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59話 こんなに簡単な言葉なのに



「……ごめんなさい……ごめんなさい」


 掠れた声が、静寂の中に響く。胸の前で組んでいるエヴァンズ様の手に、雫がぽたりぽたり、と落ちる。


「ごめんなさいごめんなさい……ごめんなさい……」


 涙が零れるのに合わせるように「ごめんなさい」という言葉が溢れ落ちる。


 きっと、泣き顔を見られたくはないだろうから、俯いたままのエヴァンズ様に覆い被さるように抱きしめる。エヴァンズ様の背中が一瞬ビクリと跳ねたが、拒否される様子はなかった。

 


「わかってますよ」

 


 わたしへの言葉が嫌味だと思われて戸惑った事、扇が当たった事がわざとでは無い事、自分の意に反して周りが盛り上がってしまい不安に思った事……そんな自分ではどうにも出来ない色々が重なってしまった事。そんな全部をわかっていると、短い言葉で伝える。


「わたくしを理解しようだなんて、生意気ですわ」


 エヴァンズ様はグッと体を離すと、赤くなった目元を伏せ頬を染めて呟いた。


 素直じゃないそんな言葉に、わたしは笑顔で返した。


「わたくしを笑うなんて、貴女くらいですわよ」


 まだ涙の残る赤い目元で、少し不満そうに頬を膨らませる。なんだかそんなエヴァンズ様が可愛らしく見えて、わたしは笑顔のまま「ごめんなさい」と口にする。


「許します……」


「じゃあわたしも、許します」


 エヴァンズ様は驚き目を見開いたが、直ぐに笑顔になった。ふたりで控えめに笑い合う。



 ふたりの笑い声が治まると、エヴァンズ様が静かに口を開いた。


「わたくしが不甲斐ないばかりに、貴女やお友達には沢山ご迷惑をお掛けしてしまいましたわ……もっとわたくしが統率を取らなければならないのに……」


 エヴァンズ様は目を伏せながら扇で口元を隠す。


「クリスチアン様なら……こんな事にはならなかったのでしょうね……」


 エヴァンズ様の顔色が、一層深く落ち込む。


「今からだって、遅くないですよ」


 わたしがそう言って笑うと、エヴァンズ様は「当事者なのに、楽観的ですのね」と言いながら目元を笑みの形に変えた。



「えっと……医務室に向かいますか?」


 明らかに泣いたと分かる顔でエヴァンズ様を教室に帰す訳には行かないと思い提案する。しかし、わたしの提案にエヴァンズ様が片手を上げて制する。


「いいえ、きっともう何方かが家に迎えの連絡を入れてあるでしょうから、校門で結構です」


「な、なるほど……?」


 何も分からなかったが取り敢えず頷いておく。


 静まり返った廊下を、エヴァンズ様と一緒に歩いて校門へ向かう。



 すると、エヴァンズ様が言っていた通り校門には華美な馬車が停めてあった。


 馬車の方から人影がこちらに駆けてくるのが見える。繊細な装飾を施された騎士服を身に着けて、こちらへ颯爽と駆けつける。


「ダンテ師匠!」


 初めてダンテ師匠の正装を見た時も驚いたが、余りにも見慣れなくて、また新鮮に驚いてしまった。


 ダンテ師匠も一瞬驚いた顔をしたが、直ぐにへらりと笑い手を挙げて合図をしてくれた。カッチリとした正装と、ダンテ師匠の砕けた笑顔がなんともミスマッチだ。


「お嬢様、ご無事でしたね」


 ダンテ師匠がエヴァンズ様に声を掛けると、たちまちシャキッと表情が引き締まる。


「えぇ、ご苦労。この事、お父様とお母様は?」


 そう返すエヴァンズ様の表情は暗い。


「旦那様まで連絡は行かないでしょうが、公爵夫人は……」


「そう、お母様は知ってらっしゃるのね……」


 ふたりの表情は暗くなり、俯いたままだ。暫しの後、エヴァンズ様がパッと顔を上げ、わたしへ向き直る。


「エマ、ご苦労でした」


「いえ、こんな事くらいお安い御用です。それに、これからもダンテ師匠に会える機会が出来るのも嬉しいですよ?ドニもきっと喜ぶと思います」


「おいおい、うちの大切なお嬢様に変なこと吹き込むなよ?お転婆なエマとは育ちが違うんだぞ……」


「――!」


 ダンテ師匠からの「大切なお嬢様」という言葉にエヴァンズ様の体がピクリと反応する。チラリとエヴァンズ様を伺い見ると顔は俯いているが、バターブロンドの縦ロールからチラリと覗く耳や首までもが赤く染っていた。

 その姿が余りにも可愛らしくて、思わずニヤけそうになる顔を引き締める。


「貴方!エヴァンズ公爵家の家紋を身に付けていることを忘れないでちょうだいとあれ程言ったでしょう!あまり軽口を叩かないで!それと!旦那様ではなく公爵様とお呼びなさい!下人じゃありませんのよ!わたくしを失望させないで!」


 顔を真っ赤にしたエヴァンズ様が一気に捲し立てる。流石エヴァンズ公爵令嬢、ツンデレでいらっしゃる。きっと照れちゃったんだな……。でも残念な事に、ダンテ師匠には全く伝わっていない。まぁとは言っても、エヴァンズ様も言葉が強いからね……。


「貴女も!何を笑ってらっしゃるの!?」


 しまった、顔が緩んでいたらしい。エヴァンズ様がこちらをキッと鋭く睨む。睨んではいるが、顔は真っ赤である。


「すみませんお嬢様。エマは平民の中でも僻地出身ですから、寛大なお心でお許しください」


 ダンテ師匠は恭しく頭を下げる。それを見たエヴァンズ様は「ふんっ!」とだけ息を漏らす。


 頭を上げたダンテ師匠は、わたしに笑いかけながらぐしゃぐしゃと擦る様に頭を撫でる。その勢いと乱れる髪に身を任せる。


 勢い任せに擦られ絡まった髪を整えていると、刺さる様な視線を感じた。


 






 




 


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