30話 揺らめく青
毎日、いつ寝たのかも分からない状態で朝起きて、また気づかない間に寝てしまうという生活を繰り返していた。
グー先生から貰った、体調の変化や眠気が酷い様なら飲むように、と言われてた薬もそろそろ無くなりそうだ。
今が午前の授業なのか午後の授業なのかの判別もつかない。不意に覚醒すると部屋だったり教室だったりして、今まで自分が何をしていたのかなかなか思い出せない。だんだん日付の感覚も狂ってくる。
不意にポケットの中でガサリと音が鳴る。手を入れるとそこには今朝飲むはずだった薬が入っていた。
あぁ、飲み忘れたのか。
薬を飲もうと椅子から立ち上がる。足元がフワフワとふらつく。
「エマさん、大丈夫ですか?」
フレデリク様がわたしの肩に手を置いて声をかけてくれていた。わたしが「飲み忘れてしまって」と言い手に持った薬を見せると、フレデリク様はわたしを椅子に座るようにエスコートしてくれた。
「エマさん。ふらついていますし、ここに居てください」
「わたし!わたしがお水を持ってきます!」
マリーが駆け足で教室を出ていくのが見え、ぱたぱたと足音が遠ざかる。フレデリク様はわたしの背中に手を当ててくれていた。体温が柔らかく伝わり心地いい。
クリスチアン様がサラサラの髪を右耳にかける仕草をしながら、わたしを覗き込む。
「エマ、最近調子が悪そうだけれど……」
「はい、少し疲れたのかと……」
最近色々な事が起こりすぎて、きっと疲れてるだけ。浮かれていたり、ショックを受けたり、反省したり、自分の考えを見直したり、ドキドキしたり――今まで経験した事のない、色々な事が起こって。自分の生き方も、考え方も見直すことになって。だから、きっと、疲れちゃっただけ。薬を飲めば楽になるはず。
マリーに水を手渡され、それで薬を飲む。マリーはわたしの手を握り、ずっと心配そうにしてくれていた。
その後の授業も、うつらうつらとしながら時間が過ぎていく。
「エマさん」
名前を呼ばれ、一気に覚醒する。目の前に魔術学の先生が立っていた。
「あなたは魔術の知識はあるようですが、実践は勝手が違います。魔術とは使う者とその周りに居る者にも、怪我では済まない事故を引き起こす危険が伴います。これから実技の授業も始まってきますが、あなたの今の授業態度を見ていては到底是認できません」
わたしはぐうの音も出ず、ただ縮こまる事しか出来なかった。マリーが弁解してくれたが、先生がそれを一蹴した。
「エマさん。体調が優れないのは分かりました。でしたら今日はもう帰って、また体調が良くなったなら私の元へ説明を聞きにいらっしゃい」
先生はそう言うと、退出を促す様に扉へ手を向けていた。わたしはそれに従い、教室を後にした。
わたしは、何をやっているんだろう。目標を見失ってから、ずっとこの調子だ。自分がどうしたいのか、わからない。何をすべきなのか、何になりたいのか、何をしたいのか。
わたしは、何をやっているんだろう。
両親を説得して、勉強をさせてもらって、王立学院に入学させてもらって、両親の元を離れて。
それで今の状況かと思うと、悲しくて、情けなくて、申し訳なくて――。
だんだん、考えるのも億劫になってくる。
白亜に塗りつぶされた廊下を、ひたすら歩く。同じ景観が繰り返し流れていく。まるで、延々と続いている様だ。
外の光が反射して、白で満たされている。
白の空間で思い出すのは、空気に溶けだしそうな透明感を持ったあの人。わたしが知らない人。
病弱で、第一王子で、クリスチアン様とクロヴィス様のお兄さんで、綺麗で儚い、そんな人。
そして、わたしとクラウディオ様は体質が似ている、らしい。
わたしは元々魔力の循環が悪いようで、そのせいで魔法が苦手だったり疲れやすかったりすると説明を受けた。平民のわたしだから苦手程度で済んでいるけれど、王族のクラウディオ様はそうもいかないんだろうな……。
受け入れてくれてありがとう、か……。なんて悲しい言葉なんだろう。そんな言葉を言うに至る経緯も生い立ちも、わたしには想像もできなかった。
体質のせいで王太子にも選ばれていないって言っていたし……。王位継承とか派閥争いとか、きっとわたしには分からないような諍いがあるんだろうな。
きっと、わたしには、遠い世界のお話。
そう思うと、ラブメモもわたしには関係ない、違う世界のお話。なのに夢で見た乙女ゲームの主人公だと思い込んで、王立学院に入学するなんて――。
どこで、いつから、間違ったんだろう。
わたしは思わずその場にしゃがみ込んでしまった。目の前に暗闇だけが広がる。
もうだめかもしれない――。
そんな思いが、頭の中を支配する。皆に迷惑をかけて何をやってるんだろう。せめて勉強だけは頑張らないといけないのに……。
まったく集中が出来ない。すぐ眠くなって、気づいたら寝ている。その繰り返し。もっと気を引き締めないと。
もっとちゃんとしないと。もっとちゃんとしないと。
うずくまって真っ暗な視界の中に、青い光が揺らめいているのだけが見えた。




