54話 繋いだ手の感触は
「フレデリク様はバカになんてしてないと思うけどなぁ……」
「そうかぁ!?だってアイツ、わざとオレがわかんねーよーな難しい言い方すんだぜ!?」
少なくとも、わたしから見たらバカにしている様には思えないけれど……。きっと同じ言葉でも、レオンが聞いたら不快に聞こえた、という事なんだろうな……言葉って難しいね。
「きっとフレデリク様はいろんな言葉を知ってるだろうし、それがフレデリク様にとって普通の話し方なんじゃない?」
「いーや!ぜってーバカにしてんね!」
レオンはそう言いながら、寝転んでいた姿勢から一気に上半身の力だけで起き上がる。腹筋が強い。
「フレデリク様がそう言ったの?本当にそう思ってるかは聞いてみないと、わかんないよ」
勢いだけで発言したレオンに、わたしはグイッと笑顔で顔を近づける。自分が不快に思ったからといって、相手が不快にさせようと思って発言したとは限らない。
家族から厳しい言葉をかけられても、それは心配や不安からであって、嫌いだから言っている訳じゃないのと同じだと思う。
レオンが一瞬、息を呑むのが伝わる。
「本当は、エマの言う通りだって、分かってるけど……認めたくねえっつーか……」
レオンはわたしから視線を外し、戸惑う様に芝生を見つめる。
「オレが今更そんな事言うの、おかしいだろ……」
空気に消え入りそうな呟き。夕陽の赤に溶けだす様な、弱く、脆い、そんな小さな小さな、呟き。
きっとここが歪になってしまった二人の関係の、枷になっているのだろう。
「じゃあさ、今からフレデリク様に謝りにいこっか?」
「はぁ!?なんでそーなんだよっ!」
今まで俯いていたレオンが、バッと顔を上げ激昂する。お互いに顔を突き合わせる様な形になる。
わたしは笑顔を崩さなかった。
「だって、レオンは後悔してるんでしょ?フレデリク様の事、素直に認められなくて。だったら一回謝って、もう一度やり直してみたら?友達だもん、きっと大丈夫だよ」
「そんな単純な話じゃねーんだよ……」
レオンはバツの悪そうな顔をしたが、それでも目を逸らそうとはしなかった。こんな些細な所でもレオンの負けず嫌いを実感すると、自然と笑顔が深まる。
「そうなの?」
「そーなんだよ!」
わたしの言葉に、レオンが勢いで答える。けれどその後、レオンの瞳が不安に揺れる。
何か言いかけて、口を閉じる。そんなレオンの言葉を待つように、わたしは微笑みかける。
「もうガキの頃からずっとこんな関係で……だから、今更だろ?」
戸惑う様に、レオンの口から不安がこぼれる。
「関係をやり直すのに、遅い事なんてきっと、ないと思うよ」
わたしがまた微笑みかけると、レオンは一瞬目を逸らそうとしたが、なんとか視線を合わせていた。
「それに、なんでオレが謝んだよ」
レオンは不満を主張するように、ツンっと口を尖らせる。
「だって、レオンが悪いことしたなーって思ってるんでしょ?だったら謝っておこうよ」
「なんでオレがフレデリクに許してもらわなきなんねーんだよ!」
レオンが一息で言い切る。その瞳は先程と違い、怒気が孕んでいる。
「謝るのは許してもらう為じゃなくて、自分の気持ちを伝える方法なだけだと、わたしは思うんだけど……」
わたしは小首を傾げる。
「気持ちを伝える……」
レオンはわたしの言葉を短く復唱し。呟く。レオンの視線は私から外れ、下へ泳ぐ。
「レオンが悪かったなって思ったらなら、謝ることで相手にその気持ちを伝えるの。その後なら、ふたりが今とは違う関係になれるきっかけが、作れるんじゃない?」
芝生を握りしめるレオンの手に、自分の手を優しく重ねる。
「……そうかな」
レオンの視線は、重ねたわたしの手を見つめていた。
「きっと、そうだよ」
あと一歩、背中を押す気持ちを込めてレオンの手を握る。
「まぁ……お前がそこまで言うなら……」
「よし!じゃあ早速フレデリク様を探そうか!」
レオンの言葉を聞いて、繋いだ手はそのままに間髪入れず立ち上がる。レオンの手をグイッと引いて、立ち上がるように促すと「今からかよ!?」と戸惑いの声が上がる。
「そうだよ!前向きな内に話し合っておかないと!」
ニッと笑顔を向けて、またレオンの手を引く。レオンは不機嫌そうな顔こそしていたが、スっと立ち上がった。
「フレデリク様、もう帰っちゃったかな?取り敢えず、校舎の方にいこっか?」
わたしが校舎の方を向きながら言うと、レオンは肯定の意を込めて手を握り返してくれた。先程までレオンが握っていた土のザラつきが、繋いだ手から微かに伝わってくる。
そのままレオンの手を引き、校舎まで戻る。レオンは終始無言だったが、きっと緊張しているのだろう。長年、顔を合わせれば言い合いや喧嘩をしていたのに、急に関係の改善を図るのだ。緊張するのも当然だろう。
なるべくレオンの緊張を解してあげたくて、繋いだ手を力強く握る。子供っぽいかもしれないけれど、わたしにはこの方法しか思いつかなくて……。
きっとラブメモのヒロインなら、何か力になれる事とか言えたのかもしれないけれど、ただのモブのわたしには、この位しか、思いつけない……。
力になってあげられなくて、ごめんね……。
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