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マリーの日記帳14



 エマさんとフレデリク様の会話を聞いて、ハタと気づいたことがある。


「それじゃあエマさんが先程わたしに光魔法での治癒術を掛けてくれたのは、わたしが光属性と相性が良かったからなんですね!エマさんはきっと光属性では無いんですよね?だから魔法を使った時あんなに疲れていたんですね?それなのにわたしのために光魔法を使ってくれたって事ですよね!?」


 エマさんがそこまで考えてわたしに魔法を使ってくれていたのかと、感動して考えが全て口から滑り落ちた。


「う、うん……でもわたし、魔力属性の相性以前に魔術との相性が悪いらしくて……」


 エマさんは少し言いにくそうに微笑む。この話はエマさんにとって余りいいものではなかったようで、わたしは慌ててエマさんの好感度が変わっていないか確認する。

 よかった。赤のまま……。


 赤のハートだと、相手の望んでいない会話でも好感度は変わらないのだろうか……?それとも、エマさんが自分の好みでは無い会話を振られたとしても、相手への好感を変えない人なのだろうか……?それとも、それとも……これは驕りだってわかっているけれど、好みの会話じゃないとしても、話してる相手がわたしだから……とか!?

 自分でも馬鹿なこと考えていると思うけれど……そうだったら嬉しいなぁ。



「……そう言えば初日に魔力適性検査が行われた時、エマは休みだったよね?」


 クリスチアン様が不意に神妙な表情で、静かに言葉を投げた。そう言えば、確かに……?わたしもエマさんに魔力適正の話はしていないし、聞いてもいない。完全に浮かれていて忘れていた。忘れていたというかそんな事はどうでも良くて、エマさんがわたしを気遣ってくれたという事が大切だったから。

 でもエマさんはそうでは無いようで、明らかに動揺している様子だった。


「わたしが一方的に色々喋っちゃったんです。嬉しくてつい……」


 エマさんが困っているならば、わたしが助けなければ!どうしてエマさんがわたしの魔力適正を知っているかなんて、関係ない。何故エマさんが知っていたのかは気になるけれど、エマさんがそれを聞かれたくないならわたしが助けるわ!だってエマさんが悪い事なんてするわけないもの。きっと何か理由があるのよね!大丈夫!わたしは味方ですよ!という思いを込めてエマさんへ微笑む。

 今は伝わらなくても、いつかきっと、わたしの気持ちもエマさんに伝わればいいな……。


 わたしは元から好感度が見えているお陰でエマさんの気持ちに気付くことが出来たけれど、エマさんがわたしの気持ちに気付いてくれるのは……いつになるのだろう。


 他人の気持ちに気づく。


 わたしには当たり前で、当然の事のように思っていたけれど……それがこんなにも難しい事だったなんて、今まで気づけなかった。



 これも、エマさんがわたしに教えてくれた事なんですよ。




「私とももう少し仲良くなるために、愛称で呼ぶのはどうだろう?」

「えっ!?そ、それって――」


 わたしがひとりで物思いに耽っていると、クリスチアン様が何やら不穏な事を言い出した。


 え、エマさんと、仲良くなろうとしている……!


 わたしち平民ではなかなか馴染みがないが、王侯貴族の間ではお互いの仲の良さを示すものとして珍しくは無い。


 なんて狡猾なの!

 


「クリクリ……」


 不安そうに恥ずかしそうに視線を動かし、その瞳は弱々しく潤んで、頬だけではなく耳まで真っ赤になりながら声を絞り出すエマさんに「すごく可愛いです!」という言葉がまるで自然な事のように口から溢れていた。


 クリスチアン様……!なんて狡猾な!こんなに可愛い表情をいとも簡単に、たった一言で引き出せるなんて!そして羨ましい……!わたしも何か特別な呼び名とかで呼ばれたい!呼び合いたい!ずるい!


 何がいいだろう……?マリー……マリ?エマ……エマ……エミー?愛称って難しい……。やっぱり無難に呼び捨て?



 そんなことを考えている間に、夢のような時間は終わりを告げる。クリスチアン様とフレデリク様にエスコートされながら、特別ラウンジの扉を抜けて階段を降りる。クリスチアン様はてっきりエマさんの手を取ると思っていたので、少し驚いてしまった。

 そして眼下に広がる光景を見て、察した。


 クリスチアン様は、今のわたしの状況を少しでも良くしようと、わたしの手を取ってくれたのだ。周りにわたしとクリスチアン様の仲を見せる事によって、わたしへの被害を軽減させようとしてくれているのだ。

 きっと、言葉で言っても逆効果になるから、こういう方法しか取れなかったのだ。王族もきっと大変なんだろうな、なんて、当たり前の事をぼんやり考えてしまった。


 現実逃避。


 そうするしかなかった。鋭い視線と突き刺さる言葉……それに耐える事が、出来そうになかったから。


 あんなに幸せだったのに。このままずっと、この時間が続けばいいのにと思った。まるで天にも昇るような気持ちだった。



 それが突然、地面に叩きつけられた。



 まるで、わたしの立場を分からせるみたいに……。





 わたしは、幸せになっては、いけない存在なの……?



 


「く、クリスチアン様っもう、もう大丈夫、ですから……」


 わたしはもうこの場所に居る事が耐えられなくて、クリスチアン様に重ねていた手を振りほどいて駆け出していた。もう、泣き出してしまいそうで……。


 どうして、わたしばかり……その言葉を、嗚咽と共に飲み込んだ。



 駆け込んできた真っ白な廻廊には、誰もいない。


 食堂に沢山人が集まっていたから、この近くにいた人は皆集まって居るのか、人払いされたのか……どちらにしても、ここにはわたししか居なかった。


 せかいに、わたしひとり。


 気づけば、ポロポロと涙が溢れていた。


 なぜ?どうして?どこが?何が悪かったの?何が理由で?これは何かの罰なの?……本当に、わたしがいけないの?


 突然両親を喪って、わたしにだけ変な能力があって、皆が当然の様に受け取っている物は手に入らなくて、ここでも、皆に嫌われて……。


 つらくて、かなしい。


 わたしの人生は、どこで間違っていたの?生まれたこと?それとも、変な能力を持っていた事?どちらにしても、わたしの意思ではないのに……。



 この目さえ、この目さえ無ければ、こんな思い、しなくて済んだのに。


 両手で濡れた瞼をギュッと抑える。涙は、手のひらからも溢れ出した。





 でも、それでも、わたしはここで、エマさんと出会えた。


 それで、それだけで……満足。



 わたしは乱暴に目元を拭い、グッと顔を上げる。


 わたしの人生が、エマさんと出会うために合ったと言うのなら、こんな辛さ、何ともない。

 わたしの人生が、エマさんと出会うために辛いものだと言うのなら、それでも構わない。

 わたしを愛してくれる人と――エマさんと出会って、一緒にいられて、共に時を過ごして、それだけで幸福な人生だと、そう思えるから。

 だから、だから……わたしはここに要るしかないの。辛くても悲しくても、エマさんの居る王立学院に居続けるしかないの。だって、それしかあなたの傍にいる方法が分からないから。あなたの傍に居られれば、それだけで頑張れる。


 だから、大丈夫。だからわたしは、大丈夫。そう何度も自分に言い聞かせて、歩みを進める。










「マリー……!」


 わたしの耳に、柔い声が広がる。ビクリと体が甘く痺れる。わたしは確かめる様にゆっくりと振り返り、その人の姿を捕える。


「エマさん!?どうして……」


 どうして、ここに?どうして……?わたしを、追いかけて……?こんなに息を切らせて……。わたしは言葉も途切れ途切れのエマさんに駆け寄り、温かな背中を摩る。制服の上を滑る感覚でさえ、愛おしい。


「わたしっ心配で……」


 エマさんのその言葉に、キョトンとしてしまう。この優しい人は、やっぱりわたしを心配してくれたんだ。


「そんな、心配なんて……わたしは大丈夫ですから」


 わたしは自分の今の立場が、状況が、恥ずかしくなって……無理に笑顔を作る。


「わたしっ……なにも、できないけど……」


 エマさんが、息を飲んだのが伝わる。大きなマリンブルーの瞳が、わたしを捕える。


「でも、悲しい時に傍に居ることくらいは出来るから」

 

 あなたの瞳の中で、わたしが溺れていた。


 わたしの欲しいものは、全てあなたが持っていた。わたしの欲しいものは、全てあなたが与えてくれる。だって、わたしの欲しいものは、あなただから。


 



 助けられるのは、あなただけよ。あなたに溺れているわたしを。


 


 

 

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