中編
11
異空間の扉を指でついて、拓馬は森に姿を現わした。
今日は面倒な人間はいなかったので、大急ぎで小屋に向かって走ると、キャサリンが、「お父さん、お帰り!」と叫んで拓馬に抱きついた。
「ああ、ただいまっ!」と拓馬は陽気に答えて。キャサリンをしっかりと抱きしめた。
「…ゼウスカタナ様ぁー… おかえりなさぁーいぃー…」とマーガレットが言って、じりじりと拓馬に近づいてくる。
「キャサリンのマネをして抱きつくの?」
「…ここは、平等にして欲しいわぁー…」とさらに言ってまた間合いを詰めた。
するとすたすたと麗奈にそっくりなキノコがやって来て、妖精の姿に戻ってから、拓馬の肩に乗って、「おかえり!」と陽気に言った。
「ああ、ただいま。
みんなも頑張ってるようだね」
拓馬のこの感情に、マーガレットは大いにうなだれた。
「マリーナ、基本情報の変化は?」
マリーナはすぐに映像を出して、「変化ございません」とすぐに答えた。
「じゃ、変えるから」と拓馬は言って、外に出て、火竜の巣の中に入れていた黒い少し大きめの袋を出した。
そして中から、穴が開いた靴下を二足出して、指で触れた。
「駐留時間が一時間三十分に増えました!」とマリーナが叫んだ。
「貯めといてよかったね」
拓馬は言って、ファスナーを閉じて袋を元に戻し立ち上がると、景色が変わっていた。
「身長二メートル、体重98キロになりました!」とまたマリーナが叫んで、サリーナとともに小屋から顔を出して拓馬に笑みを向けた。
「さて、ここで確認…」と拓馬は言って、体を縮めた。
やはり基本の体の成長があっても、術は正常に作用していると思い、確認を終えて体を元に戻した。
「今日は前線に行って、飛び地の森までを陣地に加える。
行くぞ!」
拓馬の気合が入っている言葉に、仲間たちは拓馬のあとに続いて小屋に入って、飛び地の森に出た。
「今日も20分滞在するから、15分で終わらせる!
飛び込めるところまで飛び込むから、後は頼んだぞ!」
「おうっ!」と仲間たちは真剣な目をして返事をして、飛び出した拓馬を追いかけた。
「ゼウスカタナ様は結界を張って吹き飛ばしてるだけだから、
弾き飛ばされたものに一斉攻撃!」
キノコの言葉に、仲間たちは一斉に、「おうっ!」と叫んで、一斉に散った。
拓馬は魔物であろうが、防壁であろうが砦であろうが、前線から10キロ圏内のものをすべてを吹っ飛ばした。
その先にいた者たちはさすがに怯えて、一斉に後退を始めた。
拓馬はすぐに引いてから、都合よくみんなの手伝いをした。
「ちょっと早かったけど、まあいいか」と拓馬は言って砦に向けて指示を出した。
砦は徐々に迫ってくる。
ほんの二分程で、高い壁の中に飛び地の森が入ったことを確認して、拓馬は森の中に入って、すべてを大いに成長させた。
本拠の森ほどではないが、無理なく一発ならば森生成のエネルギー弾を放てると判断して、早速エネルギー弾を造って空高く飛んだ。
「城はまだ見えないな…
残念だが仕方ない」
拓馬は前方20キロ先に狙いを定めてエネルギー弾を勢い良く投げた。
狙い通りの場所に着弾して、あっという間に森が出来上がった。
砦からは、「おお―――っ!!!」という雄たけびと鳴りやまない拍手の雨が降り注いだ。
まさに砦の兵士たちも大いにやる気になっていた。
まさに最高潮のいい雰囲気だった。
時間がまだあるので、ここはもう少し士気を上げてもらおうと思い、「サリーナ、漆黒城までの位置を!!」と拓馬が叫ぶと、もうすでに大いに士気が上がっていた。
拓馬の目の前に、その情報の映像が浮かび上がった。
「やはりここまで半分か…
300キロ先…
さすがに投げられないけど…」
拓馬がつぶやくと、キノコによって宙に浮いてきたクロイツが拓馬を癒した。
「おう、サンキュー!」と拓馬は陽気に言ってから、戦場に転がっている砦の残骸を宙に浮かべて、大いに振りかぶってから、一番近い敵の砦めがけて投げ飛ばした。
「どうだっ?!」と拓馬は叫んでモニターを見入った。
30キロほど先なので、まだ結果は出ないが、砦の塔の根元に激突して塔が倒れたようだと映像ではそう見えた。
「おっしいなぁー…」と拓馬は残念がったが、あまりの雄々しき勇者に、砦内は大いに沸いた。
「だが、感覚はわかった。
今度は確実に命中だ!」
拓馬は自信をもって今度は大いにサイコキネッシスをフル発動して、狙った砦を完璧に破壊した。
砦にいた者たちはもうすでに敗走を始めていた。
「さあ、みんな!
確認はできないが、ここからが本番だ!」
拓馬はひときわ大きな岩を宙に浮かべて大いに振りがぶり、「おらぁ―――っ!! いっけぇ―――っ!!!」と叫んでかなりのスピードで岩を投げ、その力を殺さないようにサイコキネッシスで操った。
しかし50キロ地点でコントロールができなくなった。
「運が良ければ、漆黒城に命中したはずだ!!」
まさに嘘でも冗談でもなく、兵士たちは拓馬を信じて、大いに盛り上がった。
ひとつ砦を破壊したことで、誰もが信じて疑わなかった。
「…こりゃ、修行以上に疲れた…」と拓馬は言って、ゆっくりと地上に降りた。
クロイツが大泣きしながら拓馬を癒した。
「お父さん! すごいすごい!」とキャサリンが叫んで拓馬に飛びついた。
「たまには勇者らしいところを見せないとな」
「十分に見せていただきましたっ!」と大泣きしているマイトが叫んだ。
「ほんとにすごいわぁー… 勇者様ぁー…」とマーガレットが言って、またじりじりと間合いを詰め始めた。
「さすがに抱きつかれるのは問題だから…」と拓馬は言って、仲間たち全員と握手を交わした。
あまりの平等さと気さくな拓馬に、仲間たちは全員号泣した。
「さあ、森に戻って、マリーナとサリーナにも握手をしないとな」
拓馬の言葉に、「おうっ!」と仲間たちは叫んで、意気揚々として拓馬に続いた。
「…あー… 今日は頑張ったぁー…」と言って拓馬はベッドに体を起こしたが疲れはない。
しかしその記憶と経験が疲れがあるように感じさせた。
―― ここでの心の安寧… ―― と思い、拓馬は部屋を見回した。
友達と遊ぶこと以外、これと言って趣味などはないので、癒すアイテムがない。
これは問題だと思い、大いに考え込みながらリビングに行った。
「おっ! 晩酌、付き合え!」と祐樹は陽気に言って、今日はサイダー片手に戻ってきた。
愛梨は恋愛もののドラマを見入っていた。
「お爺ちゃん、あのさ…
お爺ちゃんの趣味ってなに?」
拓馬の言葉に、祐樹は大いに苦笑いを浮かべて、「…ない…」と言ってうなだれた。
しかし、「しいて言えばこの時間」と言って、グラスビールを一気に飲み干した。
「はあ、なるほどね…」と拓馬は言いながら、瓶ビールを祐樹のグラスに注いだ。
「お母さんの趣味って知ってる?」と拓馬が聞くと、愛梨は少し背中を揺らした。
「…ないと思うな… しいて言えば研究…」と祐樹が答えると、「僕の趣味がないのは家系だ…」と拓馬は言って苦笑いを浮かべた。
「じゃあ、お父さんは?」と聞くと、「あっ」と祐樹は言って、何かに思い当たったようだ。
「ちょっと、待ってろ」と言って、祐樹はソファーから立ち上がって、廊下を出て自室に行った。
しかしここで拓馬は気づいた。
―― 仲間たちの絵がいいな… ―― と考えて、にやにやとした。
祐樹は戻って来て、はがき大の小さな額を手に持っていた。
「ほら、これ、なんだと思う?」と祐樹は言って、拓馬に額を手渡した。
拓馬はこの作品を見入って、「…え? 絵だけど、ちょっと違う… なんだか深みがすっごくある…」と大いに考えながらつぶやいた。
額の中は風景画がなのだが、水彩でも油彩でもクレヨンでも色鉛筆でもなく、異様にリアルで浮き出て見えるのだ。
「…厚みがあるね… まさかこれって、切り絵なの?」と拓馬はぼう然として言った。
「絵を描けばほんの十数分で完成なんだろうけどな。
これを完成させるのにひと月かけていた。
作品数としては、それほどないんじゃないかなぁー…
もちろん、母さんも持ってるぞ」
「これはまたすごいね…
紙の切り口がすごく鋭いように見えるね…
剃刀で切ってたのかな?」
拓馬の言葉に、祐樹は小さくうなづきながら、「いろいろ試したが、一番切れ味が鋭いのが剃刀だったようだ」と答えた。
「これって、色紙だよね…
まっすぐに切らないで、
色がついている面に白い紙が見えないようにそいでるんだ…
時間がかかって当然だよ…
厚みがあるところは、10枚ほどは重ねてるようだね。
こんなに小さいのに重いもん…」
「おっ そうだったのか…
ああ、そうだな…
ちぎり絵などは、その白い部分が素朴でいいが、
それを出さないようにした切り絵か…
納得だ」
祐樹は機嫌よく言って、ビールを半分ほど飲んだ。
「…一度ね、聞いたことがあるの…
紙粘土だったら簡単なんじゃないかって…
そしたら健ちゃん、苦笑いを浮かべてたわ。
それでもいいんだろうけど、
手間がかかる方が楽しいって言ってたわ」
―― かなり慎重だ… いなくなったのは計画的だ… ―― と拓馬の父のことだが、他人事のように考えた。
もちろん、鮮明に記憶が残っていないので、健太郎のことを子細に知ることはできない。
昨日の夢での話が、拓馬にとってすべてだったのだ。
―― …慎重だってことをどうして伝えなかったんだろ… ―― と拓馬は考えて、ゆっくりと眼を見開いた。
拓馬が知ると、健太郎の作戦が発覚してしまうと考えたはずだと拓馬は察した。
よって拓馬はその作戦を知ったとしても、感情に出してはいけない。
魔女に気付かれると、きっと妨害されるのだろうとさらに察した。
それほどに綱渡り的なことなんだろうと思い、拓馬としてはさらに新たな道を開拓することに決めた。
そうすれば、どちらかがうまくいくかもしれないと考えたのだ。
一番いいのは、拓馬が、知ってるぞという雰囲気を醸し出し、健太郎の存在を考えから消すことだ。
それがうまくいくのかは大いに疑問だが、拓馬としては、―― 魔女を超える必要がある! ―― と大いに気合を入れた。
「…おい、どうした…」と祐樹が少し怯えながら拓馬に聞くと、―― あ、全然ダメ… ―― と拓馬は思い、苦笑いを浮かべた。
拓馬は眠ったが、今日は夢を見ることなく森に立っていた。
少々残念に思ったが、健太郎はもう接触してこないと感じた。
それは魔女に計画がバレてしまうかもしれないという慎重さだ。
これからも、すべてを先読みして行動するべきだと思い、今日から少し気を抜こうと拓馬は陽気に考えた。
もちろんそれは、キャサリンと遊ぶことにある。
しかしそれをすると逆に心配をかけてしまうような気もするので、何かに理由をつけてそう仕向ける必要がある。
結局は仲間をだますようなことになるのだが、何事においても気を抜けないと考えた。
そして、この森も監視されているかもしれないのだ。
だが手を出せるのなら既にやっているはずだ。
拓馬自身を子細に操って、自分の思い通りにすればいいだけなので簡単なことだ。
術には条件があって、抗うものがあったりいるからこそ、大きな術が成就するのだろうと拓馬は考えた。
デメリットこそが、大きなメリットととして返ってくる。
これはどんな世界でも、どんな事象でも同じだろうと、拓馬は考えた。
よって、今の話をそのまますればいいと拓馬は考えて陽気な気分になった。
すると今日はキャサリンが走って迎えに来た。
「よくわかったね」と拓馬が言うと、「お姉ちゃんたちが戻って来たって教えてくれたのっ!」とキャサリンは陽気に言って、拓馬を抱きしめた。
今日はキャサリンを抱きしめたまま、散歩をするようにゆっくりと歩いた。
するとキャサリンは眠ってしまって、竜の体に変わった。
「あれ、重いし、大きくなったなぁー…」と拓馬は思い、キャサリンをさらに愛おしく思った。
『…キュー キュー…』と小さな声でキャサリンが鳴いた。
どうやら夢を見ているようで、拓馬はさらにキャサリンを愛おしく思った。
これは動物に向けるものとは全然違うものだ。
まさに、本来の家族への愛だろうと感じた時、軽い地震が起きた。
拓馬はキャサリンを起こさないように少し宙に浮いて移動して、みんなへの挨拶もそこそこに小屋に入った。
「今の揺れの分析」と拓馬が言うと、マリーナとサリーナがすぐに返事をして探り始めた。
「…この森の中心に、城が現れましたぁー…」とマリーナがぼう然として言った。
「…あー… 俺の記憶によると、そんなイベントはないはずだよな?」
「…はい、本当に驚いてしまいました…」とサリーナが言って、その城をモニターに出した。
「おー… 白亜の城だぁー…
まさに、漆黒城とは逆…
だから魔女の仕業じゃなくて、
魔女が創ったシステムに組み込まれていたんだろう。
だからこそ、注意が必要だ。
盗聴器でも仕込まれているかもしれない。
当然、罠もだ。
その程度のことはやっていると思っておいた方がいい。
そして、ここも監視されているかもしれないということも踏まえてだ。
できれば、そのつながりが見える術でもあれば使えるんだけど…
まあ、魔女の作ったシステムだからそれはないと思うけどな…」
拓馬の言葉に、大いにややこしくなったと、マリーナとサリーナは頭を抱え始めた。
「ゆっくりでいい。
ふたりしてその抜け道を子細に探って欲しい。
これが、お前たちふたりの戦いだ」
拓馬の威厳のある言葉に、ふたりは落ち着き払って、「はい、ゼウスカタナ様」と神妙な顔をして頭を下げた。
「あ、ひとつ思いついた」と拓馬は言って、何でも創れる箱の前に立った。
「透視盗聴探知機」と拓馬が言うと、すぐさま箱のふたがせりあがった。
「ちっさぁー…」
その大きさは拓馬の親指ほどしかない。
システムにリンクさせてふと気づいた。
拓馬はこの小屋を中心にして、ケーブル類を子細に探った。
するとすべてが白亜の城に繋がっていたのだ。
もちろんほとんどが無線だが、その状態も見える。
よってエネルギー源だけは有線になっている。
さらにはこの小屋と同じ部屋が城にもあると確信した。
「ここは出張所だったようだ。
罠かもしれないが、城に行こう。
そして、俺はあるものを創り出す必要がある」
拓馬の言葉に、ふたりは神妙にしてうなづいた。
「さあ! 今日は城の探検だ!」
ついつい拓馬は叫んでしまって、キャサリンを起こしてしまった。
火竜のキャサリンはバツが悪そうな顔をして、すぐに人型を取った。
「…寝ちゃってた…」とキャサリンは言って、少し舌を出した。
「いいんだよ。
いくらでも甘えてくれ」
拓馬の言葉に、キャサリンはしっかりと拓馬を抱きしめた。
拓馬は全員を伴って、緑深い森の中に入った瞬間、城を発見した。
「あとで草刈りな」と拓馬が言うと、クロイツが先頭に立って、草を刈りながら歩いた。
ほどなく城にたどり着くと、「んー… 多分半分…」と拓馬は言って少し下がって、この辺りの透視をした。
敷地としては、今の四倍ほどあるようだ。
そしてさらに浮上させるには、中に入って操作をする必要があると感じた。
できれば、空でも飛んでくれないかと思ったが、さすがにその機能はないと断定した。
さらに、もうひとつ気付いたことがある。
「中に、人がいる。
確実に生物だ。
この城が浮上して、ここに強制的に転生されたと思う。
そういった魔女のストーリーだろう。
だから油断はできないぞ。
どれほど魅力的でもな」
「あ、第三エリアからひとり消えています!
…私たちの、知り合いでしたぁー…」
マリーナもサリーナも無線のヘッドギアをつけているので、簡単なことであれば検索などは簡単にできる。
「泣いてるんじゃない?」と拓馬が言うと、マリーナもサリーナも大いに慌てた。
まずはその人物にあおうと思い、拓馬は十分に注意して、城の三階に値するテラスを発掘した。
地面からせりあがったので、土で埋もれていたからだ。
きれいに片づけてから、正面にある石の扉を開けた。
特にかび臭いことはなく、中は無臭だった。
全員で手分けして、開けられる鎧戸を開けて明り取りにした。
「お、スイッチ発見」と拓馬は言って、探って調べると普通に照明のスイッチだった。
拓馬は躊躇なくスイッチを切り替えると、明かりがともった。
「右奥から二番目の部屋だ。
何があっても、攻撃はするなよ。
守りを固めておけ」
「あはは…
攻撃するって思いますぅー…」
マリーナの言葉に、拓馬はにやりと笑った。
「名前は?」「シロップです」
拓馬は少し笑った。
あちらの世界では、シロップは水で溶いた高濃度の砂糖だが、こっちの世界では、全く別の意味がある。
もちろんほかの者たちの名前にも意味があり、キノコの場合は、術師の意味がある。
妖精の場合、この名前は大いに威厳のあるものだと、データの中にあった。
拓馬はドアの前に立って、ノックした。
「中にいるのはシロップだな!
マリーナとサリーナもここにいる!」
すると、どたばたと走る音がして、「マリーナッ! サリーナッ! 何をやったのよっ!」と大いに怒っていた。
拓馬が説明すると、「…勇者様のお城に、一番に入ってしまった…」と正確に状況を把握してつぶやいた。
「そんなことは構わない。
君がここに飛んでくるように仕向けた魔女の仕業だからな。
ここ、開けていいか?」
「あ、はい、お願いしますぅー…」
声は少女だが、ウサギと違って怒らせると少々怖い。
「少しだけ下がってて」
拓馬は言って、マリーナに扉を開けさせた。
この城の情報がアップデートされていて、ヘッドギアでも扱うことが可能だった。
扉は音もたてずに開き、拓馬の正面に獣人がいた。
「やあ、とんだ目にあったね」
拓馬の言葉に、「…本当に、勇者様だぁー…」とシロップは言って、首から上だけにある毛がすべて逆立った。
「ライオン…」と拓馬が言うと、それを知っていたマイトとクロイツだけが大いに笑った。
シロップはハリネズミの獣人だった。
「体毛、飛ばさないでくれよ、痛そうだから…」
「あ、はいっ! 決してそのようなことは!」と言ってあたまを下げたが、数本床に突き刺さっていた。
「…おいおい…」と拓馬は言って、固いはずの床を見てから針を抜いた。
さすがに針の方は曲がっていたが、床にもしっかりとめり込んでいた。
「戦士で採用」
拓馬が言うと、誰もが大いにうなづいた。
「戦ったこと、ありませんけど…」と言って、まだ床に刺さっている針を見つめていた。
「マリーナとサリーナと同じように両方だ。
まずはこの城の全てを知って欲しい。
そのために、君はここにいるはずだからな。
だけど君は初見だな…
どこか別の場所にでもいたのかい?」
「あ、はいぃー…
二日前まで、農地のお手伝いに行っていましたぁー…」
「あ、なるほどね、入れ違いになっていたわけだ。
もし三日前に君と出会っていたら、
ここで働いていたのは君と、
マリーナかサリーナのどちらかだったかもしれない。
雇える人数には限りがあるから、
バックアップに三人置くのは少々問題があったからね。
でも今は解決したから、三人いても構わないから。
だから平和的に雇えてよかったと思うよ」
マリーナとサリーナは大いに思い知っていた。
きっと、ケンカどころでは済まなかったと思ってうなだれた。
「でも、マリーナとサリーナを雇ってから、
シロップは保留にしたかもね。
そして採用枠が増えた時点でシロップも雇う。
俺だったらこうしたと思うね」
「あのぉー、増えるって確信しておられたのでしょうか?」
マリーナの言葉に、「11人で魔女と戦うのは無理があると思ってたよ」と笑みを浮かべて答えた。
「その理由は簡単で、こっちの中央砦が動いたのは久しぶりだったと思う。
何らかの形で勇者が携わっていないと、砦の前進はできないはずだ。
そうだな、クロイツ」
「はい、その通りです!」とクロイツは陽気に答えた。
「だが後退はしたはずだ。
そうだな、マイト」
「はっ その通りでございます」
「マイト様、素敵ぃー…」とシロップが言うと、拓馬は大いに笑った。
ここからは全員で、この城のコントロールルームに行った。
まさに小屋と同じものがあり、そしてさらに情報が増えた。
今までにあった初めてのことも、ここで確認できた。
採用枠も最大で100名だったことに、誰もが驚いている。
それほどでないと、魔女は倒せないという理由だ。
そしてこの時点で、勇者が空を飛んでもペナルティーは発生しないことに変わっていた。
勇者の存在も、ここにいる誰とも同じ扱いになっている。
だが、靴下の穴の件だけはどこにもなかった。
そしてほかの穴について探ると、面白いものが出てきた。
「第6エリアの洞穴…
マーガレット、知ってる?」
「…ううん… 広いから、まだ行ってない場所かも…
でも、妙な石碑がたくさんあるから、それが入り口なのかも…」
拓馬は大いにうなづいて、「さらに強くなれるダンジョン、ってところかな」と拓馬は言った。
「サリーナ、第6エリアの状況」
拓馬の言葉に、「今のところは何も変わっておりません」と答えた。
「俺が行く必要があるんだろう。
別に今でなくてもいい。
エキシビジョンも解放になって、どこにでも行けるからな。
だけど、明日寝てから行くことにしようか。
少々面倒そうだから、確認に時間がかかるような気がする。
ところで、素朴な疑問があるんだ。
君たちって、いつ寝てるの?」
「僕は、勇者様が来られる一時間前に起きました。
睡眠時間は三時間です」
クロイツが言うと、拓馬はすぐにうなづいた。
獣人は眠りが浅いので、少し眠れば体力が回復することは知っていた。
「マーガレットは?」
「寝込みを襲ってくれるのなら教えてあげるぅー…」
マーガレットは雰囲気をがらりと変えて言って、女性らしくもじもじとして言った。
「勇者様がいらっしゃる前の30分前に起床しました。
睡眠時間は8時間です」
マリーナが答えたので、拓馬は少し笑った。
「ここもおかしいね。
さっき俺が砦で戦ってから今ここに来るまで、
わずか二時間だ。
その時間は
こっちでは八時間以上に膨れ上がってるってことだよな?」
サリーナはすぐさま調査して、「勇者様がこちらにおられなかった時間は、10時間です」と、ぼう然として答えた。
「俺がここにいない時間は、実際の5倍に膨れ上がる…
時間の流れが違うようだな…
俺がここにいない分、時間は早送りされているように思う…
いや、俺の方が先送りされているのか…
睡眠時間の先取り、とか…
あっちに俺はいるんだろうか…」
考えることがまた膨れ上がったので、今は考えないことにした。
だが、時間の流れがある条件下で変わることだけは大いに理解できた。
「あ、そうだ。
各エリア長の存在の有無は?」
拓馬がマリーンに聞いた。
「あ、そうでした。
勇者様のエキシビジョンとほぼ同じほどの滞在を確認しました。
その時間以外は、こちらに来ていません」
「向こうで眠るとこっちに来ることが基本か…
お前たちの親父も、
俺と同じように異世界からやってきていたってわけだ。
この宇宙のどこかに、獣人だけが住む星があるんだろう。
それって知らなかったの?」
「はい、全く…」とマリーンは答えてうなだれた。
「聞くと、ちょっとばかし嫌な気分になりそうだから、
今は聞かないでおくか…
妖精王は?」
「はい、勇者様にあわせているような感じで、
こちらに来ているようです」
それは可能だろうと拓馬は思った。
よって、エキシビジョンでは、それぞれのエリアに行けなくて正解なんだろうと感じた。
「今は、妖精王はいるんだよね?」
「はい、いらっしゃいます。
勇者様から遅れて一時間後に現れています」
「となると、俺よりも12分ほどあとに寝たってわけだ。
これは納得…」
この時間の問題はかなり重要だが、さらにさまざまなことを知る必要があると思い、今は考えないことにした。
しかし、さらに問題があるのは、エリア長が別の星から呼ばれていることにある。
「ほかの星から呼ばないと、パワーが足りない、とか…
この世界を創り上げたのはいいが、維持ができないと感じて、
俺の住む星を含めて、パワーを吸い上げて維持する。
あ、そうか…
俺自身から吸い上げているんだ…
だからエリア長もそれなりの実力者ということか…
しかし、それは感じなかったな…
あ、今の俺は眠っているんだ…
エネルギー抜き放題になっているのかもしれない…
しかし、俺の前までの勇者からはそれはなかった…
その理由は、勇者としての実力が足りないので
睡眠中に誘うことができなかった…
これは魔女の術の縛りだろう。
だから俺が今ここにいることで、
魔女はさらにパワーを蓄えているということか…
エリア長たちからパワーは抜けるが、
それは何とか維持できるだけのものだから、
誰でもいいのかもしれない…
なるほどな、ほぼ納得できた。
だが考え直した。
俺はあることをしてそのパワーを返してもらっているはずだ」
「あっ!」とマリーナとサリーナが同時に叫んで、拓馬に笑みを向けた。
「靴下に開いた穴のパワーアップッ!!」
ふたりが同時に叫ぶと、拓馬は笑みを浮かべてうなづいた。
「この条件も、魔女が不利になる材料として入れ込んでおかないと、
術の発動条件を満たせなかった。
俺が靴下を普通に捨てて…
いや、焼くなど処分をしていたら、
魔女は余剰のパワーを丸まる使えることになる。
だからこの世界は、現状をなんとか維持しているわけだ。
なるほど、納得だ…
正解だとは限らないけど、
俺自身は納得できた」
拓馬はまた少し考えてから、「この世界自体の変化は?」とマリーナに聞くと、透明でうっすらと見えるコンソールを出してキーを叩き、その結果が映像として出た。
「はは…
魔女がそれほどパワーを得られていないことはわかった。
この地を大きくすることが第一条件のようだ」
情報によると、拓馬がここに始めて来て今日までの間に、それぞれのエリアの外側が広がっていた。
まるで風船が膨らむようだ。
もちろん魔女はこのパワーは生きていく分しか使えないはずだと拓馬は感じた。
「魔女に、うまい作物を食わすわけにはいかない…
第二エリアの守りを強化。
作物の管理を徹底!
食ったものと総合消費量の管理の徹底!
それと、一度やってしまったが、
妖精王に作物を献上するのは禁止だ。
できればエリア長にも食わせたくないが…
ま、ハンディキャップを背負うことにしてやるか…
勇者の命として、すぐさま発布だ!
不自然なやつはすぐさま拘束だ!」
「はいっ! ゼウスカタナ様っ!」と歌うようにマリーナとサリーナが叫んだ。
「ああ、私もやりたいぃー…」とシロップがうらやましそうに言った。
「ここで、マリーナとサリーナに教えてもらえばいいさ」
「はいっ! ゼウスカタナ様っ!」とシロップも陽気に答えた。
「ところでみんなはどこで寝てたの?
外で雑魚寝?」
「あはは…
キャサリンちゃんと同じようなものですぅー…」
クロイツが恥ずかしそうに答えた。
「俺がこの城に入ってからのエネルギー消費量がわかるか?
できれば、森にいた時との比較ができた方がいい」
サリーナが激しくコンソールを叩いて、その比較を宙に浮かべた。
「…この城に、俺のパワーを吸い取られてるようだな…
これが、魔女の罠のようだ…
ま、今回は調査の必要があるから、
罠にはまってやろう。
魔女のやつ、少々若返って喜んでいるかもな。
ほかのみんなは?
一番体力があるキャサリンだけでいい」
すぐにその結果が出たが、外と中との体力消費量の差はなかった。
「小さな部屋があるから、特に人間はここで寝てもいいぞ。
その日の気分によって、ここに住めばいいさ」
しかし、吸血城と知ったからには、あまり気持ちのいいものではないようで、仲間たちは苦笑いを浮かべた。
「三人はここで働くことになるんだから、
あまり意識せずに立ち入って欲しい。
それも仲間への気遣いだぞ」
拓馬の威厳のある言葉に、仲間たちは一斉に頭を下げた。
「そして、俺たちにとってメリットもあるはずだ。
それを探しに行こうか」
拓馬は言って、全員で城の探検を開始した。
大きな食卓やパーティールームなども完備されていて、過ごしやすい城となっていた。
さらにひとつパーティールームよりも少し小さな部屋があった。
そして少々厳重な扉がある部屋にも足を踏み入れた。
「ここは宝物庫、っていう設定でいいようだ。
だけどこれは魔女の罠だと思う。
合成した魔法道具は、今まで通り、クロイツが管理してくれ。
素材もだぞ」
クロイツは上機嫌で、拓馬に敬礼した。
「…そうだ、ここに負の感情が湧くものを入れると面白いかも…
臭いものや汚いもの…
何か城を汚さない効果的なものってない?」
「シャープを放り込んでおく、とか」とマイトがにやりと笑って言うと、「それはありだな」と拓馬は言ってにやりと笑った。
「誰もが気に入らないと思ったヤツの牢屋としようか。
隔離して説教。
魔女にも伝わるような気がしていいと思ったな」
ほかには変わったところはなく、全員で外に出た。
「あー…」と拓馬は言って、城の周りの草刈りと白亜の城の表面を全員できれいにして、テーブルや椅子、そして噴水のある浅くて大きい池を創り上げた。
「あー、いいな、絵になる…」と拓馬は城を正面から見てうなづいている。
ろ過装置、ハイパワーポンプ、制御装置を創り出して、水を少し離れた細い川から引いた。
池は淡々と水を湛えていく。
そしてゆっくりと多数の噴水が上がると、キャサリンが陽気に喜んで手を叩いいて、噴水を見入った。
「キャサリンが喜んでくれて幸いだ」と拓馬は言って、キャサリンの頭をやさしくなでた。
「癒されますぅー…
このような施設は、どこにもございませんー…」
シロップが感動して言うと、「それは問題だな…」と拓馬は言って、回ってきたエリアを思い出していた。
確かにシロップの言った通り、憩いの場は皆無と言っていいほどだった。
それぞれのエリアに、芝生敷きのベンチがある公園がある程度だ。
「小さい時は、公園で走り回っていただけかい?」
拓馬が聞くと、「ここに、ピクニックに来てましたぁー…」と答えたので、「各エリアにも森を置いて、この噴水と同じものを創ろう」と拓馬が言った。
「この世界には、心の安寧も必要だ。
あっちの世界にある遊具とかだったら、
子供たちも喜ぶだろう」
拓馬は言って、術を使って、キャサリンように小さな子供用の児童公園を創ると、「うわぁー…」とキャサリンは感動して言って、早速滑り台を楽しみ始めた。
拓馬が使い方を教えると、仲間たちが楽しみ始めた。
特にブランコがお気に入りで、キャサリンは腕でしっかりと鎖を巻きつけて、拓馬に満面の笑みを向けて手を振った。
―― まさに、我が子を見る感情… ―― と拓馬は思い、心が温かくなったことを感じた。
そして油断はしていない。
もしキャサリンを失ったとしても、拓馬は落ち込むことなく生きていくと誓った。
その行為も魔女の力が及ぶ部分と思い、見えないはるか先にある漆黒城を見据えた。
―― 俺の家族に手を出すなぁー… ―― と拓馬は気合を込めてさらに眼光を鋭くした。
「大丈夫だから」とキノコが言って、拓馬を見上げた。
「ああ、信じた」と拓馬は言って、キノコに笑みを向けた。
「…ああ、根拠はないんだけどぉー…」と今更ながらにキノコが言うと、拓馬は大いに笑った。
拓馬はキャサリンを呼んで、あっちの世界の遊園地の映像を見せると、夢を見るような顔になったので、せっせと創り始めた。
拓馬のいない時の代わりになって、キャサリンを癒してくれたらそれでいいと思っただけなのだ。
電源は城とは別に、太陽光発電装置を創り上げた。
これはあとから大いに活躍することになる。
そして遊園地の制御用の小屋と、出張所用の小屋も作った。
ここに、この世界と同じローカルのシステムを置くことにしたのだ。
最終的には、城のシステムを使わないことに決めた。
しかしまだまだ知識が足りないので、今は何も創らなかった。
拓馬は勉強も大いにする必要があると決意した。
キャサリンは大いに小さな遊園地も楽しんでいた。
拓馬はさらに、画期的なあるものを創ろうと決心した。
これは拓馬にとっても、仲間にとっても画期的なものだった。
―― 爺ちゃんに紹介してもらおう ―― と思い、これも決意した。
拓馬は眠りから目覚め、―― 楽しかったぁー… ―― と正の感情を大いに流して目覚めた。
そして右手首を左手で握りしめて、―― 俺は頑張ってると思うよ、お父さん ―― と感情を込めて思った。
拓馬は立ち上がってベッドを見て苦笑いを浮かべて、大きさを今までの1.5倍にした。
今までの大きさだと、少し膝を曲げる必要があったからだ。
今日からは快眠できると思って、洗面所に行ってから、着替えてリビングに出て、ふたりの家族に挨拶をした。
「白亜の城を手に入れたよ」
拓馬の言葉に、ふたりは大いに目を見開いた。
「平等じゃないと思ってね。
勇者側にも城はきっとあるって思ってたんだ。
その原動力は家族だった。
魔女は思い知ったと思うし、
それも罠だと察した。
だからいろいろと考えたんだ。
だから爺ちゃん、
科学技術全般に精通している人を紹介して欲しいんだ」
祐樹はただただ目を見開いていたが、愛梨は愁いを帯びた目をしていた。
「俺もそれを感じていてな。
もうそのチームはある。
ただ抱えておくだけでは詰まらんから、
実益を兼ねたものを造ってもらった。
お前には買ってやらなかったが、
ヒューチャリングボックス。
あのヒット商品は大手のゲーム会社が販売しているが、
造ったのはわが大学のチームだ。
それでいいか?」
祐樹の自信がある言葉に、「最高のチームのようだね」と拓馬は胸を張って答えた。
「レールガンでも造ってぶっ放すか?」と祐樹は陽気に言って大いに笑った。
「それも考えたけどね、俺の投石の方がきっと飛距離も威力もあるよ。
昨日は漆黒城に向けて、でっかい岩を投げつけてやったから。
当たってたらラッキー」
拓馬の言葉に、祐樹は大いに笑った。
「…ああ、それで…」と愛梨はつぶやいてすぐに口をつぐんだ。
「教頭先生、今日は学校休むんじゃないのかなぁー…」
拓馬の言葉に、愛梨は眉を下げていた。
「今頃は、城の周りに高い塀でも築いているんじゃないのかなぁー…
まあ、壊してやるけどね。
それをすることで、みんなが大いに高揚感を上げる。
それこそが、勇者の存在意義だ。
勇者だけが強くても、
あの世界では生き残れないことは思い知ったよ。
母さん、ご飯ご飯!」
拓馬は陽気に言ってキッチンに移動した。
「…姉さん… かなり怒ってるわよ…」と愛梨は小さな声で言ったが、「もうすべての覚悟はできたから」と拓馬は答えた。
「それが、すべての家族が消えたとしてもだ」
「…もう、そこまで…」とだけ言って、愛梨はうなだれたままシンクに立った。
「魔女はそれができるとしてもやらないと思う。
大きなペナルティーを背負うはずだから。
せっかく順調なのに、自らそれを壊すことはできないだろう。
それをすることは自殺行為と同じだと思うから、
俺は大いに軽蔑するよ。
きっと、父さんも同じことを考えているはずだ。
だからこそ、それは絶対にしないだろう」
「…わざわざ私に聞かせてるわけね…」
愛梨の言葉に、「そんなものは当然だ」と祐樹は言って、食卓についた。
「拓馬を通じて健太郎を知れ」
祐樹の言葉に、「…そうだったわ…」と愛梨は希望の笑みを浮かべて食事の準備を始めた。
11
拓馬は今日も幼児の姿で登校した。
男子たちも、そして女子たちも拓馬に陽気にあいさつをしてくる。
拓馬の両端には男子が交代で見張るようにして立っているので、さすがに女子が寄り添うことはできない。
「クラス全員で遊びたいんだけど」
拓馬の背後霊のように寄り添っている麗奈が言うと、「今日から大学に行って勉強することにしたんだよ!」と拓馬が陽気に言って、振り返って笑みを向けた。
「…もう、行っちゃうんだぁー…」と麗奈は寂しそうに言った。
拓馬は、少し胸が痛くなったが、「だけど、土曜日と日曜日は、今のところは予定は何もないよ」と答えると、全員が大いに沸いた。
「あのさ、僕は今のところはって言ったよ?」
拓馬が念押しをすると、「先に約束させちゃうぅー…」と麗奈は元気を取り戻してうなるように言った。
「僕を束縛することは、着信拒否の刑…」
拓馬の言葉に、特に女子たちは大いにうなだれた。
「だけど日曜日は、みんなでどこかに行く?
あ、もちろん、
父兄の人たちにもついてきて欲しいけど…
子供だけで行くのは問題があるから」
「絶対に引率させるわっ!」と麗奈は気合を込めて言い放った。
「たぶんうちも来てくれると思う。
行くとこ決まったら教えて欲しいね」
拓馬の気さくな言葉に、生徒たち全員が口論のように大騒ぎをして、あっという間に学校に到着した。
「こらっ! お前らっ! 騒がしいっ!!」
校門で拓馬たちに巨大な雷が落ちた。
そこには、包帯ぐるぐる巻きのミイラ人間がいた。
「不審者だ!
先生に連絡しないと!」
拓馬は誰なのかわかっていて叫んだ。
「これを見ろ!」とミイラは名札をこれ見よがしに拓馬に見せつけた。
「あ、おばちゃんだった」「おばちゃんじゃなく、教頭先生だ!」
この会話に、誰もが目を見開いていた。
「教頭先生は、僕のお母さんのお姉さんなんだ」
拓馬の説明に、誰もが納得して、「おばさん、ごめんなさい!」と言って頭を下げたので、拓馬は腹を抱えて笑った。
「…おまえらぁー…」と瑠璃子はわなわなと震えていたが、何か言うとまた仕返しをされると思ったのか、「邪魔だ! さっさと行け!」と怒鳴って校舎に指を差した。
「はーい!」と生徒たちは陽気に返事をして、またワイワイと話を始めた。
「…教頭先生に叱られちゃいましたぁー…」と恵美が教室の教卓にもたれてうなだれて言った。
「おばちゃんが素直じゃないだけだから気にしなくていいよ」
拓馬の言葉に、「…おばちゃん?」と笑みを浮かべて言って、すぐに口を手でふさいだ。
拓馬が親族であることを述べると、「…あー… そういうことだったの…」と言って理解した。
「ここは学校だけど、親族同士の親しさは少しは必要だと思います!」
拓馬の優等生っぽい発言に、「そうね! その通りだわっ!」と恵美は陽気に言って、簡単に懐柔された。
一時間目と二時間目は図工の時間で、どんなものでもいいので大作を描けと、恵美は無謀な課題を出した。
それは大きなものでもいいし、本になるようなものでも構わないと言ったので、拓馬としては大いに喜んだ。
絵であればなんでもいいので、今の拓馬としては大いに描きやすかった。
拓馬はスケッチブック丸まるを本にしようと決めて、早速様々なシチュエーションで、色鉛筆を使って描き始めた。
もちろん教師は指導と監視のために、室内を歩き回る。
しかし、恵美は目を見開いたまま、拓馬の絵をずっと凝視していた。
拓馬の画力は今までは年相応の普通レベルだったが、今はまさに商業レベルをはるかに超えて、美術品レベルまでに引き上げられていた。
色鉛筆で書いたものとは到底思えないほどの力作でこまやかだった。
大いに感情がこもっていて、特にキャサリンに関する絵は、娘に対する愛情が乗っている。
「先生、ずっとここにいていいの?」と拓馬が横目で見上げて聞くと、「え?」と恵美は言って辺りを見回してから、「…ずっと、見ていたいぃー…」と言ってしまったので、クラスメイト達は大いに興味を持った。
「先生のせいだからね。
僕は知らないよ」
拓馬の言葉に、恵美は大いに焦っていた。
「…休憩時間に、みんなで鑑賞しましょうねぇー…」と申し訳なさそうにして何とか答えた。
生徒たちも今は納得して、それぞれの創作活動を再開した。
そして休憩時間に大騒ぎになった。
特に、妖精キノコの絵には誰もが食いつき、麗奈と見比べている。
だが、子供ながらにも、キャサリンの絵と比べれば、素晴らしさの質が違うように受け止めている生徒も半数ほどいた。
その麗奈は初めは喜んではいたが、拓馬の表情があまりにも普通なので、大いに疑い始めた。
「…これって…
空想のものじゃないように思うの…
特に火竜のキャサリンちゃん…
なんだか、すっごく大切な人のように思えて…
だから、この子って、いるんじゃないのかなぁーって…
だから、この、キノコっていう人も…」
拓馬は話すつもりはないので笑みを浮かべているだけだ。
「僕は、全員の戦闘シーンがすごいって…
こんなゲームがあったらやってみたいって思う。
だから拓ちゃんはきっと、
いろいろなことに巻き込まれているって思うんだ」
クラス委員長の剛が言うと、半数ほどのクラスメイトは、拓馬の身体変化を鑑みて、確実にあると自信を持っていた。
もちろん女子も半信半疑というよりも、この絵の事象が現実にあったことだと確信していた。
「全部終わったら、説明できるって思う」
拓馬の言葉に、邪魔はできないと思い、男子はすぐさま席に戻った。
麗奈は大いに不安になっていた。
拓馬がいきなりいなくなってしまうのではないかと感じたのだ。
「この絵の世界も好きだけど、今のこの学校生活も好きなんだ」
拓馬の朗らかな言葉に、麗奈は自信をもって笑みを浮かべて、スカートをひるがえして席に戻った。
「十郷君、大学行くって本当なの?
廊下で、教頭先生にお聞きしたんだけど…」
「うん、来年は中学と大学に行くことに決めたんだ。
放課後に事前の勉強会に行くんだ」
「…12才なのに、忙しいぃー…
あ、でも、教頭先生がすっごく悔しがっていたようなんだけど…」
「さあ… そのことはよくわからないよ」
拓馬はこう言ったが、中学にも行くことは伝わっていなかったのだろうと感じた。
祐樹の大学から大検、高等学校卒業資格認定試験についての連絡でもあったのだろうと察した。
親族が承諾しているので、小学校としては口出しはできない。
しかも、先日のテストでも、拓馬は全教科満点だったので、まず口をはさめない。
さらに、現在進行形の拓馬の絵を公表することが、大いに波紋を呼ぶことになる。
三時間目は国語、四時間目に今年から採用になった英語の授業を受けてから、生徒たちは昼食を始めた。
様々な理由があり、この近隣では給食が廃止となった。
よって、このマンション群の近隣の弁当屋は大いに繁盛して、配達などにも力を入れ始めた。
結局は給食の代わりに弁当を買っているだけなのだが、誰も不思議に思わないのだろうかと拓馬は思って呆れていた。
今日の拓馬の弁当はもちろん愛梨の手作りで、大人三人前の豪勢なものだ。
愛梨に気合が入っていて、まるで行楽弁当のように色どりが美しい。
この食欲も、拓馬は普通ではないと、クラスメイト達は思い知っていた。
昼休みは、天気が良ければほとんどの生徒が外に出て、危険ではないボール遊びを楽しむ。
祐樹によって、様々な体育用品が寄贈されているので、何をして遊ぼうかと考え込んでしまうほどだ。
ちなみに拓馬のクラスの好みの遊びは、野球の次はドッジボールだ。
もちろん活発な女子も参加する。
しかしクラスには40名いてさすがに多いので、ここは拓馬が独断で4チームを選別した。
校舎に近い場所は下級生に譲って、北の端にコートを二面書くと、学校生徒全員が集まって来たかのような人だかりになってしまった。
昨日の放課後に野球をした時は、下級生は下校を終えていたので今ほどではなかった。
「んー… どうする?
存在、消しちゃう?」
拓馬の言葉に、誰もが苦笑いを浮かべたが、「そうしよう」と剛は笑みを浮かべて答えた。
拓馬は二面のコートに結界を張った。
「さ、やろうよ!」と拓馬が陽気に言うと、「お、おう…」と戸惑いながらみんなは答えながら、あれほどいた生徒たちが誰もいなくなったことを怪訝に思いながらも、大いに歓声を上げながらドッジボールを楽しんだ。
時間になって結界を解くと、近くには誰もいなかった。
「あと5分だよ」と拓馬が言うと、40名は一斉に、校舎めがけて走り始めた。
大いに楽しい時を過ごした生徒たちは、笑みを浮かべて先生が来るのを待っていた。
チャイムが鳴ったのだが、やってくる気配がない。
次の授業はこの教室で理科の授業をすることになっていたので、教室を間違ってはいない。
生徒だちがひそひそ話を始めると、勢いよく教室の扉が開いた。
担任教師の恵美の眼は見開いていて、一直線に拓馬を見ていた。
拓馬がらみで何かがあったのかは一目瞭然で、生徒たちはその内容を知りたがった。
恵美は教卓に身を預けて、「ふー…」と深いため息をついてから、「…先生、ご飯食べてません…」とまず言った。
もちろん、何かがあって忙しかったのだろうと、ほとんどの生徒は思っていた。
「実は、まだ誰も気づいていませんが、
職員室に現代美術の第一人者で、
人間国宝の向出久三郎様が来られているのです。
どういった経路でこちらに来られたのかは定かではありませんが、
現在、十郷祐樹様とにらめっこをされております」
生徒たちのほとんどが、意味が分かっていなかった。
もちろん、拓馬は一瞬で理解した。
「僕に弟子になれって言ってきたの?」
拓馬の言葉に、恵美は横に首を振った。
「人間国宝に推薦するっておっしゃってるの」
恵美の言葉に、拓馬ですら黙り込んでしまった。
「向出様がおっしゃったの…
私が人間国宝であることが恥ずかしい、って…
だから、十郷君も人間国宝にしなきゃ納得できないって…
きっとね、政府からも隠密でここに来るって思うの…
県の教育委員会の方々も集まってるから」
「はあ… もらえるものはなんでももらうけど、
騒がしくなることだけはやめてもらいたいんだけど。
みんなにすっごく迷惑だから」
拓馬の言葉に、「十郷様もそれを第一にお話をされているの」と恵美はすぐさま答えた。
「ですが…
そんなものは有名になった利子のようなものだ!
って、向出様がおっしゃるの…
十郷様はかなり困っておられて…」
「その人、悪い人だから成敗しなきゃいけないと思う。
他人の迷惑を考えないなんておかしいよ。
どれほどいい作品を造っても、
造った人間が素晴らしくないことは問題だよ。
その人を人間国宝に決めた政府を糾弾するべきだよ」
「わかったわ、そのまま伝えるから」と廊下にいたミイラ人間が言って、すぐに右に向かって歩いて行った。
「おばさん、本気で国を相手に戦うって思う。
お爺ちゃんもそれなりに強いから、
負けないって思うけどね。
それに、この騒ぎを起こしたのはおばちゃんだって思ってるんだ。
先生、ご飯食べられなくってごめんなさい」
拓馬が謝ると、「ううん、いいのよ」と恵美は素晴らしい笑みを浮かべて言って、早速授業を開始した。
拓馬はこの件については何も考えることなく、真剣に授業を受けた。
6時間目まで何事もなく終わったので、拓馬は祐樹の魂を探ると、まだ職員室にいた。
祐樹の前にひとりいて、その周りを大勢の人が囲んでいた。
―― やれやれ… おっと! ダメダメッ! ―― と拓馬は思い直して、すぐに本来の体に戻した。
「うっ! ランドセルを背負えない!」と拓馬が言うと、クラスメイト達は大いに笑った。
「俺も戦ってくるよ。
そのあと、大学に行ってくるから、
また明日な」
拓馬の気さくな言葉に、「バイバーイ!」とクラスメイト達は一斉に応えた。
拓馬は頭を打たないように少しかがんでから職員室に入り、「爺ちゃん、そんなやつらほっといて大学に行くぞ」と堂々と言った。
妙に偉そうにしている大人たちは、高身長の拓馬を見上げて目を見開いていた。
「あ、俺、十郷拓馬、12才、小学6年生だ。
そうだ、ほとんどの人はテレビで見てるよな。
プロの二軍戦でパーフェクトをやったのは俺だ。
それに、どうでもいいから俺のスケッチブックを返してくれ。
俺が心を込めて描いたものなんだからな」
拓馬の言葉に、美恵がすぐにスケッチブックを手に持ってやってきて、「満点よ」と明るく言った。
「うん、先生、ありがとう。
さあ、爺ちゃん、行くよ。
俺には、こんな茶番劇に付き合っている暇なんてないんだ」
「ああ、すぐに行く。
校長、邪魔したな」
祐樹は西村校長に気さくに言って、頭を下げてから、拓馬に寄り添って背中を叩いた。
「空、飛んで行くかい?」
「ああ、それでもいいぞ」
この家族の会話に、誰もが目が点になっていた。
12
祐樹は運転手付きの車で来ていたので、拓馬も乗り込んで、祐樹がオーナーをしている十郷大学の敷地内に入った。
まさにどこかの宮殿かと思わせるように、素晴らしい建物が多い大学だ。
もちろん、それなりの学費はとるので、それなり以上に行き届いているし、輪をかけて金銭だけでは入学を許可しない。
ほとんどの学生が、この大学を志望するか、事情があり国立大学に進めなかった優秀な者だけを選抜して入学させている。
よって定員数割れがあってもそれほど気にしない。
そしてそれなり以上に優秀な人材を発掘できる大学となってる。
この大学は、祐樹が継いだわけではなく、全くの赤の他人が運営していたものを、祐樹が数々の特許を取り、資金を工面し、学長になってから、大学をまるごと買い取ったのだ。
もう20年も前の話で、祐樹が30になるかならないかの頃だった。
祐樹もそれなり以上に優秀なのだ。
そしてさらにカネを生んでいる祐樹の秘蔵っ子たちがいる研究棟の前にリムジンが止まった。
「うちって金持ちだったんだ」
拓馬が陽気に言うと、「お前の母さんはそれを嫌ったけどな」と祐樹は言って車を降りた。
もちろん運転手がドアを開けるのを待っていたのだが、特にふんぞり返ってのことではない。
運転手としてはこれも仕事なので、どちらかと言えば祐樹の方が気を使っている。
ドアが開き降りてから、「お疲れ様」と祐樹は気さくに運転手を労った。
もちろん拓馬もそれに倣って車を降りた。
「あのー、ご主人様、お坊ちゃま…」と運転手が言ってふたりを呼び止め、頭を下げた。
「俺、お坊ちゃまだったんだー…」と拓馬は感慨深く言って、なぜだか感動していた。
もちろん、現実離れをしていたことを喜んだだけで、決してブルジョアの憧れとして言ったのではない。
「ん? 珍しいな、どうした?」と祐樹が運転手に聞くと、「あのぉー、本当に言いづらいことなのですがぁー…」と運転手は言ってから、ふたりを呼び止めたその理由を述べた。
「付きまとわれはしたけど、サインをお願いされたことは初めてだ!」
拓馬は明るく言って、気持ちよくサインを書いた。
その肩書は、『大田市立太田小学校6年3組』だった。
まさに真実なので、運転手は大いに喜んで、「お坊ちゃまは本当に達筆であらせられる」と仰々しく言って、色紙を拝むようにして頭を下げた。
「頑張って、プロ野球選手になれたらいいね」と拓馬は気さくに言って、自分の夢を運転手の息子に託した。
「それが、女子でして…
さらに目指しているのはメジャーリーグなのです…」
運転手は申し訳なさそうに言った。
その女子が望んだのではなく、少しでもこの先の励みになろうと、父である運転手が拓馬にサインを願い出たのだ。
「誰にも成し遂げられていないことは、
必ず誰かが成し遂げられるはずだよ」
「はっ! そのお言葉も伝えます!」と運転手は希望をもって言って、また申し訳なさそうにして色紙を出した。
色紙に拓馬なりの格言を書いて、運転手をさらに大いに喜ばせた。
祐樹と拓馬は上機嫌で研究室に入った。
それなりのマッドサイエンティストがいるのだろうかと拓馬は思っていたのだが、研究員たちは学生のように若かった。
男性が3人と、女性がふたりいる。
この5人が、祐樹の秘蔵っ子研究員だ。
拓馬は気さくにあいさつして、特に女性ふたりから熱い視線を投げかけられたが、「いいアイデアが出るのなら、いくらでも恋をしろ」という祐樹の言葉に、ふたりはホホを赤らめた。
拓馬は、まずは現在開発中の製品のプレゼンテーションに付き合った。
プレゼンの内容は拓馬の知識でも半分程は理解できた。
だが、話を聞いているうちに、難読用語の意味が理解できていたので、疑問に思った部分のメモを書いた。
このプレゼンテーションは、拓馬にとっても欲しい技術だった。
しかし商品のネーミングが、『お手伝いロボット サヤカさん(仮)』だったことに、ずっと笑いをこらえていた。
特に障害者向けに考えられているもので、散歩や介護はもちろん、車の運転までできてしまうという優れものだ。
売り込む先は自動車会社のなので大いにうなづける。
自動運転の技術をさらに高度にしようという戦略だった。
そのロボットはほぼ人間と同じ動きができる。
そして会議室から素通しで見える研究室に、皮を着せていない試作品ロボットが数体ある。
―― 家に帰って造ってみよう ―― と拓馬は思っていた。
「問題はCPU、バッテリー、モーターか…」と祐樹は言って、冊子を少し投げるようにして置いた。
「CPUは大きくても、効率が良ければいいんですよね?
問題は発熱だけ。
だったら、これなんてどうでしょうか?」
拓馬は一瞬にしてCPUを創り出して、手のひらに乗せていた。
研究員たちは大いに目を見開いて、ノーブランドのCPUを見入っている。
「検査をしていただければよくわかりますし、
専門メーカーに逆に売りつければいいんです。
なんなら、専用の工作機械を造っても構いません」
「確認だけしてくれ」と祐樹は研究員に言ってから拓馬をにらんでいた。
研究員たちはすぐに立ち上がって、CPUをもって研究室に入った。
「俺も必要なんだよ。
造りたいものがあってね」
「どうせ、とんでもないものだろうから、
聞いても理解できんかもしれんな…」
「まあ、この程度なら、すぐにできたけど…」
拓馬は今勉強したことを参考にして、高さ10センチのロボットをテーブルの上に置いた。
『ご主人様を睨まないで!』とロボットが両手を腰に当てて祐樹に向けて言うと、祐樹は大いに目を見開いて、「…すまん…」と言って頭を下げた。
「おもちゃでしかないから。
だけど大問題は視認したものの理解なんだ。
かなりの数のセンサーが必要だから、
こういったロボットの方がいいって思ってね。
例えば、俺の身長と体重の予想値、とか」
拓馬が言うと、ロボットは固まってから、頭を抱え込んで、『できないぃー!』と大いに嘆いた。
拓馬が詳しく説明してから再度計算させると、ロボットは動き回って、「身長2メートル1センチ、体重93キロですぅー…」と少し自信なさげに言った。
「体重は正確じゃないけど、ほぼあっている。
物質の透視をしないと正確には量れないからね。
できれば安全な方法でそれを知りたいんだ」
「いや、このままでも確実に商品になる」と祐樹は言って、妙に恥ずかし気に身をねじっている、小型ロボットを見入った。
「理事長、終わりました」とリーダーの蘭堂五月は言って、小さなロボットを見入った。
「…また、これは…」と蘭堂は言って、まじまじと少女ロボを見入った。
「お坊ちゃま、ください」と蘭堂は真剣な顔をして拓馬の頭を下げた。
「聞いてみてくださいよ」という拓馬の言葉に、「どうか真剣なお付き合いをさせてください」とプロポーズをしたので、拓馬と祐樹は大いに苦笑いを浮かべた。
「…ああ、どうしよう…」と少女ロボは言って、蘭堂と拓馬の顔を見て眉を下げている。
「君は蘭堂さんのために、
役に立つことはもうわかっているんだ。
僕はまた別のロボットを創るから、
ここで働いてもらっても構わないよ」
少女ロボは拓馬の言葉が気に入らなかったようで、少しホホを膨らませたが、役に立つと言われたので、それほど嫌がることなく、「どうか、よろしくお願いいたしますぅー…」と言って蘭堂に頭を下げた。
「はい、ありがとうございます」と蘭堂は答えて笑みを浮かべた。
「これ、この子の設計図と仕様書」と拓馬は言って、分厚い本を出した。
「重ね重ねありがとうございます。
真剣に勉強させていただきます」
「基本的には、現在開発中のお手伝いロボットの構成を真似したものなので。
材質を変えたり、
バッテリーと太陽光パネルとモーターの改良をしてるものだから、
少し大きくしてもらえば十分に使えると思うんだ。
あ、ついでに充電器」
拓馬は言って、無接触型充電器のベッドを出した。
「あ、ちょっと寝るの」と言って少女ロボはベッドに乗って布団をかぶって横になったが、「電気、来てません」と半身を上げて蘭堂を見て言った。
蘭堂がすぐに、ノイズフィルター付きのテーブルタップにコンセントを差すと、「あ、良質な電気… どうもありがとう」と言ってから横になってすやすやと眠り始めた。
「…ああ、こんな妹が欲しい…」と菅原真由が言って拓馬に懇願の眼を向けた。
拓馬は眉を下げながらも全員に希望通りのロボットを創ってから、その代わりに物質を見抜く様々なセンサーの技術を説明してもらって吸収した。
その中にはまだ実用化していないものや研究中のものもある。
拓馬はすべてを完成させるために、今度は少し大きめの、体高20センチほどの戦闘ロボのようなロボットを出した。
「うう… これは強そうだ!
リアルロボ合戦を見てみたいっ!」
研究員のひとりの森英寿が大いに陽気に言った。
「あはは… 探査ロボですので…」と拓馬は言って眉を下げた。
「様々な方法を使って、測定させてから修正をかけるんだ。
きっとそのうち完成できるって思う。
ちょっと手間だけど…」
拓馬は言ってから、また10センチほどの少女ロボを出した。
「ふたりで頑張って改良してほしい」と拓馬が言うと、「…まさか、合体とか…」と森が言うと、「ええ、その方が面倒はないから」と答えた。
すると、戦闘ロボの腹から胸の辺りまでが開いて、狭いコックピットが現れた。
「ガッシンッ!」と少女ロボは叫んで、急いで走って戦闘ロボに乗り込んだ。
「…普通に乗り込むところがいい…」と森は言って大いに喜んでいる。
ハッチが閉まると、様々なものの探知を始めた。
視認するものもあるし、叩いて反射音で判断するものもあるし、超音波を使うものもある。
拓馬は満足げな顔をして何度もうなづいた。
「あと、俺が知りたいのは、反重力装置なんだ」
「はい、私もできれば造ってみたいもののひとつです。
それができれば、快適な宇宙の旅がすぐに実現できるでしょう。
さらには、地上を走る理由がなくなります。
空飛ぶ自動車は簡単に完成できるでしょう。
…しかしながら、今の科学技術では、
重すぎて使い物になりません…」
蘭堂が苦しそうに言った。
「あ、これ、その手掛かり。
地球外物質の一覧だよ」
拓馬が分厚い本を出すと、蘭堂は目を見開いて、拓馬に頭を下げた。
「見つけ出します、有効な物質を…」と感慨深げに言った。
「俺も今日から始めようと思う。
まあ、ロボにやってもらうんだけどね…」
拓馬は言って、恥ずかしそうにして頭をかいた。
「働く喜びを知るはずよ」と樽井姫奈が言って、まじまじと戦闘ロボを見ていた。
「できれば、思い通りに育って欲しいね」
「あんたも発言しなさいよ」と平山良太の肩に乗っている、ツンデレ系の少女ロボが言った。
「…これからは発言できるようにがんばるよ…」と平山は言って眉を下げた。
「良太には最適のロボだな。
良太がロボに教育してもらって、
さらに優秀になる」
蘭堂は言って、少し笑った。
拓馬はこの研究チームの一員として認定された。
よって、一般の勉学のために大学に通う必要はなくなったが、予定通り大検は受けることにした。
認定試験はまだ先なので、それまでは小学校と異世界を大いに楽しむことにした。
13
充実した時間を過ごして家に帰ると、自室のスマートフォンに一件だけメールが届いていた。
差出人は麗奈で、確認されながら送信していると書いてあったので、拓馬はかなりの勢いで笑った。
その本文は日曜日に遊びに行く場所の報告だった。
夏休み明けのこの時期なので、夏のレジャーもまだまだ楽しめる。
よって、林間学校ではないが、日帰りのキャンプに行くことに決まったようだ。
まさに大自然で大いに遊ぶ。
拓馬は賛成して、メールに書いてあったように、剛に承諾のメールを返した。
―― 徹底してた… ―― と拓馬は思い、友人としては清々しい気持ちになった。
しかし、残念な想いもある。
拓馬は麗奈を意識し始めていた。
もちろんキノコと顔も姿も性格も似ているという部分もあるし、キノコとは違い、ごく普通の人間の少女でしかない。
だからこそ興味が湧くこともあるんだと思い、不思議な気持ちになっていた。
―― 生物は強ければいいってわけじゃない ―― と思ってすぐに、―― 守りたいという感情… ―― と思い浮かび、麗奈にはそれも感じていた。
キノコに対しては、―― 守りあう、まさに戦いにおいてのパートナー ―― とすぐさま頭に浮かび上がった。
―― もしこれを修行として考えた時… ――
キノコには背中を任せられるが、麗奈にはそれが不可能なので、拓馬は細心の注意を払って辺りに気を配る必要がある。
しかしこれは、たとえばマリーナとふたりっきりになった場合でもほとんど同じだ。
拓馬は詳細に辺りを探って、用心深く撤退などの行動を起こす必要がある。
よって、その時に拓馬のそばにいる相手の感情が重要だと考えた。
拓馬に頼り切るのか、自分自身の身を守ろうと構えるのか、そしてその時の本当の感情は…
これは経験しないとわからないと思い、今日はここまでとして、素早く宿題を終わらせて、異世界に飛んだ。
13
拓馬は森に出て、妙だと感じたので、今回は目と鼻の先にある城に行った。
するとやはり誰もいない。
「マリーナ、何があった?!」
『はいっ! みなさん、前線に参られました!
大勢の魔物が襲ってきたのです!』
「わかった、俺がすぐに行くことを伝えて」
拓馬はここまで言って言葉を止めた。
「いや、伝えなくていい。
もう遅かったかな?
戦況は?」
『敵は、キャサリンちゃんの黒焦げの刑です!』
サリーナの陽気な声に、拓馬は大いに笑った。
「じゃ、様子を見ながら行ってくるよ。
シロップはどんな感じ?」
『しっかりとレクチャーを受けました!
行ってらっしゃいませ!』
シロップが上機嫌の声で答えてきた。
もちろん、その思惑をもっている。
「ああ、行ってくる」
拓馬は言って、宙に浮かんで、まずは空高く浮かび上がって、遠くを探るように見入った。
すると、暗黒場がある場所から湾曲して黒い帯のようなものを感じた。
大勢の魔物が、地中深く潜って、第6エリアに侵攻しようとしているのではないのだろうかと感じた。
もし、地底から外に出られるような仕組みになっているのから、これはかなりまずいと感じて、第6エリアから全員を退避させるようにマリーナに命令した。
拓馬は中央の前線ではなく、第6エリアを守っている高い壁の上に立った。
ここを守っている者たちが、歓喜の声を上げようとしたので、拓馬は右手の人差し指を口に当てた。
兵士たちは一斉に指示に従い、固唾を飲んだ。
「…地面が…」とひとりの獣人の兵士が言うと、「その通り。やつらは第6エリアを新たな侵略場所にしたんだ」と拓馬は答えた。
そして拓馬は、黒い気配がするその一本道に向けて、巨大で短いハイビームを放った。
多少は第6エリアになだれ込んでいたようだが、それほどの数ではない。
拓馬は出来上がった大きな穴に向けて、そこらあたりにある固そうな岩や石などをサイコキネッシスを使って投げ入れた。
黒い気配はとどまったが、一気に敗走を始めたので、ここから届く範囲の巨大なハイビームをぶっ放して、同じようにして大勢の魔物たちを閉じ込めた。
まさに、長くて黒い塊が中で右往左往しているように感じる。
穴を掘れる者もいるようだったので、拓馬は巨大な目印を地面につけて、「あの場所を一気に癒せ!」と兵士たちに命令した。
兵士たちは壁面の一部を前進させて、塀の上から癒しを放出した。
「おっ! いいぞっ! 続けろっ!」
魔物たちは地面の様子が変わったと思い、動きを止め、そして消えた者もいるように感じていた。
癒しは地中50メートルほどには届くので、かなり深いトンネルでない限り対抗することは可能だ。
このトンネルはもとからあったものだと感じた。
しかしそれは使わなかった。
これは魔女にとって不利になることだったのだろうと拓馬は感じている。
そして第6エリアにはやはり魔物の気配を感じる。
大きい存在のものを5つ感じた。
兵がそろえば、一気になだれ込む予定だったのだろうが、それができなくなった。
内側から開けることも、魔女にとってはペナルティーを負うことになるのだろうと拓馬は察した。
もしもうかつにやって失敗した場合、魔女は一気にその力を失うような縛りになっているはずだと拓馬は考えたのだ。
よって、すべてのエリアを消す覚悟で大軍を放ったはずだ。
それは拓馬がいない時、そして中央の前線にかかりっきりになっている時が最善だったと判断したはずだ。
拓馬はさらに丁寧に探って、地下にいる魔物が一匹残らず消えたことを確信して、「壁を10キロ先に!」と叫ぶと、「お―――っ!!」と勝ち名乗りを上げるように、大勢の兵士たちが叫んで、ゆっくりと前進を始めた。
するとこの地の変化を気づいたようで、火竜キャサリンが飛んできて、人型を取って拓馬に抱きついた。
「逞しくなったね」と拓馬が言うと、キャサリンは笑みを浮かべて眠ってしまった。
中央を探ると、魔物たちは一斉に撤退しているように感じた。
敵も作戦が失敗したと判断して敗走を始めたようだ。
今回のこの作戦失敗で、多くの魔物を失って、魔女の力は弱体したと感じて、拓馬は中央砦に飛んで、100キロ先までの砦を広範囲に渡って一気に破壊した。
やはり魔物はほとんど姿を見せなかった。
ここからは兵士たちに任せて、拓馬は中央砦に飛んだ。
「さあ! 今回は100キロほど前進だ!」
拓馬の明るい言葉に、「うお―――っ!!」と戦士たちは一斉に雄たけびを上げて、ゆっくりと砦と壁の前進を始めた。
「サリーナッ! 漆黒城の状況っ!」
拓馬が叫ぶと、高い壁だけが宙に浮いたモニターで確認できた。
「やはり、ダメージがあったようだ。
あのミイラ人間はフェイクだと思っていたが、
そうではなかったようだ」
拓馬は言って、10メートルほど宙に浮かんで、頭と同じほどの岩をサイコキネッシスを使って操り、頑強そうに見える壁に向かって投げ飛ばした。
標的が大きいので、術の訓練としては大いに役立つ。
岩は壁のほぼ中央の上部に当たり、投げた岩も壁も砕けた。
しかし先が見えないので、壁は破壊されていない。
やはりここは自力でと思い、まずは地上に降りて、「キャサリンを見ていてくれ」と若い手伝いの女性の獣人に言って、また空高く飛び上がった。
今度は自力で岩を投げつけ、サイコキネッシスで操ると、ほぼ同じ場所に命中して上部がVの字型に崩れ落ちた。
その先に、かすかに漆黒城の塔が見えた。
拓馬は大いに集中して、その塔めがけて力を振るって岩を投げた。
残念ながら塔には当たらなかったが、その先にあるポールと魔女の軍の旗を叩き落とした。
この映像を観ていた兵士たちの士気がさらに上がっていた。
旗取り合戦ではないので勝ったわけではないが、まるで勝ったように全員が大いに喜んでいる。
「今日はこれでいいか」と拓馬は言って、地面に降りると、キャサリンはぱっちりと目覚めた。
「やあ、おはよう」と拓馬が笑みを浮かべて言うと、「おかえりなさい!」とキャサリンは言って拓馬に抱きついた。
拓馬は戻ってきていたクロイツに癒してもらってから、陣地内の森でまたオーラの球を創り出して、100キロ先に飛ばした。
今回も植物たちがすくすくと成長して森になった。
「今日は一番働いたぁー…」と拓馬が言うと、兵士たちは一斉に頭を下げ、仲間たちは大いに笑っていた。
「これでしばらくは目立ったことはできないはずだ。
また以前に戻って、毎日を積み重ねる。
俺にはまだまだ時間が足りないからな」
拓馬の言葉に、誰もが理解して、一斉に頭を下げた。
「さらには問題は第6エリアにある。
あの地下には、魔物がいるんだ」
この言葉に、誰もが大いに驚いていた。
「地下から出られないように考えるから、
独自に訓練をやってくれ。
俺たちが優秀だと判断できた時、
俺の部下になれる権利を得ることもあるぞ」
この世界で一番希望がある言葉を拓馬は告げた。
兵士たちは大喜びはしなかったが、ふつふつと闘志が湧いていたことに、拓馬は大いに喜んだ。
「し、しかし、規定数の側近は雇われたのではないのか?」とこの砦の責任者の、オーリア・マロンが拓馬に聞いた。
「採用枠は今のところ15名。
最低でも5人はまだ雇えるぞ。
それに今日の戦いでまた増えたはずだ。
大勢との連帯感を原動力にして、
最大100名までは増えるからな」
すると、誰もが大いに期待をもって気合を入れた。
そして宙に浮かんでいるモニターに、『採用枠28名!』と異様にカラフルな画像が出た。
この装飾はシロップだろうと思い、拓馬は少し笑った。
『あ、3人増えて、31名!』と映像が変わると、さらに兵士たちが沸き上がった。
しかし、「先に言っておくぞ!」と拓馬が叫ぶと、辺りは静まり返った。
「魔女はな、これを逆手に取ってくることも考えられる。
俺たちが連帯感を失うと、採用枠は減ることになるはずだ。
そうなる前に、それぞれがよく考えておけ。
いいな?」
兵士たちはぼう然としていたが、すぐさま頭を下げた。
拓馬の問題提議に、誰もが頭を悩まし始めたのだ。
「お前らは、そんな簡単なことがわからんのかっ!」とマイトは叫んで、イノシシの獣人のダイクと肩を組んだ。
もちろんダイクも笑みを浮かべてマイトを見てから拓馬を見た。
「そういうこと。
じゃ、今日は警戒しながらもゆっくりと休んで欲しい」
拓馬の言葉に、兵士たちは一斉に頭を下げた。
拓馬たちは走って白亜の城に帰った。
「経過時間20分か…
今日は貯めて、極力早く寝るか…
キャサリンが寝て起きるころに戻ってくるぞ」
拓馬の言葉に、キャサリンは大急ぎで火竜に戻って、巣穴で丸くなって眠った。
「あー、やっぱり倍ほどになったか…
さらに巣穴を広げようか…
あ、これは俺の仕事だから、とるなよ」
拓馬が釘を指すと、「別に穴を掘るくらいいいじゃない…」とマーガレットが異議があるように言った。
「ほんと、わかってないよねぇー…」とクロイツがしたり顔で言った。
「火竜ともあろうものが、あんなに簡単に寝ないわよぉー」と妖精マロンが言うと、「うう、そうなの?」とマーガレットがぼう然として言った。
「キャサリンは今もゼウスカタナ様に抱きしめられておるのだ」
マイトが堂々と言うと、「…マーキング…」とマーガレットが現実的なことを言った。
「そこは父の愛って置き換えて言うんだよ」とクロイツが少し怒って言うと、拓馬は大いに笑った。
「獣人の方が本来の人間だな。
じゃ、5時間後には戻ってくる」
拓馬の言葉に、仲間たちは一斉に頭を下げた。
拓馬は大急ぎで寝るまでの準備を整えた。
ここは可愛い娘のために、何があろうと一時間後に寝ると決めた。
しかし、さすがに家族におやすみを言う必要があるのでリビングに出ると、愛梨が大いに目を見開いていた。
「母さん、なに?
俺が絶対落ち込んでここに来るって思ってた?」
愛梨は、「…それは…」とだけ言ってうなだれたので、拓馬から表情は見えなかったが、驚きと安どと不安が渦巻いていると感じた。
「魔女のやつ、とんでもない手を使ってきやがった。
だけど簡単に防衛したんだよ」
拓馬の言葉に、祐樹は何度もうなづきながら愛梨を見た。
「そろそろ、本来の中立に戻るべきだな」
拓馬の言葉に、愛梨は一瞬顔を上げるにとどめた。
「さらに汚いと思う手に出てくるかもしれないから、
規則正しい生活をしない方が得策だね。
子供にとってはそれほどいいとは思えないけどね。
あのミイラ人間、偽物だと思っていたんだけど、
どうやら本物のようだね」
拓馬の言葉に、「俺も大いに疑った」と祐樹も拓馬の意見に賛成した。
「…知っての通り、ダメージはどっちにいても簡単には癒せないの…」
愛梨はつぶやくように答えた。
「ダメージも、そしてメリットも、
今のところは同じように発生するようだね。
じゃ、今日は寝るから。
おやすみ」
拓馬は言ってリビングを出た。
拓馬はパジャマに着替えてからベッドに入って、今日夢見でやることを復習していると、森に立っていた。
「…あはは、はや…」と拓馬はつぶやいてから、振り返って城を見上げた。
「ここに出現する理由がようやくわかった。
何もかも、この城を中心にして発生するってわけだ」
拓馬が顔を見せると、起きていたのは獣人だけだった。
「予定よりも早く寝ちゃったよ」と拓馬が頭をかきながら言うと、「おかえりなさいませ」と獣人たちは笑みを浮かべて挨拶をした。
よって拓馬はさらに幸せな時間を過ごすことになった。
すやすやと眠っている、決して小さくない火竜キャサリンを見入ることだ。
本当は体をなでたいが、確実に起きると自信を持っていた。
そして音を立てないようにテーブルを出して、眠っている火竜の姿を描き始めた。
さらに、今日のキャサリンも丁寧に描き終えてから、仲間たちの雄々しき姿も描き上げると、拓馬は獣人たちに囲まれていた。
「…あはは… 俺の特技が増えた…」と拓馬が小さな声で言うと、クロイツは声を出さずに号泣していた。
「…実はね、これは武器にもなると確信したんだ…
…平和的な、ね…」
「…それやっちゃって大丈夫なの?」といつの間にか拓馬の肩に座っていたキノコが聞いてきた。
「思いがけないことだったら危険かもしれないね。
きちんと予告しておけばそうでもないと思う。
それに…
第6エリアには、俺たちの仲間がいるかもしれない」
「えっ?!」と誰もが驚いて叫んですぐに口をふさいだ。
「ない話じゃないさ。
普通だったら確実にスパイだけどね。
別に、スパイであって仲間でもいい。
戦闘に参加しなくてもいい。
スパイは諜報活動だけで、実質には体力仕事はしないはずだ。
だから破壊工作としては、仲間割れを仕向ける情報操作程度だろう。
だからこそ、信頼関係は重要だ。
シロップ、憶測禁止令を発布。
俺の姿と声だけを信じろと伝えろ」
すると返事だけして、シロップが走ってやってきた。
「…もう一度お願いしますぅー…」とシロップが言ったので、源は笑みを浮かべてから復唱した。
「慎重でいい。
だけど、この庭でも仕事はできるんじゃないのかい?」
「あ、細かい仕事はメインルームの方が便利なのですぅー…」とシロップが申し訳なさそうに言った。
拓馬は何度もうなづいて、「今はそれで我慢してくれ」と言うと、シロップは笑みを浮かべて頭を下げて城に戻った。
仲間たちはまだ使われていない小屋を見た。
北東にある出張小屋を同じものなので、きっとここに移設するのだろうと思っていた。
するともうすでに魔女が動いていたようで、第5エリアでは様々なうわさが立っていたが、今発布したばかりの禁止令が功を奏して、うわさを流した者の調査が始まった。
「ほら、かく乱のスパイがいた。
まあ、妖精かなぁー…」
「…あははは…」とキノコはバツが悪そうにして笑った。
「あとは俺の姿を真似る者がいると思うから、
ちょっと考えないとな。
その日ごとに様相を変えることにすれば、
変身しても意味がない。
そして、通信を使わずにする必要がある。
これは少々問題だが、
俺の術で何とかするか…
それとも散歩がてらに走るか…
鍛錬も必要だからそうしよう。
みんなも来るんだぞ。
その方が信憑性が上がるから」
拓馬の言葉に、誰もが大いに苦笑いを浮かべていた。
「そのあとに、今日は第6エリアに行くから。
さらに覚悟する必要があるぞ。
マリーナ、第6エリアの詳細地図を出してくれ。
実画像だぞ」
するとマリーナも走ってやってきて、「もう一度お願いします!」と陽気に言ってきた。
「ま、楽しそうだからいいけど…」と拓馬は言って、復唱した。
拓馬は画像を見て、「ん? 石碑、31本? こんなにあったの?」と拓馬がクロイツに聞くと、「いえ、確実に増えてます」と言って数カ所に指を差した。
「今までになかったと思います。
あったのは10本ほど」
クロイツがここまで言うと誰もがすぐに気づいた。
「採用の枠に対応して出現するようだ」
その現象には納得したが、なぜそうなるのかがわからない。
「新たな能力の覚醒、とかだったらうれしいね。
もちろん、俺じゃなくみんなだぞ」
拓馬の言葉に、誰もが目を見開いた。
「しかもだな、5体ほどはそれなりに強そうな魔物がいたはずだ。
だから、死ぬなよ」
仲間たちは苦笑いを浮かべながらもうなづいた。
「しかも地下内部はトンネルでつながっているはずだから、
深追いは禁物だぞ。
いきなり囲まれてしまうことも考えられるから。
ま、ここにはそんな無謀なことをする者はいないと思ってる」
拓馬の言葉に、マイトとダイクが大いに苦笑いを浮かべた。
キャサリンが起きて、まずは拓馬に起床の挨拶をした。
まさにふたりはお互いを溺愛している親子でしかなかった。
「…勇者様ぁー… おはようぉー…」とまたマーガレットが妙な気を流し、じりじりと迫ってきたので、拓馬は大いに笑った。
「抱きつけるものなら試してみればいいんだ。
ちょっと怖いことになると思うから、
その覚悟ができたらやってみな」
拓馬の少々投げやりな言葉に、「それが怖かったぁー!!」とマーガレットは大いに嘆いた。
「誠実な想いがない限り、
ペナルティーがあると思っておいた方がいい。
もちろん俺から触れることには問題はない。
それは握手をして試したからな」
「…余計なことをしなくてよかったぁー…」とマーガレットは言って天を仰いで感謝した。
拓馬はまずは火竜の寝床を大きくしてさらにゴージャスにして納得の笑みを浮かべた
そのあとに、全員で各エリアを走りまくった。
もちろん、発布した実例を見せるためだ。
各長は大いに理解して拓馬に頭を下げた。
そして第一エリアだけには行かずに、第6エリアに来た。
すると、林の入り口は黒山の人だかりだったので、エリアの一番奥にある石碑まで全員で走った。
もちろん拓馬についてこられるのは、採用された者だけだ。
「この石碑はたぶん初めからあったと思う。
知った名前が刻まれてる」
拓馬が指をさすと、「…ボク…」とクロイツが言って苦笑いを浮かべた。
「開けてクロイツを放り込む!」と拓馬は言って大声で笑った。
「さて、どうなるのかはこれから探るから」
拓馬は言って、泣き出しそうにしているクロイツの頭をなでてから、地中の様子を透視して探り、石碑をぐるりと回って表面の確認した。
「じゃ、開けるから」と拓馬は言うと、特にクロイツは大いに緊張した。
「魔物は飛び出せないようになっているけど、階段の下の広場に大勢いる」
「ひっ!」とクロイツは叫んで総毛立っていた。
「あ、ブラックライオン!」と拓馬は叫んで陽気に笑った。
「たぶん、この中のボスを倒せということだと思うぞ。
だけど極力、クロイツだけで倒した方が、
恩恵が多いと思う。
俺たちはその手伝い。
蹴り倒して寝かせればいいだけ。
キャサリンの体当たりとか」
「がんばるの!」とキャサリンは拓馬を見い上げて陽気に答えた。
拓馬が石碑を押すと、『…ムォー…』といううなり声が聞こえてきた。
「さあ、地獄への門が開いたぞ。
それに、影が見えるな…
中は明るいようだ」
顔じゅうの毛が総毛立っていて黒ライオンになっているクロイツは、一段階段を降りて下をのぞき込んでから、「はっ!」と気合を入れて癒しを放った。
すると、『…ムォー ゴォー…』などと地下の様子が大いに騒がしくなった。
「あ、下の広間、きれいになったようだぞ」
拓馬の言葉を聞いてから、「癒し、使えてよかったぁー…」とクロイツは言ってほっと胸をなでおろしたが、ほかの仲間たちは大いに苦笑いを浮かべていた。
「ここだけはクロイツにお願いすればいいさ。
そういうのも仲間だ。
それに、だな…」
拓馬は言って振り返った。
そこにはシャープが頭を垂れて立っていた。
「意地悪で言ってるんじゃないぞ。
ここには、俺が認めた者以外は入れない。
ほら、石碑にも書いてある。
さっきまではなかったけどな」
「あっ! ほんとだ!」とマーガレットは言ってその文字を見入った。
「なかなか優しいガイドだけど、
これは書いても書かなくてもいいことだ。
だから、だな…
無理にでも入ろうとすると不幸が起こる、と俺は考えた。
そうしておかないと、魔女のメリットが減るんだろう。
だからこそ書いておいて、
身を焦がして死んだ者のパワーを頂戴する、とかな。
ま、少しくらいはくれてやってもいい。
だけどさすがに、不幸があると悲しいな…」
誰もがしんみりとしたが、「行きます!」とクロイツが叫ぶと、みんなは我を取り戻してクロイツに続いた。
「シロップ、この入り口に映像を出しておいてくれ。
それが最後通告だ」
『はい! 了解しました!』
今回はさすがにここに走ってやってきて確認することはなく、地下に降りる階段の前に、『降りたら確実に災いがある!』という映像が現れた。
「ちょっと優しいけど、まあいい」と拓馬は言って階段を降りた。
奥行きも幅も10メートルほどの広場に出た。
そしてトンネルが四方にあり、小さなうなり声が聞こえる。
「上から透視したんだが、まるで迷路だ。
それ以外には仕掛けはないと思うが、
小さなものはあるかもしれないから要注意だ。
例えば落とし穴とか、トンネルがあるように見えて、
実は魔物の口だった、とか…」
拓馬の言葉に、クロイツはすぐさま右を向いて巨大な癒しを放った。
『ギヤァ―― フ』と叫んだと同時に、トンネルは消えて壁になった。
「さて、壁になったが、ここが正解の通路、とか…」
クロイツは笑みを浮かべて、長い棒を出して壁を突くと、幅の広い回転扉になっていた。
「ま、いろいろと考えながら先に進もうか」
誰もが大いに、拓馬を今まで以上に信頼していた。
トンネルの中は比較的明るく、10メートル置きに発行物のような明かりが灯っている。
電子回路で言うと、高輝度の発光ダイオードのようなものだ。
しかし、配線などはないので、魔力で動いているように拓馬は感じた。
よってある場所に出たり何かに触れると、一斉に消えることも考えられたので、拓馬はその準備をした。
全く魔物に出会うことなく、通路の二倍ほどの少し広い場所に出た。
ここには三カ所のトンネルがある。
「狭いから、ここに癒しを放つだけでよくわかると思うぞ。
だけどそれが罠で、照明が消えるとか、
閉じ込められるとか考えておいた方がいいな」
拓馬の言葉に、クロイツは大いに苦笑いを浮かべた。
拓馬は今創ったばかりのサーチライトで、この広場内を子細に探った。
「天井に変化が起こるような仕掛けがあるな。
危険はなさそうだが、上は空洞じゃない。
生き埋めの刑」
拓馬は言ってから、一辺が50センチほどで長さが3メートルほどの支柱を出して、四隅に置いた。
これで天井が開いて生き埋めになることはない。
キャサリンが必死になって拍手をしたので、「いやぁー、ありがとう!」と拓馬は大いに照れてキャサリンの頭をなでた。
もし埋まりそうになったら、キャサリンに火竜に変身してもらえばいいだけだが、今は言わなかった。
トンネルの入り口などを探ると、左側のトンネルの入り口近くに、妙に気味が悪いナメクジのようなものがある。
「こいつが消えると、明かりが消える、とか」
拓馬は言って、箱を出してナメクジを閉じ込めた。
「さあみんな、大いに緊張しろよ」
拓馬の言葉に、全員が構えを取った。
そしてクロイツがこの場で癒しを流したが、何も起こらなかった。
「この箱の中のものに手を出さなければ何も起こらないようだな。
ま、このまま放っておこうか」
クロイツはどの道を行こうか悩んだが、ナメクジがいたトンネルを選んでゆっくりと進んだ。
すると、大当たりだったようで、いきなり拓馬ほどの大きな黒いオオカミのようなものがクロイツを襲った。
しかしクロイツは身軽にトンネルの端に寄って壁を蹴り、オオカミの背に乗って、短刀を突き立てた。
『ギャイッ!!』とオオカミは鳴いて、一気に黒い霧となって消えた。
するとまた同じようなオオカミが襲ってくる。
狭い通路で一対一なので、いくら身軽なクロイツでも必ず限界が来る。
「ダイク、ぶっ飛ばすだけならいいぞ」
「おうっ!」とダイクは言って、クロイツが頭を下げた途端、太く長い棒を真っ直ぐに突いて、オオカミを吹っ飛ばした。
クロイツはすぐに広場に出て、数匹いるオオカミに襲い掛かり、腹や背を短刀でついて消した。
「ふーん、広場だけど行き止まり…」
拓馬の言葉に、クロイツは壁を探り始めた。
ここまで来て要領を得たので、クロイツが率先して動き始めた。
「あ、これって…」とクロイツが言って、出っ張っている岩に指を差した。
「触れなくて正解だったかもな」と拓馬は言って、床の壁際にライトを当てた。
すると四辺にすべてに細い線が走っている。
「落とし穴」と拓馬の言葉に、クロイツは大いに眉を下げていた。
「だけどまだあると思う。
天井は空洞だろう。
風が下りてくるんだ」
拓馬の言葉に、特に獣人たちはすぐさま認めた。
「岩を押すと、床が抜けて天井が落ちてくる。
となるとだな、退避する場所がどこかにあるはずなんだ。
順当であれば、その岩の近く。
もしくはその向かいの壁。
そして上に昇ると、少々強そうなやつがいると思うぞ」
拓馬の言葉に、誰もが固唾を飲んだ。
全員で壁などに触れずに手がかりを探していると、「ここって、押して入れるんじゃないの?」と岩のある壁に指を差してマーガレットが言った。
拓馬がライトを照らして子細に探ろうとすると、『…キ…』と小さな鳴き声が聞こえた。
「先客がいるようだぞ」と拓馬が言って、道をクロイツに譲った。
マーガレットは慌てて拓馬の背後霊のようにして重なった。
クロイツは線の入っている壁の辺りを強く蹴ると、壁はクルクルと回転して、『ギャイッ!』という声がして何かが後方に吹っ飛んだ。
「…賢くないヤツ…」と拓馬はあきれたように言った。
クロイツは一番安全な、癒しを流して、回転扉の中を確認した。
「となるとだな…
回転扉だと天井が落ちてきた時引っかかると思う。
しかも床には穴が開いて、俺たちは結局閉じ込められる。
だからこの回転扉の中に、天井だけを落とすものがあるかもな。
今回は狭いから、クロイツだけで探してくれ」
拓馬は言って、クロイツだけ中に入った。
もちろん拓馬が明かりを照らしているので中は明るい。
「先に、進めるようです。
そっちの部屋のスイッチはフェイクかと」
クロイツの言葉に、拓馬は先を全員に譲った。
全員が狭いトンネルに入ったと同時に、クロイツは壁を押した。
すると、壁は勢いよく前方に倒れて、砂ぼこりが舞った途端に黒い影が襲ってきた。
その影はそれほど大きくなく、ここはマイトの前蹴りで後方に吹っ飛ばされた。
「お、黒いライオン」と拓馬は陽気に言ってすぐに辺りを見回した。
床が白と黒のマープル模様になっている。
そして天井を見た。
「クロイツ、黒い床は踏むな。
天井から岩が落ちてくるぞ。
何なら素早く動いて、全部落とした方が安全かもな」
拓馬の言葉に、クロイツは白い床だけを踏んで、黒いライオンに迫った。
あまりの素早さに、黒いライオンは対応できずに、攻撃の手を出せない。
するともうすでにクロイツは背後にいて、背中を短刀で突き刺した。
黒いライオンは声を上げることなく、霧散した。
すると奥の壁が崩れて、上に続く階段が現れた。
入り口とはまた別の階段だ。
クロイツは上り口などを探ったが、特に何もない。
階段にも仕掛けはないと判断した。
そして見上げると、左側に開くドアが天井についている。
「出口だったらいいんだけどな」
拓馬の言葉に、クロイツは大いに困ってしまって苦笑いを浮かべた。
拓馬が登り口の壁を照らすと、『出口』と書いてあったのでかなり笑った。
「ま、普通は大いに疑うよな。
それに、この出口の文字は壁にある。
壁を押したら外に出られるんじゃないのかな?
天井の扉は、少々怖いものがたんまりといる、とか…
ま、ここは透視をしよう。
多分、出口につながっていると思うから」
拓馬は天井と階段の登り口を透視して、「何かいるとすれば上の方だと思う」と言って、その理由を述べた。
さらに決定権はクロイツにあると言われてしまったので、クロイツは大いに考えてから、「上に行くよ!」と陽気に言って、天井にある扉を勢いよく上に持ち上げてすぐに、癒しを放った。
『グォー… グォー…』と魔物たちの断末魔の声が聞こえる。
クロイツは扉を開け切って、まさに勇ましく魔物たちを追いかけとどめを刺した。
「油断するなっ!」と拓馬の檄が飛んですぐ、天井から魔物が下りてきたが、癒しを浴びている扉を踏んでしまったので、足を押さえて大いに苦しみ始めた。
はっきりと姿を捕らえたのはこの時だけで、まさに、なんとも表現できないほどの炎の化身としか言えない黒い物体だった。
「賢くないようで助かったな」
クロイツはすぐさま倒して、天井を見上げたが、もう魔物の気配はない。
上り口のすぐ手前に、左側に上がっている階段がある。
その中腹に何かがあるとクロイツが思った時、拓馬が天井などをサーチライトで照らした。
そして天井の中央でサーチライトが止まった。
「くれてやる!!」と拓馬はそこに書いてある文字を読んだ。
そして、階段の中央にある祭壇のようなものを照らした。
「ま、多分ご褒美だと思うぞ。
だけど、決めるのはクロイツだ」
拓馬はここまでしか言わなかった。
本来なら、この先も語ってもよかったのだが、これはクロイツの精神修行として課したのだ。
「…ボク…
ひとりだったらここまで来られなかったと思う…
だけど、みんながいたから来られたんだ…
だから、本当はご褒美をもらってもっと強くなりたい!
…だけど…
もっと頑張れば、きっとひとりで来られるって思う…
だから今は、ご褒美はいらない」
「そうか…
俺もそう思った。
飛びついて祭壇を開けたら、
ちょっと怖いことになっていたかもしれない。
だけど、今のクロイツだったら、
魔女がひねくれた顔をしながらも微笑むかもしれないな。
欲を持つとな、それは悪に変わるはずだからだ。
魔女なんて欲だらけなのに、何のペナルティーもないことは反則だよな。
だからこそ、今は開けないことで、
魔女はペナルティーを食らったかもしれないな」
「…私も、そう思ったわ…」と少女の姿のキノコが言った。
「だから、俺からクロイツに何か褒美を出す!
クロイツが欲しいものを、あとで探ってみよう」
「はいっ! ありがとうございます!」とクロイツが叫んだ瞬間、祭壇が勝手に開いて、そこには白く光る腕輪があった。
「はは… 魔女はペナルティーを食らうことを拒んだと思う。
もしこのまま立ち去れば、
そのうち魔女はペナルティーを食らうんだろうな。
だから、受け取ってくださいとお願いしていると思う」
拓馬は言って、また天井にサーチライトを照らすと、仲間たちは大いに笑った。
そこには、『受け取ってくれないとひどいんだからね!』と書き換わっていた。
「自暴自棄になる前に、受け取った方がよさそうだ。
その方がたぶん面倒だからな」
「あー… でも僕…
ゼウスカタナ様にご褒美をもらいたいなぁー…
っていう、僕の希望…」
クロイツの言葉に、「その希望、叶うといいな」と拓馬が言うと、クロイツは笑みを浮かべて、祭壇から腕輪を取って、右腕に装着した。
「…ああ、すごいぃー…」とクロイツは言って、腕輪を見入った。
「癒し系の術のパワーアップのようだな。
となると、俺もいろいろと考えよう」
拓馬は陽気に言って、全員で階段を昇った。
また天井に扉があり、ここが出口と拓馬が言うと、クロイツは扉を開けた。
するとシャープの足が見え飛びのいた。
出口は、地下への降り口の真後ろにあったのだ。
「もしこの扉を見つけていたとしても、
外からは開けられなかったと思うね。
ここだけ透視ができていなかったことがわかった。
それも魔女の力だろう」
「…おかえりなさいませ…」とシャープは言って、クロイツの腕にしている腕輪を見入った。
「ここは精神的にも肉体的にも、
今のシャープでは無理だ」
拓馬の言葉に、シャープは大いにうなだれた。
「みんなも大いに勉強になったはずだ。
特にマーガレットは十分に気を付けた方がいい」
拓馬の言葉に、マーガレットは大いに眉を下げていた。
「獣人はそれほど欲がないと思ったんだがな…
シャープは本当は人間なんじゃないのか?」
拓馬の言葉に、誰もが固まった。
「…ボク… それほど欲しがらないよ?」とケンが言うと、「少し大きくなるとな、ちょっとずつ欲が湧いてくるものだから、気を付けた方がいいぞ」と拓馬は言って、ケンの頭を乱暴になでた。
ケンは笑みを浮かべて拓馬を見上げた。
「さて、今日は城に戻る。
少々造りたいものがあるから。
みんなはここで修行を積んでもいいし、
くつろいでいてもいいぞ。
なんなら、単独で地下に潜るのなら開けていくけど?」
さすがにひとりでは行きたくないようで、誰もが首を横に振った。
「慎重で、冷静であることに誇りを持っていいぞ」
拓馬はみんなに言って、キャサリンを抱き上げて、森に向かって走った。
一度作ったものなので簡単に完成した。
それは戦闘用ロボと、小さな少女の人形だ。
そして、様々なものの数値化を言い渡すと、少女は戦闘ロボに乗って、あらゆるところの探検を始めた。
仲間たちは戦闘ロボを目を見開いて見入っている。
そして拓馬は、今度は標準的な人間の大人程度のロボットの組み立てを始め、それはすぐに終わった。
このロボットは、小さなロボットよりも大いに仕事をすることになる。
さらにはついに、今まで使われていなかった小屋に入って、独自のシステムを組み上げ始めた。
ここにローカルの、魔女のシステムと同じものを造り上げるのだ。
さらにはドローンでも造って偵察機にしようかなどと思ったが、あまり魔女を刺激しない方がいいと思い、今は控えることにした。
拓馬は大いに働いたいた後、キャサリンと大いに遊んでいると、ベッドの上で目覚めた。
13
「今日も張り切りすぎたぁー…」と拓馬は言いながら、半身を起こして、ひとつ背伸びをした。
魔女のシステムを確認しているうちに、時間の問題は解決できていた。
どちらの世界も同じ時間が流れているのだが、異世界ゲートを使ってあっちの世界からこっちに戻ると、ペナルティーを受けて、エキシビジョンに出る前に、5倍の経過時間を食らうのだ。
体は元の世界にあるのだが、あちらに渡るまでに5倍の時間分待たされることになる。
しかし、拓馬の時間は進まないといった、かなり特殊なことが行われていた。
今までの記録を見ると、まさにその通りとなっていたので、その時間分、拓馬は異世界に手を出せなくなる。
しかし、エキシビジョンの時の流れは何のペナルティーもない。
飛び方が違うので、この部分は魔女が感知できない部分かもしれないと感じた。
よってエキシビジョンは、魔女にとって不利になるので、拓馬は決して間違いを犯せない。
犯したが最後、魔女が大いに力を上げてしまうことになるはずだ。
よって今日からは、就寝前にゲートを使って飛んで、すぐに眠ることに決めた。
そうすれば、それほど長い時間のペナルティーを食らうことがないからだ。
問題は、簡単に眠れるのかということがあるのだが、キャサリンに会うためなので、父親としては無理にでも眠ると心に決めた。
時計を見ると、なんと早朝の5時だった。
外はもう明るいが、さすがに早寝をし過ぎたと拓馬は思って頭をかいた。
腹が減ったので、何かを造ってから、クマの様子を見に行こうと思い、身支度をして、朝食前の朝食を摂ってから外に出た。
早朝なのでそれほど人はいないが、忍者のように慎重に行動した。
クマの監視用なのか、山に向けて監視カメラが数台あった。
そこに移り込まないように、大きく遠回りをして、低く素早く飛んだ。
動物で大きな存在の魂を探ると、運動公園の山頂にある展望台の西に約5キロのところに、その魂を発見した。
拓馬はうっそうと茂っている木々の間に体を入れ込むようにして、クマの魂を探った。
距離としては5キロあるのだが、クマは思いついたかのように、この展望台に迫ってくる。
拓馬は少し考えて、クマの背後をつくように、低く飛び大回りをしてクマの背後、一キロのところに立った。
クマはもう察していて、拓馬を追ってやってくる。
拓馬がエサということではないようだとなんとなくだが察した。
そして目の前にクマの姿をはっきりと確認した。
首元に三日月のような白い模様。
まさにツキノワグマだった。
クマは頭を下げて上目づかいで拓馬を見て、すたすたと歩いてくる。
野生のクマのようだが、人慣れしているように見える。
―― あー、まさかだが… 父さん… ―― と思って、拓馬は苦笑いを浮かべた。
拓馬がクマの頭をなでると、クマは大人しくして頭を下げたままだ。
そして夢で見た、健太郎の気配を感じた。
「こりゃ、どうすればいいんだろうね…」と拓馬は言って、大いに苦笑いを浮かべた。
「見つかったら射殺されるから、
人のいるところには近づくなよ。
もう少し東に行けば、
人はこないし食い物が豊富なようだぞ」
『…ウォ…』とクマは小さくうなった。
「時間ができたら遊びに来るから。
おまえが安心して、この山で暮らせたらなぁー…」
拓馬は本気で考えている。
この辺りは自然が多い。
動物園よりも広いサファリパークにでもしたいと、拓馬は考えていた。
クマは頭を下げるようにして、拓馬が言ったように東に向かって歩いて行った。
拓馬は朝食の席で、「裏の山、全部買えないかな?」と言うと、祐樹は味噌汁を噴き出しそうになったが、何とか堪えた。
「どれほどカネを積めばいいと思う?」
拓馬が真剣なので祐樹はかなり考えて、「俺の全財産」と言った。
「じゃ、生前贈与で」と拓馬が言うと祐樹は大いに睨んだ。
「実はね、例のクマに会ってきた」
祐樹も愛梨もあまりのことに、大いに目を見開いた。
「父さんと関係があるクマだよ。
何か知らないかな?」
「…そうか、隠していたのはそれだったのか…」と祐樹はかなり悔しそうに言って箸を置いた。
祐樹はその昔、ここにマンション群が建つ前からずっとこの地で暮らしていた。
健太郎は動物が大好きで、犬、猫、鶏、キツネ、タヌキなど、この辺りにいる動物をかなりの数飼っていた。
健太郎が拓馬と同じ年の頃に、やけに元気がなかった。
理由を聞いても答えなかった。
そして、高校を出て大学に行って、愛梨と結婚してからは、そんなそぶりは見せなくなっていた。
「母さんはきっと聞いていたと思うけど?」
拓馬の言葉に、「この辺りの山っていくらかなぁーって…」と愛梨は答えた。
全く拓馬と同じことを言っていたことを、拓馬は知って陽気に笑った。
「追いかけられたのは、健太郎と間違えたのか…」
「うん、それはあると思うけど、
今は違うと思う。
俺を動物だって思ったはずだ。
キャサリンのにおいが、
あいつを少し怯えさせてた。
だから安全地帯で、食べ物が豊富なところを指示したら、
そっちに向かって歩いて行ったから。
この大自然の中のほぼ中心だからね」
「…ああ、あそこまでは開拓の手はまだまだ届かないだろう」と祐樹は言って何度もうなづいた。
「じゃ、何とかして稼いで、
あいつの楽園を創るよ。
サファリパークとして」
「ま、それほど頑張らなくてもできるな。
今のうちに大いに稼いでくれ」
祐樹は言って、拓馬の肩を力強く叩いてから、力強く食事を始めた。
「まずは、絵を描いて売ろう」
「ああ… その前にちょうだい…」と愛梨が懇願の眼を拓馬に向けたので、「何に使うんだよ…」と拓馬はそっけなく言った。
「…生徒たちがね、知っちゃった…」と言って少し舌を出した。
「教えたんじゃないか…」と拓馬が言うと、「知ってた子もいたんだもん!」と自分のせいではないと主張した。
「この前授業で描いたスケッチブック、あとで渡すよ…
だけど、この家からの持ち出しは禁止ね」
拓馬の言葉に、愛梨はかなりうなだれてから、「わかったわ…」と言った。
「どうやっても出せないようにすることもできるよ。
盗みだすこともできないように」
「外には絶対に出しませんっ!!」と愛梨は拓馬の言葉を遮るように叫んで、茶碗に八つ当たりを始めた。
「製本して、売ろ…
ベストセラーにでもなったら、
すぐにでも山を買えるだろなぁー…
絵本はそれほど単価は安くないから」
「一冊二千円で、印税10パーセントで百万部…
それでは足りんな」
「じゃ、ロボも発売しようかなぁー…
ミリオンセラーになったら、
利益が大きいからかなり簡単だけど、
…それほどは売れないよなぁー…
また別の本を書いた方が堅実かも…
色々と考えることにしたよ…」
拓馬の心配をよそに、もうすでに大金が転がり込もうとしていた。
まさに、母の愛だった。
拓馬がいつものように幼児の姿で登校すると、男子はいつものように寄ってくるのだが、女子は距離を置いている。
そういう気分なんだろうと拓馬が思っていると、麗奈だけは違った。
「拓馬君の書いた動物園のレポートだけど、
もう世界中で販売が決まったって知ってたの?」
拓馬にとっては寝耳に水で、全くその話を愛梨はしなかった。
「あー、お母さんに全部任せたから…」と拓馬が言うと、「一千万部も売れたって、インターネットニュースで見たって、お母さんが言ってたの」という麗奈の言葉に、拓馬は内心ガッツポーズをした。
あの宿題の存在を拓馬はすっかりと忘れていた。
そして超大金が転がり込んでくることになる。
拓馬はスマートフォンを出して検索すると、「うう… 実名で…」と言って、大いに苦笑いを浮かべた。
そして勝手に印税まで計算してくれていたので、拓馬としては何も考えることはなかった。
「でもね、ひょっとするとお母さん、寄付に回すとかしてたかも…」
考えられないことではないので、拓馬は口にしただけだ。
「あー… それは書いてなかったわ…」と言って、まるで自分のことのようにうなだれていた。
―― だが、早いな… ―― と拓馬は怪訝に思ったが、仲間たちの絵本を全世界発売してもらおうと、陽気に考えていた。
―― あ、それでか… ――
もちろん、スケッチブックを外に出すなと拓馬が愛梨に言った件だ。
外に出さないと本にはできない。
よって拓馬は、それ以外での収入源を考えることにした。
今日もまた、担任の恵美の様子がおかしい。
拓馬はすぐに察して、「お母さんが印税は寄付に回したかもしれないよ?」と言うと、「…もったいないぃー…」と言ってすぐに口をふさいだ。
「ボク、お坊ちゃまって呼ばれたから。
お坊ちゃまは自分の力で、
さらにたくさんのお金を手に入れるよ」
「…そうね… 日本でも指折りのお坊ちゃまだって思うわ…」
恵美は言って、上目遣いで拓馬を見ると、「教育委員会に訴えます!」と麗奈が叫ぶと、恵美の背筋が伸びて、「授業をはじめまぁーす!」と陽気に言い放った。
昼休みに拓馬は愛梨に電話をしようと思って、ランドセルからスマートフォンを出してかけた。
『あ、よかったぁー…』と愛梨が言ったので、拓馬は一部始終を説明してもらった。
そして、山を買えることになり、拓馬は小躍りするほど喜んだ。
全ては、祐樹の息のかかった大手不動産業者と超有名建設会社に頼むことに決まった。
そして拓馬は、山に小屋を建てて住もうかと考え始めていた。
巨大な檻を持つクマの飼い主になるだけなので、自然破壊はしない。
今のままあの一帯はずっと残ることになる。
どうせなら、市立動物園を移設してもいいと拓馬は考えていた。
しかしそれには叔母という、大きなハードルもある。
経営者は市長でもある瑠璃子だからだ。
しかし、何もかもうまくいきそうなので、拓馬は購買でスケッチブックを買って、ツキノワグマの絵本を描いた。
まさに健太郎と拓馬の架け橋のような絵本だ。
拓馬がクラスメイト達に見せると高評価を得たので、放課後、大学に行く前に家に帰って、愛梨にスケッチブックを渡した。
素早く目を通した愛梨が愛おしそうにスケッチブックを抱きしめている姿を見てから、拓馬は大学に行った。
「拓馬君、面白いことを発見した」と蘭堂がフランクに拓馬に言った。
全く別の種類の鉱石なのだが、反発しあう事実を突き止めていた。
もちろん磁石の類とは別のもので、鉄などが吸着することはない。
もうひとつその作用を妨害するような鉱物が見つかれば、永久機関が可能だと熱く語った。
まさにエネルギー重視の世界にある地球にとっては画期的なものだし、反重力装置としても見込みがあるとさらに言った。
これで様々なことがクリアになると思い、研究室で大いに手伝いをしてから、拓馬は家に帰った。
「あのね、取材をさせて欲しいってたくさん来たけど、
全部断っちゃったわよ。
お坊ちゃまは忙しいからって言って…」
愛梨の言葉が面白かったので、拓馬は愉快そうに笑った。
今日書いたクマの絵本もすぐに販売することが決まった。
そして今はまだ何もしないが、近いうちにクマの捕獲を手伝うことになる。
拓馬には従順だが、それ以外の者には襲いかかるかもしれないからだ。
拓馬はある話をして、祐樹を通じて話は決まった。
もちろん、不動産会社と建築会社にも通達したので、クマを傷つけることなく今の山に住めることになる。
しかし数日間だけ、動物園に預けることになったのだ。
幸いツキノワグマはいないので、動物園側も喜んでいるし、飼育員は拓馬が行う。
そしてついに、ミイラ人間ではなくなった瑠璃子がこの話に首を突っ込んできた。
こうなることはわかっていたので、製本を終えた絵本を拓馬は瑠璃子に渡した。
「…健太郎さんの、お友達だったクマさん…」
瑠璃子は言って、絵本を抱きしめた。
この時の感情だけは愛梨にも負けないものだった。
そして、すべてにおいての陣頭指揮を執ると言い放った。
さらには将来、マンション群の奥の山は、自然保護のための自然動物園にするという構想も出してきた。
まさに万人受けする市長らしい言葉で、その実行力を見せつけることになった。
こっちの世界は何もかも順調に事が運び、あっちの世界も、ほぼ全員が第6エリアの地下の攻略に成功した。
さらには、魔女のシステムのコビーも順調に進んでいたが、まだまだ使い物にはならない。
その合間に反重力装置について、拓馬は独自に研究を重ねていた。
実際に、反発しあう石を上下に距離を置いて固定しておくと、なんと台ごと持ち上がったので、拓馬は大いに苦笑いを浮かべた。
そしてそのままの状態で回転させると、ほとんど減速することなく、初めに回した時の力で回り続けたのだ。
もちろん空気抵抗を受けるので、いずれは止まる。
よって、真空状態であるのなら回り続けるはずなのだ。
この作用をもちいて、拓馬は真空容器発電機を造った。
音がすることなく、ずっと回転して発電する。
発電機やモーターも改良を重ねて、その結果のレポートを書いた。
あとは、この動きの邪魔をする鉱物の特定だけになった。
これを造ることで、宇宙の旅は簡単に実現できることになる。
もちろん、研究だけではなく、防御前線を前進させることも怠っていない。
そして安全地帯から漆黒城の攻撃もする。
拓馬の滞在時間はこの時に蓄積年数を百年にしていた。
そして滞在継続時間は二時間。
ここで拓馬は宣言した。
「滞在時間が三時間になった時、漆黒城を攻め落とす!」
仲間たちも兵士たちも大いに沸いた。
しかしこの時すでに、第二エリアから第五エリアまではまさに平和となっていた。
それぞれのエリアも拡張と防御を固めて、以前のように魔物が襲ってきたり、スパイが紛れ込むこともなくなっていた。
まさに長い時間をかけた、拓馬や住人たちの願いが叶いかけていた。
しかし問題はここからだった。
拓馬の真の願いは、魔女との共存だ。
魔女を説得できない限り、真の平和は訪れないのだ。
14
あれほど気丈だった瑠璃子はその光を失っていた。
年齢相応以上に年を取っているように見えた。
だが学校も、市の重職も今まで通りきちんとこなしている。
拓馬は瑠璃子にはそれほどいい思い出はないのだが、親族ということもある。
しかしここは仏心は出さないと決めた。
これが作戦だ、などとは思わないのだが、万が一があった時、今までの苦労が水の泡になる。
一番困ることは、魔女があちらの世界からいなくなることなのだ。
その時、確実にあちらの世界は崩壊すると、拓馬は確信していた。
しかし、これが心が強いのか弱いのか、今の拓馬にはわからない。
こんなことではいけないと思いながらも、どうしても同情してしまう。
やはり、拓馬の元の計画通り、あちらの世界に渡る術を独自に探る必要があると感じている。
さすがにこの件だけは見当もつかないのだ。
さらには、魔女と戦うこと以外の、あちらの世界の生きがいについてだ。
もし拓馬があちらの世界を引き継いだとしても、悪のいないあの土地は、仲間同士の諍いが絶えなくなるような気がしてならない。
―― あっちの世界の外はどうなってるんだろ… ――
この情報は魔女のシステムにはない。
しかし夜は星々がきらめき、その動きも確認できている。
もちろん太陽もだ。
よって条件は地球と同じなのだが、大地の様子は全く違う。
星の一部分を切り取ったようにしか思えない。
現時点で西のはずれが第一エリアで、東のはずれが第6エリアとなっている。
第一エリアの妖精の森を抜けると、第6エリアの森の東の外れに出る。
しかしその全長の距離は、わずか300キロしかない。
大地の湾曲は確認できるのだが、これも魔女の力だろうかと拓馬は考えている。
大地から湧いてでるマントルはあると、神通力を使える拓馬は確信している。
もちろん地球でも同じ作用があるし、ほとんど変わらないパワーを得て感じられる。
しかし、あちらの世界とこの地球では、神通力の質が違うので、地球を媒体にした世界ではないことは理解できているので、別の星だろうと漠然と考えている。
よって宇宙船を創り、宇宙に飛び出すことで、何かヒントがあるのではないだろうかと拓馬は考えている。
そして確認できることはやっておこうと、自身に大きな結界を張って、空高く飛んでみる。
空気の層はあるが結界は張っていないと拓馬は自信を持った。
―― 本来ならば、生物が生息できない星を、術を使って使えるようにしている… ――
漠然とだが、これが正解に近いのではないだろうかと考えた。
そこに魔女が生まれて、生物を生み、力を蓄えて、この世界から完全に抜け出そうとたくらんだ。
果たしてそうなのだろうか。
それは隠れ蓑で、もっと優しいことなのではないだろうか。
拓馬はお人よしだと毛嫌いされるほど、魔女のことが気にかかっていた。
―― 単独での話し合いができないだろうか… ――
まずはこちらの世界で話し合い、あちらの世界でも話し合う。
だがこれは危険なのだ。
これも魔女の手なのかもしれない。
魔女の手にまんまと乗ってしまった勇者は、魔女の手下でしかありえなくなり、魔女の協力をしてしまうはずだ。
「…キャサリンのために、それは絶対にできない…」
拓馬がうなるように言うと、祐樹と愛梨が大いに怯えた顔を拓馬に向けていた。
「…あはは… 考え事…」
拓馬は照れくさそうに言った。
「母さん、おばさんの昔話を聞かせて欲しい」
拓馬の言葉に、愛梨は少し戸惑ったが、「いいわよ」と笑みを浮かべて言った。
話を聞き終えた拓馬は、瑠璃子を、『誠実な人』とだけにとどめた。
愛梨が反抗できない理由もよく理解できた。
愛梨は瑠璃子を母として育っていたのだ。
しかし、その恋人を奪うことになってしまった。
だがそれを決めたのは、祐樹も賛同したように健太郎の意思だ。
「父さんの行動が誠実じゃないような気がする…
それほどに母さんに魅力があったんだろうけど、
何かを急いだような…
高校生だった母さんは俺を身ごもった…
それほどに急ぐ必要があったのかなぁー…
父さんのイメージからはそれは全く感じない。
だけど逆に考えて、今を見据えていたとすれば、
大いに納得ができることだ。
俺が今のようになることを、
父さんは確信していた…」
「…それほどの何かを感じたことはないのだが…」と祐樹は言って考え込んでいる。
「…ほかの勇者たちも血縁者だったようだ…
きっと、確実に何かある…
あ…」
拓馬はあることがふいに頭に浮かんだ。
そして星の地中を探ることに決めた。
それと同時に、この地球も探ろうと決心した。
今の拓馬であればそれは簡単なことだった。
拓馬は祐樹に、十郷家の家系図を書いてもらった。
もちろん、愛梨の千田家についてもだ。
ふたりは大いに考え込んで、祖父よりも前のことはわからないと言った。
先祖の件は聞いたこともないし聞かされたこともないと口をそろえて言った。
「あのさ、俺の予想なんだけど…」
拓馬が語ると、ふたりは大いに目を見開いたが、「…それが大前提だったのか…」と祐樹は言って納得していた。
「エリア長たちも多分同じだろうね。
あっちの世界に里帰りしていただけのはずだ。
そこに魔女だけ取り残された。
大きな力だけを残されて…
魔女本体に会って、十分に話し合いをする必要があると思っている。
そしてできれば、あっちの世界を元の姿に戻したい。
俺の能力すべてを使ってでもね。
魔女が魔女ではなくなるように…
だからこそ、俺はどちらの世界でも生きていく。
絶対に、あの世界もなくさせない!
父さんも、同じように考えたと思う…
父さんは勇者の仕事よりも、
そっちをいち早く知って、壮大なる計画を立てたはずだよ。
今度は俺の番だ。
父さんとは違う方法で、俺は共存を果たす!」
祐樹も愛梨も何も言わなかった。
愛梨もここまではわかっていなかったようで、口をはさむこともなかったが、感情の変化もなかった。
「…俺たちが宇宙人だったとはね…」と祐樹は言ってうなだれた。
マンション群の裏山に、自然保護のための巨大な檻ができた。
拓馬は毎朝早起きをして、クマに会いに行く。
このクマも、拓馬の家族になった。
そして小動物たちも遠巻きからこのふたりを見ている。
「あー、まさかだけど、お前たちも同胞なんだろうか…」
寝そべっているクマの背中をやさしくなでながら拓馬は言った。
人間がいないこの自然の中は、まさにあっちの世界と同じようだと拓馬は感じた。
拓馬たちの先祖を運んできたのはこの地だろうと拓馬は確信していた。
十郷家も千田家も、この山深い土地にずっと住んでいた。
十郷家は土地を売ることを拒否していたのだが、瑠璃子の口車に乗って手放したようなものだった。
それがうまく回って、今を維持できるようにもなっていた。
よってこの地の地下に、宇宙船はあると拓馬は確信した。
候補は十郷家か千田家が持っていた土地の地下だと確信した。
千田家の所有していた土地は、今は憩いの場として使われている人工の森だ。
これも意図してこうしたのかもしれないと、拓馬は考えた。
拓馬は早朝、公園の森に移動して地面を透視した。
「…簡単すぎた…」とつぶやいて笑みを浮かべた。
ここからどうしようかと思い、木が多い暗い場所に移動して、小さな結界を張って土を固めるようにして穴を掘り始めた。
こうすれば、土砂を外に出さなくてもいいからだ。
そして、森が沈下しなくて済む。
拓馬はあっという間に宇宙船を見つけ出して、さらに穴の補強をした。
まさに宇宙船のドッグが完成していた。
宇宙船の見た目はそれほど古いものではないと感じた。
この宇宙船に乗ってこの地球にたどり着いて生活を始めたと考えているとその時の感情が宇宙船から感じられるように想えた。
だが、旅をしていた時間を考えると、さらに前のことだったのかもしれないと拓馬は考えて、エネルギーの充填が終わったコントロールパネルに電源を入れた。
システムはよく知っているものだった。
まさに魔女のシステムとそれほど変わらない。
現在はエンジンは動かしていないので、いきなり飛ぶことはない。
もちろん、そのエンジンの解析をするために動かしていないのだ。
意味不明の文字の羅列が現れたが、拓馬には理解できた。
航海日誌のようなものがあり、その期間は千年以上もの前のものから始まっていた。
よって、あっちの世界が不幸に陥ったのは約千二百年前だったはずだ。
その記載を見つけて、まさに人間の愚かな行為により、星が崩壊しかけたので逃げ出したというあらすじだった。
その崩壊を食い止めたのが、大きな力を持つ魔女だった。
その魔女は、子孫でもある千田家に白羽の矢を立てて、魔女として君臨するようになっていた。
魔女も世代交代があったはずだと拓馬は確信している。
そして妖精王も千田家から出して、どっちつかずの地位を確立しているのだろう。
そうすることで、住人たちに協力するように見せかけ、実のところは魔女の傀儡として生きている。
この微妙なバランスも必要なことだと拓馬は考えた。
よって、キノコのことは少なからず疑ったが、だまされているのならそれでも構わないと思っている。
それは拓馬の脳内にあった麗奈の姿のコピーをしたとほぼ確信したからだ。
本来の麗奈よりも魅力的な女性にキノコが変身することで、勇者をも魔女側に引き込む算段だろうと、拓馬は感情は何も沸くことなく漠然と考えた。
しかし、仲間たちがそれを裏切りだと感じれば、拓馬が手を下す必要がある。
できればそうならないようにと、何かの神に祈るほかなかった。
宇宙船の解析はほどなく終わり、外に出る前に、厳重な扉を三つ取り付けた。
この扉は拓馬にしか開けることはできない。
そして地上を探ると誰かがいた。
掘った穴の処理は足場を使って塞いであるのだが、土だけで草が生えていないので怪訝に思っているのかもしれない。
そして外にいるのは麗奈だと確信した。
今日は土曜日なので、早起きをして拓馬と早朝デートなどと思ってここに来たのだろう。
外に出る手立てはあるので、特に困ることはない。
しかし麗奈は立ち去ったようで、その気配はマンションの方から感じられる。
拓馬はまずは初めに掘った穴のふたを造って、コルクの栓をするように押し込んだ。
満足そうにうなづいた後、栓を抜いてまた穴に入って、元からあった山裾の自然な森の場所までまたトンネルを掘った。
どちらかのトンネルは確実に使えるようにと考えたのだが、この宇宙船を見に来ることはもうないかもしれないと考えていた。
今回はただの遺跡発掘現場の視察のようなものだ。
全てのシステムは、もう拓馬の頭の中にあるので、わざわざこの宇宙船を使う必要はない。
大きな一歩を踏み出した拓馬は、穴を抜け出すと泥だらけになっていたことに気付いた。
よってここは幼児に戻って、拓馬の家のある棟に行くとやはり麗奈がいた。
「おはよう!」と拓馬が元気にあいさつをすると、「あー… お姉ちゃんがお風呂に入れたげるぅー…」と異様に恥ずかしそうに言った。
「あはは、遠慮しとくよ。
早いね!」
「なんか、すごいことをやったよね?」
「うん、すごいね」
拓馬が正直に答えると、「聞きたいんだけど…」と麗奈はうなだれて言った。
「ごめんね、今は話せないんだ。
だけどすぐに知ることになると思うよ。
その時には、クラスのみんなを招待するから。
まあ、うるさいだろうから、永田先生も…」
「…好きな人って、いないの?」と麗奈は勇気を出して言って、顔を真っ赤にした。
「恋愛関係に限定したら…
キノコと麗奈ちゃんだなぁー、きっと…
でも、まだよくわかんない…」
拓馬は言って頭をかいた。
「…わたし… 拓馬君のようにすごいことはできないけど、好き…」
麗奈はきれいな涙を流して告白した。
拓馬は今は何も答えられなかった。
しかし、普通に人間であるのなら、お試しで付き合う、などと考えるはずだと考えて、そのままを麗奈に伝えた。
麗奈は深いため息をついた。
拓馬の心が動かなかったことを残念に思ったのだ。
「本当の大人になるまで、まだまだ長いよ。
それに今言ったような、
お試しで付き合うことはないから。
好きになった人と付き合いたいから」
「うん、信じた」
この一言に、拓馬は苦笑いを浮かべた。
まさにキノコに言った拓馬の言葉と感情そのままだったからだ。
全般の信頼は深い絆を生む。
今は仲間意識だが、きっと変わって行くのだろうと、拓馬は何げなく考えた。
拓馬は祐樹を誘って研究所に行った。
研究員のみんなは暇なのか、休みの日も研究をしていた。
そして拓馬は大きな空きスペースを使って、せっせと宇宙船を組み立て始めたので、誰もが大いに目を見開いて、その作業を凝視した。
そしてエンジンの秘密を公開して、研究員たちは模型を作り、その実証試験を始めた。
完成したのはおもちゃのようなものだが、宇宙にも飛び出せる素晴らしものだ。
プログラミングをして、光速を超えるスピードが出せたことに、誰もが大いに歓喜の声を上げた。
本物の宇宙船を改良した一号機が完成した。
このままでは外に出せないので、拓馬は地面を掘り始めた。
よって地下から外に運び出す算段だ。
それほど隠密行動をする必要はないので、発着基地はほどなく完成して、まずはリモート操作で外に飛ばした。
コントロールの電波は大気圏を飛び出しても通じるように、巨大なパラボラアンテナも創り上げた。
しばらくは低い場所を飛ばしていたのだが、一気に上昇させて、大気圏すれすれを平行移動させた。
その計測結果が逐次送られてきて、全く問題がないことを確認してから、一気に加速して大気圏の外に出した。
宇宙での映像が送られてくると、誰も何も言わずに見入っているだけだ。
計測結果も何も問題はなかった。
地球を大きく一周させた。
流れ星よりも早いので、天文台でも認識できなかったはずだ。
宇宙船を大気圏に突入させてから、素早く地面すれすれに下した。
「Gがまるきりかかっていないことがすごい…」と蘭堂が計測結果の画面を見て、うなるように言った。
「気軽に宇宙旅行ができるよ!
もう、それほど興味ないけど。
それぞれの星の調査も簡単にできるね。
宇宙局にプレゼンすれば、いい値段で買ってくれると思うよ。
もっとも、元はと言えば、
おばちゃんの所有物と言ってもいいけどね。
法律としてはそうじゃなくなったけどね」
「…やはり、あったのか…」と祐樹は確信してうなづいた。
拓馬が宇宙船を創り始めてからもう気づいていたのだ。
「変わってるのはエンジンだけだから。
制御盤とかは、この地球の技術でも再現できるよ。
だからね、肝心のエンジンを量産できないってわけだよ。
無謀な宇宙大戦争は絶対に起こらないから」
小さな宇宙船の材料も、拓馬が創り上げたものなので、現存するものはおもちゃを含めて三機しかないことになる。
「じゃ、本来の研究替わりに、エアカーでも創る?」
拓馬の言葉に、「実用的なことから始めよう」と蘭堂は笑みを浮かべて言って、拓馬の肩を叩いた。
エアカーも宇宙船と同じ仕組みなのだが、小さい鉱物しか使っていないので、宇宙に飛び出すことは不可能だ。
飛び上がれるのも最高で500メートルなので、物理的にも不可能という計算がされた。
この技術に関してはトップシークレットとしたが、休日だが学校に来ていた学生たち数人は、エアカーの試運転を目を見開いて見ていた。
今はリミッターをかけていないので、最大でマッハ5を超えるスピードを出せる。
さすがにそこまでは出さないが、まるで瞬間移動のような飛び方に、誰もが大いに感動していた。
「エンジンの鉱物をさらに減らしてもいいと思う。
かなりの数を集めないと、宇宙船にはできないからな」
蘭堂の言葉に、拓馬はうなづいた。
「俺の自家用車にしていい?」と祐樹が言うと、「責任を持てるんだったらいいよ」と拓馬が投げやりに言うと、祐樹は大いに悔しがっていた。
『天才集団がまたとんでもないものを造っちまったっ!』というニュースが、全世界中に広まった。
これで交通渋滞の緩和が見込まれるとしたが、「この星は平和ではない。よって、公表はしたが発売はしないし、転売もしないし、誰も命令も受けない」と蘭堂はテレビカメラの前で堂々と宣言した。
「言い返すことは、
すべてを平和にしてからだ。
これがわがチームの意思だ」
テレビをお気楽に見ていた真のリーダーは、「蘭堂さん、かっこいいー…」と羨望の眼差しで言った。
もちろん蘭堂は嫌がったのだが、拓馬がまだ未成年であることで、渋々テレビのインタビューに答えたのだ。
もちろん、その先のことも十分に考えている。
「ま、お堅いからな。
頑固と言ってもいい。
それにここまでくると、欲も沸かん。
回りのやつらの欲がよく見えることだし。
だからこそ、必要なものがある。
屈強なボディーガード」
祐樹の言葉に、「サヤカさんでいいじゃん」と拓馬は少し笑いながら言った。
祐樹もにやりと笑って、「エンジンも例のやつを積めば、何も問題ないんだろ?」と聞くと、「ないよ」と拓馬は簡単に答えた。
「空飛ぶお手伝いさん」と拓馬が言うと、祐樹は大いに笑った。
15
拓馬は異世界にも宇宙船を創って試運転をした。
何も問題がなく、そしてもうすでにその全貌が明らかになったので、この先の仕事について考えていた。
宇宙船は大気圏を飛び出した。
まさに、この世界は異様としか言えない星だった。
人が住んでいる部分はほんの一握りで、それ以外は荒廃した地面だった。
魔女は使える部分だけを星中からかき集めたといったところだ。
よって、守られている部分には大気圏があるが、星自体にはそれがない。
まさに、魔女の力は絶大だった。
―― どれほどの力が出せるのだろうか… ――
拓馬は魔女に勝てる自信がなかった。
しかしここは奮起して、町とは反対の大地に宇宙船を着陸させた。
そして大気の確認をすると、なんと薄いが空気が現存していることに気付いた。
それは人が住んでいる町から流れだしているものだろうと推測して、大いに期待して外に出た。
そして薄い空気を大いに吸い込んで、「はっ!!」と気合を入れて術を放った。
辺りは一瞬突風が吹いたがすぐに収まった。
―― 魔女の手助け、だろうなぁー… ―― と拓馬は思いながらも、生命の息吹をこの星の表面に充満させていった。
もちろん腹が減るので大いに食う。
そしてまた星を活性化させる。
するとついに、一気に暖かな空気がこの場にも感じられた。
魔女がついに、その術を放棄したのだ。
この星はよみがえったと言っていい。
しかし水が少ないので、水脈を探し出して大穴を開けると、巨大な湖となっていた。
するとさらに酸素が星を覆い、それに反応したように草木が成長を始め、ついには大気圏も薄いながらにも形成されていた。
この星は本当の意味で生き返った。
拓馬は宇宙船に乗って、大気圏の外に出ることなく、本拠地の森に戻った。
「ゼウスカタナ様、大変です!」とマリーナが悲壮感をあらわにして拓馬に言った。
「魔女が逃げ出した」
拓馬の言葉に、「あー、はい、そうですぅー…」と見抜かれたことが気に入らなかったようで、拓馬を少しにらみながら言った。
拓馬はこの星の真実をみんなに語った。
仲間たちはまさに信じられない想いだったが、魔女が後退を始めたことがその証拠だと拓馬の話を信じた。
「どこまで後退するのかは定かではないが、
防御はもうそれほど必要はない。
ただの警備でもいいはずだ。
俺たちは、平和を勝ち取ったと言えると思う。
少々、あっけなかったけどな」
「…もう、戦わなくていいんだぁー…」とクロイツは言って、へなへなとその腰を地面に落とした。
「そう、問題はこれだ」と拓馬は言ってクロイツを指さした。
「みんながみんな、クロイツのようになって無気力感を味わう。
そして怠惰となることで、第二の魔女を生むことになる。
俺たちだけでも、この先も勤勉であれ!」
拓馬の気合の入った言葉に、クロイツはすぐに立ち上がって、「ごめんなさい!」と素直に謝った。
「いや、クロイツが心から平和を望んでいたことを
一番に感じたからそれでいいんだ」
拓馬の言葉に、ほかの者たちは大いに苦笑いを浮かべた。
「それにだ、魔女のシステム、止まってないよな?」
「え? あっ! はいっ! 動いています!!」とサリーナが勢い込んで言った。
「じゃ、どういうことだと思う?」
拓馬が聞くと、全員が一気に笑みを浮かべた。
「お父さんと、もっともっと遊ぶのっ!」とキャサリンが陽気に言うと、源は笑みを浮かべてキャサリンを抱き上げた。
「言っとくぞ。
魔女はな、今までの数倍の力を手に入れた。
それは俺が与えた。
どっちが真の王だと思う?」
拓馬の言葉に、仲間たちは一斉に拓馬に頭を下げた。
「それからな…
俺の星からここに来る別の手段がこの宇宙船。
この星がさらに平和になっても、ここでも生活を続けるからな」
「はっ! ゼウスカタナ様っ!」と仲間たちは一斉に陽気に答えた。
「じゃ、今日はまずは東と西の果ての探検と、砦と壁づくり。
全然暇じゃないぞ。
今までよりもさらに忙しくなる」
「西の前線から連絡!
西側の城壁が消えたと!」
シロップの言葉に、「そういうこと。この世界は正常化した」と拓馬が言うと、シロップ、マリーナ、サリーナはその詳細な映像を各エリアと砦に流した。
「一目瞭然だ。
西と東はさらに広がった。
今までは魔女の力でつながっていただけなんだ。
魔女はその力が必要ないと判断して放棄した。
よって魔女は大いに力を上げたと言っていいんだ。
そして、ここに来るかもな。
誰かに化けてでもな」
拓馬の言葉に、誰もが大いに震えあがっている。
「たぶん怖くないさ。
観光旅行だろうから」
拓馬が言うと、キャサリンが眉を下げて拓馬を見ている。
「…あのね、あっちにもいってみたいのぉー…」と恥ずかしそうに言った。
「悪者が大勢いるぞ。
だけど、力を持っていない悪者だから、
ここのやつらよりもたちが悪い。
ま、そんなやつらは放っておけばいい。
そんな星だけど、来るかい?」
「…焼いちゃうかもぉー…」
キャサリンの言葉に、拓馬は大いに笑った。
「ああ、私も行きたいのぉー…」とキノコが拓馬を拝みながら言うと、「キノコがあっちの魔女になりそうだからダメ」と拓馬はすぐに答えた。
「だって、麗奈ちゃんと対決したいもん…」
―― やはり言ってきた ―― と拓馬は思い、にやりと笑った。
「彼女は俺を信じたと言った。
精神的な攻撃は通用しないと思っておいた方がいい。
もちろん、肉体的なものや術も禁止だ。
お前自身が持っている魂だけで話をするのなら許可する。
なきものにしたら、俺がお前を討伐するからな」
「…あ、あ… お見通しだったぁー…」とキノコは本心を言った。
「キャサリン、俺は焼いていいと思ったんだけど?」
するとキャサリンは巨大な火竜に変身して、キノコを見入った。
「…キャサリンちゃん、こわぁーいぃー…」とキノコは何とかつぶやいた。
「キノコは除名だ。
すぐに登録!」
「はい! 登録削除完了しました!」とシロップが言って、現在のメンバーの一覧を出した。
「ここに魔女が入ってくれたら盤石…」
拓馬の言葉に、誰もが大いに苦笑いを浮かべていた。
「採用枠、3人分減って、43名に更新されました!」
マリーナが叫ぶと、「と、こういったデメリットも発生するので、できれば解雇だけは受けないようにしてもらいたいものだね」と拓馬はため息交じりに言った。
キノコの笑みは消え、妖精の姿に戻って森を出て行った。
「恋に狂うという欲は、
こういった悲劇も起こるんだ。
強い力を持った者は注意しておいた方がいいぞ。
自分のことよりも先に、相手の立場に立って考えろ。
すると自然に、正しい道が見えてくるはずだから」
「今まで、ずっと隠していたのでしょうか?」
クロイツの言葉に、「見据える相手が手に届く場所にいると感じたからだよ」と拓馬は答えた。
「いいことがあれば悪いことが起る。
ハッピーエンドなどないと、
初めに決めつけておいた方がいいね。
環境の変化には大いに注意が必要だ。
そして、各エリアを出て旅立つ者もいるだろう。
それはそれで構わないから。
しかし、俺はそれほど甘くない。
出て行ったが最後、信用されなくなると思っておいた方がいい」
拓馬の言葉は各エリアにすぐさま流された。
大勢いる住人たちは何のことだかわからなかった。
それは、西の端は第1エリアで、東の端は第6エリアだからだ。
よって、世界が広がった意識が全くないからだ。
この先徐々に知っていき、拓馬が言ったことは確実に起こるのだ。
しかしそれはそれで、この星の繁栄に必要なものだと考えていた。
「この地の南側も行き止まりじゃなくなったから。
あとで確認しておいてくれ。
そして走りすぎると、魔女の城にたどり着くから、
用心した方がいいぞ」
「魔女の城から、砦が出現しました!
城はまだまだ後退しています!」
シロップの言葉に、拓馬は大いにうなづいた。
「じゃ、ちょっと会ってくるよ。
キャサリンも行くだろ?」
拓馬の言葉に、キャサリンは人型になって拓馬に飛びついた。
「護衛はひとりでいい。
じゃ、行ってくるから」
拓馬は言って、今言った通りに南に向かって飛んで行った。
「お父さんっ! はやいはやい!」とキャサリンは叫んで大いに喜んでいた。
ほどなく漆黒城が見えた時、キャサリンは火竜に変身した。
拓馬と並走して飛び、拓馬は漆黒城のテラスに降りた。
「どうも! 勇者でぇーす!」と拓馬が陽気に言うと、真っ黒な一団が現れてすぐに、「さがれ」という女性の声が聞こえた。
黒の集団はその言葉通りに城に入って行った。
そして姿を見せた魔女に、拓馬は頭を下げた。
「…怖いわね、火竜…」と眉を下げて言ってから、拓馬におしゃれなテーブルに誘って席を勧めた。
拓馬は素直に従って席についた。
「相手の顔を見に来ただけ。
小学校の先生を不良にしたような顔だ」
「その一族も、仲間だ」と言って、一瞬にして飲み物を出した。
「メイドいらずだね。
うちは自分勝手にするから、同じようなものだけど」
拓馬は言ってから、「いただきます」と言って、紅茶のような液体を口に注いだ。
「あら、つまらないわ…
少しは疑って欲しいんだけど…
そうじゃないと、私の力にならないのに…」
「協力するつもりはないし、
何か入っていたらわかるから。
それに、それで死んだ間抜けな勇者というだけのものだよ。
俺の代わりはいくらでもいる」
「安藤麗奈を忘れなさい」
なぜ魔女がこんなことを言い出したのか拓馬には全くわからなかった。
「生意気だから?」と拓馬が答えると、「それもあるわ…」と言ってうなだれた。
「永田先生が魔女だったんだぁー…」と拓馬はようやくここで気づいてさすがに驚いていた。
「今日は臨時。
こんなことがたまにあるのよ…
だからこそ、大きな力を使えたわけ。
それに、さらに大きな力を手に入れたわ!」
魔女恵美が言うと、「ま、そうだね」と言って拓馬はまたひと口紅茶を飲んだ。
「永田恵美を伴侶にしなさい」「やだよ、美人で面白い先生だけどね」
拓馬が即答すると、魔女恵美はわなわなと震えた。
「知ってるよね?
キノコをクビにした」
「ええ、もちろんだわ。
ただのスパイが欲を持つからよ」
「あんたは欲だらけじゃないか…
あ、あんたはいいんだ。
その欲を利用して、自分の力に変える。
欲が成就しないと、その分力になる。
だから俺が断ったことで、あんたはまた一段強くなった」
拓馬の言葉には答えずに、魔女恵美もティーカップを口に近づけた。
「お砂糖入れずによく飲めるわね…」
「好きになった者の趣味趣向は知っておくべきだと思うけど?
特に大人なんだし」
「永田恵美に言っておくわ…」と魔女恵美はため息交じりに言った。
「だけど、あんたは本来の魔女に反抗するかと思ったけどしないんだね…
それが一番不思議だ。
俺が考えたおばちゃんの動きそのものだった。
やはり雇われていると言っていいのかなぁー…」
まさに核心をついた言葉だったようで、ここで初めて魔女恵美は反応を示した。
魔女恵美は拓馬をにらみつけていた。
「なるほどね、地力が違うんだ。
これほどのパワーを、あんたはうまく操れない。
なるほどなぁー…」
すると、魔女美恵だけに突風が吹きつけた。
「何だキャサリン笑ったのか?」と拓馬が陽気に言うと、火竜は小さくうなづいた。
突風は、キャサリンの鼻息だった。
そして魔女恵美の顔は真っ赤になっていてストレートの長い髪は焼け焦げてちりちりになっていた。
「面白い話をするからだよ」
「私は何も言ってない!」と魔女恵美は怒りの感情を大いにあらわにした。
「小物と話しても仕方ないね」と拓馬は言って立ち上がった。
魔女恵美は言い返す言葉もなかった。
さらに今の火竜の鼻息は、魔女美恵を焦がすだけのものではなかった。
「あ、さっきの黒い人、いる?
あ、誰でもいいけど、できれば一番偉い人で」
するとすぐに、一番大柄の、何とか顔の確認ができる魔族が現れた。
「この人以外の魔女って、もっと威厳があるよね?」
「そんなもの当然だ。
俺たちは主の命令で動いているが、
このような小物、本当はたたき出したいところだ」
実直な部下で助かったと、拓馬は思った。
「まだほかにもいるよね?
本来の魔女とよく似た人」
「ああ、あのお方はかなりマシだ。
妖精王だからな」
「じゃ、災難に遭った時は、
本来の魔女がいたんだ」
「ふん! 猪口才な真似を…」と黒い男は大いに悔しがっていた。
「それ、あんたたちが守れなかっただけじゃん…」
拓馬が呆れたように言うと、「俺が非番だったんだ!」と妙に人間臭いことを言ったので、拓馬は大いに笑った。
「平和的解決はないし、しばらくは大きな戦いはない。
ということでいいの?」
「すべてはミスティラル様の心のままだ」
拓馬は何度もうなづいて、「おばちゃんにミスティラルって呼んだら怒ると思う?」と聞いた。
「さあな、喜ぶんじゃないのか?」と黒い男はにやりと笑った。
「あんたとはいい友達になれそうだけど、
まだ少々先のようだ。
俺はこの先、誰も失わずに戦おう。
お前たちも極力そうしてくれ。
これが、因縁を残さない戦い方だ」
「フン! 知ったことか!」と黒い男は言ったが、怒ってはいなかった。
「次に会う日を、楽しみにしてるよ」
拓馬は言って、ふわりと宙に浮いて、警戒しているキャサリンの首にやさしく触れた。
キャサリンは後退するように飛んで、素早く身をひるがえして、拓馬について行った。
森に戻って、漆黒城での話し合いを全員にした。
もちろんキノコがスパイだったことを含めてだ。
やはり一番驚いたのは魔女が三人いたことだった。
「強いのは当たり前だよ…
それに、ふたりは俺の肉親で、ひとりは知り合いだからね。
少々やりにくくなったけど、
それも俺の精神修行だ。
それに戦い方は今までと同じだ。
攻撃してくるから防御し、
時には隙を見つけて攻撃を仕掛ける。
この星の半分ほどを囲み終えれば一段落って言ったところだね。
狭い土地を奪い合うことだけはなくなったから、
さらに力を上げて欲しい。
それは戦う相手を殺さなくていいほどの余裕を持った力だ」
今の数倍は力を上げないと無理と誰もが思ったが、それが一番平和な戦士だと誰もが確信した。
「その時俺は、みんなを勇者と呼ぼう」
「おうっ!!」と仲間たちは大いに気合を入れた。
そして半数に分かれて、第三エリアと第五エリアに飛んだ。
もちろん、壁を創るための人足の調達だ。
今サボってしまうと、そのうち動物などが出現して困ることになる。
特に息を吹き返した爬虫類がかなりの数がいると拓馬は確信していた。
まずは食い物を求めてこの地にやってくるはずだが、今のところは凶暴なものは確認できない。
こういった防衛もこの先考えていく必要がある。
拓馬はさらに森を大きくして、所々伐採してから乾燥させるために干した。
考えられないほどの木材が必要になるので、少しでも材料の確保が必要になる。
そして城も見張り台として機能させることにした。
さらには早急に、後方の囲いも必要。
まさにすることが山ほどできたので、拓馬とキャサリンは笑みを浮かべながら仲良く働いた。
何とか森を囲う側面と後方の高い塀を創り終えた拓馬は、宇宙船を使って地球まで飛べる時間を計算すると、なんと1時間20分だったことに、大いに疑った。
そのからくりは簡単で、ここから地球は一直線では確認できないからだ。
大きな星が邪魔をしていて、地球の太陽系を確認できない。
よって、海に潜るように下ってから一直線に飛べば簡単に地球にたどり着く。
地球に来た先祖たちは大いに遠回りして、そして半放浪をしながら地球にたどり着いたようだと拓馬は考えて苦笑いを浮かべた。
「お父さんと一緒にお風呂入るぅー…」
キャサリンがかわいいことを言った。
ここにも風呂はあるのだが、ここではないあっちの風呂に入りたいという自己主張のようだ。
「敵も多いから、ボディーガードとしてキャサリンを雇おうかなぁー…
っていう理由で一緒に帰ろうか?」
キャサリンは上機嫌で拓馬を抱きしめた。
「それに、眠って火竜に戻っても構わないぞ。
ここのように、大きな森を手に入れたからね。
そこで一緒に寝よう」
「うん! きっと今までよりもずっと楽しいっ!!」
キャサリンに期待させてしまったので、この約束だけは絶対に破れないが、これは拓馬の都合のいい理由付けだ。
さらに問題は、夢見での拓馬とキャサリンがどうなるのかにかかっているが、それは問題ないと思っている。
その橋渡しが森にいるからだ。
そして、キャサリンが行くことできっとうまくいくだろうと拓馬は自信を持った。
よって少しでも早く地球に帰ろうと思い、マリーナたちに事情を告げて、キャサリンとともに宇宙船に乗って、地球を目指し飛んだ。
予想していた時間よりもかなり早く地球にたどり着いた拓馬は、宇宙船を森に隠して、キャサリンを抱きしめてクマを探した。
しかし、追いかけると逃げて行くので、拓馬は大いに困り果てている。
「キャサリンを怖がってるなぁー…
まあ、動物の王様のようなものだし…」
「…叱っちゃうー… お父さんを困らせるなんてぇー…」とキャサリンがかわいらしく言うと、クマが大急ぎでやって来て、拓馬よりもキャサリンに頭を下げているように見える。
「あはっ! きたきた!」とキャサリンは言って大いに喜んでクマに抱きついたが、クマは大いに迷惑そうだった。
「…あー…」とキャサリンは言って、クマから体を離してから、拓馬の右手首を見た。
「できるよ?」とキャサリンは小首をかしげてかわいらしく言った。
「そうか、助かった」と拓馬は事情を聴くことなく答えて、右手首のリストバンドを外して、ボディーバッグを元の大きさに戻した。
キャサリンはバックを両手で受け取って、クマに手渡すようにして体に当てた。
するとまるでクマから浮き出てくるように、大人の男性が姿を見せた。
特に何のダメージもないようで、笑みを浮かべて拓馬を見ていた。
「…父親としては失格だよ…」と健太郎は言って、クマの頭をなでた。
拓馬は笑みを浮かべて健太郎を見ている。
「ここにキャサリンを連れてきてよかった…
父さんはどうするの?
俺、今からここにちょっと大きめの家を創ろうって思ってるんだけど…
キャサリンがそれなりに大きいからね。
それに、宇宙船の格納庫も欲しいし…」
健太郎はすべての状況を察している。
そしてまだ愛梨と瑠璃子に会うべきではないと考えたのか思案を始めた。
「もう、大丈夫だよ?」とキャサリンが小首をかしげてかわいらしく言うと、「愛梨に謝らないと…」と健太郎は言って、キャサリンに頭を下げた。
「じゃ、先にそっちを済ませよう」と拓馬は言ってから、「すぐに戻ってくるから」とクマに言って、キャサリンと健太郎を抱きしめて、煌々と明かりが灯っているマンション群に向けて飛んだ。
家のある棟に来るまで何人にも飛んでいる姿を目撃されたのだが、拓馬は気にしなかった。
そうした方が、出版した本の件だけでも説明を省けるところも多いからだ。
拓馬はふたりを抱きかかえたまま、階段を駆け上がった。
「…この方が早いね…」と健太郎はエレベーターの扉を見て苦笑いを浮かべて言った。
拓馬は家の扉を開けて、「ただいま!」と言うと、「またどこに行ってたのよぉー」と愛梨が文句を言いながら玄関にやってきてすぐに固まった。
拓馬は健太郎を送り届けただけで、キャサリンとふたりして風呂に入った。
「…妖精王がいたよ…」とキャサリンが拓馬の耳に顔を近づけて小さな声で言うと、拓馬はそれほど声を張らずに大いに笑った。
風呂から上がって外に出て、廊下から外に飛び出して、山に向かって素早く飛んだ。
クマは宇宙船のそばで待っていた。
拓馬は軽くクマの頭をなでてから、広い範囲に緑色の輝度が高くないサーチライトを浴びせた。
遠くから見ると、山がぼんやりと浮かび上がっているように見えるだろう。
それほど明るくないが暗くもないので、作業を安全に行うことが可能だ。
拓馬は、まずは宇宙船の隣の敷地の草刈りをして、大きなハッチ付きの宇宙船用のガレージを創った。
そしてその横に、キャサリンの成長を見込んだ、ガレージと同じ大きさの建物を建てた。
同じ形の簡素な建物がふたつできたが、宙に浮かんで見ると、景観を損なうどころか、この広い大自然の中では点でしかなかった。
クマは草刈りをして積み上げたベッドが気に入ったようで、リズミカルに走りながら寝転んだ。
そしてすぐに寝息を立て始めた。
「…あは、かわいいぃー…」とキャサリンは言って、ベットに昇ってクマの体を抱きしめた。
拓馬は建物内に入って、キャサリンの寝床を整えて、マントルのパワーの確認をした。
もちろん標高は平地よりも高いのだが、この地はマントル量が多いと感じて、穴を掘る必要はないと感じて、サイコキネッシスで草の根を引き抜いて、石なども取り除いて、寝心地のよさそうなふかふかの地面にした。
キャサリンが陽気に走ってやってきて、すぐに火竜に変身して、地面に寝転んで丸くなった。
拓馬もクマのマネをしよう想い、刈った草を積み上げて大きなシーツに包んで草のベッドを作り上げて寝転んだ。
―― あ、ここで寝るって言ってこなかったけど、いっか… ―― などと思っていると、森に立っていた。
そして右側を見ると、キャサリンが拓馬に笑みを浮かべて見上げている。
「ずっと一緒にいられるね」と拓馬が笑みを浮かべて言うと、キャサリンは何も言わずに笑みを浮かべて拓馬の足にしがみついた。
拓馬はキャサリンを抱きあげて、城の敷地内に入って、「ただいまぁー」と言って仲間に挨拶をした。
困ったことは起こっていないようで、半数ほどが寝ぼけ眼だった。
どうやらついさっきまで寝ていたようだ。
「さて…
魔女を混乱させるものを完成させよう」
拓馬は言って、小屋に入った。
「やあ、どんな感じ?」と拓馬が作業用ロボットのサヤカに聞くと、「ハードは完成しました。あとはプログラムを入れ込むだけです」と言ってから頭を下げた。
「じゃ、さらにパワーアップしたプログラムを入れ込もう」
拓馬は陽気に言って、作業を開始した。
マリーナが眉を下げて小屋にやってきて、「ゼウスカタナ様、実は…」と言った。
「何かあったようだね」と拓馬が言うと、不穏なデータを宙に浮かべた。
「今は落ち着いた…
原因はキャサリンをここから連れ出したからか…」
夢の中と言えども、今のキャサリンは本物だ。
拓馬とキャサリンがこの星を出てすぐに、微細な振動がこの星を襲っていたのだ。
それは規則正しく、10分に一度が9分に一度になって、3分に一度に変わった時にキャサリンがこの星に現れてすぐに収まっている。
拓馬はその二分後にこの星に現れたので、拓馬の存在の有無は関係ないことだと理解できた。
「キャサリンは、この星そのものだったのか…
そりゃ、強いはずだよ…
キャサリンはきっと知っていて俺にねだったんだろうなぁー…
できれば、ずっと一緒にいたかったけど、
宇宙船でこっちに来ればいいだけだし、
キャサリンに理解してもらうか…」
拓馬は重い腰を上げて外に出て、ブランコに乗って上機嫌で遊んでいるキャサリンの隣のブランコに座った。
「キャサリンは、この星にいなくちゃいけないそうだ」
拓馬の言葉に、キャサリンはすぐに漕ぐのをやめた。
そして少しうなだれた。
「一日ぐらいなら大丈夫だって思ってた…」とキャサリンはつぶやくように言った。
「もって一日のような気がするね」と拓馬も少しうなだれて言った。
「お父さんが残念がってくれたからそれでいいの!」とキャサリンは叫んで拓馬に抱きついた。
「ああ、本当に残念だ。
せっかくキャサリンの家も作ったのにな…」
「…お父さん、ありがと…」と言ってキャサリンは涙を流して、拓馬の胸に顔をうずめた。
「一緒にいられないわけじゃない。
それに、今まで以上に一緒にいられる時間は増えるから。
宇宙戦で飛んで来ればいいだけだからな」
「うんっ! すっごくうれしい!」とキャサリンは無理をすることなく、心の底から喜んでいる。
「あ、俺が泊まりに来ればいいだけだし、
明日も休みだから、ここに一日一緒にいよう」
「大丈夫なの?
きっと、すっごく忙しいって思うんだけど…」
キャサリンは拓馬を気遣って言った。
「いや、今のところは何もない。
朝起きたら、キャサリンをここに送ってすぐに確認するから。
大したことがないことだったら、すぐに断ってここに来るよ。
あ、あっちから連絡できるようになったから」
拓馬はキャサリンを抱き上げて立ち上がり、小屋に連れて行った。
「今は向こうに誰もいないけど、
このモニターに俺が映るから。
その時にこのサヤカさんがキャサリンを呼んでくれるから」
「うん! わかったのっ!」とキャサリンは元気に答えて、ロボットのサヤカに頭を下げた。
「拓馬様の代わりのロボットを、あちらに置いてきてもよろしいかと」
サヤカの言葉に、拓馬は大いに苦笑いを浮かべた。
「このシステムがあれば、
それは可能なことだね。
だけど俺は必ず言うと思う。
俺はロボットだってね」
「はい、ご主人様ならそう言われるでしょう。
ですが、それも一興かと」
サヤカのプッシュが少々こちらの世界に傾いていると拓馬は感じた。
「こっちを勧める理由が何かあるの?」
「はい、こちらにはご主人様が必要なのです。
ですがご主人様はそれを望んでおられず、
両方で暮らそうとされていらっしゃる。
ですが総合的に見れば、こちらで暮らされた方が有意義のように思ったのです。
情報によると、あちらには欲が渦巻いております。
ですので致し方なくこちらだけで暮らされることを
選ばれるという計算結果を得ましたので」
その可能性は大いにあると、拓馬は考えていた。
「それに、俺のルーツはこの星にあるからね…
その計算は正しいと思った。
だから、俺が失意の底に至ったら、
この星に逃げ込むことにしたよ。
その時俺は、勇者の力を落としているかもしれない。
だからこそ、勇者の力を落とさずに俺の精神修行としよう」
「余計なことを申し上げてしまいました。
お許しください」
サヤカが言ったが、拓馬は逆に礼を言った。
「それに、私も、ご主人様と一緒にいたいのです」とサヤカは言って人間のしぐさと同じように、恥ずかしそうにして身をねじった。
「ああ、それも考慮に入れておくから」
この言葉だけで十分だったようで、サヤカはてきぱきと働き始めた。
「お父さんはね、両方で暮らした方がいいと思うの。
あのね…
麗奈ちゃんって人にも会いたかった…」
キャサリンの言葉に、拓馬はこの星に招待することを確約すると、キャサリンは大いに喜んでいた。
―― お母さんができたとか、思ったんだろうか… ―― と拓馬は考えて、大いに苦笑いを浮かべた。