55話 「お互い、同じ気持ちのようですね」
レオンの手を引きながら、先程まで居た校舎の方へと向かう。
もう日も落ちかけ、周りに生徒の姿は無い。狩猟大会の喧騒が嘘のようだ。レオンも緊張からか、一言も発しない。
校舎の影が横長に伸びている。その影の中で一際黒い塊がもぞりと揺れ、こちらに近づいてくる。
黒の塊が落ちかけた夕陽に照らされると、より深さを増した緑色が目に入った。
「フレデリク様!?ずっとここに居たんですか?」
「えぇ……言わなければと思っていましたが、きっとここが時機だろうと……」
フレデリク様は眼鏡を直す仕草をしながら俯く。もうとっくに帰ったと思っていたから、ずっと待っていてくれて驚いた。
繋がれた手が、微かに強くなる。わたしはレオンを返り見て、繋がれた手を解く。そしてそのまま背中に手を添えて、レオンを前へ押し出した。
「レオンも、言いたいことがあるんだよね?」
「っ――わかってる」
一瞬、レオンの眉が不機嫌に寄ったが、言葉は飲み込んだ様だ。その後はこちらを振り返ることなく、フレデリク様の前まで歩みを進めた。
お互いに視線を合わせることなく、向かい合う。
歪な沈黙が、しばらく続いた。覚悟を決めていても、やはり最初の一歩を踏み出すのは、勇気がいる。
「……っごめん!」
最初に動いたのはレオンの方だった。ガバッと勢いよく頭を下げる。
「オレ、自分がバカだから……なんか難しいこと言われると、バカにされてるんだと思って……突っかかって……お前がそんなつもりじゃねーって、気づいてたけど……もう、どうにも出来なくて……」
レオンは頭を下げながらポツリ、ポツリと言葉を零す。
「だから、ごめん」
そして最後に、更に頭を低くして謝った。
フレデリク様は謝ったレオンを見て、眼鏡の奥の琥珀色の瞳を真ん丸にしていた。
「私の、方こそ……レオンに、ずっと劣等感を抱いていました。貴方は悪くなど無いのに、自分の優位性を示したくて……私は貴方に、必要以上に厳しい物言いをしてしまいました。申し訳ありません」
フレデリク様は上品な仕草で、頭をスっと下げた。フレデリク様の言葉を聞いてバッと頭を上げたレオンが、フレデリク様の下げた頭を凝視してトパーズの様な瞳を見開いていた。ぽかんと口を開けて、言葉を失った様だ。
「――は?……え?」
レオンは困ったように、フレデリク様とわたしの方を交互に見て戸惑っていた。わたしは何も言わず、ただ微笑みを向ける。
「お互い、同じ気持ちのようですね」
頭を上げたフレデリク様が、困ったような、ホッとした様な笑顔を浮かべている。
「同じ気持ちって、お前……」
レオンは終始、困り顔だ。いつも快活な表情を浮かべているレオンには、珍しい表情だ。
「このままではいけないと、そんな気持ちだけはありましたが……貴方を見る度に劣弱意識が刺激され、攻撃的な言葉ばかりが出てしまう……貴方には感情を制御しろと言いながら、それが出来ていないのは自分の方でした」
フレデリク様は自嘲する。眼鏡を直す仕草をしながら、視線は下へ泳ぐ。
「オレだって、お前に嫌な事いっぱい言ったし……お前が言い返せねぇ時の顔みて、ざまーみろって思ってたけど……全然スッキリしなくて……だから、その……本当にごめん」
レオンも釣られて下を向く。
「では、お互い様という事で宜しいでしょうか」
お互い暗い雰囲気になってしまい、わたしが何が言わなければ!と思ったが、そんな思いはフレデリク様の言葉で杞憂に終わった。
今まででは考えられない。ふたりの関係の進歩に、胸が熱くなる。
「まぁ、お前が許してくれんなら……」
「もちろんです。貴方が許してくれるなら」
そう言いながら、ふたりは笑顔で固い握手を交わした。
ふたりの誤解が解けた事が、たまらなく嬉しい。ラブメモのヒロインが介入しなければ、無理だと思っていたのに……。ヒロインがコンプレックスを解消してあげて、心の隙間を埋めてくれなくたって、レオンとフレデリク様は自らの意思で、それを乗り越えることができる人だった。
ヒロインに救ってもらわなくても、皆は自分で乗り越えて幸せになれる。そんな希望を抱くことが出来た。それが、たまらなく嬉しいのだ。
ゲームには登場しない、こんなモブのわたしでも、そんな皆の幸せそうな姿を、近くで見ていても、いいのかな――?
「お、おい!お前、なんで泣いてんだよ……!」
レオンはわたしの泣き顔をみて、ギョッとしてこちらに駆け寄ってくる。
「だっ、だって……良かったなぁって……」
わたしは涙でグズグズになりながらも、なんとか言葉を発する。
「はぁ!?訳わかんねぇヤツ!」
「うぅ……」
レオンはそう言いながらも、自分の服の袖でゴシゴシとわたしの涙を拭う。涙で濡れた目の周りを擦られて、少しヒリヒリしてくる。
「レオン!そんな所を擦り付けたら傷になってしまう……!」
「えっはぁ!?こんくらいで!?」
フレデリク様がレオンに駆け寄り、バッと腕を掴んでわたしから引き離す。レオンは戸惑ったように目を丸くしていた。
「貴方とは体の作りが違うんですよ。ハンカチくらい持ち歩きなさい」
「うぅ……自分のがあるので、大丈夫……」
わたしは自分のポケットの中を、ゴソゴソと探す。擦られた目の周りに溢れ出した涙が伝うと、ヒリヒリと染みてきて余計に涙が止まらなくなる悪循環に陥ってしまった。
「おい、こういう時どうすりゃいいんだよ」
ハンカチで涙を拭き続けるわたしを見て、レオンがジットリとした声を上げる。フレデリク様に助けを乞う様な眼差しを向けていた。
「……」
「おまえ頭いいんだろ!?どうしたらいいか分かんねーからエマももう泣きやめって!」
無言のフレデリク様に向かって、レオンがギャンっと吠える。戸惑う様な怒っている様な、そんな声だった。レオンも困っている様だ。
「そんなこと言われたって〜……自分じゃどうにも、できない〜……」
「なんでお前がそんなに泣いてんだよ……」
「そうですね、そこまで感情移入して頂けるとは……」
なかなか泣き止まないわたしに、ふたりが呆れた様な声を出すのが分かる。でもでも、だって、仕方ないじゃない。
「だっえ、そんなの、嬉しいじゃないですか……好きな人が友達と仲良くして、笑っててくれるなら……怒ったり、困ったりしてるより……嬉しいじゃないですか」
涙で濡れた顔のまま、それでも懸命に笑顔を作った。歪でみっともない顔をしていたかもしれない。けれど、それでも、泣き顔より笑顔の方が合っていると、そう思ったから。懸命に笑顔を作った。
レオンに何度も「変なヤツ!」と言われながらも、藍色に染まった空の下を、3人で並びながら帰った。
今回は区切りのいいところまで一気に書いてしまったので、少し長くなりました。
読みにくくなかったでしょうか……?
GW期間なので明日も投稿予定です。
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