50話 王立学院主催武術大会
広々とした演習場をぐるりと取り囲むように、観客席が建ち並んでいる。授業の時は空席だったその場所は、今では満員だ。
生徒だけではなく、大人の姿も見える。王立学院主催という事は、そのまま王国のイベントでもあるという事なのだろうか……。
普通科や教養科の生徒は、来賓のおもてなしがあるようで数日前からバタバタしていた。アンナさんともしばらく会えていない。
いじめをしていた教養科の生徒たちも忙しいのか、マリーが嫌がらせを受けている様子はない。
わたしもマリーも武術大会には参加しないので、今後マリーが能力を周りに示すイベントは魔物狩りと中間テスト。このふたつで良好な成績を取れれば、もう既にクリスチアン様との親密度は高いだろうし、自然といじめはなくなるはず。
いじめイベントは攻略対象の好感度の高さによって、ストーリーの中盤の前半に起こって後半には解決する。
マリーには申し訳ないけれど、魔物狩りと中間テストが終わるまでは耐えてもらう他ない。あまりの自分の無力さに落ち込んでしまう。
いじめが無くなるまでは、なるべくわたしが側に居てあげよう。ストーリー後半になればクリスチアン様とのドキドキ急接近イベントが目白押しになるし、ずっとふたりで一緒に居られるだろうから。
そう思うと、マリーと一緒に居られるのも今の内だけか……それはちょっと寂しいなぁ……。
会場のどこに座ろうか?と周りを見渡す。
座席は王立学院の生徒と来賓客とで大雑把に分かれているが、座席が指定されている訳では無い。そろそろ席を決めないと座れなくなってしまうと思い、マリーと一緒にキョロキョロと当たりを見渡す。
「エマさん!」
人混みの中から小さな手の平がひょっこりと飛び出し、ヒラヒラとこちらにアピールしている。
「アンナさん!?準備はもう大丈夫なの?」
その小さな手の主に近づくと、アンナさんが人懐っこい笑みを浮かべて待っていてくれた。
「はい。準備と言っても普通科は裏方がメインで、来賓のお客様の招待は教養科の皆様がやってくださっています。なので、この時間は割と暇だったんですよ」
アンナさんは席を取っていてくれたようで、わたしたちを案内してくれた。3人で並んで席に座る。アンナさんとはたった数日会わないだけなのに、なんだかこの3人で一緒に居るのが久しぶりに感じる。
ドニとも授業以外で会っていないし、グループが違うので会話すら出来ていない。ずっと一緒にいたのに、こんな事、初めてかも……。
武術大会の開会式が始まり、広々とした地面の上で式が進行していく。なんだか、それを見ていると、気づいてしまった。
ゲームでは、攻略対象のキャラに合わせてイベントも変わってくる。レオンの好感度が高ければ武術大会が行われ、フレデリク様の好感度が高ければ、テスト前後で一緒に勉強をするイベントがあり、ジルベールの好感度が高ければ魔術塔に招待される等。
でもそれはきっと、主人公が印象に残った行事がイベントという形で現れてるだけでは無いのか?
レオンと仲良くなければ武術大会もただの学院生活の一部で、主人公にとって特にイベントになり得ない。
けれど、レオンの好感度が一番高いなら、好きな人が出ているのだからとても大切なイベントになる。
だから、もしかして、個別ルートに入っていても、全てのイベントや学校行事が行われていて、主人公がどのイベントに興味を持っていたかで、ゲームは変わって見えていた……?
だから、現実ではレオンとマリーが恋愛関係になくても、武術大会が行われているのだろうか……。
そんなことをぼーっと考えている間に、開会式が終わり、大会が始まろうとしていた。
広いグラウンドを3つに区切って、それぞれの試合が同時に行われる。ぶつかり合う鋭い金属音と声援が会場内に響き渡る。
レオンは圧倒的な力の差で勝ち抜いて、クリスチアン様も難なく勝ち抜いていく。
ニコルさんは相手の攻撃を受けた上でのカウンターで勝ち抜き、ドニもなんとか勝ち進んでいた。
決勝戦に近づくにつれて、3分割されていたグラウンドは2分割になり、最終的にはグラウンド全体を使う様になっていた。
ドニの友人のテオ達はどんどん敗退して行く。そして、次の試合はドニとクリスチアン様だった。
「知り合い同士の試合だと、どっちを応援しようか迷ってしまいますね?」
「あたしはドニさんを応援します!」
今まで知り合い同士の試合がなかったので、どちらを応援するか迷うことは無かった。その事についてマリーが言及すると、アンナさんが元気よくドニの名前を答えた。ニコニコとわたしに微笑みかける。
やっぱり好きな人を応援したいよね!じゃあマリーはクリスチアン様かな?ふたりの関係を考えると、大々的に応援するのはやっぱり憚られるのかな?でも大会なんだから、応援するくらいは問題ないよね?はやくマリーが自由に恋愛出来るようになればいいな……
「一緒に応援しましょうね!」
アンナさんがわたしの手を握って、ドニを一緒に応援しようと言ってくれた。そばかすが散りばめられた親しみ易い笑顔をキラキラさせて。
「ドニは幼なじみだし、クリスチアン様はクラスメイトだし、どっちも頑張ってほしいなぁ……」
どちらかが勝って、どちらかが負けることは決まっているけれど、それでも、ふたりを応援したいという気持ちは本物だった。




