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23話 エマとマリー



 逃げるように駆け出したマリーさんを、周りの生徒たちはまた嘲笑しだした。「なんてこと――」「やっぱり平民は――」「礼儀を弁えず――」「なんて恥知らずな――」「あんなのが特進科の――」コソコソと囁く声が聞こえる。


 不意に、フレデリク様がエスコートする為に支えていた腕に力が入るのが分かった。ハッとしたフレデリク様は「申し訳ありません。紳士失格ですね」と困ったように微笑みながら呟いた。

 クリスチアン様もエヴァンズ様も、心做しか暗澹としている。


 それよりもマリーさんが心配だ。あんな事が合った後に、また悪意に晒されて……。どうにか、どうにかして、この空気を変えなければ――。


 わたしは降りていた途中の階段を一段飛ばしで飛び降りた。ふわりと制服のスカートと髪が揺れる。


 沈黙する空気の中、タンッ!と着地する音がやけに大きく響く。


 突然降り立ったわたしに、隣のクリスチアン様も、目の前のエヴァンズ様も、瞳をまん丸にしてこちらを凝視している。


 わたしはクルリと後ろを振り向いて、フレデリク様を見上げる。そして、皆に聞こえるように、大きな声をだす。


「ありがとうフレディ!」


 フレデリク様は眼鏡の奥の琥珀色の瞳を大きく見開いた。わたしはそれを無視してクルリと振り返る。


「またね!クリクリ!エリィ!」


 クリスチアン様もエヴァンズ様もギョッとした顔でこちらを見ていた。わたしはそれら全てを無視して、マリーさんが可愛らしく走り去った道を全速力で駆け抜けた。


 後ろの方で悲鳴やら非難やらが聞こえてきたが、今はマリーさんを探すのに集中する。


 正直、もっと上手いやり方は他にもあった。皆の反感を買わないように、マリーさんから気を逸らす方法なら、他にも。


 でも、どうしても許せなくて、ガツンッ!と衝撃を与えたくなった。

 


 だって、


 だって、マリーさんがあんなにも悲しんでいるんだもん。




 わたしは、ラブメモが好きだ。攻略対象のキャラも好き。ライバルキャラだって好き。そして、ヒロインも好きだ。大好きなんだ。

 わたしは、ラブメモが好き。でも、今の気持ちは、きっとそれだけじゃない。


 マリーさんがラブメモのヒロインじゃなかったとしても、好きだ。もう好きになっちゃったんだ。



 だから、マリーさんが悲しんでいるのに、じっとなんてして居られなかった。そして、皆がマリーさんを嫌いになったままなのも、同じくらい嫌だった。


 

 マリーさんがイジメられるのを、ゲームのイベントなんかで片付けられない。



 全力で走り続けて息が上がる。真っ白な廊下の角を曲がると、ふわりと揺れるピンク色が見えた。


 

「マリー……!」


 わたしは走りながら、ぜぇぜぇと肩で呼吸をして掠れる声で呼びかけた。マリーさんはビクリと震えてこちらを振り返った。


「エマさん!?どうして……」


 マリーさんは、赤くなった目を潤ませていた。わたしは息が上がってしまい「あのっ……わた、わたし……」と息が整わず、なかなか言葉が続かない。マリーさんが駆け寄ってきて、背中を摩ってくれた。これじゃあどっちが心配しているのか分からない。


「わたしっ心配で……」


「そんな、心配なんて……わたしは大丈夫ですから」


 マリーさんは「大丈夫」と言いながら、赤くなった目を笑みの形にする。


 「わたしっ……なにも、できないけど……」


 わたしはぜぇぜぇと息を切らして、途切れ途切れになりながらも、何とか言葉を紡ぐ。大きく深呼吸をして、呼吸を整える。わたしは背中を撫でてくれているマリーさんを真っ直ぐに見つめた。


「でも、悲しい時に傍に居ることくらいは出来るから」


 わたしにはマリーさんへのイジメを無くすことも、皆にマリーさんの事を好きになってもらう事も、残念ながらできない。でも、そんなわたしでも、悲しい時に傍に居ることくらいは出来る。傍に居ることで悲しみを取り除くことは出来ないけれど、悲しみは軽くなると思う。



 ドニのお母さんはドニの出産の時に亡くなってしまった。まだ小さな頃、ドニはその事に大きな罪悪感を抱えていた。そんなドニにわたしは何もしてあげられなかったけど、ドニには「エマが側に居てくれて、本当によかった」と毎回のように言ってくれた。

 わたしには何も出来ないと思っていたから、その言葉で救われた気がした。

 


 マリーさんはわたしの言葉を聞くと、真顔のまま硬直した。アクアマリンのように澄んだ水色の瞳からポタリ、ポタリと零れる雫は、まるで天泣のようで思わず見とれてしまう。マリーさんは俯き手で顔を覆ってヒクッヒクッと肩を揺らす。

 他人の泣き顔をじっと見つめていることに気づき、ハッとして自省する。


「わたし……大丈夫、なんかじゃ……ない、です……」

「うん」


 俯いて泣いているマリーさんをそっと覆うように抱きしめる。


「すごくっ恥ずかしくて……かなしくて……」

「怖かったよね」


 マリーさんの震える背中をよしよし、と撫でる。


「わたしっわたし……ふさわしく、なくて……わかってて……でも、ここにっ……ここに居るしかなくて……」


「相応しくないなんて、そんな事ないよ」


 マリーさんがラブメモのヒロインだから、この王立学院に相応しいんじゃない。マリーさんが、貴族や王族までもが通う王立学院に相応しくなれるように努力してるって、知ってる。そんな努力をしている人が、相応しくないなんて、そんな事あるわけない。


 

「だって……でも……みんな、わたしのこと……嫌いなんです」

「わたしは大好きだよ」


 わたしがそう伝えると、マリーさんはおずおずと控えめに背中に手を回し抱きしめてきた。わたしはもう一度「大好きだよ」と伝えて、抱き締め返した。

 


 

 

 

 

3連休2日目の投稿です。

明日も投稿します。

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