60話 ツンっと顎を上向きにおすまし顔で
エヴァンズ様が、こちらをじーっと睨む様に見ていた。いや、睨んではいないのだろうが大きなつり目のせいで、その様に見えるだけ、なのかも……?
そこでわたしは突然ハッと気づく。
エヴァンズ様は、ダンテ師匠に、頭を撫でられたいのでは……!?
わたしを見ていたのも、羨ましかったから……!?
まるで、天啓のように閃いてしまった。わたしの乙女ゲーム仕込みの恋愛センサーが敏感に反応したようだ。ニヤけた顔を必死に押さえ付けないと、またエヴァンズ様の照れ隠しの標的にされてしまう。わたしは無理矢理に真顔を作る。
「ダンテ師匠、エヴァンズ様にはしないんですか?」
「は!?するわけないだろ!あんなキレーにした頭――じゃなくて、お嬢様だぞ!?」
確かに、エヴァンズ様は綺麗な縦ロールをしているが、それだとまるでわたしが髪を整えていない様に聞こえる。これでも気を使ってはいるのに!
ダンテ師匠に文句を言おうと口を開け掛けた瞬間、目の端にエヴァンズ様の姿が見えた。
体はぷるぷると小刻みに震え、白い肌は見えるところが全て真っ赤に染まり、ツリ目がちな瞳は真ん丸に見開かれうるうる潤んでいた。
照れが頂点に達したエヴァンズ様があまりにも可愛らしくて、わたしはポカンと口を開けたままその姿を眺めてしまった。
「申し訳ありませんお嬢様!エマには二度と間違いを犯さないよう、きつく言っておきます!」
ダンテ師匠がエヴァンズ様に深々と頭を下げる。ダンテ師匠は良い人なんだけど、こんなに鈍かったんだ……だって、エヴァンズ様は顔を真っ赤にして照れてるのに気づかないなんて……。そう言えば、ダンテ師匠の恋愛絡みの話って聞いたこと無かったかも……いつも剣術の話か家族の話、騎士団の話とか……なるほど……これではダンテ師匠に恋愛の話が出来ないのも頷ける。
頑張れ、エヴァンズ様!
わたしが心の中で激励を送っていると、エヴァンズ様はツカツカと馬車へ向かって歩き出す。ダンテ師匠は下げていた頭を上げ「立場が違うんだ、気をつけろ」と困った様に笑う。
すると、前を歩くエヴァンズ様がクルリとドレスの裾を美しく翻してこちらへ向き直る。ふわりと広がった裾が落ち着くと、エヴァンズ様が何かを言いたげに口を開いたり閉じたりを繰り返した。
ふぅ、とひとつ息を吐くと、エヴァンズ様は鋭くこちらを見据える。
「明日のお昼、食堂で……楽しみにしていらっしゃい!」
エヴァンズ様はそう宣言すると、くるりとドレスを翻して馬車へツカツカと歩みを進めた。
ダンテ師匠がわたしとエヴァンズ様を交互に見ながら、不安そうに冷や汗をかいていた。大丈夫だよ、ダンテ師匠。これはきっと、明日のお昼は一緒に食べようねってことだと思うから。だからそんなに不安そうな顔しなくても大丈夫!そう思いを込めて、ダンテ師匠に微笑む。
ダンテ師匠はちょっと困った様に笑った後に、エヴァンズ様の元へ駆けていった。
アンナさんとマリーに、お昼は専用ラウンジではなく食堂の大広間で食べる事を伝えたら、ふたりとも一緒に食べたいと言ってくれた。
エヴァンズ様も一緒だろうから、またマリーが嫌がらせを受ける事はないだろうけど……少し不安になる。
3人でどこの席に座るか決めたところで声が掛る。
「ご一緒、よろしくて?」
エヴァンズ様が険しい顔つきでこちらを見据えていた。睨んでいる訳でも不機嫌な訳でもない。緊張しているのだ。段々エヴァンズ様を理解してきた。
そんなエヴァンズ様を見て、アンナさんとマリーは警戒して怯えているようだった。
「もちろん」
わたしが笑顔で頷くと、アンナさんとマリーは戸惑った様な驚いた様な顔をしながら、わたしとエヴァンズ様を交互に見た。
わたしの返事を聞くと、エヴァンズ様は美しい所作で静かに席に着いた。もちろん手ぶらで着席したので、エヴァンズ様の目の前に食べ物は置いていない。
わたしたちも席を決めただけで、これから昼食を決めに行くところだ。
「エヴァンズ様はもうお昼に食べる物、決めたんですか?」
「……え?」
何気なくそう聞くと、エヴァンズ様は不思議そうに小首を傾げた。それに合わせて縦ロールがくるんと揺れる。
もしかして……エヴァンズ様は昼食が注文形式だと気づいていない……?
アンナさんと出会った時、アンナさんは教養科の生徒の昼食の片付け等をしていた。エヴァンズ様も昼食の世話全般を誰かに任せていたのなら、それも知らなかったのかも……?
「わたしたち、今から昼食の注文をしに行くんです。エヴァンズ様もまだなら、一緒にどうですか?」
「え、えぇ……そうね、そういたします」
エヴァンズ様は不安そうに頷き、また美しい所作で静かに立ち上がる。
マリーとアンナさんはこの光景にどうしたらいいのか、戸惑っているようだ。
注文口に向かって進んでいくわたしの後ろを、エヴァンズ様がツンっと顎を上向きにおすまし顔で着いてくる。
「エヴァンズ様はあっちですよ。アンナさんと同じ方」
特進科と他科では注文窓口が違うので、わたしの後ろに着いてくるエヴァンズ様に伝えると、戸惑ったように目を丸くすると咄嗟に口元を扇で覆った。
「えぇ……そう。ご苦労」
エヴァンズ様がキッと目を細める。きっと照れてるんだな。エヴァンズ様はまたツンっと顎を上向きにおすまし顔で、今度はアンナさんの後ろに着いて言った。
教養科に苦手意識のありそうなアンナさんは大丈夫かな、と思って見ていれば、以外にもアンナさんはエヴァンズ様を丁寧にエスコートしていた。
丁寧に、と言うより、緊張……かな?




