31話 思い出は夢の中で
暗闇の中で、青い光だけが揺らめいている。
本当は、心のどこかで気づいていたんだ。わたしは、ラブメモの主人公ではないんじゃないかって。
でもそんなこと信じたくなくて、信じることを辞められなくて、皆を巻き込んでこんなところまで来てしまった。
今までわたしのしてきた事が、全部無意味になってしまうのが怖かった。
だって、わたしはその為に生きてきたから。ラブメモの主人公に相応しくなれるように頑張ってきたから。わたしの人生は、ラブメモの主人公に相応しい人間になる事だった。わたしの役目は、ラブメモの本編がきちんと始まるようにする事。そのための人生で、そのための努力。だから、自分の中の違和感を押し殺してきた。
ゲームの設定とは違い、わたしには両親がいることや、幼なじみのドニがいること、そして病気のこと。
そんなの全部勘違いだって、ゲームの本編が始まれば関係なくなるって。そうやって言い訳をして、目を逸らし続けてきた。
本当は違うんじゃないか、そんな疑問に蓋をしてきた。
王立学院に入学して、攻略対象キャラたちを目の前にして、オープニングや立ち絵、スチルと同じ建物や人物が居て、ここが本当にラブメモの世界だと確信できた。そして、ラブメモの設定通りここまで来れた事の達成感に満ちていた。
けれど、マリーを見つけた時、わたしは主人公ではないと悟った。マリーこそが、この世界のヒロインだと。そう確信させる何かが、マリーにはあった。
ここは乙女ゲーム、ラブメモリーの世界で、世界観も設定もキャラクターも揃っている。そのはずなのに、わたしが知っているラブメモとは、少し違っていた。
ここに居る皆はゲームのキャラクターなんかじゃなく、ドニと同じで実際にこの世界にいる人間なんだと実感させられた。
ラブメモと似すぎているこの世界で、わたしは混乱させられっぱなしだけれど。でも、皆はこの世界に生きている人間。それを忘れなければ大丈夫だと、そう思う。
『エマが王立学院に通うって言ってからオレの人生も変わったんじゃないかなって思うよ』
王立学院に向かう途中、ドニに言われた言葉が頭をよぎる。わたしが、ドニの人生を変えてしまったんだ。わたしの勘違いで――。
今更その事実が、重くわたしに伸し掛る。
「ドニ、ごめんね」
言葉がこぼれ落ちる。軽すぎる、そんな言葉が。
「大丈夫だよ。気にしないで、エマ」
そんなドニの言葉が、記憶の中から聞こえた気がした。ドニはいつだって、優しくわたしの名前を呼んでくれた。
自分のことを乙女ゲームの主人公だと思い込んでいたせいで、子供の頃の記憶と言えば勉強をしていたことばかり。でも、ドニの事は思い出せる。
ドニが初めてわたしの家に来た日、ドニのお父さんのダニーさんと、お兄さんのデニスさんに手を引かれ、少し脅えた表情でやって来た。
その頃のドニはまだわたしよりも背が低くて、クルクルとした栗色の髪の毛が可愛らしかった。わたしが笑顔で挨拶をすると、ドニも笑顔で返してくれた。
ダニーさんとデニスさんと別れると、ドニは一層不安そうに縮こまってしまった。デニスさんは弟のドニが心配なのか、何度も何度も振り返っていた。
ドニとお話をしたり、ご飯を食べたり、お昼寝をしたり、そうして過ごしていたら、お迎えの時間になった。
ダニーさんが迎えに来ると、ドニは一番に駆け出して抱きつく。その時ダニーさんは何も言わず、けれど目を優しく細めていた。
ドニが帰り支度をするために席を外している間、ダニーさんとデニスさんにドニの事を話すと、とても喜んでもらえた。「ドニとかけっこしたら全然追いつけなかったの!」とか「ドニはニンジン嫌いだけど、お母さんが甘く煮てくれたらいっぱい食べたよ!」とか「今日はドニと絵本を読んだけど、ドニはわたしより3冊も多く持てたんだよ!」とか、そんな他愛もない話しだったけれど。
それでもふたりは、わたしがドニの話をする度にとても喜んでくれていた。だからわたしは、もっと詳しくドニの事をお話し出来るように頑張った。ふたりともドニが大好きで心配だから、離れている間のことがきっと気になるんだと思って。
そうして何日も過ぎていったけれど、日増しにドニの元気が無くなってきていた。ドニもふたりの事が大好きだから、きっと寂しいんだと思った。だから沢山話しかけたり遊ぼうとしたけど、遊びに誘っても話しかけても、反応が薄くなっていた。ご飯を食べる量も減ってきて、わたしのお父さんとお母さんも心配していた。
どうしたのと聞きたかったけれど、ドニは怒っているような、悲しいような、複雑な様子だった。だからわたしも、ドニに深く事情を聞けずにいた。
「エマがうらやましい……」
ある時、ドニがぽつりと呟いた。
「オレと違って、家族に愛されてて――」
「そんなことない。ダニーさんもデニスお兄ちゃんもドニの事大好きだよ」
わたしがそう言うと、ドニは目を見開いた。不安そうに瞳が揺れる。
「なんでそんなことエマにわかるんだよ!」
まるで、今まで我慢していた何かが溢れ出した様な叫びが響く。それでも確かに、その声には悲しみが滲んでいた。
「わかるよ。だってふたりともわたしがドニのことお話すると、すごく嬉しそうだもん」
ダニーさんもデニスさんも、ドニの事が大好きだと自信を持って言える。毎日ドニの話しを楽しみにしてくれていることも知ってる。
「だって……オレは母さんを……」
ドニにとってお母さんが亡くなったという事実が、心の傷が、カサブタのように、悲しみで肥厚されて行ったのだ。だからきっと、悲しみで分厚くなった壁で、ドニには大切な事が隠れて見えなくなったのだと思った。
「ドニのお母さんはドニのこと、護ってくれたんだよ。」
ドニの瞳が戸惑いで揺れる。
「そんなの……そんなこと……」
「大好きなドニに会わせてくれてありがとう」
小さなドニの体を抱きしめると、暗闇の中で揺らめいていた青い光が、いつの間にか消えていた。
次回の投稿は11月3日(木)です。
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