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8 ロキの休日 2









「――毛玉、いや、子供か・・・?」


 私の足元にくっついている薄汚れた2人の子供を見て、ハーバードは困惑した声で素直にそう呟いた。


 その声に二人の子供はびくりと体を震わせるが、恐る恐る顔を上げ私と目を合わせた。

 不安に大きく揺れる2対の瞳は、エメラルドの様な澄んだ青緑色をしていた。


 黄味掛かった灰色の髪は多分、本来は綺麗な金髪なのだろう。長い間梳かれる事なく放置されていた様で、所々毛玉になっている。

 歳は5歳前後と言った所だろうか。もしかすると栄養が足りていなくて見た目以上に歳は上かも知れないが、顔の作りも見分けがつかない程同じなので、この二人は双子なのだろう。



 こんな場所で子供だけで歩いているのは不自然だし、何より汚れすぎていてこの辺りでは明らかに浮いている。

 王都の外周を覆う壁の周辺に住む者たち以上の見てくれである。この王都には国の政策上、いわゆるスラムはないのでここまで汚れているのは異常である。

 しかしその理由には直ぐに思い当たる所があった。



「奴隷か・・・?」


 ハーバードの呟きに再び双子が肩を震わせる。


 そう、この世界、奴隷が存在する。

 当たり前の様に売り買いされている訳ではないが、下区の下の方では路地に入ると攫われ売り飛ばされる事もしばしば。規制をしている国もあるが、この国は奴隷を使っている事業が幾つかあるので、現状表立って規制できないでいる。

 一応、衛兵が見回りをしているのだが国が強く出ない分、イタチごっこが続いている訳だ。

 スラムはないのに奴隷が存在するのは少し不思議な感じがする。



 しかし、この双子が奴隷であったとしても、ここにいるのはやはり不自然である。


 迷子の奴隷、なのかも知れないが、私に向けて来た意思(・・)が引っかかる。

 実際、二人とも今にも崩れ落ちそうなほど弱々しいのに、私の服の裾を強く掴んで離さない訳だし。

 不安げな様子だが、固く結ばれた形の良い口からは強い意志を感じる。




 そして一番の問題が、二人とも目的地(私の所)まで辿り着いて少し安心したのか、先ほどから横髪の隙間から少し見え隠れしている()の部分にあった。

 周囲の音を拾ってピクピクと小刻みに動いている。



 この世界は、異種族も存在するファンタジーである。

 エルフに始まりドワーフ、獣人族。妖精族もいたりする。

 異種族がいるからこそ、世界では棲み分けがされているのだ。人類国家で目にする事は殆どない。


 そして言うまでもなく、異種族に手を出すのはタブーである。

 人間以上に絆の強い彼らを攫った事に起因して戦争に発展している例は、歴史の中に数え切れないほどある。



 くすんだ色の髪の隙間から見えるそれは、明らかに鳥の様な羽耳である。


 つまりここに、この世界でも相当に珍しい『羽耳族』がいるはずもないのだ。



 そしてこの双子は『助けてほしい』と言う意思を乗せて、たった今私の元にやって来たのだった。

 【察知】スキルが常時発動してくれるパッシブスキルで良かったと、心底思う。




 双子の頭に手を乗せ撫でるだけで何も言わない私に、ハーバードが疑問を口にしようとした丁度その時、ドタドタと激しい足音を立てながら集団が一つやって来た。

 服を握る双子の力が強くなったのを感じながら、ハーバードと共に視線を向けた。



 少し装飾の多い服を着た小太りの男を中心に、屈強な戦士数名と、魔法使いなのだろうか、杖を持った男も中にはいる。

 彼らからは害意を十二分に感じるので、戦闘体制という事だろう。


 街ゆく人が足を止めなんだなんだと野次馬のように遠巻きに眺める中、集団が私たちの目の前に到着した。


 えぇそうでしょうとも。

 目的はこの子達でしょう。

 このまま通り過ぎてくれる事を祈ったりしたんだが、どうやら神様は願いを聞き届けてくれなかったらしい。



「その双子をこちらに渡してもらおうか」


 出会い頭の一言目から小太りの男に高圧的にそう言われる。


 ひしひしと感じる面倒ごとの予感にハーバードが呆れた様な表情で私を見るが、向こうからやって来たのだ。私のせいじゃない。

 とりあえず穏便に済ませようとアイコンタクトを送ると、ハーバードが一歩前に出た。



「その前にお前たち何だ?急に大勢で現れて声を掛けて来るなんて、不躾じゃないか」


「あぁお前はAランクのハーバードだな。お前こそこんな所で何をしているんだ?お前のホームはモンダールだろう」


「学園の教師になったのでね。1年限りだが」


「・・・そうか、それはおめでとうと言っておこうか」


 ・・・この小太りのおっさん、伯爵家出身で伯爵・侯爵相当のAランク冒険者でもあるハーバードに対して、えらく上から物を言うな?

 その態度に、余計に小物臭が拭えない。

 聞かずともそこまでの男ではないのだろう。


「それで、お前は誰なんだ?」


「あぁ農民貴族(・・・・)には分からなかったか、私はヨーネン侯爵家の者だ。さて、自己紹介なんてどうでも良い、その双子をさっさと渡せ」


 『農民貴族』というストレートな蔑称にハーバードの眉がピクリと動くが、慣れているのか敢えて聞かなかった事に(スルー)して、小さくため息を漏らした。

 ハーバードの様に農作が盛んな領を持つ家は農民貴族と呼ばれたりするのだ。


 しかし、ヨーネン侯爵?確か貴族派閥の中にそんな名前の侯爵がいたな。

 そのヨーネン侯爵の当主なら分かるのだが、言い回し的に違うらしい。

 なら何故にそんなに偉そうなのだろう。貴族派閥の思考回路はよく分からないな。



 私の方を向いたハーバードに否定のメッセージを送る。


「分からないな、何故お前たちに渡す必要がある。そもそも、この子たちとは何の関わりもなさそうだが」


「貴様の方が関係ない、それは侯爵家の(・・・・)所有物だ。今直ぐに引き渡せ」


「そうか、・・・所有物。奴隷か?」


「そうとも言うな」


「なら余計渡す訳にはいかない、異種族を奴隷にしたとなれば国家間の問題になる」


「何、国からの許可は取ってある、問題にはならん。早く渡せ」


 んー?国が認めた?

 羽耳族の奴隷を?

 そんな訳ないだろう。


「断る。お前らに渡したら、ろくな事にならない予感しかしない」


「・・・やれ」


 きっちり断ったハーバードに、案の定後ろのチンピラを顎で動かす自称ヨーネン侯爵家の誰かさん。


 街中で起きたいざこざが早くも戦闘に発展し周りの野次馬が更に数メートル離れるが、早くこの場から立ち去らないと直ぐに魔法に巻き込まれるんじゃないか?大丈夫?


 そして最も後方にいる魔法職のチンピラが、持っている杖を私たちに向けて掲げた。

 魔法媒体である杖を使っていると言う事は、敵はきっとそれなりな大技を発動させるつもりなのだろう。常人が杖を持つと、その精度が1.3〜1.5倍に上がるとされている。私の場合、今も腰に差しているミスリルの剣がそれに当たるが、まぁ誤差なのでさして気にした事はない。そもそも魔力量も多いし魔力操作も優れているので、ゴリ押しでいけるのだ。


 彼に掛かる魔法構築時間を稼ぐため、他のメンバーで近接戦を仕掛けるつもりらしい。

 抜き身の剣や槍を持ったチンピラ数名が鋭い顔つきで一斉にハーバードに(たか)った。



 ・・・ん?いや・・・、あれ?

 私の事忘れられてない?

 【隠密】使ってないんだけど?




 取り敢えずはハーバードに任せて何もしなくても良い雰囲気なので、震える双子の形の良い頭を撫でつつ戦闘を観戦する事にする。



 戦いが始まれば、やはりと言うべきか、ヨーネン侯爵側が優勢だった。

 堅気じゃないオーラを漂わせる相手側の人員10名は、B ランク下位ほどの力量の様で、そんなのが一気に来たら流石のハーバードもいなすのは難しいだろう。

 側から見ればどう見ても集団リンチだな。1対10は卑怯だぞ?



 因みにハーバードは攻撃魔法が使えない。

 彼が持っている魔法系スキルは【強化魔法】のみで、現在使っているのは身体強化と思考加速ぐらいだろう。学園での自己紹介の時に言っていた通り、魔法について、彼はほぼ専門外なのだ。

 勿論【剣術】スキルに範囲攻撃はあるのだが、フィールドが市街で周りに一般人がいるのなら、もしもの事を考えると使う事はできない。そこまで融通の効く技ではないのだ。


 ハーバードはダンジョン冒険者としてモンダールに長くいた訳だし、対人戦闘なんて、それこそ学園生の頃以来なのではないだろうか。


 かく言う私も対人戦闘なんて経験はほぼない。

 モンダールダンジョンの深層ともなると人型の魔物もうじゃうじゃいるので、あえて言うならそれぐらいだろうか。

 人間との純粋な殺し合いは・・・、言われてみれば一切した事ないな?

 まぁ、人型の魔物しか出ないモンスターハウスと比べればやり易いのかな。

 どんな状況であれ、瀕死にしてとっ捕まえれば殺す必要もない訳だし。



 呑気に観戦している間に後衛に控えているチンピラの魔法も構築完了の様だ。

 このままチクチク削っていけば確実にヨーネン侯爵側の勝利である。

 ・・・まぁその後ろに私がいるんだけどな。



 滞りなく構築の成された相手の魔法の中に見えるのは、『風』『水』『刃』の3つの単語。

ふむ、やはりヨーネン侯爵側は相当な手練れの様だ。

 さらっとやってくれているが、この世界では属性でスキルが分かれるから合成魔法の構築なんて相当難易度高いんだぞ?

 貴族派閥側にいるのが勿体無いなぁと言うのが正直な感想である。冒険者になれば良いのに。



 機を見計らった様に一斉に前衛が退き、その隙に突発的に起こった旋風がハーバードに牙を剥く。

 ぱっと見、鎌鼬(かまいたち)の様な魔法だが、そこに圧縮された水が含まれる事によりその攻撃威力は何倍にも増している。【風魔法】レベル2の風刃(エアカッター)と【水魔法】レベル2の水刃(ウォーターカッター)の複合である。

 これを剣1本で(・・・・)捌くのは、【剣術】レベル10を持つ私でも不可能だろう。


 見るからに殺傷能力の高そうな高等魔法を見て、ゲッと表情を歪めたハーバード。複合魔法(こいつ)をやってのける敵はモンダールでも50階層を越えないと出て来ないので、40階層がパーティー最高到達点のハーバードには対処法がないはずだ。

 そして捨てられた子犬の様な顔をして私の方に振り向いたので、そろそろ助け舟を出す事にする。



 やっと回ってきた出番に、さてさてどうしようか、と楽しげに思考を巡らせるが、秒も経たないうちに決断を下す。


 即興で【風魔法】と【水魔法】を使い魔法を作る。


 目には目を、歯には歯を。

 ん、あれ、少し使い所は違うかな・・・?




「――んなッ」


 そして目の前で起こった現象に相手側から驚愕の声が上がる。



 全く同じ魔法を全く同じ威力でぶつければ相殺されると言うのは世の(ことわり)、この世界では当たり前のことである。

 しかしそれが難しいもので、簡単な、しかも学園で習う様な規定の魔法ならいざ知らず、複雑に構築されたオリジナルの魔法には見る者からすると込められた魔力量は分からない。故に相殺は不可能。

 私でなければ、と言う但し書きがつくけどな。


 (おご)っている訳ではなく、ただ単に事実を述べているだけだ。8つも属性魔法を持ち、それを使いこなしている私は魔力操作が大の得意である。

 魔力操作、つまり魔力を操作する技術の事であるが、これはステータスに現れない。つまりスキルではないのだ。

 この魔力操作が得意な人間は、第6感の様なもので少なからず魔力を察知する事が出来る。ステーテス上に現れるスキルや数値を『科学的』と捉えるなら、この魔力操作はいわゆるこの世界の『超能力』に(あたい)する。と、言っても、この感覚を持っているのは魔法スキル持ちの100人に1人程の割合でいるので、そこまで珍しい能力ではないのだが。

 そしてそれが極まれば、魔力の動きなんて手に取るように分かる訳だ。

 ステータスにあるM Pの1ポイントを基準に、使われた魔法にどれだけの魔力が込められているか百発百中で当てる事が出来る。・・・いや、当てると言うのは少し違うか。目の前に答えが出ているから、それをただ作業的に感じるだけである。



 数分掛けて構築した必殺の魔法が、瞬きをする程の時間で完全にかき消された事に、相手側から驚愕、困惑の気配が伝わる。

 誰がどう見ても圧倒的な天災であった『(魔法)』が一瞬にして『無』に変わり、魔法を放ったチンピラは一気に顔色を悪くしている。


 そんな状況の中でも、いち早く戦意を持ち直したのは、暗器使いの男だった。

 そして意識の外を掻く様な無駄のない動きで、私に向け音もなく小型のナイフが数本投げ出された。



 おぉ正解、犯人は私だよ。

 微動だにしていないのに、よく分かったね。


 まぁハーバードが魔法を殆ど使えない事は結構有名な訳だし、それが分かっていたら、消去法でフードを被った謎の同行人が犯人なのは当然ではあるのだが。

 気持ちを立て直してからの迷いのない動きに少し感心した。


 しかし、ロキの異常な程の隙のなさには、冒険者(ツワモノ)達からも定評がある。ステータスが軒並み人外並みに高い訳だし当たり前ではあるのだが、不意打ちなんてモンダールのダンジョンの最深部でも起きたことがないのだ。

 ただの日本人として過ごしていた前世と比べて、感覚的に、世界が近い(・・・・・)、と言うのが尤もな感想。

 種族の壁を破り格が上がる(ごと)に所謂、精神体に近付いているのかも知れない。

 今の私は上位人類(・・・・)らしいし。



 音速にも等しいスピードで自らへ飛んでくるナイフを、時間のゆったり流れる世界の中で眺めながら、慣れた手つきで腰に刺している剣の金具を左手の指で外し、ダンジョン産のミスリルの剣を鞘から抜く事なく振り上げ、全てのナイフを弾き飛ばす。


 おぅぅ、あいつ糸使いか。

 急に軌道を変えて来るから驚いたわ・・・。


 糸使いとは、武器に繋がった糸に魔力を通し、投げ道具などの軌道を若干修正する事が出来る者をそう呼んでいる。

 特にスキルは必要ないが、魔力が通る特殊な糸とそれを操る技術が必要なので、その道の人間でないとまず知らないだろう。私の場合、モンダールダンジョンで蜘蛛糸をドロップする機会があり、新聞局の記者であるジャックとの談笑の中で、そう言う使い方もあると教えて貰い、偶々知っていただけである。

 知らなかったら・・・、まぁ変わらず対処は出来たけど、タネが分からず不思議だっただろうな。

 ハーバードでギリギリ避けられる程度のちょっとした騙し技であった。



 私を中心とした四方八方にカランカランとナイフが転がる音がするが、未だ他のチンピラ達は状況が飲み込めていない様子で。強いがあまり場数は踏んでいない様だ。


 不意打ちの様に攻撃されたにも関わらず全てのナイフを対処し、それでも特に構える事のない私を見て、当の暗器使いは余裕のない表情で素早く私に向けて踏み込んだ。

 人間離れした速さで私の間合いに入り、しかし捕獲対象の双子ではなく、容赦無く私の首を狙って来た。

 双子をマントの中に隠しながら軽く半身を引き、その攻撃を数ミリの位置で避ける。



「――アハハっ」


 一切の躊躇ない敵の動きに思わず頬が緩み、愉快げな声が漏れる。

 殺気は感じないが、いや、だからこそ、害意のみを発し当たり前の様に一撃で殺しに来る目の前の敵に、興味が湧いた。

 コイツだけ、明らかに他の奴らと格が違う。


――なあに、遊んでくれるの?


 そんな愉快な言葉を視線に乗せて送ると、――残念、警戒した猫のように後方に飛び去ってしまった。

 私の快楽的な視線に全身の毛が逆立ったのか、少し縦長だった瞳孔をかっ開いた瞳で鋭く睨まれる。


 本当に猫みたいだが猫人族のハーフとかだろうか。確か母親が耳付きなら耳付きになるはずだが彼の耳は人間のそれである。父親が猫人族なのだろうか。


 しかし、なるほど。彼らチンピラ全員に何かしら別の種族の血が混ざっているのなら、ハーバードには荷が重かったかな。



「お前らッこいつの方がヤバい、どうにかするぞ!」


 背中を丸めて威嚇する男の切羽詰まった余裕のない叫び声に、残りのチンピラ達はようやっと我に返った様だ。


「失礼ですねぇ・・・」


 しかし、人を化け物の様に言うのは、よろしくないと思うのだ。

 自分や気心の知れた友人とふざけて言う分には良いけど、赤の他人からはっきりと言われるのは流石に不愉快である。



 ぶつくさと文句を呟いている間に、敵のヘイトがハーバードから私に完全に移行した。

 視界の外でハーバードがホッと息をついているのが見えるが、まぁ見ているだけだと退屈なので見なかった事にしてやろう。


 しかし・・・、ううむ・・・。

 憂さ晴らしに近接戦で戦っても良いんだけど、手元に双子がいるんだよなぁ・・・。


 この後どうしようかなぁ、ダンジョンに行っている場合じゃないよなぁ、と呑気に思考を巡らせながらチラリとマントの中にいる双子の方を見れば、可愛らしい顔でキョトンとした顔で見上げられたので、思わず笑みが漏れた。



 そして私を円状に囲むチンピラたちを風景の様に捉えながら、鞘に収めたままの剣先を地面にトンッと突き立てた。

 面倒臭いので一気に片付けてしまおう、そうしよう。


 ハーバードは私のそんなモーションにギョッとしているが気にしない。



 ふわりと体から魔力が放出され、マントが裾からゆったりと揺れる。

 膨大な量の意味を成さない魔力『オド』が、スキルにより『マナ』に変換され、瞬きをする間も無く魔法の構築が完了する。




 昼間にも関わらず突如暗く感じた視界の中、太陽の様に眩しい光の筋が幾重にも広がり、そして次の瞬間――。



――バリバリバリィィィィィッッ‼︎‼︎



 空が裂ける激しい炸裂音が街中に広まったのだった。









 天変地異の様な音に耳を抑え震え怯えている野次馬が数メートル先を覆う中、私を狙っていたチンピラたちは、一人の例外もなく地面に転がり気を失っていた。

 対象から外したその親分はというと、破壊力とインパクトがあり過ぎた魔法に、分かりやすく顔色悪くし腰を抜かしている。


 私が何となしに剣を突き立て使ったのは、【雷魔法】Lv.5の『紫電放雷』と言う範囲攻撃である。

 チンピラは皆倒れているのに同じ範囲内にいるハーバードはピンピンしているのを見た通り、電雷を受ける対象を指定出来ると言う優れものである。

 相手の数が多くそれなりにダメージを負わせたい時に重宝している魔法で、込める魔力のさじ加減で、相手のダメージを、麻痺の状態異常、瀕死、即死で設定可能なのも便利なのである。まぁそもそも、状態異常にならない魔物や麻痺耐性を持っている魔物、魔法無効化の魔物もダンジョン50階層以下には普通にいるため、ソロではほぼ封印している魔法である。久しぶりに使えて超スカッとした。

 今回は瀕死ほどの魔力を使わせてもらったので、今すぐ剣をぶっ刺したら彼らは呆気なく死んでしまうだろう。まぁ実際、H Pが減っているだけで『気絶』以外の状態異常は出ていないので、放っておけばすぐに回復するだろうが。


 上層では面倒臭くなったら大体これを使っているので、ハーバードも私の表情と動きを見ただけでこれが来ると分かっていたのだろう。咄嗟に耳を塞いだらしく、鼓膜にダメージを受けなかったのか余裕の表情で、この惨状にやれやれと首を振っている。



 ピリピリと雷の残滓が剣を纏っているが、周辺への影響は極力抑えたので大丈夫なはずだが、・・・ちょっと音が大き過ぎたのかな?

 辺り一体に響いたのだろう、人がわんさか集まっている。


「う〜ん、次からは結界を張ってから使おう」


 如何せんダンジョン外で使ったのは初めてだったのだ。許してほしい。

 しかしインパクトは強いから夏のギルド大会では使えそうだ。


 帯電の収まった剣を再び腰の金具に付け、少しびっくりしている双子を宥める様に頭を撫でながら笑顔を浮かべる。



「――何事だッ‼︎」


 あぁ衛兵さんが来ちゃった。


 その声に思い至った様に見上げると、案の定、竜が一騎、この広場を中心に上空をぐるぐると旋回していた。見回り中の竜騎士も、いきなりの爆音を警戒して様子を見に来たらしい。



 そして鎧の音を立ててやって来た衛兵数名は、フードを被る怪しげな人物の周りに、10人ほどが倒れているこの状況に一瞬動きが止まる。

 しかし、この状態で一番怪しいのは明らかに私なので、やはり衛兵達は兜の奥から私に責めるような視線を送ってくる。


 今にも剣を抜きそうな形相を見て、私は諦めて被っていたフードを取る。

 上の竜からも鋭い視線を頂いてしまっているので、これ以上面倒な事にならない内に大人しく白旗を上げるしかないだろう。



 私は若干引き攣っているであろう笑顔で、目の前の騎士に手を振った。


「・・・こんにちは?」



「――なッ⁈」


『・・・ッ、キャアァァーーーーーーーーッッッ‼︎‼︎⁉︎』


 衛兵の若干ひっくり返った驚愕の声の数拍後、私の正面を中心に大群衆からの黄色い声援が響き渡った。いきなりの悲鳴に雷以上に耳がヤられる。


 びっくり、まじでびっくり。

 人の声でここまで空気がうねるかと言う程だ。

 雷魔法の余波でビビってた皆は、どうやら相当逞しく生きているらしい。



 私に声を掛けて来た衛兵があんぐりと口を開けているのは取り敢えず放置だ。

 上空で旋回している竜騎士に心配いらない旨をジェスチャーで伝えると、竜の一鳴きを残し去って行った。

 警戒を解いてくれた事に一安心しながら、周囲の皆んなにひらひらと手を振っていると、ハーバードに引っ捕らえられた小太りの男がやって来た。

 あ、コレの事忘れてたわ。気を回してくれたハーバードに目で軽く礼を言う。



「――え、Sランクの、ロキ・・・ッ」


 えぇっとぉ・・・。


「えっと、何さんでしたっけ」


「ロキ、こいつ名は名乗っていないぞ」


「あぁ、そう言えばそうでしたね」


 そう言えば侯爵家の者であるって言ってただけだったなぁ。



 ・・・ここまで来てしまえば、どうにでもできるか。

 仕方ないが折角顔まで出したんだし、ゴリ押しさせてもらおう。



「――・・・それで?この双子が何でしたっけ」


 そうにこやかに優しく語り掛けると、更にさあっと顔から血の気を引かせながら、壊れた人形の様にぶんぶんぶんっと横に首を振り出した。

 そこまで明から様に怯える程、圧はかけてないんだけどなぁ。

 【威圧】スキルも使ってないし・・・。


「な、何でもございませんッ。えぇ、双子なんて一体何の事でございましょうッ。・・・しかしロキ様、私の手下が貴方に攻撃を加えた事は・・・」


 一切を捨てて保身に走る男を見て私は笑みを深める。

 種族間の戦争よりギルドを敵に回す方が厄介というのは、ギルドが世界的権威である事の表れであろう。この世界ならではの事情である。


 しかしハーバードの時と態度の差がありすぎるだろう・・・。

 まぁ、それ程までに、手を出してはいけない存在って事なのだろうな、Sランク冒険者って。



「えぇ、別にその事に関してはどうもしないですよ。私的には楽しかったですけど、ちょっと音が大き過ぎたみたいですし・・・―――」



 そう言いながら周りに視線を送ると、比較的近い所で私たちの会話に耳をそば立てていた市民達が直ぐに声を上げる。


「珍しいものが見れたから良いよぉ〜」

「ロキ様のご尊顔も拝せたし、なんて事ないさ」

「ロキ様の二つ名の由来を間近で見れたし、今晩にでも寝かしてた酒を開けるかぁ」

「そいつぁ良いッ!俺も呼んでくれよ!」


 とそんな事を言い合いながら、一部の市民達の今晩の予定が次々に決まって行く様を見て、この街の人もモンダールの人に負けず劣らず呑気だなぁと思わず笑みが溢れる。



「と言う事なので、別段私からの訴えはありません。この双子は私が連れて行っても良いんですよね?」


「えぇ、えぇ、勿論でございます」


 揉み手でへこへこ頭を下げる男を見て、綺麗な手のひら返しに心の中では表情が抜け落ちるが、表面上は柔らかく笑う。


「そうですか、それでは解散としましょうか」


「は、はいィッ」


 男の腕を掴んでいたハーバードに視線を送りその手を離してもらうと、私にだけ大きく頭を下げて瀕死の仲間も見捨ててそそくさと走り去ってしまった。



「・・・ふぅむ、転がっているこの人たちは私がもらっても良いのでしょうか?」


「放っておけば良いんじゃないのか?」


「いえ。この人たち、多分異種族の血が混じってるので、そのままはマズイでしょう」


「はー、通りで強い訳だ・・・」


「ハーヴィー劣勢でしたしね」


「・・・言うな、自信無くす」


 分かりやすく肩を落としたハーバードに苦笑いを浮かべながら、側に立ち成り行きを見守っていた衛兵達に視線を戻す。

 私の視線を受けてビシッと背筋を正した衛兵達に、双子を両腕で抱え上げながら柔かに声を掛けた。



「――では、王城へ行きましょうか」








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