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マリーの日記帳9



「他に必要な本があれば私がご一緒しますよ」

「いえ、これで全部なので大丈夫です。ありがとうございます」


 机に5冊ほどの本を置いたエマさんの言葉に、驚いて声を上げてしまった。それはわたしだけではなかったようで、クリスチアン様とフレデリク様も同じように声を上げていた。


 わたしたちは2日間で何十冊もの本を調べながら必要な項目を調べていたのに、授業の途中から参加したエマさんはたった数冊の本で課題をこなせるなんて……。




 なんて凄いの……!


 クリスチアン様とフレデリク様に褒められても控えめに頷くだけのエマさんに、より好感が持ててしまう。




 その後も、ポツリポツリと当たり障りのない会話をしながら、授業が進む。すると、目の前に座るエマさんに、少しの違和感を覚えた。

 その違和感の正体が何なのか探るために、思わずじっと見つめてしまった。不意にエマさんが視線を上げ、パチリと目が合う。


「エマさんは、既に持ってきた本を読んだことがあるんですか?」


 わたしは咄嗟に、疑問に思ったことを口にしてしまった。


 だって自分なら、まずは本を読んで、課題部分を書き出して、それを考察しながら文章に書き起すからだ。なのにエマさんは、まるで目的のページが分かっているかのように、本をめくっては書き写して……を繰り返していたのだ。


「急にごめんなさいっ目的のページが分かってるようにスムーズに進められてたのでつい……」


 思わずそう口にして、背筋がヒヤリと冷えた。


 エマさんの瞳が、不安に揺れたのだ……。きっと、エマさんにとって聞かれたくなかった事に違いない……!わたしはなんてことをしてしまったの……。エマさんの好感度が……下がっていたらどうしよう……怖くて確認できない……。


 好感度を上げるには、相手の望んでいる物をプレゼントするのが一番手っ取り早い。相手の望んでいる言葉をあげる事ももちろん大切だけれど、好感度を上げることだけ考えれば、物をあげる事が一番だ。

 言葉は相手の受け取り方やその時の気分次第で伝わる意味合いが変わってしまうことが有るが、物はそうでは無い。だから、プレゼントが一番効率的なのだ。


 だから、もし、エマさんの好感度が下がっていたなら、何か好きな物をプレゼントすればいいんだけど……まだエマさんが何が好きなのか分からない……!!!


 だから、もし、唯一この世界でわたしを愛してくれているエマさんの好感度が下がったら……。



 

 怖かったが、そっと視線を上げて、エマさんのハートを確認する。





 よかった……!まだ赤だ!


 わたしはホッと胸をなで下ろした。



 エマさんの控えめな肯定の言葉を受け取ったので、わたしは「すごい……!エマさんは入学前からこんな難しそうな専門書を読まれていたのですね……!」と驚いた様に、感心した様に褒めた。


 褒められて嫌な気分になる人は少ないものね……?相手の好みが分からない内は、とりあえず褒める!よし!これでいこう!


 わたしは机の下で、グッと拳を握る。





 授業が終わりを告げても、エマさんの表情が晴れることは無かった。目につく物を全て褒めて褒めて褒めまくったけれど、わたしの言葉ではエマさんの気持ちは晴れなかったようだ。


 昼食も一緒に誘ってみたけれど、断られてしまった……。つられてわたしも、表情が暗くなる思いだ。



「振られてしまったね?」


「はい……」


 クリスチアン様がいたずらっ子の様な笑顔で、俯いているわたしの顔を覗き込む。その時に耳にかけていない方のプラチナブロンドの髪が、サラリと揺れた。


 今日もふたりから昼食に誘われたが、少し用事があると断って後からついて行くことにした。

 どうせ同じ特別ラウンジで顔を合わせる事になるけれど、また一緒に行ってしまうと有らぬ言い掛かりを付けられてしまいそうで……。


 そう思っていたのだが、食堂まで向かう道程で問題が起こった。


 コソコソと話されるうちはまだ良かった。聞こえない振りをしていればいいから。でも、直接声をかけられてしまえば、その言葉を聞かなければならない。


「まあ!何かしら、そのみすぼらしい格好……!」


 突然豪華なドレスを着た教養科の女生徒に声をかけられる。扇で顔を隠しているが、軽蔑の視線はチクチクと刺さる。


「これだから平民は嫌なのよ……クリスチアン殿下もフレデリク様もお心が休まらないでしょうね」


 数人の女子にクスクスと笑われる。今日はエマさんに会える気がして、身だしなみにはより一層気を使っていたつもりだったのに……。

 そうしてキョロキョロと自分の服装を確認する。そんなに変じゃない、と思うんだけれど……。


 わたしが自分の制服を確認している間に、いつの間にか道がスっと割れていた。その先には、今まで見たどんなご令嬢よりも華美に着飾った女生徒が立っていた。

 その人がツカツカとこちらに歩いてくるのを、圧倒されながら見つめることしか出来なかった。意志の強さを強調する様なツリ目がちな紫色の瞳にバターブロンドの縦ロールが、華美な装飾が施されたドレスに負けない威厳を放っていた。

 

「貴女……服の着方も知らないのかしら?」


 迫力のある瞳に捕らえられ、身動きが取れなくなる。すると、その人は徐にわたしに向かって手を伸ばした。

 え?うそ……まさかわたし、打たれるの!?咄嗟のことに驚いて、反射的に目をつぶったところ、その人はわたしの制服や髪を触りだした。


「王立学院に相応しい身嗜みを、常に心掛ける事ね」


 その人はわたしの制服やリボンの乱れを直して、またカツカツと歩き出した。言い方や表情はキツかったけれど……酷いことはされなかった。思わずポカンとしてしまう。


「まぁ、なんてみっともないのかしら……」

「公爵令嬢自ら手を出さなければならないほど酷いなんてね……」

「自分がどれほど王立学院に相応しくないか、理解もしてないのでしょうね」


 やっぱり、教養科って……意地悪なひとばっかり。


 浴びせられる言葉に気づかないフリをして、わたしはその場を急いで立ち去った。


 






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