56話 森の中での休息は微睡み
剣に絡まった蔦を解いていると、フレデリク様の呼び声が聞こえた。
「エマさん!大丈夫でしたか!?」
「ご、ごめんなさい、フレデリク様……魔物、逃がしてしまって……」
わたしはガクリと肩を落とす。気がつけば消音の魔法は消えていたようで、普通に会話ができた。フレデリク様は生い茂る雑草に足を取られながらも、何とかこちらまで辿り着く。
「いえ、エマさんに怪我がないようで良かった……」
「先走ってしまいごめんなさい……」
フレデリク様がホッとしたように息をつく。勝手をした事について謝ると「合図も決めず、消音の魔法を掛けた私の落ち度です……」とフレデリク様は気まずそうに眼鏡を押し上げる。
「では、ここはお互い様ということで、仕切り直しましょうか?」
わたしもフレデリク様も、このまま落ち込んで謝り続けるのは良くないと思い提案する。フレデリク様もそれに同意して、お互いに微笑み合った。
その後も、魔物を見つけては追いかけて逃げられる、を繰り返した。フレデリク様はずっとサポート系の魔法を掛けてくれるが、肝心のわたしの身体能力が追いつかない。
魔物を見つけることは簡単だが、全く短剣の届く距離まで近づくことすら出来ない。
ハァ、ハァ、と肩で息をする頻度が増えていく。
突然、森全体にゴーンと大きな鐘の音が響く。
「一時間、経ちましたね……休憩しましょう」
フレデリク様も肩で息をしていた。一時間も魔法をかけ続けてくれたのだ。きっと、ものすごく疲れているに違いない。
わたし達は見晴らしのいい場所を選び、一息つくことにする。太くて真っ直ぐな木の幹を背もたれにして座ろうとしたら、フレデリク様が地面にハンカチを敷いてくれた。
そこに座るようエスコートしてくれるフレデリク様がとてもスマートで、思わず見惚れてしまった。
森の中を駆けずり回り、服や髪、顔まで汚れていても、フレデリク様のその端正な顔立ちに陰りは無い。
フレデリク様のエスコートに従い、有難くハンカチの上へ腰を下ろす。
「また体力が回復したら、行動しましょう。時間は決めず、お互いゆっくり休みましょう」
わたしが気を使わないように、お互いという言葉を選んでくれるフレデリク様の優しさに、心がジンと暖かくなる。
マリー達も今頃休憩かな?クリスチアン様はわたしなんかよりも、体力も剣の腕も熟練している。なのでおそらく、休憩するのはもう少し後かな?
ゲームでは、森に入ってからずっとクリスチアンが一人で魔物を狩っていた。補助魔法も回復魔法も、自分一人でそつなくこなすクリスチアンに主人公が「わたしだって補助魔法も回復魔法も使えますから、もっと頼ってください」と言うと、慣れない場所で魔法と剣技を振るって疲れていたからか、いつもの優雅で微笑みを絶やさないクリスチアンとは違い「わたしが?キミを?」と言う棘のある言葉が返ってきた。
クリスチアンは直ぐにハッとして、いつもの微笑みを貼り付けた。「すみません。慣れないことをして配慮がかけていました」と優しく語りかけてくれたけど、主人公は急に今まで見ていたその笑顔が嘘のように思えてきた。
ふたりの間に冷えきった雰囲気が漂う。クリスチアンはその空気を変えようと、休憩を提案して湖の畔へ行く。そこでクリスチアンは先程の無礼をもう一度、主人公に謝るのだ。その時主人公が「それでも、わたしは……クリスチアン様の力になりたいと、思います。王族とか貴族とか、そういうのは関係なく、クラスメイトとして……。それに、何の役にも立てず狩猟会が終わるのも悲しいですから」そう微笑む主人公をみてクリスチアンが「――貴女なら、信じてもいいのかもしれない……」と呟くのだが、主人公にその呟きは届かなかった。
クリスチアンが主人公を信じてもいいかも、と思った時のスチルがとても綺麗だったのだ。キラキラ光る水面を背景に、少しこちらを覗くような仕草でピンク色の髪束を摘んでいるポーズだった。
人間不信のクリスチアンの心が動いた、感動的なシーンだ。
でも、マリーはもうクリスチアン様の人間不信を解消した後だから、同じ流れはなぞらないだろうけど……。でもあの場所はスチルにもなってるくらいだし、もう既に好感度がMAXでもなにかイベントくらいは起こるはず……!狩猟会が終わったら、それとなくマリーに確認しないと!
そんな空想に思いを馳せていたら、わたしはいつの間にか夢の世界へと落ちていたようだった。
目を開いているのに、視界がまだボンヤリする。
段々と寝覚めていく。身体を預けている右側が温かいことに気がつく。
「……え?あれ……?わっわたし……っ!?ご、ごめんなさい!!!」
意識が一気に覚醒した。なんとあろう事か、フレデリク様に寄りかかって寝てしまっていた。わたしまさか、ヨダレとか付けてないよね……!?
ついフレデリク様をジロジロと見てしまう。
すると、フレデリク様は何やら顔を背けたまま動かない。
「フレデリク様……?」
どうしたのかと思い声をかけても黙ったままだ。心配になり、背けた顔を覗き込もうと体制を変える。座ったままではそんなに動くことも出来ず、顔を確認することは出来なかったけれど。深い緑色の髪の毛の隙間から覗く白い肌と耳が、ほんのりと赤く染っていた。
「……申し訳ありません。寝ている女性の……こんな……無防備な……その……起こす訳にもいかず――いえ、これは言い訳ですね」
フレデリク様は小声でブツブツと呟いている。どうしたのかと思っていると、不意にフレデリク様がこちらに振り向く。
「就寝中の女性と二人きりになるなど、紳士として不誠実な行為でした。申し訳ありません」
想像していたよりも真っ赤な顔をしたフレデリク様が、頭を下げる。
「えっ!?い、いえ!わたしが勝手に寝ちゃっただけで……フレデリク様を困らせてしまって、ごめんなさい……。知らない内に寄りかかっちゃって……」
下げた頭を戻したフレデリク様は、メガネを直す仕草をする。赤い顔に、深い琥珀色の瞳が映えていた。真面目、という事はゲームで知っていたけれど……ここまでとは知らなかった……。
「えっと、あれからどれくらい時間が経ちましたか……?」
なんだか気まずい沈黙が降りて、何気なく質問をする。フレデリク様は視線を合わせることなく「一時間ほどでしょうか……」と呟くと、ちょうど森全体にゴーンっと鐘の音が二回響いた。
って、え!?ということは……もう開始から2時間経ったの!?わたしは驚きと絶望で口をポカンと開けてしまった。
「ご、ごめんなさい……わたし……」
「いえ、大丈夫ですよ。時間を決めず休みましょうと提案したのは私なので」
フレデリク様はそう言うと、まだ少し赤い顔を微笑ませた。
今日は祝日分の投稿でした。
次回はいつも通り、土曜日の14時投稿になります。
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