベッタと、言いますの……ですから――」
方向を変えた途端、またエヴァンズ様から声をかけられたので振り返る。すると、不安そうに紫色の瞳を彷徨わせながら必死に言葉を探すエヴァンズ様が居る。
名前を、呼ばれたいと言う事だろうか……?そんな可愛いお願いをされたら、わたしには頷く事しか出来なかった。
「はい!エリザベッタ様」
わたしが名前を呼ぶと、エリザベッタ様は満足そうに、安堵した様に微笑んだ。
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