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7 ロキの休日 1


※流血表現ありますので、お気を付けを。







 冒険者登録をした頃、私が獲得していたスキルは【精霊姫】【生活魔法】【偽装】【言語】【隠密】【棒術】【闇魔法】の7つであった。

 数は相当多い方だと思うが、それでも攻撃手段となり得る【棒術】【闇魔法】はどちらもレベル1であったため、ほぼ何も出来ないに等しかった。



 スライムを踏み殺し続けゴブリンを鉄の棒で殴り殺し、【棒術】がレベル2に上がった頃に私は一人で3階層のボス部屋へと挑んだ。


 一般人に解放されているのは3階層まで。

 つまり3階層のボス部屋が、冒険者と一般人の間に隔たる最も大きな壁なのである。

 棒の使い方が少し上手いだけの10歳の少女に越えられる筈のない壁は、しかし左手と引き換えに崩れ落ちた。



 3階層の階層ボスは野良の黒犬が二足歩行をした様な姿のコボルトだった。

 武器は持たず、低い場所から繰り出される鋭い爪の攻撃に対処する事は簡単ではない。

 致命傷は避けながらも決して浅くない切り傷が身体中を覆う頃、無我夢中で振り回していた鉄の棒はコボルトに少なくないダメージを与えていたらしく、追い詰められたコボルトは最後に大技を使ったのだ。

 魔物の固有スキル【滅爪】。爪を使って対象者の四肢の何処かを吹っ飛ばすと言う、低層モンスターらしからぬぶっ壊れスキルであった。これがあるから一般人はこのボスには挑まない。軽いレベル上げで四肢の何れかを犠牲にするなんて、割に合わないのだ。


 私が犠牲にしたのは左手、下手に足に決まると後々困ると考え、一撃必殺の攻撃を敢えて受けた。ギルドで注意喚起されているスキルなので、それが来るのは最初から分かっていたのだ。


 ザリっとした肉と骨を切り裂く不快な音、そして遅れてやって来る脳を突き刺すような形容し難い激しい痛みに、血が出るほど奥歯を噛み締め、残った右手に全身全霊、ある限り全ての手の力を込めて、間合いにいるコボルトに鉄の棒を殴り付けたのだ。

 犬の悲鳴の様な罪悪感をそそる断末魔を最後にコボルトはダンジョンに還元され、そして残った私はと言うと、生まれて初めて、いや、生まれる前の前世を含め、初めて経験する腕を切り落とされると言う痛みにその場をのたうち回ったのだ。


 普通このボスに1人で挑む馬鹿なんていないし、冒険者になり得る強い人間は【滅爪】が発動する隙に斬り殺すのがセオリーである。

 低確率ではあるが攻略報酬で3階層ボス限定の四肢回復のポーションがドロップするので、攻撃を受けてもお金があれば売られているそれを買うこともできる。

 私の場合ソロにこだわりがあったので左手を犠牲にしたが、本当に運よく1発でこの四肢回復のポーションがドロップした。落ちなければ普通のポーションを飲んで止血した後、しばらく右手だけで先に行くつもりだったのだが、あの日の私は本当に運が良かったと思う。帰った後、血だらけの服を見て、メルリィが悲鳴を上げそうになっていたが・・・。






 あぁ懐かしい。

 あれ以降、運良くも重傷を負う事なくダンジョン攻略を行えていたので、ある意味ここまでH Pをなくすのは初めてかも知れない。

 痛みは・・・、まぁどっこいどっこいだな。

 内臓がやられる痛みと、腕を切り落とされる痛み、甲乙付け難い。



「――フフッ・・・、ククククッッ・・・」


 世界最高難易度と言われるモンダールダンジョンのモノリスに、たった一人で名を刻みながらも、3階層ボスのコボルト以外に大きな傷を負った事のない私が、取るに足りない、ただの箱入り娘に殺されそうになっていると言う現状に、内臓がやられているにも関わらず、どうしても笑いが込み上げてくる。



 愉快愉快。本当に、痛快だ。


 またH Pが一つ下がったのが分かる。

 痛い、苦しい、息が出来ない、死にそうだ。

 前世での死は瞬く間に意識を失ってしまった。あの時はじっくりと考察する暇はなかった故に、死がそこまで迫っている感覚はとても新鮮で、とても興味深い。

 魂を引き取る死神の大鎌が、この首に掛けられているのが手に取る様に分かる。

 これが死ぬと言う事。殺されると言う事。


 本当に、・・・滑稽だ。



 残存H Pが3に変わった頃、走り寄って来るハーバードの気配を感じた。


 私を殺そうとしているリーゼロッテはと言うと、周辺で護衛・監視していた学園の関係者に取り押さえられていた。

 侯爵家以上の人間に危険が及ぶまで傍観を続けると踏んでいたのだが、意外にも公爵家の令嬢を抑えている。

 まぁ、これ以上すると公爵令嬢の立場が危ういからその判断は頷ける。国王直轄の学園での人殺しは、上位貴族だろうと揉み消す事は出来ないのだから。

 死なない分には別にどうって事ないだろうけど。



「――ポーションを使わないのか?」


 ハーバードが私の直ぐ横に膝をつきながら、顔を下に向け表情の見えないだろう私に向かって静かな声でそう言った。


 残りH Pは2になった。

 H Pが最後の1ポイントになると、生命は脅威の粘りを見せると言う噂があるのだが本当なのだろうか。ここまで来ると少し試してみたいとも思う。


「ロクサーナっ、今すぐポーションを使いなさい‼︎やり過ぎよ‼︎」


 遠くなる世界の中で親友の悲鳴が近くで聞こえる。


 えーー、やり過ぎなのはリーゼロッテの方でしょーー?

 なぜ私が怒られるし。

 うわっ、ごめん。分かった、分かったからそんな睨まないで・・・。


 表情は見えないのに私の心を読んだのか、リーゼロッテ並みに噴火寸前の空気に冷や汗が流れた。


 ごろんと仰向けに転がり、収納から人工の方の(・・・・・)H P回復ポーションを取り出す。

 口の中に流れ込んで来る絶妙に苦いそれをぐびぐびと飲みながら、モヤの取れて来た視界でハーバードを捉えると、彼は見慣れた苦笑いを浮かべていた。


 あぁ、こりゃ私がロキだってバレてるな。


「・・・参考までに」


「剣筋」


「・・・はぁぁ」


 誰にも聞こえない様にそんな短いやり取りを交わす。

 剣を受けているだけで剣筋がバレるのか・・・、やっぱり男爵令嬢ver.の時は剣は封印だな。


 空になったポーション瓶を収納に戻しながら、ハーバードの向かいに膝をついているエレナーレに視線を向ける。

 見ると彼女はぷるぷると小さく震えながら、涙を堪えていた。

 あはは、こりゃ言う通りやり過ぎたな・・・。


「ご、ごめん」


「・・・お父様に言い付けてやるんだから」


「ひぇッ」


 私の謝罪に返って来た言葉に思わず短い悲鳴が漏れる。


 お、恐ろしい事を言わないでよぉ・・・。

 リーゼロッテと同じ事を言っているのに破壊力が桁違いだ。

 何故か絶対に怒られる気しかしないんだけど・・・?

 悪いの私じゃないのに・・・、どうすれば良かったの。


「武器破壊ぐらいは防げただろう」


「・・・ん、まぁ、そうか・・・」


 うん、それ防げばもう少しマシではあったか。

 魔力を妨害して知らんぷりしていれば良かったのか。

 あぁぁ、それが私にとっての最適解だったのかぁぁぁぁ・・・。



 後悔先に立たず、そんな事を一人心の中で呟いていると、ふと傍に新しい気配を感じたので、本調子には程遠い重い体をゆっくりと起こす。


「大丈夫かい?ロクサーナ嬢・・・。その・・・、かなり酷い状態に見えたけど」


 推しの登場である。

 どうやら相当心配させたらしく、形のいい眉が不安げにハの字を描いている。


 そして差し出される分厚いメガネ。

 何処かに吹っ飛んでいたのを態々拾って来てくれたらしい。

 天使か・・・?


「ありがとうございます。・・・ご心配お掛けしました、殿下。先程ポーションを飲みましたので、H Pは回復しております」


 人工の方の、しかも格安ポーションなので、10ポイント程しか回復してないけどな。


 格安でもポーションは高いので、下級貴族以下の学生からするとそうぽんぽん買える代物ではない。一本1000ジルからで、最低ランクの物でもH Pが5回復するんだから、それでも凄いものだろう。

 私が飲んだのは1本2000ジルの、下から二番目のポーションで、H Pが10回復すると言うもの。

 勿論、大きな外傷のある場合、物理的に止血したり止血ポーションを飲まなければ血が流れ続けるので意味はないが、しかしこのH Pポーションは、臓器が潰れた場合は補ってくれる不思議な効果があったりするので、態々、パーセンテージで回復してくれるダンジョン産のポーションを使う必要はないだろう。収納内にゴロゴロ転がっているには転がっているのだが、男爵令嬢ver.で乱用はできようはずもない。


「そ、そう?・・・相当痛そうだったけど・・・」


「・・・痛かったですけど、大丈夫です」


 いやいや、痛いに決まっているだろう。

 内臓潰れたんだぞ?

 血ィ吐いたんだぞ?

 死にかけたんだぞ?


 あぁ、よく頑張った私。

 前世のママン、もうほとんど顔覚えてないけど、私頑張ったから褒めてっ!

 今世の母はお呼びでない。




 その後の授業時間は、私は念の為、大事を取って見学と言う事になり、私を殺そうとしたリーゼロッテはと言うと、初めに組んでいたアデリナとのペアに戻り、ハーバードがクラスを見て周り、変に付いているクセなどを軽く指摘して行く、と言った感じに進んだ。

 今回の殺人未遂騒動については、現場責任者のハーバードが、大事にするつもりがない私のスタンスを汲み取りほぼ無かったことにした。上には、剣が得意な生徒が剣が苦手な生徒に少しやり過ぎただけ、と言う報告が挙げられるだろう。


 私を物理的に半殺しにして溜飲が下がったのか、リーゼロッテからの殺気は綺麗に消えていた。

 ・・・、まぁ害意は変わらずビシビシと伝わってくるのだが。




 その後の1週間、リーゼロッテとその取り巻き多数からは、私を視界に入れる度に睨みを効かせて来ていたが、大きな実害は(・・・・・・)なかったので比較的平穏な学園生活を送る事ができたのだった。









***

***









 王立学園の存在する王都西区にある高級ホテル『空の星』は、学園関係者が泊まる宿として有名である。

客員教師や遠い国から招かれた講演者などが長期滞在するための社員寮の様な区画もあり、貴族が泊まっても差し支えないサービスの受けられる、地球でいう所の所謂5つ星ホテルである。


 ホテル『空の星』にある巨大なラウンジにはゆったりとした時間が流れ、その性質上個人的な話をしても聞こえない様に各席では物理的に距離が離されていた。

 そんなラウンジ内でも数段上がった最も高い上座、庭の景色が一望できる一枚窓のすぐ近くにある予約席には、少しクセのある亜麻色の髪を持つ男性、Aランク冒険者ハーバードの姿があった。


 Aランク冒険者だけで使うには幾分か仰々しい席だと、暫くは周囲からの冷たい視線を一心に集めていたハーバードだったが、黒髪の少年(・・・・・)がゲストとしてスタッフに案内されて来たのを見るや否や、周囲で様子を伺っていた者達は紳士淑女にあるまじき興奮した声を揃って上げたのだった。








 例の殺人未遂事件で、剣を数回撃ち合っただけでハーバードには私の正体がバレてしまったので、週末にでも学園以外の落ち着いた場所で話をしないかとメモを飛ばして提案したのだが。

 当日にロキver.のオフの格好で彼から指定された場所に行くと、私の顔を見るや否や「お待ちしておりました」と恭しく頭を下げる男性スタッフ数名に出迎えられてしまった。

 そして案内されたのが、左右対称に美しく剪定された庭園が一望出来る、見るからに特別な一席であったのだった。



 内心かなり呆気に取られていたが、さして表情に出る事もなく、案内してくれたスタッフに紅茶を頼み、目を瞑り静かに待っていたハーバードの正面に腰掛ける。

 フワッフワの高そうなソファである。



「少し驚きました。こんな特等席、いいんですか?」


「お前がいれば問題ないだろ。来るまでは視線が痛かったけどな」


 ゆっくりと瞳を開けたハーバードはそう言っていつも通りの苦笑いを浮かべた。

 その顔を見て思わず乾いた笑いが漏れる。


「そりゃあ災難でしたね。ではこの絶景は忘れない様に目に焼き付けるとしましょうか」


「そうしてくれ」


 そんな軽口を叩いているうちに紅茶の準備が整った。

 流石は異世界規格の高級ホテルスタッフ、ほのかに湯気の立つカップが流れる様な動きで目の前に差し出された。変に意識が向かない、洗礼された澱みのない動きだった。

 「ごゆっくり」と澄んだ声で一言だけ発し、スルリとこの場からはけて行くスタッフに、心の中で拍手喝采を送ながらその背中を見送る。


 完全に区画から人の気配が消えたのを確認して、外に音が漏れない様に【深淵魔法】で結界を張る。

 そして、読唇術対策として【偽装】も重ねさせてもらう。

 既に周りからの視線は頂いてしまっているが、ロキの事なので、もし違和感を感じたとしても何かしらのアーティファクトを使ったと認識してくれることだろう。


 ハーバードは紅茶をゆっくりと飲みながら、私の表情を見て諸々の処理が終わったと判断した様で、分かりやすくホッと息を吐いた。



「――それにしても、未だに信じがたいな。まさかロキが、バートン家のご令嬢だ、なんて。聞きたい事は山ほどあるが、・・・まぁそう言う事なんだよなぁ。『ロクサーナ・バートン』って言う答えが分かれば、謎は殆ど残らない」


「でしょうねぇ」


 難しそうな表情を作ってそう言うハーバードに、私は紅茶に口を付け、楽な体勢で足を組みながら緩く頷く。


 ロキとの付き合いが一番深いハーバードからすれば、問い詰めたい事は言う通り、本当に山の様にあるのだろう。

 ただ、ロキがロクサーナだと発覚してから今日まで数日の考える時間があった。その時間が今まで持っていた疑問を次々と消化していった、と言うことだろう。

 今日の話の内容は殆ど確認の様なものになるだろう。要するに擦り合わせであり、実際、彼の頭に浮かんでいる推測はほぼほぼ当たっているはずだ。


 そう、答えさえ分かれば、ここ数年世間で話題となっている『ロキの正体』なんて、どうって事ないのだ。

 真実なんて、一番つまらないものなのだから。

 謎は謎のまま、それが一番盛り上がると言うものだ。



「まずは見た目の事。異常過ぎる程強いロキのステータスはおいそれと口に出来ないのは分かっているが、そう言うスキルなのか?性転換させるスキルなんて・・・」


 神妙な顔で考え込むハーヴィーの言葉に思わず瞬きを数回。

 初っ端から物凄い勘違いをされてしまったな。


「あははっ、ないない、そんなスキルないですよっ。まぁハーヴィーがそう考えるのも分かりますけどね」


 もし性転換できるスキルなんてものを持っていたら、ハーバード達とももっと明け透けに接する事が出来ただろうな。泊まりの時はバレない様にそれなりに気を遣っていたし。違和感半端ないだろうけどなwww。



「スキルを使っていると言う事は勿論正解です。しかし私が今変えているのは髪色、髪の長さ、瞳の色、その3つだけですよ」


「・・・は」


 1・2・3と指を開きながら私が可笑そうにそう言うと、ハーバードは声と言うか音で漏れた様な息を発して固まってしまった。

 そして数秒の後、再起動したかと思うと目の前にある私の体をジロジロと視線で舐め回し出したので、口を付けていたカップを一旦机に置き、どうぞご自由にご覧下さいと腕を広げる。

 そんな私の行動に我に返ったのか、申し訳なさそうに視線を泳がせた。


「すまん、女性に不躾に・・・」


「いいや、これぐらい別に良いですよ。今更ですしね。服の下の確認は勘弁ですけど」


「すっ、する訳ないだろうッ」


 怒られてしまった。


「人の印象なんて、この3つをいじるだけで相当変わるものですよ。まぁ表情と声は故意的に使い分けてますし、胸も若干潰してますけど」


 そう言ってサラシを軽く巻いただけでぺったんこになった胸を抑える。

 今世こそは巨乳に生まれたかったと心の中で血涙を流すが、そうすると『ロキ』に支障が出てくるので諦めるしか他ない。まだ15歳だが、これ以上の成長は見込めないだろう。

 グッ、私が何をしたって言うんだッ・・・。


 暫くじっと己の絶壁を見つめていると、正面から咳払いが聞こえたので顔を上げる。


「反応しずらいからその話題はやめような」


「そうですね」


 お互いにSAN値が削られるだけの話題は放っておこう。



「・・・しかし、顔は整ってるんだから話題になりそうなものだが、まぁ中身が引きこもりなら顔バレの心配はなかったのか」


「男爵令嬢ver.の方は普段から瞳の色を認識阻害するメガネも掛けてますし、ロクサーナはもっさい引き篭もり令嬢で通っています。ーーーいや・・・、いました、ですね・・・」


「・・・?過去形か?」


「えぇ、本当に、遺憾ながら、今年の新年の夜会で王太子に目を付けられました。今の私は王太子お気に入りのしがない男爵令嬢です」


 非常に迷惑そうな顔で堂々と胸を張ると苦笑いで返された。


「そりゃぁ話題沸騰だな。なるほど、通りで生徒からの扱いが微妙な訳だ。それにしても意外だな?お前が夜会に行ったのか?」


「父がついにイカれやがったので、既成事実を作ってさっさとずらかろうとしたんですけどね。記憶の片隅に引っ掛かって貰うつもりが、どうにも失敗した様です」


「あぁ、何となく想像がついた。お前、器用だけど妙な所が抜けてるからな」


「む」


 言うじゃないか。まぁその通りなんだけど。

 詰めが甘いというか何というか。

 行けそうな気がしたんだけどなぁ・・・と言うのが毎度の振り返りである。

 感覚で生きてるのでそう言うことはまぁまぁあるのだ。

 面倒だから変えるつもりはないけどな。


「まぁ、なる様になるだろ」


 そう言うハーバードも大概である。



「――それで王太子の婚約者にも目を付けられたお前は、これからどうするんだ?」


「それこそなる様にしかなりませんよ。流石にアレはもう勘弁ですけど」


 何度も痛い思いをして死に掛けたいと思える程、私にマゾの気質はない。

 まぁ実際は、意識が抜けると言う不思議な感覚に少し興味は湧いたが。


「だろうな。綺麗に負ける事が出来たのは例の指輪のおかげか?」


「もちろん。便利ですよね、これ」


 ロサのダインジョンを踏破した後、ダンジョン内の様子やドロップした呪いシリーズのアイテムについて話題にあげた事は何度かあるので、明らかに弱くなっていた私を見て直ぐに合点がいったのだろう。


 学園では常に装着している指輪を収納から取り出し、弄ぶ様に指の上でくりくりと転がしながら眺めていると、その輪の向こうでハーバードが明から様に顔色を悪くしているのが見えた。


「絶対に俺らに嵌めるなよ?死ぬからな?」


「そんな事しませんよ〜。でもハーヴィーは別に、付けても即死しないじゃないですか」


 ステータス値が95%OFFされるこの指輪は、何も鍛えていない一般人がつけたらそりゃぁ死ぬだろうが、冒険者の、しかもAランカーのハーバードが付けてもすぐに死ぬ事はない。

 試してみます?と視線で訴えながら指輪を差し出すと、ぶんぶんと勢いよく首を振られた。


「H Pがケタで減るとか、そんなの恐怖でしかないだろう。お前はよく付けられるな」


「一般人の平均ぐらいになるので丁度良かったんですよ」


「・・・は?平均・・・?化け物かよ・・・」


「まぁ平均あっても、この前ワガママ姫に吹っ飛ばされた時に、残り2ポイントまでごっそりと削られましたけどね。あの人、私の事殺すつもりでしたし」


「おっそろしいこと言うなよ・・・。残り2ポイントとか本気で死にそうじゃないか。・・・それでよくあんなに落ち着いていられたな」


「例の噂を確かめたくて残り1ポイントまで粘りたかったんですけどねぇ」


 しみじみとそう呟くと、正面のハーバードから若干責める様な視線を頂いたが、無視する事にする。

 ポイッと指輪を収納の中に仕舞うのとほぼ同時に、ハーバードが思い出した様に口を開いた。



「あぁそう言えば、アスティアはロキの事を知ってるんだな?」


「冒険者になる前からの親友なので教えています。彼女の家がアレなので秘密には厳格だろうと言うのが建前ですけど、本音では明け透けに話せる友人が欲しかったですし。・・・年越し前にはギルドの上役と彼女とウチのそば付きメイドだけの秘密だったんですけど、夜会の云々(うんぬん)でエレナーレパパにも明かしています。今回そこにハーヴィーも加わった訳ですけど、アスティアの影に情報が行っているかは定かではありませんね」


「アスティアの影か・・・。また強烈な名前が出てきたな・・・。侯爵様はどんな感じの人なんだ?昔、夜会で顔を見たぐらいで話した事はないんだよな・・・」


「ロキと明かしてからしか会った事がないので実際の所がどうかは分かりませんが、エレナーレと並んで話していると案外普通のお父さんでしたね。私的には意外でしたけど、外務大臣閣下で現在のアスティアの影の統括な訳ですし、それなりに厳しい人ではあると思いますよ。仕事中はキリッとした顔をしていましたし」


「だよなぁ・・・。まぁ、お前自身が侯爵様以上に扱いが難しい存在なんだし、身内に判定されたのかもな。そっちの方が侯爵様的にはやりやすそうだし」


「そうですか」


 まぁそうだろうな。

 正体が謎に包まれたSランク冒険者という存在は、国王からも重用されているアスティアの影からすると不確定要素すぎた。それが実は愛娘の親友でしたと聞けば肩の荷も降りるだろう。敵になり得る漠然とした闇が一転、限りなく味方に近いナイトになった訳だである。

 はぁ〜いナイトで〜す。エレナーレお姫様をのべつしっかりとお守りするゾ♡・・・まぁ四六時中影の付いているエレナーレが襲われた事なんてないんだけどな。敵対組織があったとしても、最強の隠密部隊を持つ魔王の娘に害をなそうとする愚か者はいまい。制裁が怖すぎる。


「ただ、お前のその感じだと、アスティアの影に情報が行っていようが行っていまいが、あまり関係ないんじゃないのか?」


「そりゃぁねぇ。率先して世間に噂を流すような事はしないでしょうから、実際全く問題はないですよ。ただ、どれだけの人が知っているのかなぁと思っただけです」


「なるほどな」


 ハーバードは私の適当な回答にうんうんと頷いた。



「ーーそれで、聞きたいんですけど育休ってヴェストの事ですか?」


「一気に話が飛んだなー・・・、もちろんヴェストの事だ。今はクレイグと共にウチの領地に帰っている。2人とは夏の公式戦に向かう時に王都で合流する感じだな」


 クレイグとはハーバードのパーティーメンバーの事だ。

 平民のヴェストとクレイグ、そしてナイトレイル伯爵家次男ハーバードの幼馴染3名が『星降りメテオ』のメンバーである。



 ギルド主催で開かれる夏の公式戦は今年はお隣の帝国で開かれる。周辺の参加者は会場に向かう為に王都に集まり、王都民達に見送られながら同じ飛行船に乗って出発すると言うのが毎年の恒例らしい。

 5年に1度の大会なので私は初参戦、当時新進気鋭のCランクパーティーだったハーバード達は見学組として招待されたらしい。前回大会は北の大陸にある国だったので、無料で行けたなんて少し羨ましい。


 国内には現在Sランク冒険者が3人いる訳だが、1人は回復特化の聖女様、もう1人はテイマー、そして勿論2人はそれぞれパーティーを組んで活動しているので、純粋な強さではロキが国内最強であると言われている。

 まぁ実際その通りなので否定するつもりはないが、それでも『冒険者新聞』の私の取り上げ方も凄いので、夏に向けて相当な盛り上がりを見せている。この前踏破した王都の東の塔のダンジョンの件もあり、今現在、王都でロキの話を聞かない日はないだろう。


 ハリウッドスターとチャンピオンなりメダリストをごちゃ混ぜにした様な強烈な注目度ではあるが、変装してお忍びで出掛けてもパパラッチが永遠と追いかけてくる様な地球とは違い、メディアはギルド管轄の『冒険者新聞』のみで、しかもスキルにより完璧な隠密効果を施す事が出来る。

 自分自身が、国内で一番の、いや、種族の垣根を越え世界的にも稀にみる程の有名人になったとは言え、地球のスター達とは心の持ちようは相当違うし、中身は別人な訳だし、余り自覚が無いのも事実である。



「ーーなるほど。2人とも王都にいないのなら私も会うの夏になりそうですね。・・・ほんと、そっちもまさか(・・・)でしょうが、私の方もまさか(・・・)だったんですよ。ハーヴィーが学園の教師に、しかもウチのクラスの担任になるなんて、どんな確率ですか、全く・・・」


「はははっ」


 お互い様だと笑うハーバードにジト目を送るが、秘密を共有したからか、初めて会った日から存在した胸の支えが取れた様な気がして、呑気な彼を見ていると次第に自分の頬が緩んでいくのが分かった。









 その後、特等席の予約時間は午前いっぱいまでだったので、昼食を取るために場所を移して王都を下り、西下区と呼ばれる場所へやって来ていた。


 この王都の大まかな区切りは、中央に王城を置き、その周りが中・上級貴族の屋敷のある中央区、そのもうひと回り外にある、西区に学園関係の施設が揃い、北区・南区・東区は下級貴族含め富裕層の住宅街がある。そしてそのひと回り外の区画が『○下区』と呼ばれ、王都の正門を基準に時計回りに1から5の数字でナンバリングされている。

 ちなみに、物理的に壁が建てられてあるのは、セキュリティーの関係で王都の外周と中央区の外周、そして王城の城壁のみだが、東西南北の上区画に入る際には検分が行われている。


 城を中央に置く王都は巨大である。

 自ずと下れば下るだけ治安が悪くなるのだが、下りすぎなければ商業が盛んで賑わっている、所謂下町がある。

 子供が一人歩きできる程安心安全な場所ではないが、ギルドも下区の方にあるし、選民意識の高くない貴族達なら多分ここら辺までは生活区域だろう。




「時間も時間ですし、流石に混み合ってますね・・・」


「予約してるから大丈夫だ」


「あらまぁ、デートみたいですね」


 西下区の巡回バスならぬ巡回馬車に乗りガタゴトと揺られ、華やかに賑わう街を少し珍しげに眺めながら目的地に向かう途中。下町ならではの人口密度に若干尻込みしていると、さらりと貴族らしいエスコートをされたのでおどけてみせると、分かりやすくため息を吐かれてしまった。


「流石に気を遣うからな・・・、今日くらいは良いだろう」


「まぁそうですね」


 今まで数年何の疑いもなく男だと思っていた、命を懸けるダンジョン内で背中を預けるほど信頼していた友人が、実は女の子でした〜と言うのだ。

 生まれは貴族な訳だし、常識的に距離の取り方は考えるだろう。

 まぁ午前中に話した感じ、考えるだけ無駄と言う感じに諦められている様な気はするが。故に「今日くらいは」なのだろう。



 因みに今の私は、愛用のローブを被り顔をすっぽりと覆い隠していた。

 隣に座るハーバードも今日は装備を着けていないので、ちょっと金持ちの青年の休日と言った風貌である。


 私の様にフードで顔を隠している人は道すがらちらほら見かけるが、普通に周囲からは怪しげな視線を浴びるものである。いつもなら【隠密】で存在感をなくし歩いているのだが、一緒にいる片割れが顔を出しているので私がフードを被っていても特別怪しまれる事はない。

 お互い高そうな剣を差しているので、変に難癖つけて来る人もいなそうだ。





 そして辿り着いた食事処は、レストランと酒場の中間、と言った感じの下区にしては少し上品な店だった。

 店内は大盛況の様で、私より少し年上のウエイトレスが忙しなくも生き生きとした笑顔で客を捌いていた。



「すまない、予約していた者なんだが」


「あ、はい‼お待ちしていました、奥へどうぞ‼︎」


 元気一杯である。



 言われた通り奥に行き、階段を登った先にあったフロアの予約席と書かれた立札の置かれた席に座る。

 どうやら階段の上は予約客のために開けているらしく、いくつか空いている席に同じ立札が置かれている。


「こちらメニューになります。決まりましたら、こちらのベルでお呼びください」


「分かった」


 笑顔のウエイトレスに渡されたメニューを見て、成る程と合点が言った。

 下区にしては設定価格が少し高めなのである。

 メニューは肉も魚も揃い豊富で、味も、ここまで繁盛しているのなら美味いのだろう。

 ウエイトレスもウエイターも割合的には半々で、昼時ではあるがウエイトレスの尻を追っかける様な酔っ払いはいない。

 中々、良い具合に上品な店である。



「よくこの店を知っていましたね」


「おいおい、俺は学園の卒業生だぞ。ここら辺を散策していてもおかしくないだろう」


「あ、そうでしたね。モンダールでしか会った事がなかったので忘れてました」


 確かに規律的な西区だけだと刺激が足りないだろう。休日ぐらいはここに下り来て遊ぶのが、お年頃の学園生では普通なのかもしれない。

 学生寮はあるものの外泊は自由。門限も設けていないので、遊び倒す者は遊び倒すのだろう。当然の様に春を買う街もある訳だし。

 まぁ進級試験は存在するので、遊び過ぎた生徒は落第って事になるのだが。落第生への救済措置として、春期休暇を丸々補修に充てる事もあるらしい。先生達も大変だな・・・。



「この店は結構有名なんだ。ただ客を選ぶからな、変な奴だと直ぐに出禁になる。それなりに戦えるのが給仕の中にいるしな」


「へぇ、それはそれは」


 その言葉を聞いてチラリと下の階に視線をやると、確かに足運びが様になっている人がちらほらいた。


「有名店で昼と夜は相当忙しいが、その分給金がいいからな。学園生のアルバイト先として学園側と協定を結んでるんだ。貴族らしい貴族が来たとしても、容赦なく出禁に出来るって訳だな」


「成る程・・・。しかしアルバイトですか。みなさん先輩なんですね・・・。そういう場所ってこの辺りは結構あったりするんですか?」


「あぁ幾つかあるぞ。この辺りだと、食事処はこの店と、あと一軒。西下区役所もそうだな。これ以上下ると治安が悪くなるから、学園と協定を結んでる店はないな。各自で決めて働く分には良いがお勧めはしない。西下区外の協定有りで言うと衛兵詰所の雑務だったり、図書館の雑務だったり色々あるな」


「ふへぇ〜・・・」


 金欠学生は大変だぁ・・・。

 冒険者やっておいて良かった・・・。


「何を考えているか良ぉく分かるが、確かに、お前なら働く必要なんて一切ないな」


「しかしロキの事は家の人にも言っていませんからね・・・。家から4年分の生活費は渡された訳ですけど、金持ち男爵のクセにケチですからねぇ。金貨2枚ですよ?金貨2枚。引き篭もりを働かせる気ですか。上の兄姉には白金貨は渡してるに決まっています、絶対に」


 金貨2枚なんて日本円で言う20万円ぽっちだ。いくら寮生活で家賃が掛からないと言えっても、食費は嵩む。これで4年過ごせと言う方がおかしいだろう。金持ちのクセに私を働かせる算段だったらしい。まぁいいさ、私なんて実質ただの居候だったしな。


 ぷんすこしている私の気迫に若干押されたハーバードが苦笑いを浮かべる。


「おぉう・・・。まぁお前からすると端金だろう、金貨2枚なんて。確か4学年に兄さんがいたな」


「よく知ってますね。まぁ血は繋がってませんけど。顔も朧げなので、学園ですれ違っても気付かないと思います」


 一番下の兄は確か金髪で深い緑色の瞳だったはずだが、しかし顔が全く思い出せない。

 ・・・朧げどころじゃなかったな。はははっ。


「まぁ4学年と1学年の交流なんて殆どないし、向こうはBクラスだから余計に接点はないだろうな」


「・・・そういえば、私Sクラスでしたね。難癖付けられてもスルー出来ますか・・・」


 ふむ、良い事を聞いたな。このマウントは大きいぞ。


「――それで、どれにする?」





 私が魚介パスタ(大盛り)を、ハーバードが豪快にステーキを頼み、それをペロリと平らげ食後の紅茶を優雅に飲み干してから店を出た。

 もちろん、美味しかったです。

 予約席でなくても、一階の片隅に一人で食べられそうなカウンターも幾つかあったので、この店には今後もお世話になりそうである。



「では、腹ごなしにダンジョンにでも行きますか?」


「あぁ塔のダンジョンか。踏破したんだって?」


「えぇ、入試の戦闘試験で燻った戦闘欲を発散するために、2週間潜りっぱなしでした」


「その試験見てみたかったな。指輪は付けてなかったのか?」


「すっかり存在を忘れてましたよ。収納の奥底で眠ってた訳ですし。頑張って演技をしたんですよ?エレナーレ様には笑われましたけど」


「フククッ、そりゃぁあの結果を演技でやったのなら笑えるだろうな」


 一体どこまで書かれていたのか気になるが、あの気のいい試験官の事だ。オブラートに包みながらも結構事細かく評価表に書いたのだろう。



「あぁそう言えば、元々私、Sクラスに入るつもりはなかったんですよ。AかB辺りを狙ってたんですけど、どうしてSクラスに配属されたのか知ってます?」


「ん?そうなのか?んー・・・、どうだろうな。確かにお前の報告書はSクラスにしてはボロクソだったがその辺り、俺は入試担当じゃないから分からないな」


「そうですか・・・」


「しかしあれ、相当手を抜いてただろう。お友達のアスティアはSクラス確実なのに、同じクラスになりたいとは思わなかったのか?」


「しがない男爵令嬢がSクラスに入るとかあり得ないでしょう、普通。本来なら今頃は敵のいない平穏なボッチの学園ライフを送っていたはずなんですよ」


「はははっ、今や学園の5分の1程がお前の敵か?」


「笑い事じゃないですよ・・・」


 ほんと、そう考えると敵が多いな。

 学園内の勢力は大まかに貴族派閥、大衆派閥、中立派閥、平民に分かれてるので、リーゼロッテ陣営に2、3年もちょくちょく入ってきているのを合わせると、確かに学園生の5分の1ほどが敵になる。


「一層の事、闇に葬って仕舞えば楽になれるでしょうか」


「確かにそうだが・・・、お前が言うと冗談にならないからやめてくれ」


「冗談ですよー」


 ぷぷぷーと不満げに口を鳴らしながら手を振ると、いつも通りの苦笑いが返ってきた。




 私たちはそんなやり取りをしながら、塔のダンジョンのある東側へ向かう馬車の通る駅へ向かっている。

 話の流れで確認はしていないが、お互いにダンジョンに潜る気満々でいるのだ。


 この分だと今日はダンジョンの中でお泊まりかなぁなんて思っていると、ふと背後から気になる気配が近付いて来たので足を止める。

 立ち止まった私に直ぐに気づいたハーバードも振り返り足を止めた。

 昼時よりは減ったとは言え周辺の人は少し迷惑そうに避けて行く。



「どうした?」


「・・・」


 首を傾げるハーバードに視線だけを送り振り返る。

 それとほぼ同時にやって来るトントンッと弱々しい二つの衝撃を、私は抵抗する事なく両脚で受け止めた。

 それ(・・)が倒れないように両腕で支える。



「毛玉・・・、いや、子供か・・・?」



 私の足元に駆け寄って来たのは、毛玉の様に薄汚れた二人の子供であった。


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