28話 迷子の王子様
柔らかな唇が、わたしの手の甲にヒヤリと伝わる。
わたしが礼をする途中の姿勢だったので、まるでその光景を上から覗き込んでいる様になってしまった。
繊細なシルバーグレーの髪が陽の光を受けて、まるで輝いている様に見える。横に緩く編み込んである髪が、陰影を描いて美しい。
なんて、現実逃避をしてしまう。
握られた手が、柔らかな唇が触れている手の甲が、ジワジワと熱を持って、心臓へ向かって、熱く熱く、ドクドクと脈打って広がっていく。
先程からクラウディオ様に触れられた箇所が冷ややかに感じるが、きっと、わたしの体温が上がってるせい。
手に触れる感覚に意識を奪われ、呼吸の仕方さえ忘れて胸が苦しい。
クラウディオ様がわたしの手の甲からゆっくりと唇を離し、顔を上げる。優しげに垂れた目尻に、タンザナイトのような青い瞳がひんやりと光ってみえる。
その青い瞳の中にわたしが映り込んでいるのがわかり、ドキリと胸が鳴る。
「久しぶり、エマ。……私のことおぼえてる?」
クラウディオ様はその儚げで美しい顔で、可愛らしく微笑んでみせた。
「えと、はい。以前、校舎で……その……」
前回も手にキスをされた事を思い出して、顔が熱くなる。クラウディオ様は「よかった」と言いながら、また可愛らしい仕草で微笑んだ。クラウディオ様のひんやりとした手が離れ、わたしの熱った手が名残惜しむ。
「実は弟たちの事が心配で見に来たんだけど、迷っちゃって」
弟たち、その言葉にドキリとする。ゲームの設定では、クリスチアンとクロヴィスが双子である事は隠されていた。だからクロヴィスは、クリスチアンから実は双子の弟がいると告白されるイベントを見た後に解放される隠しキャラなのだ。
なのに――。
「だからエマ、私のこと案内してくれる?」
クラウディオ様はわたしの前に手を差し伸べた。優しそうに垂れた目尻が、更に悲しそうに垂れる。そんな弱々しく微笑まれては、断れるわけが無い。
「はい」と言いかけて、そうなるとアンナさんとマリーを置いていくことになってしまい、どうしようかと2人に視線を移す。すると、まだ2人は深々と礼をしていた。今までずっと、2人がこの体制を続けていたのかとハッとする。
2人にどう声をかけようかと迷っていると、ひやりとした繊細な指がわたしの手を取った。
「じゃあ行こうか」
クラウディオ様は儚げな顔立ちに無邪気な笑顔を携えて、わたしの手を引きながら歩き出した。わたしもそれに釣られて、一歩二歩と歩き出す。
「あ!あの!アンナさんはまた明日!マリーは教室でね!」
まだ深々と頭を下げたままの2人に言葉を投げかける。それでも2人は頭をあげることはなく、わたしは手を引かれたまま校舎の方へと歩き続ける。
クラウディオ様のひんやりとした手の感覚が、自分の体の熱りを嫌でも自覚させられた。
白亜に塗りつぶされた校舎の中に光が差し込み、その中でクラウディオ様は空気に溶けだしてしまいそうな程の儚さがあった。
けれど、繋がれた手が確かにそこに存在していると、わたしに感じさせる。
クラウディオ様にエスコートされながら、わたしは以前から疑問に思っていたことを切り出した。
「あの、クラウディオ様はどうしてわたしの事をご存知だったのですか?」
ゲームの設定ではクリスチアン様が第一王子だった。クラウディオ様がクリスチアン様の兄というのが本当であれば、クラウディオ様が第一王子という事になる……。ならば、そんな身分の人が、主人公でもなんでもない、ただのモブの平民の娘なんて、知っているはずないのに……。
わたしの質問にクラウディオ様は表情を曇らせる。その表情はクラウディオ様の持つ儚さを、さらに強調させた。
「……そうだね、ごめん。ちゃんと説明させてもらうね」
クラウディオ様はそう言ったあと、少し考え込む仕草をした。わたしはクラウディオ様の次の言葉を待つ。
「弟たちの入学に合わせて、王立学院の生徒の情報をひと通り調べさせたんだ。その中でも特進科で平民の君の事は特に詳しく……。ごめん」
「いえ!そんな……当然の事です!」
確かに、王族と同じ学院の同じクラスに通うのだ。安全確保の為に個人情報を調べるのは当然だろう。
「でも……エマにはきっと、嫌な思いをさせたね?」
クラウディオ様は、その繊細で美しい睫毛を伏せる。そのタンザナイトの様に美しい瞳に影が落ちる。
自分の知らない人が、自分のことを知っている――嫌ではない、と言えば嘘になる。少し、ほんの少しだけ、怖かった。
でも、それはきっと皆も同じ。
マリーやアンナさん、クリスチアン様やフレデリク様――そんな皆の事を、わたしはゲームの知識で知っている。
皆からしたら、きっとわたしと同じ気持ちに違いない。
自分の発言には、さらに気をつけなければと思った。
「それに……その時に知ってしまったんだけれど……僕とエマは、似た体質のようだし……勝手に親近感が湧いてしまって……急にこんな親しげな対応で、きっと戸惑ったよね?」
同じ体質……?魔法が苦手、って事だろうか?
クラウディオ様はわたしより頭一つ分以上背が高いのに、まるで捨てられそうな子犬のように縋る様な視線で見つめてくる。
「いいえ、そんなことありません。わたしはクラウディオ様と仲良くなれて嬉しいです」
クラウディオ様が余りにも悲しそうな顔をするのでそう言うと、まるで花が綻ぶように笑顔になる。小さく「よかった」と呟くクラウディオ様は、不敬かもしれないけれど、可愛いな、と思ってしまった。
「……僕の身体が弱いせいで……僕は、弟たちに――クリスチアンには特に、迷惑をかけてしまっているから……」
そう呟くクラウディオ様は、また表情を曇らせる。
今日で連休最後の投稿です。
またいつも通り、土曜日の14時更新に戻ります。
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