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58話 手を引いて、駆ける。



「エマ!」


 人を掻き分けるように、声の主がこちらへ近づいてくる。美しいウェーブを描くピンク色の髪を揺らしながら、マリーが肩で息をしてわたしの元まで辿り着く。


「あ、貴女!エヴァンズ公爵令嬢の前で、なんとはしたない――」

「大変エマ!怪我をしてます!」


 マリーにはご令嬢の言葉など聞こえていないように、そのアクアマリンの様な水色の瞳は、わたしだけを映していた。そのまま繊細なマリーの指先がわたしの頬に触れ、キラキラと光の粒子が舞う。傷を治してくれたようだ。


 マリーが掻き分けた人混みの中から、周りを注意するようにフレデリク様が姿を現す。


「ありがとう、マリー。そんなに大したことないから、心配しないで」

「いいえ、エマさん。女性の顔に傷をつけるなど、合ってはいけない」


 へらりと笑ったわたしとは対照的に、フレデリク様の瞳は真剣そのものだった。その迫力に気圧されてしまう。


「エヴァンズ公爵令嬢。事の重大さをご理解いただけているだろうか」


 フレデリク様はくるりと綺麗に体を反転させて、エヴァンズ様たちの方へ向き直る。


「たかが平民如きに、なんと大袈裟な……」


「たかが平民?ピーコック・グリーン伯爵令嬢、本当にその様に思っておられるのですか?」


 エヴァンズ様の取り巻きで、常に先頭に立ちよく発言するのを見るご令嬢はピーコック・グリーン伯爵令嬢と言うらしい。

 ふたりの間には、今にも火花が見えそうなほど睨み合っている。レオンとフレデリク様の喧嘩の時とも違う、険悪な雰囲気。


「我々貴族が民を蔑ろにし、苦しめる事など合ってはならない」


「公爵家のご令嬢であるエヴァンズ様に、伯爵令息である貴方がそんな口を利いていいと思っていますの!?きっと平民など側に侍らすから、その様な事をおっしゃるようになるのね」


「平民など?貴女方は早くその考えを改めなければ、取り返しのつかない事になりますよ。私たちの立場では間違いを犯した後に気づいても、意味がない。」


 わたしがポカンと眺めている間にも、ふたりの舌戦は続いていく。場の空気に、完全に取り残されてしまった。

 それはエヴァンズ様も同じだったようで、自然と視線を移してしまう。


「エヴァンズ様……?」


 エヴァンズ様は扇で口元を隠しているが、その瞳は不安に揺れているのが見て取れた。


 皆はまるで、エヴァンズ様が故意にわたしの頬を打った様に言っているけれど、ただ当たってしまっただけだとしたら……きっと今頃、勝手に話が進んじゃって、居た堪れなくて、不安で、心細いかもしれない……。


 なんだか、そんな風に思えた。


 気丈に振舞っているように見えても、何故だかその姿は寂しそうに見えて――。


「失礼します」


 そう思った時には、わたしはエヴァンズ様の空いている方の手を引き、人混みの中を連れ出していた。


 背中から他の人たちの引き止める声が投げかけられるが、そんなの聞こえない様にエヴァンズ様の手を引いて、ぐんぐん前に進む。


 引っ張られたエヴァンズ様は抵抗するでもなく、わたしにされるがまま付いて来てくれている。


 特に誰かが追ってきている様子も無かったが、白亜に塗り潰された廊下の端、その階段下に入り込む。影が落ちているそこは、まるで白亜の宮殿から切り離された空間のようだった。

 


「……急に連れ出してごめんなさい」


 わたしはエヴァンズ様の手を離して、声を掛ける。エヴァンズ様は何も言わず、俯いたままだ。


 公爵令嬢が平民に手を引かれてぐんぐんと何処とも分からぬ場所に連れていかれようとしたら、きっと怖いしびっくりしたんだと思う。こんな事、高貴な身分として育てられてきたエヴァンズ様には経験がないだろうから。


 それでも、エヴァンズ様をあの場所に置いては行けないと思ったから。自分の意思とは違う所で名前を使われて、自分の意見とは違う方向へ話題が進んでいく……きっとそんなのは、辛くて、苦しくて……でも友達だから強くは言えなくて……どうしようもなかったんじゃないのかな……。


 本人のいない所であんな会話はもうされてないと思うし、エヴァンズ様をあの場所には置いておきたくなかった。だからきっと、エヴァンズ様を連れ出すのが最善だったんじゃないかな……。

 連れ出し方は、もっとスマートに出来たかもしれないけれど……。



 わたしが、ゲームのままのエリザベッタ・エヴァンズだと思っていたなら、きっと連れ出したりはしなかっただろう。手下を使ってヒロインをいじめるライバルキャラ。今回の事も、その一環の演出だと思って居たかもしれない……。

 でも、エヴァンズ様の戸惑った様な不安に染まる紫色の瞳が、そうでは無いと、強烈にわたしの心へ衝撃を与えた。


 そして、そのまま行動へ移してしまった。


 軽率と言えばそうかもしれないけれど……。自分の応用力の無さは、いつも行動を終えた後に後悔を誘う。




「……ごめんなさい」



 静寂の中に、掠れた声が響いた。


 エヴァンズ様が俯いたまま、振り絞るように声を発していた。


 



 

 





 

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