27話 不完全な魔法
「おま、お前……まさか、自分に魔法をかけられて気づいてないなんて事はないよな?」
「うーん……心当たりは無いですね」
わたしがうんうんと頭を捻っていると、ジルベール様は信じられないとでも言い出しそうな顔で絶句した。
「あの、エマにはどんな魔法が掛けられているんですか……?」
マリーが心配そうにジルベール様に声を掛けた。隣でアンナさんがこくこくと頷いている。
するとジルベール様は嫌そうな、不満そうな顔をした。
「……お前らみたいな市井の人間の間で流行ってるんじゃないのか?反射魔法を不完全な形で掛けておけば、対象者に触れた人間がいれば術者に分かるようになる」
ジルベール様はそう言って持ち上げたわたしの左手をじっと見ていた。その後、少し言いにくそうにしながらも口を開く。
「その……浮気防止とか、束縛魔法とか……呼ばれてるらしいが……そういう関係の間で掛ける魔法だろう?」
つまり、わたしに掛けられている魔法は、恋人同士が、他の異性に触れられたら分かるようになる魔法、ってこと……?でも誰が……?
ジルベール様は視線を逸らしながら「きっと術者はあの中に居るんだろう?」と先程まで皆でランチをしていた方角を見ている。
「ドニはそういう事しない!」
考えるより先に、言葉が出ていた。別に誰と言われた訳でもないのに――そう思ったら急に恥ずかしくなり、思わず俯いてしまう。
「僕は別に誰がやったとか、そういう事はどうでもいいんだ」
ジルベール様は心底興味無さそうに言い放ち、わたしの手を解放してくれた。その言葉に、わたしは余計に恥ずかしさが増していく。
「僕はただ、魔法をそんな不完全な形で使われるのは嫌いだ」
小さくボソッと、それでも意志を感じさせる声色でジルベール様は呟いた。
ジルベール様は、魔法が好きなんだ……。ジルベールは魔法が得意な天才キャラだと思っていた。
この世界では皆、自分と相性のいい魔力属性をひとつは持っている。その中でもジルベールは特別で、全ての属性の魔力と相性がいいのだ。どんな魔法でも魔力消費を最低限に抑えて、高出力の魔法を使える。
だから、魔法が“得意”なだけだと思っていた。ジルベール様は魔法が“好き”だったんだ。
「ジルベール様は、魔法が好きなんですね……」
ポツリと、言葉がこぼれる。ジルベール様はその言葉に一瞬目を見開いたが、また直ぐに興味のなさそうな表情をつくる。
「へんなやつ」
ジルベール様はそう言うと、こちらを見もせずスタスタと校舎へと向かって歩いて行った。
ゲームのジルベールは、母親が亡くなったのを父親の所為だと言っていた。家族と深い溝があり、他人からの好意を受け取ることに慣れていなかった。
そんなジルベールの心の隙間をヒロインが慈愛で埋めてくれる……大まかにはそんなストーリーだ。ヒロインの好意を、初めてジルベールが受け止めてくれるイベントは、何度見ても泣いた覚えがある。
でも、わたしは――
「――エマ?大丈夫ですか?」
「えっ!?う、うん、大丈夫……」
ゲームの内容を思い出して、ぼーっとしていた様だ。マリーに声をかけられハッとする。
それにしても、わたしが誰かに魔法をかけられていたなんて……。そう思いながら、ジルベール様に掴まれていた左手を見つめる。
「……あれ?なんだろうこれ」
わたしの左手の薬指の付け根に、小さい菱形の模様があった。わたしが声を出して手を見つめていたので、両脇からアンナさんとマリーが覗き込んできた。
「小さな傷跡、ですか?」
「なんだか指輪みたいですね」
傷跡?いつの間に……。この見た目だとずっと前なんだろうけど……思い当たらないなぁ。
考えても分からないので、わたしたちは校舎へ戻る事にした。傷跡のことは気になるけれど、覚えてないんだからきっとそんな大きな出来事はなかったのかな、と自分の中で納得する。
「あれ、エマ?」
透明感のある優しい声が、わたしの名前を呼んだ。
中庭と校舎に続く廊下の日陰の中に、その人は立っていた。今にも消えてしまいそうな儚さを残しながら。
ゆるく編み込まれたシルバーグレーの髪が、陰影を描きながらも日陰の中で鈍く光っている。わたしを見つめるタンザナイトの様な青い瞳は優しげに垂れ、その儚さをより一層強めていた。
クラウディオ・クリフォード
クリスチアン様の兄。
でも、どうしてこんなところに――そんなことを思っていると、視界の端でアンナさんが深々と礼の姿勢を取っているのが見えた。少し震えているようだ。それを見たマリーが慌ててアンナさんに合わせて礼をする。
その光景を視界の端でぼんやりと捉えていたが、わたしもハッとして礼をしなければ!と思い至る。慌てて礼をしようとしたら、急に左手を掬われた。
細くて、しなやかに伸びた白い指に、わたしの左手が引かれていた。冷りとした感覚が伝わる。
クラウディオ様に引かれたわたしの手が、ゆっくりと持ち上げられて行くのを、ただ、ただ、眺めていた。
優美な仕草で、ゆっくりと、わたしの手に、柔らかな唇が触れた。
三連休なので明日も投稿いたします。
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