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58 話 不思議な人



「採取した魔植物の鮮度を保つために、水魔法を掛けておきましょうか?その方が、ポイントも高くなるかもしれません」


 フレデリク様はそう言うと、採集袋に水魔法を掛けてくれた。そしてそのまま火の魔力を流しながら、ケマロイドを採取していく。


 この一連の流れを難なくこなすフレデリク様を尊敬する気持ちと、未だに魔法を上手く使えない自分に落胆する気持ちが混在する。


 今更魔法が苦手な事を後悔しても仕方ない……!狩猟会が終わったら、もっと魔法の練習しないと!


 わたしは気持ちを新たにして、またプチプチと魔植物を採取する手を進める。



 フレデリク様と短い会話をしながら魔植物を採取していると、時々小型の魔物が飛び出して来る事があった。その時は採取の手を止め、魔物を倒そうとしてみたが……全部空振りだった。


 


「今のは、もう一歩で倒せそうでしたね」


「うぅ……また逃げられちゃいました」


 魔物を取り逃してしまったわたしが、とぼとぼとフレデリク様の元へ歩いていく。お互いの手の届く範囲まで近づいたと思ったら、突然フレデリク様がこちらに迫ってきた。

 

 ぐっと顔を近づけられ、何事かと身構えてしまう。


 薬草の青々しい匂いの中に、微かに混じる清香。きっと、フレデリク様自身の香りだろう。それが感じられるほど近くまで、迫られた。


 眼鏡の奥の、深い琥珀色の瞳。長いまつ毛が影を落とし、更にその深さをましていた。まるで吸い込まれるように、その瞳を見つめてしまう。

 


 けれど、フレデリク様と視線が交わることは無かった。こんなに至近距離なのに。なにを、見ているのだろう……?


 フレデリク様の、手が伸びてきて、そっと頬に触れる。熱くなった頬に触れられ、変に思われないかと考えると更に頬の熱が増す。


「すみません……私が不甲斐ないばかりに、女性にこの様な役を任せてしまい……」


 フレデリク様が少し視線を下げる。触れられた頬から、キラキラと光の粒が舞う。自分では気づけなかったけれど、きっと頬を怪我していたのだろう。

 フレデリク様はわたしを心配してくれていたのに、恥ずかしい勘違いをしてしまった。


 

「エマさんには、申し訳ない事をしてしまいました。私がもっと、武術に長けて居たならば、この様な……怪我を負わなくて済んだはずです」


 俯いた瞳は眼鏡が反射してよく見えない。深い緑色の髪が、サラリと揺れる。


「私は、男なのに……情けないです」


 フレデリク様の声は、震えていた。傷を治す為にわたしの頬に添えられていた手は、冷たい。

 わたしが勝手に怪我をしただけなのに。それも、自分でも気づかないような傷。なのに、フレデリク様はそれを、自分のせいだと、自責している。

 



「わたし、お料理するのは好きですけど、よく怪我もするんです。ここは切り傷で、これは火傷の痕」


 わたしは薄く傷跡が残る手を、フレデリク様に見えるよう説明しながら差し出す。フレデリク様は突然の事に戸惑い、眼鏡の奥の琥珀色の瞳をぱちくりさせた。


 「ここの傷は、小さい頃ドニと勝手に村外れの森に入った時の傷跡」


 わたしが運動用のズボンを捲りあげ、傷跡のある膝を見せる。フレデリク様の「エマさん!?」と言う焦った様な、裏返った声が響いた。


「だから、ちっちゃな傷とか、へっちゃらですよ」


 わたしは捲りあげたズボンを戻しながら、声をかける。

 

「でも、フレデクリク様がわたしを心配してくれるのは、素直に嬉しいです」


 顔を上げて微笑むと、驚いた顔のまま固まっているフレデリク様と目が合う。琥珀色の瞳が、眼鏡の奥で不安そうに揺れていた。

 

「それにわたしは、男だから女だからと、得意な事や不得意な事が分かれているとは思ってないですよ」


 『男なのに……』きっとその言葉は、フレデリク様が周りに言われてきた言葉で、フレデリク様が自分に向けて、ずっと言ってきた言葉なんだろう。


「それに、フレデリク様と一緒にいたおかげで、わたしはケマロイドで怪我をしなくて済みました」


「それは……そんなのは――」

「フレデリク様のおかげですよ」


 わたしは笑みを深め、念を押して伝える。今のフレデリク様が、わたしを助けてくれた事を。物知りで、ちょっと運動が苦手な、そんなフレデリク様が、わたしを助けてくれた。それは、事実だから。


「貴女は……不思議な人ですね」


「えっ?」


 フレデリク様が、困った様に微笑む。


「以前エマさんは、勉強を面白いと……そう仰ってましたね?」


 えっと……懇親会ランチを皆でした時のことだろうか……?でもどうして今そんな話を……?わたしは質問の意図が読めず、控えめにひとつ頷く。


「私は……勉強を面白いと、楽しいと感じた事は……一度もありません」


 俯いた顔が、陰る。


「幼い頃、本を読んでいると両親に褒められました。それが嬉しくて、沢山の書物を読んだ。褒めて貰えるのが嬉しくて」


 森の中に木漏れ日が射す。フレデリク様は話す間、こちらを見ようとはしなかった。


「そしてその範囲が、両親から屋敷の使用人、屋敷の外の親戚や知人にまで広がっていった。私は、もっと褒めてもらおうと、更に沢山の本を読みました」


 フレデリク様は目をギュッと瞑り、一呼吸置いてから、ゆっくりと目を開く。

 眼鏡が反射して、よく表情が見えない。深い緑色の髪が微かに揺れる。


「それまでは、良かったのです。ただ褒められたい。そのために本を読み、勉強も頑張った。けれどいつからか、私を神童と……そう呼ぶ者達が、現れました。その噂は王宮まで伝わり、我がフェルナンド家は招聘されました」


 フレデリク様はグッと息を飲み、言い淀む。


「まだ何も知らない、幼子の私は……政治の道具として、使われたのです」


 政治の道具……わたしには、全く想像のできない世界だった。何も知らないわたしが、どんな言葉をかけたらいいかなんて、わかるはずもなく……。

 

「その時から私は、物知りで勉強の出来る王子の側近としての役割を、与えられたのです。“クリスチアン殿下の良きご友人”としての役割を……」


 


 




 

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