20話 夢におちる
それは昔にも、見た事がある夢だった。
ラブメモの主人公の視点で、どんどん切り替わる画面を見ていく。
クリスチアン・クリフォード、フレデリク・フェルナンド、レオン、ジルベール・グレゴワール、リュカ、バルドゥール・ベンノ・ルートヴィヒ・アーブラハム、クロヴィス・クロード
攻略キャラが次々出てくる。
主人公の後ろ姿だけが映る。吹き上がる風に、ピンク色の長い髪の毛と花びらが舞う。
わたしは攻略対象とのイベントや会話を完璧にこなして行く。選択肢を選べば“好印象みたいね!”というテキストが表示される。
攻略対象と仲良くなると、アンナ、エリザベッタ・エヴァンズがライバルキャラとして様々な嫌がらせをしてくる。
でもそれは、ストーリー上のことで、ゲームプレイの進行を阻害されたり、攻略対象の好感度が下がったりすることは無い。ただの、舞台装置としての役割にすぎない。
嫌がらせからヒロインを守ってくれるヒーロー。
ただそれだけ。
たくさんのイベントをこなして、次々テキストに“好印象みたいね!”と表示される。
クライマックスは、王立学院内にある大きな樹の前で告白される。
王立学院の設立記念で、当時の国王直々に下賜された由緒ある樹。この樹の下で告白すると幸せになれるという伝説がある。
この場所で攻略対象からの告白を受けて、エンディングが流れる。
ここまでのパラメーターの総評で主人公がどの家格の貴族の養子になるかが決まる。攻略対象と釣り合いの取れる家格の養子に成れなければトゥルーエンドにはならない。
わたしは沢山の攻略対象に告白され、沢山のエンディングを迎える。
ゲームがエンディングを迎えると、また始めからゲームがはじまる。
わたしはそうして、同じ世界の、ちがうお話を、また辿る。
王立学院での学生生活は同じ、攻略対象が違うお話し。
わたしはまた、攻略対象の違う、同じお話しの、違うエンディングを迎える。
そこでわたしはハッと目を開けた。
全身が汗でびっしょりと濡れて、左手にはタオルが握られていた。
いつのまにタオルなんて……。寝苦しくて思わず手に取っていたのだろうか?
悪夢を洗い流すように入浴を済ませてから、朝の支度をする。今日もいつものように食堂でアンナさんと合流して、厨房で昼食の下拵えを済ませる。その時に今日の昼食はみんなと一緒に食べれないことを伝えた。
今日はなんとなく、アンナさんがソワソワしているように感じた。昨日、クリスチアン様が迎えに来てくださった時に、顔面蒼白になり怯えていたアンナさんを思い出す。
「昨日は親睦会のお誘いに来てもらっただけで、何も怖いことはなかったよ」
わたしが微笑みながらそう言うと、アンナさんはホッとして力が抜けきった様にへにゃっと笑いながら「よかったぁ……」と呟いた。
その笑顔を見て、やっぱりゲームのアンナと今目の前に居るアンナさんは違うな、と思う。
アンナさんと別れ特進科の教室の扉を開ける。
クリスチアン様はゲームの印象より親しげに話しかけてくるし、フレデリク様はクリスチアン様にべったりじゃない。
ゲームのフレデリク様は、自分より運動神経の良いレオンと、全てが自分より秀でているクリスチアン様の傍に幼少期からずっと一緒にいて卑屈になっていたのだ。
ふたりとも、やっぱりわたしの印象とは違う。
そしてマリーさんは、やっぱり何もかもが違う。
先ず主人公はわたしではない。ゲームの主人公は攻略対象によって性格が多少変わるのだが、マリーさんが話す相手によって対応を変えるなんて事はしていない。
あんな夢を見てしまった為に、ずっと考えてしまう。
そして、そんな自分がまた嫌になる。
ゲームに居なかったわたしは、一体何なんだろう。
――なんであんな夢を見るんだろう。
午前の授業を終え、アンナさんと食堂へ向かう。
「わたし、今日は行けないからドニの事よろしくね」
微笑みながらそう言うと、アンナさんは頬を紅潮させ、グッと小さな両手で握りこぶしを作り「はい!」と力強く返事をしてくれた。
アンナさんと簡単な昼食を作り、演習場に居るみんなに届けてから、親睦会をするためにまた食堂へ戻る。
校舎に入るために角を曲がる。花が生い茂る生垣の奥から、声が聞こえた。ここは学校なのだから、当然人は大勢いる。声が聞こえたって可笑しくない。可笑しくなんてない、のに……何故か、無視してはいけない気がした。
ただの好奇心かもしれないけれど、わたしは回り込んで、生垣の奥を確認した。
校舎の壁を見つめる様にして、ドレスを着た女生徒数人が並んでいた。
人の隙間から、ピンク色がチラリと見えた。
マリーさんが校舎の壁を背にして、教養科の生徒に囲まれていた。
その光景を見て、わたしは何故か身を隠してしまった。
でも、でも大丈夫。だって、攻略対象と親密になると直ぐに虐めイベントが発生して、攻略対象が助けてくれて、それで、それでまた好感度が上がって、親密になって、たぶんマリーさんは好感度を早く上げすぎたせいで、イベントの方がついて来れないとか、きっとそんな状況で、だからきっと大丈夫。きっと誰か、たぶんクリスチアン様が、助けに来てくれる。だっていつもそうだったから。ラブメモをプレイしていた時も、いつも直ぐに来てくれて――
――バチンッ
わたしの思考を遮るように、音が響いた。
急いで確認すると、手を押さえているマリーさんと、クスクスと笑っている教養科の生徒が目に入る。わたしは思わず飛び出していた。
「マリーさん!」
わたしが駆け寄ると、教養科の女生徒たちは一瞬ギョッとして、すぐにその顔を扇で隠した。それを無視してマリーさんの下まで行くと、わたしは直ぐに手を確認した。
マリーさんが押えている左手をそっと退けると、右手の甲が一筋に赤く腫れていた。恐らく、扇で叩かれたのだろう……。
わたしは光魔法でマリーさんの傷を治そうと、グッと意識を集中させる。傷に触れないように手をかざして、魔力の流れを意識する。キラキラと光の粒が集まるのを確認出来た。今のところは成功しているようだ。
ここから集まってきた魔力が霧散しないよう、留める。またわたしは息を止める様にして意識を、魔力を、集中させる。
キラキラとした光の粒が傷に定着してパチンっと弾けると、腫れと赤味が引いていた。
わたしは魔法が成功した安堵感と魔力消費による倦怠感で、全身に重石を付けられたように、ドっと疲れが押し寄せる。
以前クリスチアン様がこの魔法を難なく使っていた事に、今更ながら尊敬してしまう。やっぱり魔力属性の相性なのだろうか?
「ふぅ……なんとか成功」
わたしがそう言うと、マリーさんは治った手をじっと見つめたまま「……ありがとうございます」と小さく呟いた。
明日も投稿します。
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