57話 テスト結果と魔羊皮紙
ザワザワと喧騒が響く中で、テストの順位表が張り出される。テスト順位が気になるのは、貴族も平民も変わらないようだ。
先生が大きな紙を取り出して、壁に貼る。自分の名前があるか、ドキドキしながら人の頭の隙間を見つけて覗き見る。けれど、どう見てもその紙は白紙で……。
貼り間違い……?
「あれは魔羊皮紙。秘匿情報の管理によく使う」
「っ!ジルベール様……!?」
突然背後から声を掛けられ、ビクリと体が揺れる。そこには疲れた隈がちの目元に寝癖がピョンっと跳ねた黒髪の、いつも見るジルベール様の姿があった。
「またいつもの姿に戻ったんですね」
揶揄う様にそう問いかける。
「いつもの姿ってなんだ……別に表彰式の時だって変身魔法を掛けたわけじゃなく、ただ周りの皆に髪を梳かされただけだ」
ジルベール様はわたしの揶揄っている笑顔に気づき、ジト目で、そう返す。ラピスラズリの様に暗い青色の瞳と隈がちな目元のせいで、ジト目をすると怖さが倍増だった。
「でも素敵でしたよ?」
笑ってそう言うと、ジルベール様はバツが悪そうにそっぽを向く。
「魔羊皮紙、という事は……魔力を流すと順位が浮かび上がるんですか?」
「あぁそうだな。魔植物の加工が進めばもっと安価で大量に流通できるんだろうが……まぁ、それも何十年後の展望だな」
魔植物……ゲームの記憶よりも活用方法が沢山あるようだ……。そんな事を思っていると、紙を張り出した先生が白紙の魔羊皮紙に触れる。キラキラと輝く粒子を出しながら、魔力を流す。
すると、じわじわ……と文字が浮かび上がってきた。
「あれ?ジルベール様……順位見ないんですか?」
人混みの中を抜け出そうとしているジルベール様に声をかける。順位を見るためにここに来たのでは……?
「いや、僕は魔羊皮紙を見に来ただけ。ここまで大きく上質なものなんて間近で拝める機会は滅多にない。それだけ……」
そう言うとジルベール様は人混みを抜け出して去っていく。もしかして皆がザワついていたのも、ただ順位が気になっていただけではなかったのか……。
完全に順位が浮かび上がると、更に周りの喧騒は増していく。わたしも自分の名前を見つけたくて、人の頭の隙間を探す。
なんとか隙間を見つけ、隙間を縫って順位を確認する。下からなぞる様に見ていくが、なかなか自分の名前が見つからない。ぐーっと下から視線を上げていく。
「あ、いちばんだ……」
まるで意識していない言葉が、口からこぼれた。瞬間、周りがシンっ……と静まり返った。さっきまでの喧騒が嘘のようだ。
四方八方から視線が刺さり、後退りしそうになる。
気づくと、わたしの周りから人がサーっと引いていた。
どうしよう……とまごまごしていたら、ヒソヒソと話し声が聞こえてくる。
その視線から、あまりよくない感情だとわかる。
「貴女、道をお開けなさい」
ピンッと緊張感のある声が響く。後ろを振り返ると、ドレスを着た集団が並んでいた。どうやら、緑のドレスを着たご令嬢が声を上げた様だった。わたしは慌てて道を開けた。
すると、並んでいたご令嬢たちもスっと道を開けた。奥から現れたのは、バターブロンドの豊かな縦ロールにツリ目がちな紫の瞳を持つ美少女、エリザベッタ・エヴァンズ公爵令嬢だった。
エヴァンズ様はゆっくりと優雅に、重力を感じさせない足取りでこちらに近づいてくる。順位表を見るのかな、と思っていたら、急にわたしの方へ向き直った。
「最近の活躍はわたくしの耳にも届いております。頑張られているようね?」
「あ、ありがとう、ございます……?」
急に褒められたので戸惑いながらもお礼を言うと、何故か周りがクスクス笑い始めた。周りの反応のズレに、居心地が悪くなる。
「ですが、あまり周りの賛同が得られない行動が多いと、品性が欠けて見える事があります」
エヴァンズ様はビシッとわたしの首元に、閉じた扇の先を突きつける。閉じた状態でも華美な装飾が施されているのが分かり、扇ぐためではなく戦う為の鉄扇なのでは無いか?とすら思える程だ。
わたしが突き付けられた扇をじっと見ている間にも、エヴァンズ様は話を続ける。
「貴女は、栄誉ある王立学院の特進科という証を身に付けているのですから、それ相応の行動が求められます。おわかり――」
エヴァンズ様は扇を勢いよく開く。鉄扇の様に重厚な扇の反動で、装飾の一部がわたしの頬を掠める。思わず口から「痛っ」と出た言葉と共に、わたしは反射的に頬を押える。
頬を押えた指が、ぬるりと滑る。
確認した指先は、ぬるりと光る赤に染まっていた。
戸惑いの喧騒の中に、微かな笑い声も混じっているのが分かる。
視線を指から上げると、エヴァンズ様とバッチリ視線がぶつかる。一見すると、睨んでいるとも取れるその目は、わたしには違うように見えて……。
「エヴァンズ様――」
「平民の分際で身分も弁えられないから、こうなるのよ」
「分不相応な評価に驕っていたのではなくて?」
「エヴァンズ公爵令嬢に諭して頂けるなんて、貴女みたいな下々の民には本来ありえない事なのよ」
「有難く思ってもよろしくてよ」
わたしがエヴァンズ様に声を掛けようとしたら、周りのご令嬢たちが次々に捲し立てる。遠回しな言い方をしているせいで、なんだか言葉が間違っていないか?と思える発言も多々見受けられる。貴族ってやつも大変なんだな……。
この状況でそんな呑気なことを考えていたら、人ごみを掻き分けるように、わたしの名前を呼ぶ声が高らかに響いた。
「エマ!」
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