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4 学園への入学 前編






 前回までのあらすじ、


 ――私は推しを救った。



 その後、どうにか引き止めようとする国王を宰相に引き取ってもらい、すぐに王城を後にした。

 私と言う最強のカードを手に入れるため口八丁に近づいて来る貴族連中が鬱陶しかったので、早々にドロンさせて貰ったのだ。

 唯一の味方であるアスティア侯爵との間には繋がりがないことになっているので大した牽制にもならず、絡め取られる前にさっさと姿をくらました。


 王城を去った後は、【隠密】を使ってスルッとギルドに向かい2億の大金を口座に振り込んだ。

 『収納』を覗いた際に、その中にキラッキラと自己主張の激しい宝剣が見えたが全力で無視することにした。


 あー、あー、知らなーい。

 私が報酬で貰ったのは白金貨だけ。誰が何と言おうとそれだけなのだっ。



 ギルドマスターに無事終わったことを伝え、次いでに春からの予定なんかを軽く話し合った後ギルドを後にし、宿に向かった。

 そうして私の長い1日がやっと終わったのだった。










***

***










 そして時は流れ再び王都。

 入試までの間はのんびり引き篭もり冒険者生活を満喫させて貰った。

 人生最後となる実家でのぼっちな日常。

 さらば、私の平穏な生活・・・。


 今年の夏季休暇は冒険者協会主催の大会に出る事が決まっているのでダンジョンへの帰省は無理そうだ。

 次は来年の春季休暇になるだろうか。



 季節は春になった。


 異世界なので桜はないが、なぜかそれっぽい薄紅色の花が咲き乱れる並木道を私はメルリィと共に歩いている。


 王国中の貴族の子息令嬢の通う学園である。身の回りの世話をしてくれる使用人を、数人であれば連れて来て良いことになっている。

 伯爵家から下の生徒はほぼ例外なく寮生活になるのだが、生活する上で家事全般を気にしなくて良いのはかなり大きい。

 メルリィも初めからついて来るつもりだった様で、頼んだら勿論と即答された。

 逆に、連れて行かない選択肢なんてあったのか?とも言われた。

 まぁそれもそうか。

 ここまで引き込んでおいて実家にお留守番はないな。



 王都の西にどんと構える学園の敷地面積は王城の3分の1はあると言われている。

 王国建国の際、王城建設と同時期に建てられたため歴史も古く、馴染みのない日本人からするとこの学園も巨大な宮殿に見える。

 中央にある講堂有する本館に、授業を受ける学園棟と学院棟、学園所属の研究員が仕事をしている研究棟、王城に次いで蔵書数の多い図書館塔、戦闘授業を受けるための修練場、生徒の暮らす学生寮が5棟。

 そして冒険者協会が存分に勢力を振るう昨今、非常に珍しい学園所有のダンジョンまで存在する。

 果たして一体どの様なダンジョンなのだろうか。

 楽しみで仕方ない。

 オラわくわくすっぞぉ。



 本日の入試で使うのは本館のみで今もそちらに向かっている。

 周りは使用人を連れた貴族ばかり。

 平民たちはワンチャン目指して相当な人数試験を受けるため、貴族とは別に試験日が設けられているのだ。

 道の端っこをのんびりと歩いていると、少し後ろから高らかに声を上げる令嬢の声が聞こえた。



「――そこの者、道を開けなさいっ!!私はラインフェルト王太子殿下の婚約者である、クアラーシュ公爵家のリーゼロッテですわよッッ!?」



 おうおう、何とも厚かましい自己紹介である。


 振り向くとカッチリと固めた金髪ドリルが印象的な少し吊り目の令嬢が、堂々と道の真ん中で腕を組み仁王立ちで立っていた。

 尊大な性格を存分に露呈し、悪役令嬢ムーブをかましている。

 悪役令嬢モノはかじった事しかないが、ザ・悪役令嬢とった容姿である。

 彼女がリーゼロッテだろう。

 その前にはプルプルと仔犬の様に震えながら深く頭を下げる茶髪の令嬢が一人。

 盛大に絡まれているなぁ・・・、少し同情する。



「あなた、名を何と言うの?!お父様に言い付けてやるんだからッ!!」


 お父様、というと夜会で話したあのクアラーシュ公爵のことだろう。

 さっきの名乗り上げで同じ単語が出てきたのを聞いている。

 果たしてあの堅物そうな貴人がこのわがまま姫の言うことを聞くのだろうか。

 まぁ意外と家では子煩悩しているのかもしれないが。



 一応、扇を持って口を隠してはいるが、彼女の言動には淑女らしさのカケラもなく、どこか子供っぽい。

 私たち貴族家の子供は学園に入るまで親にひっ付いて夜会やお茶会に顔を出すことは多々あるが、学園に出てきてやっとそれなりの社会的生活を送ることとなる。

 故に、この『箱入り娘』らしい状態は、入学していない現時点では仕方ないことではある。


 しかし王太子の婚約者ならば必然的に未来はこの国の王妃となる訳で・・・。

 日々厳しい教育はされているはずなのに、これ(、、)は少しおかしな光景でもある。



 無視して行くか周りの子息令嬢たちの様にこの場で様子を見守るか。

 モブとしての対応をどうしようか決めあぐねていると、リーゼロッテの後ろに立つ少年の姿が見えた。

 ・・・あぁ、元気そうで良かった。




「リゼル、こんな所で立ち止まっては通行人の邪魔だよ?」


 推しの登場である。


 リゼル、リーゼロッテの愛称か。仲は悪くはなさそうだ。

 いや、・・・ううん?

 よく見ると王太子の浮かべる表情はどこか困った様なものだった。

 そして後ろの取り巻き従者たちもリーゼロッテに対する視線は険しい。


 これは・・・、判断が難しいな?



「フェル!!お久しぶりね!!元気だったかしら!!」


 大音量で詰め寄られた王太子も若干引いている。


 引き攣らせてもなお美しい推しのご尊顔。

 ごちそうさまです。


 リーゼロッテは最愛の(?)婚約者の登場に、絡んでいた令嬢の存在は既に忘れているらしい。

 気を利かせた王太子の背後にいる取り巻きの一人が手を払い、跪いていた令嬢にこの場を後にする様合図を出した。

 それを見て、深々と礼をして逃げる様にパタパタとその場を後にするご令嬢。

 取り巻きたちも手慣れたものである。

 いつもこの調子なのだろうか。


 見ていて面白い程に、王太子勢からのリーゼロッテへ向ける視線は鋭い。

 子供っぽく王太子に話しかけるリーゼロッテからは普通の令嬢としての礼儀さえ欠けているし、淑女教育をサボっているのはすぐに分かった。

 相当嫌われているなぁ、これは。

 王太子も仕方なく対応している感じに見えるし、側から見ればリーゼロッテに見せる顔は婚約者のそれではなく完全に保護者の様であった。




「――リーゼロッテ様。その様に声を荒らげることは、淑女としてはしたないですわよ?」


 およそ一ヶ月ぶりに見た親友エレナーレは、今日は王太子のお供をしているらしい。

 そんな彼女がハッキリとリーゼロッテに苦情を入れた。


 今日も今日とて美しいぞ、親友よ。

 派手で子供っぽいリーゼロッテと並ぶと、華やかな上品さがより際立って見える。


「ふんっ。エレナーレはいつもそんなこと言って、婆やみたいでつまらないわ。アスティアの人間でなければお父様に言い付けてやるのに」


 どうやら「お父様に言い付けてやる」と言うのがリーゼロッテの常套句らしい。


 一方、そう言われたエレナーレはと言うと、『婆や』のところの反応したのか分かりやすく顔が引き攣っている。


 おぉ、落ち着け親友。

 大丈夫、君は十分若々しいよ。

 リーゼロッテは勉強勉強うるさい教育係に似ているって言ってるだけだから。


 しかしどうやら、筆頭侯爵のアスティア家の人間なら公爵令嬢に引けを取らないらしい。

 いくら王族と遠縁の公爵家と言えど、この国の影を牛耳る筆頭侯爵家は敵に回したくないか。

 学園内でこのわがまま姫に苦情をはっきりと進言出来ると言うのは相当大きな存在だろう。

 王太子も扱いに困っている様だし。



 ここまで【隠密】を使い野次馬と化していた私だが、会話中に敏感に気配を察知したらしいエレナーレから視線が送られる。

 そろそろ頃合いだろう。

 子守に大変そうな親友に軽く手を振り私はその場を後にした。







 宮殿さながらと言えど、学生が通う学園内。

 構内に置かれた美術品はほとんど見られないものの、建築物としては王城に負けず劣らず荘厳な雰囲気を放っていた。

 これから通うことになる学舎をキョロキョロと観察しながら職員たちの案内に従い、まずは筆記試験の会場へ向かった。


 メルリィたち使用人は控室へと案内され、私が辿り着いたのはかなり大きな階段教室。

 下級貴族はこの会場で筆記試験を行うらしい。護衛上、上級貴族たちは別会場の様だ。

 ここにいる全員が学園に入学するとなれば、やはり生徒数は相当な数であると実感する。

 下級貴族は子沢山なのである。


 私と同じエレナーレの取り巻きも数人見つけたが、お茶会で顔を合わせた程度なので、お互い軽く会釈する程度で会話を広げる程ではない。

 周りがおほほほと優雅に会話を楽しむ中、決められた席へ向かいポツネンと一人試験開始時間を待つ。




「ーーあの・・・、ごきげんよう?」


 試験会場にはカンニング防止のためスキル解除がかけられているので、現在【隠密】の効果は発揮されていない。

 それでもできる限り影を薄くして話し掛けないでオーラをビンビンに発してたと言うのに、構わず話し掛けて来る強者(ツワモノ)がいた。


 見るとグレーアッシュのボブヘアが印象的な少女が一人。


「ごきげんよう。お隣ですね」


 無視する訳にもいかず返事をする。

 丸眼鏡を掛けたもさい令嬢だと話し掛けやすいのだろうか?


「えぇ、お隣ですね。あなたのお名前は何と仰るのですか?学園に入って友達が出来るか心配で・・・」


 どうやら彼女は友達作りをしたいらしい。

 入学式で出席番号が前後のクラスメイトに話しかける様なものだろう。

 純粋な気持ちを無下にするのは良心が痛むので、気分を切り替えて会話を続ける。



「・・・私の名前はロクサーナ・バートン、しがない男爵家の次女でございます。あなたは?」


「バートンと言えばモンダールの男爵家ですね。初めまして、私は北の大地出身のユノ・ヴィズィエルと言います。これからは仲良くして下さい」


 まさかの外国人だった。

 その割に流暢に中央諸国(こちら)の言葉を喋っている。


「えぇ、こちらこそよろしくお願いします。北の大地ご出身とのことですがお育ちはどちらで?こちらの言葉がお上手な様ですが」


「5年前にこの国に引っ越して来ました。言葉はかなり頑張りましたのでこの国の方に褒めて頂けて嬉しいです」


 そう言ってにぱっと笑う彼女。

 うん、素直で可愛らしい。


「この国出身と言われても疑問に思わない程お上手ですよ?北の大地の言語とは発音の系統がだいぶ違うので難しいはずなのですが」


「ロクサーナ嬢は北の大地の言葉を知っているのですか?」



『・・・えぇ、イスラ言語なら問題なく会話出来ます。あとはサラマジル言語を少々』


 自慢したい訳ではないが、話題を広げるため北の大地の主言語、イスラ語で返事を返すと、ユノは大きく目を見開いて数拍の間フリーズした後、花が咲くような満面の笑みで口を開いた。



『すごい!!学園でイスラの言葉を話せる人に出会えるなんて思わなかったよ!!キミ一体何者だい?!』



 タメ口口調になる程テンション爆上がりのユノの声に、周囲の子息令嬢たちがギョッとしてこちらに注目しているが、聞こえているのが知らない言語であるためか、少し不思議そうにこちらの様子を伺っている。

 まあ確かに、日本語を話せる人が殆どいないと思っていた外国で、友達になろうとしていた人が突然日本語を話し出せば、私だって同じ様なリアクションを取るだろう。



『今までずっと書庫に引き篭もって過ごして来た唯の男爵令嬢です。暇だったので言語を極めただけに過ぎません』


『うっわぁ〜、すごいすごいっ。全く訛ってないや、お手本の様な発声だね。あはははっ!お友達になろうっ!今なろうっ!!さあさあッ!!』


『え、えぇ。私もお友達は少ないのでそのお申し出はありがたいのですが・・・。ユノ様、少し落ち着いて下さい』


『う?』


 う?て、う?て。

 さっきまでのキョドキョドした少女はどこに行った?

 テンションがおかしなことになっている。


『落ち着いて下さい。この後のテストで凡ミスしますよ?』


『あ、あぁ、そうだね・・・。落ち着かないと・・・』


 ようやく納得したのかふぅと息を吐いて座席に着いたユノ。

 周りの生徒たちからの注目も一旦は離れた。



『・・・それで、お友達になってくれるかい?』


『えぇ、構いませんよ。・・・親交を結んだ次いでに申し上げますと、私に対しては一向に構わないのですが、この国の言葉で話される際は口調をお気をつけ下さいね』


『あっ、ごめん、ついうっかり・・・。その・・・』


『もちろん、イスラ言語なら是非そのままの口調で。堅っ苦しいのは苦手なのです』


『でもロクサーナ嬢は敬語のままだね?』


『ロクサーナはこうなのです』


『?』


『いえ、どうかお気になさらず』


 私の場合タメになると途端に俗っぽくなってしまうので、残念ながらお友達になっても敬語続行だ。

 エレナーレにだってそうなのだから諦めて欲しい。


 その後は試験開始までイスラ言語で会話を続けた。

 北の大地の様子や私の書庫での引き篭もりの話。

 共通の話題なんて殆どなかったが、お互いにイスラの言葉で話していたためか時間の割に打ち解けられたと思う。


 相性も悪くなさそうだし、長い付き合いになりそうだ。






「ーーそれでは試験を開始する」


 異世界だろうと試験開始の言葉は同じ感じなんだなぁと、至極どうでも良いことを呑気に考えながら配られた問題用紙に目を通す。


 15歳で受ける試験であるが、その内容は日本の中学入試より少し簡単ぐらいのレベル。

 ぶっちゃけ間違える方が難しい。


 Sクラスの定員は15人。

 今年は侯爵家以上が同年に4名も入学する年ではあるが、Sクラスの一般枠が減り倍率が上がるのでSクラスが鬼門の私にとってはとてもありがたいことである。

 その下の編成はAクラスが30名、BからGクラスが各40名となっている。


 私が目指すAクラス下位は上から数えた方が早く、狙うのは平均点上ぐらいである。

 事前に過去の入学試験の数字を調べているので、大体これぐらいと言うのは分かっている。

 ・・・分かっているのだが、こんな問題を間違えるのが恥ずかしいと言うジレンマ。

 精神的にH Pがガリガリと削られている感じがするのは気のせいだろうか?



 そして制限時間を丸々使って筆記試験を終えた。




『難しかったねぇ』


『え、えぇ。そうですね・・・』


 北国出身のユノにとって中央諸国の言語で書かれた問題は確かに難しかったかもしれないが、私にとっても非っ常に難しい試験だった。

 難敵であった。

 まぁ頑張っただけに結果的には良い線行ってると思うが。


『次は魔力審査だよね?一緒に行こう?』


『えぇ、もちろん』


 ここで別行動を取る理由もないのでユノと二人で他の試験会場を回った。






 魔力量審査は、その名の通り『魔力量(M P)』を量る試験である。


 が、魔力操作が得意な人だと下になら楽に細工できてしまう審査なので、特に問題はない。

 過去にサバ読み(、、、、)が発覚した事例はある様だが、入学試験で下に見積もっても受験生側にメリットなんてないので不正とは看做されなかったらしい。

 まぁ私の場合、魔力操作も匠の域に達しているためバレる心配なんて一切ないのだが。



 名前が呼ばれたので試験官の元に向かい、台座に置かれたアーティファクトである水晶玉に手を置くと、その水晶玉の上に『70』の数字が浮かび上がった。まずまずかな・・・。

 細工なしで測ればステータス通りの『2400』の数字が叩き出されるであろうが、この年齢の魔力量は10から100の間に収まることが大半なのでそうさせてもらった。

 これは【魔法】スキルを持っていれば中位の魔法が数発ぐらい放てる程度である。







 次に魔法適正審査。

 既に魔法スキルを持っている人が対象の試験だ。

 学園に入ってから魔法スキルを獲得する生徒が大多数を占めてはいるが、既に使える者も一定数いるので、入試登録の際にスキル獲得済みと申請している。


 魔法スキルは普通、後天的に獲得する物である。

 両親や兄妹などが常に身近で魔法を使っていれば獲得しやすいと言うデータも出ており、これは魔法を使う際に放出される属性魔力に体内魔力が刺激を受けるためと言われている。

 孤児院などでも同様の事例が確認されているため、遺伝は特に関係していないらしい。

 まぁ体質の問題で魔法スキルを獲得できない人も普通にいるし、獲得できる属性の数は魔力操作がモノを言うので常人ならば多くても3種類ぐらいだろう。



 私が最初に身につけたのは、宝物庫を漁っていた際に魔道具を誤作動させ被爆した【闇】と【光】。

 そして冒険者になり、自力で手に入れたスキルスクロールで【火】、【水】、【風】、派生属性の【雷】、【生体】、特殊属性【付与】を獲得。

 そして、スキルレベルをカンストさせ精霊石を所持していれば進化可能と発覚した上位属性【深淵】【火炎】【氷】。

 魔力量審査の際に述べた通り魔力操作は大の得意なので、魔法スキルは結構見境なしに獲得させてもらっている。


 因みに、上位属性の(くだり)は未発見の現象であったらしく、謎の精霊石の使い道が分かり結構な大問題に発展した。

 サラッと口にしてしまった事が運の尽き。

 魔法系スキルの最高到達レベルが8であれ、人類が目指す頂点(レベルMAX)のさらに先が見つかったのだ。

 その日は協会の研究開発部と情報局の人間からの質問責めに遭い、ダンジョンに潜る事は叶わなかった。

 帰り際の私の機嫌が相当悪かったことに気付いたのだろう、翌日に顔を出すとすごい勢いで謝罪された。

 怒涛の勢いでランク上げを果たすBランク冒険者の機嫌を損ねたとなると、ギルドにとっては一大事らしかった。


 試験自体は名前が呼ばれ軽く小さな水の球を的に当てて終わり。

 評価が上位の人はものすっごい大きな火の玉を誇らしげに発表したりするので、地味な水球は目立たないのだ。

 魔法行使の際に踏ん張って頑張っている演技をするのがミソである。





 そして最後に戦闘力を見る試験。

 剣を持って試験官に対峙するのだが、これは結構みんな頑張ってくれる試験だ。

 才能に左右されず根性で頑張れば頑張るだけ点数が上がるので皆んなやる気で漲っている。

 平均点が勝手に上がってくれるのでありがたいことである。



 メルリィに手伝ってもらい運動着に着替えた私は、魔法適正試験後に一度離れていたユノと合流。


 暫くすると順番が回ってきた。

 そして渡された刃の潰された鉄剣を胸に抱え、俯きがちに試験官の前に立つ。


 どうだ!完全に屁っ放り腰な令嬢に見えるだろうっ!



 戦いが苦手な令嬢だと完全に勘違いしてくれた試験官が優しげに、剣を構えなさいと指示してくれる。


 んん、ううむ・・・。

 ここはイキって俺TUEEEEを果たし「な、何だと・・・?!」と試験官に驚愕されるのがファンタジー転生モノのお約束なんだろうけど、そうは行かないのだ。

 戦闘が開始されるこの状況に四肢がやけにムズムズするが必死に抑える。


 これが世に言う職業病だろうか・・・。

 よし、この後ダンジョンに潜ろう。

 王都の東に塔のダンジョンがあったはずだ。

 うん、そうしよう。



 心を落ち着けた後、試験官の指示に従い鉄剣を正眼に構える。

 しかしこの場で何もしない訳には行かない、渾身の演技を披露しようではないか。


 勇気を振り絞って前に足を踏み出す(テイ)を取る。

 そして試験官に向かってパタパタと駆け寄りながら剣を重たげに振り上げる。

 私から見ても重心がブレまくりの動きである。

 剣が使えない人あるあるで攻撃時に目を瞑ってみたりするが、どうにも試験官の動きが見えてしまうな。

 如何にもし難い・・・、仕方ないか・・・。


 試験官からの攻撃に体が反応しない様に、反射神経を根性で押さえつけながら声に気合を入れる。


「ーーや、ヤァッ!」


 図らずもいい具合に力んだ声が出てくれた。


 そして頭の上にある剣を敢えて1歩手前に振り下ろし、スカッと宙を空振りさせる。

 重心を前に傾け良い感じにずっこけそうになった所で、コツンと脳天に試験官の鉄剣が乗せられた。

 それに合わせて分かりやすくびくりと肩を震わせる。



「はい、お疲れ様。頑張ったね」


 顔を上げると優しげな笑顔を浮かべる試験官。

 うっわー超良い人じゃん試験官。軽く惚れそうだ。


「あ、ありがとうございました・・・」


 試験官の人の良さに罪悪感に苛まれ、軽く吃りながらその場を後にする。



 そのままユノの方に向かおうとすると、会場の別の集団の中にいたエレナーレと不意に視線が合った。

 なんだろうと思っていると、扇で口元を隠し私にだけ分かる様にニヤリと人を小馬鹿にしたような、いやらしい笑みを浮かべた。



 ッッ!!?

 うわぁぁぁぁ!はっずッッ。

 まさかあの演技を見られてるとはッッ。



 ゾワっと鳥肌が立つ羞恥と、なんとも言えない敗北感のような屈辱にその場で悶え蹲りそうになる。

 やめてくれっ、その顔やめてくれぇぇぇっっ!!



 一気に顔が赤くなり冷や汗をかいている私を見て満足したのか、その後数秒でエレナーレは元の澄まし顔に戻り視線を別の場所に写した。




『・・・ロクサーナ嬢、あの人と知り合いかい?あまり良い関係には見えないけど・・・』


 今のやり取りを見ていたのか、ユノは私が虐められていると判断したらしい。

 やだーウケる〜〜www。


『ふふっ、大丈夫ですよ。エレナーレ様とはちゃんと親友ですし、今のはふざけてただけですから』


『そう?君が良いと言うなら良いんだけど・・・』


 こりゃ信じてないな。

 確かに、方や高貴そうな集団の中にいる絶世の美女で、方や末端の冴えない男爵令嬢。

 そう認識してもおかしくはないのだが・・・。

 私からするとちょっと笑える状況だ。

 まぁ残念ながら笑われた理由は口にできないのだが。



『お泊まり会をする程の仲なのでコレ位のおふざけは日常茶飯事ですよ。彼女の父君にも良くさせて頂いていますし、仲の良さは彼女の家のお墨付きです。学園に入ったら彼女の取り巻きに混ざりに行くのですが、ユノ様はいかがです?』


 笑いを堪えながらそう聞くとユノは困った様に笑いながら首を横に振った。


『遠慮しておくよ。友達は欲しいけど損得勘定で動く友達は作りたくない』


『なるほど、一理ありますね』


 顔色を伺う必要のある友達はいらないと言うことだな。


 となるとこの貴族社会での友達作りは難しそうだ。

 平民の友達を作ろうにも私たちは泣く子も黙るお貴族様なので、今度は顔色を伺われてしまう。


『友達100人は険しい道のりですね』


『100人?そこまでいると大変そうだね』


『・・・確かに』


 日本のネタはもちろん通じなかった。








***

***










「――これは、一体・・・」




 時は流れ2週間後。

 場所は再び学園内。



 貴族は入試に落ちるなんて事はないので、入寮は試験日当日に行われていた。


 この学園には私の動向を気にする人なんていないので、この2週間は思う存分ロキとして王都で活躍していた。エレナーレもユノもいろいろと忙しかったらしく、その間に顔を合わせる事はなかった。

 そして勢い任せてA級に指定される塔のダンジョンの完全攻略を果たしたのは3日前の夕刻。

 王都は未だその話題で賑わっている。



 レースの多い詰襟ブラウスに、風に揺れるワンピースタイプの膝丈スカート、肩には貴族家の証である短いケープ。

 足元は生脚を隠す黒タイツとヒールのある編み上げブーツ。


 そんなお嬢様校らしい制服に身を包み、クラス分けが張り出されている中庭で私は今世最大に打ちひしがれていた。

 横にいるユノは、口を開け呆然と固まっている私との間であわわわっと視線を彷徨わせている。




 目の前にあるのはクラス分けの張り紙。

 AからGまでのクラスが横にならび、そしてその上にSクラスのクラスメンバーが書かれた紙が高らかに掲げられている。

 ユノの名前はAクラスの中間。

 そして私の名前はーー



 ――なぜかSクラスに入っていた。




「なんでや・・・」


 そんな言葉が口をついて出る。



 一体全体、これはどう言う事だろうか。


 筆記も魔力量も魔法適性も平均点を狙った。

 戦闘試験に限って言えば、平民を合わせてもその出来は下から数えた方が早いはず。


 今年に限って平均点がものすごく低かった?

 いや過去のデータから、点が揺れてもそれはほんの誤差。

 私ほど出来の悪い人間がSランクに組み込まれた事なんて一度としてなかったはずだ。



 意味が分からん。

 何か学園側の不手際か?



「――ロクサーナ」


 う〜んう〜んと唸っているとエレナーレがやって来た。

 どうやら使用人だけ連れて、他の取り巻き達は離れたところに置いて来てくれたらしい。


 その美しい顔にはどう言うこと?と書いている。


「・・・泣いていいでしょうか」


「一人になってからにしなさい」


 父君と同じことをいう。

 本当に似たもの親子である。


「どう言うことか聞いても?」


「分かりません。総合的にはBクラス相当の出来でした。戦闘に至ってはアレでしたし。・・・って、笑わないで下さい」


 私のへっぽこな戦いぶりを思い出したのか、可笑しそうに笑うエレナーレ。

 これ以上追求すると墓穴を掘りそうなので、笑われたことはスルーしておこう。



「つまり、何か学園側に不手際があったとしか言いようがないのです」


「そのようね」


「・・・の割に嬉しそうですね」


 神妙な顔をしている私に対しエレナーレの顔は存外明るい。

 まぁ、何を思ってそんな嬉しそうな顔をしているのかは分かり切っているのだが。


「だって〜〜」


「だってもクソもありますか。こっちは死活問題なんですよ」


 そう、これは私にとって死活問題なのだ。

 どこに最上位貴族の家の息子と娘に肩を並べる男爵令嬢がいるものか。

 下品な物言いになってしまうのも許して欲しい。



「異議を申し立てると更に目立つわね」


「その緩んだ顔、どうにか出来ません?」


 真剣に悩んでいる親友をにやけた顔で眺めるのはどうかと思う。

 言っても無駄であろうが。




「――あのぉ〜・・・」


「「 あっ 」」


 ユノの存在を忘れてた。

 それに【隠密】掛けるのも忘れてる。


 やはり精神的ダメージは大きいらしい。


「・・・帰りたい」


「その・・・。よく分かりませんが、Sクラスおめでとうと言うのはやめておきますね」


「あはは・・・、ユノ様はAクラスおめでとうございます」


「ありがとうございます。そちらの方を紹介いただいても?」


 ユノはあまり関わりたくなかった様だが、無視する訳にはいかなくなったのでそう無難に切り出した。



「こちらはエレナーレ・アスティア様。筆頭侯爵アスティア家のご令嬢です」


「っ・・・、は、初めまして、ユノ・ヴィズィエルと申します。北の大陸出身ですので多々至らぬ点はございますが、どうぞご容赦下さいませ」


 出身国ではないものの、私の家を『モンダールの男爵家』と判断できるほど教養のあるユノなので、アスティアがどの様な家なのかも知っているらしい。

 当主はこの国の外務大臣、アスティアの影は世界随一の諜報機関。

 うん、確かに、そう考えると恐縮してしまいそうだ。



「初めましてユノ様。なるほど、北の大陸ご出身ならロクサーナと親しげなのも頷けますね」


「はい、この国の学園で母国の言葉で会話ができるとは思ってもみなかったもので、直ぐにお友達になって頂きました」


「ふふっそうなのね。―――それで、その・・・。いきなり不躾で申し訳ないのだけれど、聞いても宜しくて?」


「如何されました?」


「あなた・・・、どちらなのかしら?」


 エレナーレにはしては珍しく及び腰に聞いている。

 扇で口を隠しているが、その目に浮かぶのは困惑の色である。


 んん?

 どちら・・・?

 何がどっちなの?


 初めは私と同じ様に首を傾げていたユノだったが、すぐにその質問に合点がいったのかいつもの様ににっこりと笑って胸に手を当てた。



「ーーあぁ、この格好の通りですよ。私は『男』です」


・・・。


「――・・・はっ?」



 はぁぁぁぁぁっ??!

 お、男?!男の子?!

 付いてるの?!


 だって、・・・え?

 だって・・・、あれ?

 確かに男子用の制服着てるな?

 入試の日もずっとズボンだった様な?


 ・・・んんん?



「ロクサーナ・・・」


 残念なものを見る様な目でエレナーレが私を見ている。


 いや、どう見てもボーイッシュな女の子だろ。

 まさか、これが噂に聞く『男の娘』?

 ・・・いや待て、それ以上はだめだ。



「あなた、男性と女性の判別が曖昧になってますわよ・・・」


 ・・・あぁ、言われてみれば、確かに。

 ロキも中身は女だが男として活動してる。性別の認識があやふやになっていると言われても否定は出来ない。

 現に間違ってた訳だし。


 そりゃあそうだ。

 運動着ならまだしも、ずっとズボンを穿いている女の子も、髪の短い女の子も貴族の中にはまぁいない。

 日本人の常識ともぐっちゃぐちゃになってるなぁ・・・。



「はぁ。どうやら私は疲れている様ですね・・・、帰って寝るとします」


 額に手を付けやれやれと首を振ると、エレナーレに更に呆れた顔をされた。


「落ち着きなさい、まだ登校さえしてないわよ」


「んん〜〜・・・」


「はぁぁ、これは本格的にダメね・・・。ユノ様、ロクサーナをお願い出来るかしら。この様子のまま連れて歩くと、リーゼロッテ様辺りに絡まれそうだから」


「かしこまりました」


 そうして、ぐずる私はユノに回収された。







***









『本当に仲が良かったんだね』


『・・・やはり疑っていたのですか』



 ところ変わって本館内にある大ホール。

 全校生徒を収容出来る劇場タイプの講堂で、この会場で入学生に向けた式典が行われる予定となっている。

 在学生は入学式には出席しないので座席はかなり空いており、各々好きな様に着席している。

 そして私の横にはお目付役と化したユノが座っていた。


 そんなユノの緩い言葉に幾分か気分が落ち着いた。


『そりゃあ、高貴そうな人だったし。まさかアスティアの姫だとは思わなかったけど』


『側から見ればそうでしょうね。私も、子供のお茶会に興味本位で出席して、まさか本家の御令嬢が釣れるとは思っても見ませんでしたよ。釣具さえ垂らしていなかったのに・・・』


『アスティアの姫を釣りに喩えますか。今では君の方が恐ろしいよ・・・』


『そうでしょうか』


『肝が据わっていると言うか何と言うか。君からは大物な匂いがするよ』


『なるほど?』


 近らずしも遠からず。

 だって中身はロキですから。




 それから暫く時間が流れ、王太子御一行が講堂に入って来た。


 普通でないオーラを発する集団の登場に、下級貴族の子供達と平民達がざわつく。

 平民達に限って言えば王太子なんて学園に入学しなければ、しかも前後3年以上離れるとまず会うことの叶わない天上人なので今の様にざわつくのは仕方ない。



『あれは・・・』


 王太子の集団に尋常じゃないオーラを感じたらしいユノが面食らっている。

 確かに華やかな集団ではあるからな。


『王太子殿下ですね。後ろにいる縦ロールの御令嬢が婚約者らしいですよ』


 金髪ドリルが通じるか怪しかったので彼女の呼び名を縦ロールに変更した。

 あのアイデンティティを貫くために、果たして毎朝何時間費やしているのだろうか。

 地毛はストレートみたいだから相当頑張って固めてるんだろうなぁ。



『へぇ・・・。・・・意外と詳しいね?』


『王太子の方は一度ご挨拶させて頂きました。縦ロールの方は入試の日に声高らかに道端で自己紹介してましたので嫌でも覚えます』


『道端で自己紹介・・・?』


 状況が想像できないのか、不思議そうに縦ロール、もとい、リーゼロッテを観察している。


『クアラーシュ公爵家のリーゼロッテですわよ、って具合に』


 声のトーンは落としたまま腕を組んであの日の彼女の再現をしてみると、ユノは合点がいった様でなる程と頷いている。


『あぁ。少し残念な令嬢なのか』


 はっきり言うなぁ・・・。

 まぁその通りなんだけど。


『言ってあげないで下さい。周りもお手上げ状態の様ですし』


『・・・この国の未来は大丈夫かな?』


『同感です』


 アレが王妃とかあり得ない。

 それは同意見の様で。

 しかし、しがない男爵令嬢の私では、この学園にいる間にいくらかマシになってくれることを願うしかないのが現状。



『彼女を制御でき得るエレナーレ様が側室に行くのが色々と丸く収まりそうなんですけど、どうなんでしょう』


『聞いてないのかい?』


『聞いてないですね』


『・・・君も存外、関心外のことには無頓着だね』


『えぇ、まぁ』


 興味がないことには無関心。

 それは誰でも当たり前のことであろう。


 アレが王妃とかマジあり得ない。

 が、実際未来なんてなる様にしかならないのだし、外野が気にしても無駄というものである。

 国が滅びるならそれまで。

 その時の自分に任せるしかない。



 エレナーレと話す話ももっぱら冒険者関連のことだし、恋バナには触れていない様な気がする。

 キャッキャウフフと秘密♡のお泊まり会はしてるのに、その中で女の子らしい会話を一切していない事実。

 女の子として如何なものだろうか。

 そんな親友の嫁ぎ先のことではあるが、結局は王太子の婚約者の話。

 王太子に一ミリの関心もなかった去年までの私に、女子会で話題に上げろと言うのは酷な話ではある。



『それで、君が王太子に挨拶をしたと言うことは、そう言うことなのかな?』


『ん?・・・あぁ、いえ。父が煩かったので既成事実を作っただけです。あの王太子の横に並ぶなんて、しがない男爵令嬢には到底無理な話なので』


『ふぅん?』


 ユノの言っている意味が一瞬理解できす首を傾げてフリーズするが、その後淡々と事実を述べるとユノは何故か不思議そうな視線を向けて来た。


『何です?その目は』


『あんなに綺麗な王子様なのに興味はないの?』


『アレは鑑賞用です。推しなのです。イエス王太子、ノータッチ』


 一瞬で悟った目になり一息でお経を唱えると、ユノは首を傾げた。


『んん?よく分からないけど、好きってことかな?』


『有り余る程の愛はありますが、恋ではありませんね』


『余計分からないんだけど・・・』


 私の推しへの愛に困惑気味のユノだが気にせず続ける。


『推しへの愛は理屈ではないのです。ただ、堪らなく愛おしい事実があるだけ。考えるな、感じろ、と言いますでしょう?』


『いや、そんな言葉初めて聞いたよ?』


 ふむ、彼への布教は難しそうだ。



『――・・・君は不思議な人だね』


『何ですか、急に』


『独自の価値観で突き進んでいる感じ。・・・うん、――好きだなぁ』


『ありがとうございます?』


 ほんと、急にしんみりしてどうしたユノよ。

 そんなこと言っても何も出ないよ?

 あぁ、飴ちゃんいる?


『急に飴を取り出してどうしたの・・・。まぁ、くれるのなら頂くけど』




 そんなやり取りをしていると話題の人が向かってきた。


 そう、王太子殿下である。



 ・・・んぇ?

 何でこっち来るん?


 私たちは後ろの端っこに陣取って座っていたので、振り向いても哀しいかな後ろに人はいない。



『えっと・・・、こっちに来てない?』


『奇遇ですね、私にもそう見えます。幻覚でしょうか』


 こそこそと話しているとあっという間に王太子集団がこの場に到着した。



 いや、意味がわからない。

 後ろにいるエレナーレに困惑の視線を向けると、明後日の方向を向かれてしまった。

 親友に裏切られた瞬間である。

 くそぅ、頼みの綱なのにぃぃ。



 来てしまっては仕方がないので、すぐに席を立ち上がり臣下の礼を取る。

 ユノも同じ様に動いた。


「やぁロクサーナ嬢。久しぶりだね」


「ごきげんよう、殿下。殿下のご記憶に預かりましてこのロクサーナ、恐悦至極にございます」


「うん。エレナーレ嬢のお友達だからね、覚えているよ」



 そうかそうか、覚えているか。それは良かった。

 しかし何故に私のところに来た?

 隅っこですよ?端っこですよ?

 王太子なら迷わず最前列の真ん中にいきましょうよっ!!



「それにしても、この前の夜会と印象が違うね」


 また答え辛いことを・・・。

 えぇっと、どう言い訳しよう。


「・・・眼鏡を掛けているからでしょうか?」


「ふぅん?」


 別に、今ここで眼鏡を外せと言われても何ら問題はない。これはただの認識阻害眼鏡である。

 今の私の瞳が何色か、見ている人は分かっていないだろう。

 故に瞳の色が変わる【精霊姫】スキルを発動してもバレることはないのだが、日常生活で【精霊姫】を使うことはないし、現状、無難な冴えない男爵令嬢を演じる上でのちょっとした小道具に成り下がっている。



 ・・・いやよく考えると王太子、目元のあやふやな私をよく見つけられたな?

 自分でも夜会の時との印象は違いすぎると思うのだが。

 勘が鋭いのだろうか。



 そんな事を呑気に考えていると、王太子の形の良い口からとんでもない言葉が漏れた。




「――綺麗な瞳をしているし隠すのは勿体ないと思うんだけど、仕方ないか」



 ・・・ファッッッ!!!?

 綺麗な!!瞳を!!?

 私か?!

 私のことか?!


 コイツァやべー。その声で言われると破壊力抜群だ。

 今日はスタミナがガンガン削られる日だな、全く・・・。



 聞き及んでいた周囲が王太子の言葉にざわっとする。


 どうやら王太子は私を気に入っているらしい、と、そう認識したらしい。

 うん、それは私も今日分かった。



 ・・・おおん、・・・おおおんッッ!!!

 推しのお気に入りになってしまった私ッ、一体どうすればッッ。

 イエス王太子ノータッチの精神が早くも崩れかけているぞ。



「ロクサーナ嬢は同じSクラスの様だし、これからよろしくね」


「・・・恐れ入ります。私からも、よろしくお願い申し上げます」


「うん」


 私との会話に満足したのかそう言い残して会場前方に戻っていく王太子。

 その背中を存在感を消しているユノと共に頭を下げて見送る。


 その際に王太子の後ろにいたリーゼロッテが私のことをキッと睨んで来たが、アレと同じクラスになる未来の私に心の中で合掌する。

 多分これからは平穏に学生生活を送ることは出来ないだろう。

 御愁傷様でーす・・・。



 周囲の人が何者だアイツと注目する中、私は澄まし顔でそっと席に着いた。




『――・・・ねぇロクサーナ嬢。君、王太子に目を付けられてる様だけど何したのさ』


 しばらく無言の時間が続いて、先に口を開いたのはユノがそんな事を言う。

 私は今置かれたこの状況を考え、鼻で笑って投げやりに返事を返す。


『挨拶をしただけですが何か?むしろ私が聞きたいですよ。エレナーレ様と挨拶をしたのがダメだったのでしょうか?王太子に挨拶出来る家格の友人なんて他にいなかったのですが・・・。しかし・・・、ふふふっ。平穏な学生生活とはここでおさらばの様ですね』


 数奇な運命である。


『短い平穏だったねぇ』


『まぁ、ハナから期待なんてしていませんでしたけど』


 エレナーレの金魚の糞として付いて回る冴えないぼっち令嬢として、ここでの学生生活は捨てるつもりだった。

 友達は出来たいいな〜ぐらいで覚悟していたのでユノと仲良くなれた現状、目標は達成してしまっている。


 学園外でロキとして存分に生きよう。

 私の青春は学園の外にあり。


 ただまぁ、Sクラスでさえなければ相当平穏な学園生活は送れていた訳で。



 あぁぁくそッ、恨むぞ入試担当者ァァッ。







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