35話 悲しいすれ違い
「――え?」
父上を信用するなって、グー先生の事、だよね……?
ゲームでのジルベールは、母親が亡くなったのを父親のせいだと言っていた。でも、グー先生の事を知っているわたしには、その言葉が受け入れられなかった。
グー先生はいつも疲れているようで見た目はちょっと怖いけど、わたしたちに優しくしてくれた。それにわたしやドニを見て「息子も同じ位の歳なんだ」「君たちと友達になれるかな?」と優しく微笑んでいたグー先生が、ジルベール様の言うような人物像と結びつかない。
グー先生がいつも言っていた息子というのが、ジルベール様だとは露ほども思わなかったけれど……いや、グー先生とジルベール様の雰囲気は似ているし、わたしがもう少し、周りに気をつけていれば分かったのかも……。
「お父様を信用するな、って……そんな、どうして……」
わたしの質問に、ジルベール様は少しバツの悪そうな顔をする。暫しの沈黙の後、静かに語り出す。
「父上は、母上を実験台にして見捨てたんだ」
「えっ!?そんな、そんなこと……」
余りの衝撃的な内容に狼狽えてしまう。グー先生がまさかそんな事――
「信じられない……」
思わず零れてしまったわたしの言葉に、ジルベール様は顔を顰める。
それにしても、実験台だなんてそんな……そんな残酷なことをするような人だとは、到底思えない。
「母上はあの時代にはほとんど前例のない、魔力系の疾患を患っていた。魔力適応障害と呼ばれるものだったが、昔はそんな病気は存在していなかった。だから母上の病気の原因は不明だと思われていた」
ジルベール様は昔を思い出すように、不安そうな、悲しそうな、複雑な感情を瞳に宿しながら話を進める。
「母上の病気の原因をいち早く発見して、治療法を試したのが父上だった。だが――」
言葉に詰まり、悲痛な沈黙に包まれる。わたしはどうしても信じられなくて、唖然としながら話を聞くことしか出来なかった。
「――だが、母上は亡くなった」
今の話を聞く限り、グー先生はお母様の為に未知の病気を見つけて、その治療法も模索したけれど力及ばず……という話のように思えるけれど……それがどうして実験台なんて……。
「その後、さる貴人が母上と同時期に同じ病気になったと知った。どちらも診ていたのは父上だった。だが、母上が亡くなった後も……その貴人は生きて、生活をしている」
ドクドクと、心臓が嫌な音を立てる。わたしは話を聞いているだけなのに、まるでジルベール様の感情に同調するように心が苦しくなる。
「父上は母上を実験台とし、その貴人を生かしたんだ」
あまりの残酷な言葉に、まるで現実味を感じない。ただ、悲痛なジルベール様の声と表情が、これが現実なのだとわたしに訴えかける。
「母上は、父上を愛していた。なのにあの人は自分の魔術塔に引き篭もり、治療の経過を見たらまた直ぐに魔術塔に戻る。母上が病床に伏せってから、父上が家に居ることは無くなった。母上は家族との時間を何よりも大切にしていた人なのに……!父上は家族の事など何も考えていなかったんだ……」
それはまるで、自分に言い聞かせているような言葉だった。悲しみと怒りと不安と後悔と、そんな複雑な感情をごちゃ混ぜにしたものを吐き出すように。
それでも、わたしの中のグー先生と、ジルベール様の言う父上のイメージが、あまりにも乖離している。
「その事についてジルベール様は、グー先生と話しましたか?」
「――は?」
ジルベール様は、まるで冬の夜空の様な青い瞳を見開く。何を言っているのか分からないとでも言いたげに、言葉に詰まっている。
「わたしの知っているグー先生は、ジルベール様の事を心配していましたよ。その事についてはドニ――わたしの幼なじみの方が沢山話を聞いていたと思うけど……少なくとも『何も考えてない』なんて、そんな事はないと思います」
「じゃあ何故、僕たちを見捨てるような事が出来たんだ……!」
ジルベール様は『見捨てられた』と、そう思っているのか。それは、やっぱりお父様の事を愛しているから。自分の感情と現実に起きた事の隔たりに、苦しんでいるのかな。
ゲームでのジルベールルートは、苦しんでいるジルベールの心を主人公が埋めるというストーリーだ。そしてお互いに引かれ合い、無くてはならない大切な存在になる。わたしもすごく好きなストーリーで、何度も泣いた。
でも、わたしは――
今のわたしは、もっと違う方法もあると思う。
わたしの両親も、仲は良いけれど喧嘩をしない訳では無い。それでもお互いの事を愛していると、そう実感している。わたしのことを含め、愛しているのだと。
だから、きっと、ジルベール様とグー先生も、すれ違ってしまったけれど、同じだと思っている。
「グー先生は家族を見捨ててないと思う。グー先生はお母様を愛しているのは勿論だけど、ジルベール様のためにも、お母様を大切にしてたんじゃないかな?だってジルベールがこんなにお母様のことを大切にしてるんだもん。グー先生はきっとジルベールのことも大切だったから、たくさん頑張ってお母様の治療方法を見つけたんじゃないの?」
「お前、なにを……僕の話を聞いていたのか?父上は母上の事を実験台にして――」
「本当に、そうなの?」
「――っ」
ジルベール様はふいっと顔を背けた。言い過ぎたかと、後悔の念が押し寄せる。知り合ってたった数日なのに、家族の事に口出しされたら気分も悪くなるはず……。
ゲームと現実のジルベール様は違うのに、こんな決めつけるような発言……自分の浅はかさに呆れる。
「……ごめんなさい」
自分が思っているより、小さく掠れた声になってしまった。
「いや、もう戻ろう……」
ジルベール様は立ち上がり、手を差し出してくれた。わたしはその手を取り立ち上がる。ジルベール様の顔を確認することは出来なかった。
居心地の悪い沈黙が、ふたりの間に流れる。それでもジルベール様は、わたしを女子寮まで送り届けてくれた。あれだけ頻繁に聞かれていた「休憩するか?」という言葉は、一度もなかった。
次回の投稿は11月23日(水・祝)になります。
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